アンドリューフォーク転生   作:大同亭鎮北斎

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占領

#宇宙歴796年8月25日 クラインゲルト子爵領政庁

 

 クラインゲルト子爵家は銀河帝国成立時から続く辺境領主の家系である。その出自は銀河連邦時代末期の中小惑星開拓企業の創業者一家であった。ルドルフが政界に進出した頃は、宇宙海賊すら避けて通る荒野の惑星で、社運を賭けて開拓の真っ最中であったからして、帝政移行の大号令にも貴族への任命にも「そうですか」といったもので、さほど感情の動きもなかった。その後は数百年にわたり、当主交代の際に皇帝へ挨拶をする程度で、帝都にも寄り付かぬ田舎貴族であり続けている。

 現当主たるオイゲンも、一族の伝統に従い皇帝のことは「雲の上の人」と捉えている。現実的には当主交代の箔付けになる人、というものであったがこれは流石に言うに憚られた。歴代当主がそういった礼節は守る人間であったことが、社会秩序維持局に目を付けられず安穏とした日々を送ってこられたことにつながっていた。息子アーベントを叛徒との戦いに失っても、嫡孫カールの成長を生き甲斐にしてきた。

 しかしその安穏とした日々もいまや過去形である。

 

 列をなして降下するシャトルを見上げながら、オイゲンはため息をついた。息子を殺したサジタリウス腕の叛徒たちは、時たま海賊活動で検挙される「共和主義者」の一味であるという。それが意味するところは「武装したならず者の集団」ということであり、この戦いは貴族同士の私戦(といってもオイゲンは伝え聞いた程度の知識しかないが)とは違って礼節を守り無駄な血を流さぬという類のものではないであろうことが容易に想像できた。

 なんとか自分一人の命で納めることはできないだろうか。

 反対する家臣団に対し、着陸した叛徒との交渉のテーブルにつくことを命じて数時間、領内の対宙兵器(焦土作戦のため物資を徴発していった小憎らしい帝国軍曰く「豆鉄砲」)は火を噴くことなく、叛徒の降下艇は領都郊外に着陸している。家臣団は少なくとも今は、オイゲンの命を順守しているようであった。

 こちらからシャトルへと赴こうとしたが、さすがにそこまでは家臣団の譲歩を引き出すことができなかった。地上車の音に視線を落とすと、着陸した叛徒の代表を迎えに送ったリムジンが屋敷へ帰ってきたことがわかった。大きく息を吸い込み、吐き出す。

 リムジンから降り立ったのは騎士然とした偉丈夫と、やや幼い印象を与える学生のような男性である。その髪はくせ毛であり、叛徒……「同盟」の軍服は世辞にしても似合ってはいなかった。

 

「ようこそお越しになられました。銀河帝国オイゲン・フォン・クラインゲルト子爵です」

「自由惑星同盟第13艦隊司令官、ヤン・ウェンリー中将です」

 眠そうな目の青年が応じる。敵の階級章を学習していたことが手伝い、主従を取り違える失礼をおかさずにすんだ。帝国的価値観においては、傍らに立つ伊達男……護衛であろう……の方が上官に見えてしまう。

 執事モンタークが給仕した紅茶を、彼は香り・味で楽しんでいるようであった。噂に聞く叛徒とは違い、軍服の着こなしや宮廷礼節こそできていないものの、蛮族というふるまいではなく、礼儀はわきまえている。彼であれば交渉の相手となるだろう。

「ウェンリー中将。クラインゲルト私兵と政庁は抵抗を行いません。当主たる私、オイゲンと嫡孫カールにつきましては自裁の場を設けますので、何卒家臣団と領民には寛大なる措置を……」

 深々と頭を下げる。要するにこれからは帝国に代わり同盟が支配者となるのである。家臣団は行政官としてこの惑星に精通しており、同盟にとっても有用であろう。この新たなる皇帝……名はサンフォード議長……の名代に頭を垂れることは、自然なことに思えた。

「閣下」

 少し笑っているような声がする。ウェンリー中将のものではなく、恐らく護衛騎士のものであろう。

「参ったなぁ、頭をあげてください子爵。自裁はやめていただけると助かるんですが」

「よろしいのですか?」

「折角血の一滴も流さず「解放」に成功したんですから」

 噛み合わなさを感じ、視線をあげると、ウェンリー中将は微笑んでいる。どうにも、度量の広さはひとかどの人物であるようだ。同盟には貴族制度はないと聞くが、さぞ名門の出に違いない。なるほど占領地鎮撫に相応しい貴族将校である。

「それと、私のファミリーネームは「ヤン」です。どうぞヤン中将とお呼びください。同盟政府より占領有人恒星系への要求が発せられておりますので、ご説明いたします」

 彼は朗らかに言った。

 ヤン中将がクラインゲルト子爵へ提示した要求は穏当なものである。のちに「妥協的に過ぎる」と非難されたほどであった。それは作戦発案者フォーク准将がサンフォード議長との私的なルートから承認されたという出所の怪しいものであり、数年後大きなスキャンダルの種となったが、原則論を無視すれば現実問題としてヤンからみても悪くないものに見えた。人類は千年近くにわたり「外交」というものを忘れている。西暦史を深く知るような見識を、素人歴史家ヤンは占領地政策から感じていた。

 その内容は「銀河帝国からの独立」「立憲君主制への移行」の対価として「同盟軍の防衛力」と「支援物資」の提供を行うというものだった。支援物資の存在の物的証拠として降下部隊は食糧・物資を満載しており、これを現地行政府と協力し既に配給を開始している。遠征軍司令部は帝国の政治的特性から焦土作戦が実施される可能性を当初から高く見積もっていたのである。

 「要求」というが、これは事実上の占領軍からの命令であり拒否は不可能だとオイゲンは考えた。支配者層は横滑り的に独立政府の職員となり、オイゲン自身も子爵という号を保持したままこのクラインゲルトの国家元首となる。そんなうまい話はない。状況が安定すれば公開処刑なりの対象となるであろうとオイゲンは考えていたが、それは過剰な心配とも言えなかった。当初総司令部では処刑とはいかないまでも、貴族たちを「人道に対する犯罪者」として逮捕移送するつもりであった。

 帝国人の心情的に領主の連行はショッキングすぎると主張したフォーク准将は、どこから知ったか西暦時代東洋の帝国が敗戦後、戦勝国が元首を丁重に扱った結果、戦勝国の最大の同盟国となった故事を滔々と語り過激な論を退けていた。辟易とする諸将を背に、ヤン中将が会議直後興奮してフォークに語りかけていたことは記録にも残っている。

 なお、フォルゲン伯爵領は同盟軍の進出範囲にあったが既に内乱が発生しており、同盟軍は宙域を封鎖、各勢力へ停戦を呼び掛けるにとどまっていた。

「子爵閣下、まずは帝国に対し独立の宣言を行っていただきたいのです」

 ヤン中将本人は文字通りの意味で言葉を発したが、辺境とはいえ貴族社会に身を置くオイゲンは言外の意図を読み取った。銀河帝国を糾弾し訣別せよ、ということであろう。しかし、これも時代の常である。彼は初代子爵のごとく無感動に言う。

「そうですか」

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