アンドリューフォーク転生   作:大同亭鎮北斎

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目覚め

#宇宙歴796年8月6日 最高評議会ビル

 

「アンドリュー、アンドリュー……目が覚めたか」

 肩をゆすられ、意識がゆっくりと覚醒していく。正面にはスーツの青年。日本人にしてはやや味付けの濃い感じの印象を与える。こちらに向けて「アンドリュー」と呼び掛けてくる。やけに薄いスマートフォンのライトを、彼は目に当ててきた。少し眩しい。

 その後ろではやや体に合わないスリーピースを着込んだ、印象の薄い老人が「大丈夫なのかね……? 人を呼んだ方がいいのでは」とややおろおろしたように青年に問いかけている。どうやらソファに横たえられているようだ。背を起こす。

 ええと、そう……少なくとも私は「アンドリュー」ではない。「人違いですよ」と言いかけて、伸ばした手を見て動きが止まった。青白い肌、ダークカラーのブルゾン。すくなくとも「私」ではない。なるほど、私はアンドリュー氏なわけである。

 転生? 憑依? どちらにせよ、アンドリュー氏は私との面識のない人物であることは間違いない。電子ペーパーのカレンダーが見えた。8月6日――SE796年……首元に手を当てると、ブルゾンの襟の間にスカーフ。頭にはベレー帽。襟もとは五角形のバッヂ。まるで、銀河英雄伝説、自由惑星同盟の軍服だ。しかし、その同盟軍に属する「アンドリュー」となると、これは。

 天井近くのモニタには、目の前の老人が映し出され、テロップには「サンフォード議長、銀河帝国に対する態度を保留」との文字列が躍っている。やはりアンドリュー氏は、アンドリュー・フォーク准将なのだろう。

 そう思うと、記憶が脳内に流れ込んできた。長らく秀才でい続けるために努力したこと、フライングボールで優秀選手であったこと(私とは正反対に、スポーツマンであったようである)士官学校に入学したこと、その後も鍛錬を続け、首席卒業をしたこと、ロボス元帥の幕僚として重用されたこと。

 窓ガラスを見ると、やや神経質そうな、しかし世間的には二枚目として扱われるであろうブロンドの男性と目が合う。これが私というわけである。

「落ち着いたみたいだな、アンドリュー」

「あ。あぁすまない……」

 アンドリュー氏の記憶が告げるところでは、彼はエレメンタリースクール時代の同期、ラーム浅井(インド系と日系のハーフ)である。アンドリュー……私が士官学校を卒業するころから、当時議員であったサンフォード氏の議員秘書であった。彼こそが「伝説」における私が持っていた「私的ルート」というわけである。一つ謎が解けた。

「少し混乱して……ええと、私はどうなったんだ」

「お前でもああ取り乱すことがあるとはな。例の件、うまく行ったと伝えたとたん倒れたんだよ」

「なんだって、じゃ、じゃあ……」

「ああ。支持率回復の予測データが決め手になった。帝国に勝利を収めるべく、8個艦隊を動員した大作戦だ!」

 記憶によれば、帝国領侵攻案の作戦規模は「同盟軍に動員可能な最大レベル」を私が提示、浅井が政治的影響を計算した。つまり我々二人が、正史における同盟滅亡の立役者というわけだ。あまり愉快な話ではなかった。

 サンフォード先生が同盟史最大の作戦を承認した議長になるんだ、とやや興奮気味に語る浅井を眺める。当のサンフォード老は感情が読めない。

 ともかく、彼の発言からすると最高評議会で帝国領侵攻が確定された日が今日であったようだ。私が思うに「伝説」における同盟側のポイントオブノーリターンはアムリッツァにおける敗北。この時の主力艦隊の消滅が同盟の滅亡を決定づけた。ラグナロック作戦などは消化試合である。

 語る浅井の言葉に曰く、会議は6日後の8月12日。すなわち、1週間に満たない時間でこの国を破滅から救う作戦案を諸提督に納得させられる内容に仕上げる必要がある、ということだ。

 まさしく卒倒しそうになりながら、事実をかみしめる。

 考えろ、考えろ……アンドリュー・フォーク。

「フォーク君、大丈夫かね。驚いたよ。戻ったら倒れた君と慌てた浅井君だ」

「あぁいえ、すみません議長閣下。つい感極まってしまったのです。帝国征伐の機会に」

「なんと、頼もしい若者だ。浅井君の紹介だけはある」

 ソファへと歩み寄り、ゆったりと沈み込むサンフォード氏から「覇気」は感じられないが、消去法であれ議長に選出されるだけの人柄の良さの様なものがにじみ出ている。ジョアン・レベロ、ホアン・ルイ、コーネリア・ウィンザー……そしてヨブ・トリューニヒト。彼らを一応は御していたのだ。御しきれていたかといわれると、疑問符が付くにせよ。

「閣下。これから作戦の詳細を詰めるにあたり、改めて確認いたしたいのです。必要なのは帝国に対する勝利ですね」

 帝国領侵攻失敗の最大の原因は作戦目標設定の不備である。言質を取るべく尋ねれば、軽くサンフォード氏が頷く。

「軍事的ないしは政治的勝利が必要であり、その両者が兼ねられていればより望ましい、ということで間違いないでしょうか」

「そのものずばり、だな。詳細は問わない。それは君たち軍事専門家に一任したく思っているよ」

 やはり、他人を使う能力は高い人物であるようだ。こうして目的と裁量を与えてくれる。上司とするには望ましい相手であるのだろう。そして好々爺じみた見た目とは裏腹に「勝利」でさえあれば後はいかようにも扱い支持拡大に用いることができると考えているのがわかる。目的が政権維持であるならばその勝利の実質は問題にもならない。必要なのは「イメージ」なのだ。もとのフォークがこの「実質の関係のなさ」を理解できなかったことが、破滅への遠因となったのかもしれない。

 サンフォード議長もまたトリューニヒトと同類の政治的怪物であるのだろう。いや、ヤンにすらそれを悟らせないと考えると、トリューニヒト以上であったとしてもおかしくはない。民主共和制で頂点へ昇り詰めるというのは、容易ならざることだ。

「しかし、閣内からも反対派は出ておってな。人的資源委員長・財務委員長、そして意外かもしれぬが」

「国防委員長が反対しておられるのですね?」

 サンフォード老が浅井をちらりと見る。浅井は困惑した様子で首を左右に振った。やや無礼な言動ではあるが、政治に無理解ではないことを示すべきだ。政治がわかるからこそ、政治的勝利を「演出」する必要を理解している、と言外に伝えられる。

「軍人ですから、軍内での派閥争いは重々承知しています。軍内トリューニヒト派の行動を見て推測したのです」

 などとうそぶく。「伝説」を知識として知る現在の私としては、軍官僚・後方に多いトリューニヒト派が遠征軍への補給を「妨害」とはいかぬまでも遅延させていた可能性があると考えている。なにせ「自分こそが帝国を降伏させるのだ」などとトリューニヒトはこの時点で想像の翼を大いにはためかせているのである。大いにはた迷惑だと言っていい。そうはさせない。

 この後の展開を知る私には、大きなアドバンテージがある。皇帝は死に、帝国は内乱に突入する、ラインハルトは「臣民の味方」を演じる。そのラインハルトは今回焦土作戦をとるだろう。「臣民の味方」としてはリスクのある作戦だ。ラインハルトが軍事的リスクをとるのはアスターテが最後。その時点での妨害の機会は「私」に与えられなかった。であるならば最大の政治的リスクを逆手に取るべきだ。

「君は政治的センスもあるようだ。退役後は政治家、などはどうかね?」

「ありがとうございます。その時は閣下のお世話になりたく思います。政治的勝利について、腹案があります。人的資源・財務両委員長も納得させられるかと……閣下にご命令いただけると円滑に進められると思うのですが」

「ふむ。話してみたまえ」

 彼が対面のソファを指さした。


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