また始めよう。人生の宝物を探す旅を。
人生の宝物は、見つかったか。
朋也を失って何度も問い続けた答え。もちろん、今でもたどり着いてない。
そう簡単にたどり着くものではない。そんなことは、分かっていた。
けれど、見つかりそうもないとはいえないところに、それはある。もう分かっていた。
だから私は今日も一人で歩く。未来を目指すために。
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10月14日。何十年も前のこの年に、私は生まれた。
私は一人、何十回目の誕生日を迎えた。
しかし、歳がたつにつれ、そうしたものの価値を忘れてしまってきている。
だからせめて、忘れないようにと大切なものを刻みたい。
朋也のいないこの世界だけど。
きっと美しい。それは変わらない。
だから...変わらないものを、今日は目に焼き付けよう。
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人知れず、私は光坂高校の前の坂にいた。
いつかみんなで歩いた道。もう、あの頃のように人はいないけれども、私の中には確かに記憶が生きている。
それに、今でこそ枯れてしまっているが、春になればきっとまた咲き誇ってくれるであろう桜が一面に並んだままだった。
私が守りたかったもの、それは今も確かにここにあった。
「...よかった」
無くならないと分かっていても、目の前にちゃんとあることが、私はただ嬉しかった。
そうして、小さな歩幅で坂道を歩き、校門を目指す。
いつか、鷹文の乗った車いすを押して歩いた道。
朋也と手をつないで歩いた道。
今、そこに桜もなく、人もいないが、変わらない道。
歩いて、校門にたどりついて、私は一人校舎を見上げた。
一つ冷たい風と共に、私が覚えているより少し低い声が、私の背中越しに私を呼んだ。
「やっ、智代ちゃん」
「...春原?」
「覚えててくれたんだ。意外と優しいんだね、ほんと」
おちゃらけて、春原は笑う。そのくしゃっとした笑い顔は、何度も見覚えがあるものだった。
髪も黒に染まり、少ししわも増え、歳をとったように見えるが、奥底にある元気は今もなお変わらないその姿に、私はふっと笑ってしまった。
「何、何かおかしい?」
「いや...。お前も、変わらないんだなって」
「そうかなぁ...? これでも僕も、だいぶ丸くなった方だと思うけどなぁ。黒髪も今じゃ当たり前に思えるし...」
自分の頭に手を当てて、春原はどうしたものかと首をかしげる。
しかし、早々に考えることを諦めて、春原は近くに設置してあったベンチの方へと歩き出した。
「立ち話もなんだし、座らない?」
「...そうだな」
提案に乗り、私は春原の隣に腰かけた。
隣り合って座っている二人の間には、一人がゆったり座ることができるほどの空間が空いていた。
それが誰のものか、私たちは言葉にしないものの分かっていた。
だから、お互いに何も言わないで、普段通りいることにした。
「春原は、どうしてこっちに?」
「長期出張の休みの日でさ。どこか回ろうかって考えたとき、ここしか思いつかなかったんだよ。なんだろうね。そんなに大した思い出はないけど、やっぱりここが一番に思えてさ。...ま、あいつがいたからなんだろうけどさ」
「そうだな。...本当に賑やかだった。...廊下ですれ違うだけで異性に躊躇いなくちょっかいをかけてくる奴なんて、初めて会ったぞ」
「でも、そんな時間が今となっては一番に思えるんだよね。...だから僕は、ここに来たんだろうね」
春原は遠くを見つめて、返事をもらうつもりはないと言わんばかりに独り言を呟く。その姿は、どこか哀愁が漂っていた。
きっと、四苦八苦して、社会にもまれて、それでも頑張ってこうなったのだろう。高校時代の無神経な様子は少なくとも感じられない。
「ねえ」
そうした中で、春原は私に問いかけた。
「あいつがいなくなってからさ...智代ちゃん、どうなのさ」
「どうって...」
「ごめん、聞き方が悪かったね。...たださ、若くして夫を亡くしてさ、辛くないはずなんてないと思うんだよね。...僕も会社でそういう人に出会ったからさ。...だからもし、何か思うところがあるなら、相談相手にでもなれたらなって思って。...なんて、おかしいよね、僕がこんなこと」
自分をごまかすように、春原はアハハと小さく笑った。
けれど、私はそのやさしさがなによりもありがたかった。
(あぁ...春原が朋也の親友でよかった)
どことなくそんなことを思って、私は正直に答えることにした。
「...ショックは、正直あった。けど、立ち直ってもいるし、今は一人でも平気になった。心配なことも...まあ、少ないかな」
「...そっか」
「...けど、一つだけ、聞きたいことがある。...というよりは、知りたいことか」
私は、少しばかり痛む胸にそっと手を当てて、目をつぶった。
瞼の裏に焼き付いた、いつかの二人の夕焼けの景色を思い浮かべながら目を開けて、春原をまっすぐに見つめる。
「人生の宝物って...何なのだろうかって...最近は、ずっとそんなことを思ってるんだ」
「人生の宝物...かぁ。なかなか難しいことを考えてるんだねぇ」
具体の一つも見えない悩みだったが、春原は小馬鹿にすることもなく、神妙な顔つきで頷いた。
「...分からないな、僕には。...きっと、誰にも分からないと思う。これといって誰かが決めるものでもないでしょ? そういうの」
「だな」
「だからさ...見方を変えるんだよ。...智代ちゃん、あいつと生きた日々は、幸せだった?」
春原は、唐突に問いかけてきた。
あいつと生きた日々。朋也と生きた日々。
苦しいこともあった。苦しいことの方が多かった。
それでも、互いに信じて、一緒の歩幅で歩いてきたあの道は。
間違いなく、幸せだった。そう、はっきり言える。
「...もちろん。私は朋也とだから、ここまでこれた。...幸せだった」
「だったら、それが人生の宝物なんじゃないかな? ...もし、そうとするならもう二度と同じものは手に入らないものだけどさ。でも、消えはしないでしょ?」
「...そういう、ものなのか?」
いささか定義づけが簡単に思えてきた。本当に、そんな単純な言葉で割り切れるのだろうか?
(...いや、そんな簡単なものが、本当は見つけるのが難しいんだろうな)
だからそう、答えは得ている。それに乗っかるように、春原は答えた。
「智代ちゃんは、もう持ってるよ。その人生の宝物ってやつをさ。...それは誰でもない、智代ちゃんだけのもの」
「...そう、だな。...私だけの、宝物だ」
言葉にすれば、一気に楽になった。
答えなんて、案外簡単なものだったのだと今なら言える。
けれど、私は未来を目指し続ける。
もし、これが人生の宝物なら、私が探すのはまた別の宝物。未来を目指して、また新しい幸せを探そう。その勇気をくれた、前の宝物のために。
答えは出ても、旅は終わりそうになかった。
「ありがとう、春原。...少し前を向けた気にする」
「いいって。僕にできることはこれくらいだしね。...ああ、そうだ」
「?」
春原は何かを思い出したようにポンと手を叩くなり、おもむろに立ち上がった。
「智代ちゃん、誕生日おめでとう」
「...。覚えて、たのか?」
「そりゃ、僕の親友の奥さんの誕生日だしね。...それに、僕自身も」
「?」
「いや、何でもない。...さて、そろそろ行こうかな」
「そうか。...ありがとうな」
「うん。それじゃ、また」
春原は一二と体を動かして、その場をさっと立ち去った。
そのまま一人残った私は、秋の冷たさで澄み渡った空を見上げた。
そのまま目を閉じて、いつかの言葉をそらんじる。
『人生の宝物を探しに行こう』
今日は私の誕生日。そしてここが、私の出発点。
さあ、歩き出そう。世界はかくも素晴らしいのだから。
いつかぶりの智代SSの割には、手ごたえが結構ありますね。
とはいえ、こういう形でのSSが白羽イズム。
楽しんでいただけたら、幸いです。
感想、評価等バシバシいただけたらと思います。
では、今回はこの辺で。