アンドリューフォーク転生   作:大同亭鎮北斎

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不協和音

#宇宙歴796年9月2日 新無憂宮~ローエングラム元帥府

 

 人類世界の半分の実質的支配者たるリヒテンラーデ侯爵は、この数日胃痛に悩まされていた。その原因の一翼を担う宇宙艦隊副司令長官ラインハルト・フォン・ローエングラム伯爵を前にし、表情は固い。もう一翼は隣の渦状腕に位置するため、呼びつけるというわけにもいかなかった。

 ラインハルト・フォン・ローエングラムもその美しい顔にやや翳りが差している。目の下には大きな隈があった。元帥府では現在も彼のスタッフが不眠不休で働いている。

「忙しいところを呼び出してすまぬの、ローエングラム伯爵。わかっておるとは思うが、ことは政治的判断を要する。軍と連携の上事態に対処したいのじゃ。この……」

 視線をやり、手元の端末を軽く叩いて起動させる。豪華な壁紙を映し出していた壁面スクリーンの一部にウィンドウが開き、動画が流れ始めた。

「謀略放送について」

 動画のなかでは、飢えた臣民が叛徒……同盟軍からの配給を受けている。それを背景にするように、ややくたびれた宮廷服を纏ったクラインゲルト子爵が朗々と演説を始める。

 帝国……迎撃指揮を執るローエングラム元帥府が焦土作戦をとり、辺境は苦境にあえいでいることを語り、かつてルドルフ帝は海賊から人々を守っていたことと比較する。

『ことここに至っては、既に現在の帝国にゴールデンバウムの精神はないといわざるをえません。我がクラインゲルト、そしてダンクとハーフェンは、只今この時をもって、オーディン政府の指導下を離れます』

 そして新たなパートナーとして自由惑星同盟を選択したことを宣言するこの動画は、帝国全土に広がっていた。無論、謀略放送として視聴が禁じられ、社会秩序維持局がアップロード者の検挙に奔走しているが、消せば消すだけ増える有り様であった。

 同盟はこれを「民主主義の理念としての勝利」として大いに喧伝している。ヤン中将はイゼルローン解放とならび大きな功をあげた「解放者ヤン」としてさらに名声を高めていた。一方領地貴族たちから大いに信用を低下させたのが帝国政府・ローエングラム元帥府である。

「焦土作戦については、事実であったな?」

「はい。純軍事的な観点から有用と判断し実施いたしました」

 この場合、それが裏目に出た。同じく焦土作戦の対象となったモールゲン・ビルロスト・ボルソルンなど多くの有人恒星系が同様に離脱を宣言。同盟軍自身は進出しないものの、クラインゲルトやダンクの商船が物資を送り始めている。ヤヴァンハールやリューゲンでは臣民反乱が勃発し、無政府状態に突入した。ソル星系やシリウス星系などの自治区も離反星系に近く、彼らは同盟が呼び掛ければ応えるであろう(なにせ、連邦時代の気風を残した地である)

 それ以上に問題なのが、これらの星系の領主には門閥に連なるものも多いことである。ブラウンシュバイク・リッテンハイムの両外戚は、声高に中央を批判している。ブラウンシュバイクはローエングラム元帥府を、リッテンハイムは政府系貴族をという方向性の差はあるが、公然と声をあげることは過去の帝国では考えられぬことであった。しかし両者にとっての立場を見れば、寄り子が離反者になり、あるいは反乱者に討たれている状況は政府に責があるという理屈は納得でき、またさほど事実から反しているものではなかった。であるからこそ失点回復は急務だ。

「卿の見立てでは、占領地の解放にどれ程の時を要するか」

「ご命令をいただければすぐにでも。しかし焦土作戦が十全に効果を発揮するまでには」

「発揮しておる! これ以上ないほど、政治的にな。それも悪い方向でだ! これ以上の政治的失点は許容し得ぬ。直ちに全軍を率い、クラインゲルトを解放せよ」

「は、周辺の恒星系は……」

 反駁するラインハルトに、クラウスは怒気を放つ。

「捨て置け! 卿は政治のなんたるかを理解しておらぬ! 領地を守れぬと知れれば、帝国は容易に瓦解するのじゃ! 帝国政府より、ローエングラム元帥府に命ず。叛徒に与したクラインゲルト子爵を引きずり出せ! 汚名を雪ぐ最後の機会と心得よ!」

 無論ダンク・ハーフェン・モールゲン・ビルロスト・ボルソルンの離反者、フォルゲン・ヤヴァンハール・リューゲンの反乱者にも誅罰は必要だ。しかしそれはいまではない。今優先すべきは、帝国そのものの権威を傷つけたクラインゲルトの征伐である。クラウスはそのように考えていた。

「……承知いたしました」

 憤懣やるかたない、という表情でローエングラム伯が退室する。クラウスはラインハルトについて、戦術面では有能な提督だが、戦略となると疎いようだと思っていた。それは宮廷政治においては扱いやすいということであり、大いに結構であったが、非常時には困ったものである、とやや見当違いな感想を抱いている。

 事実としてはローエングラム伯は独自の戦略をもち、帝国政府ではなく自身そのものに信望を集めるために焦土作戦を実施していたが、同盟は外交政治的手腕が一枚上手であったということであった。

 

「オーベルシュタイン、どうやら同盟は政治的にはこちらより上手なようだぞ」

 居並ぶ提督たちの前で、涼しい顔をしてラインハルト・ローエングラム元帥は言う。その表情とは裏腹に腸は煮えくり返り、その怒りは軍事的合理性を理解しないリヒテンラーデ老と、戦う前からこちらに勝利しつつある同盟の策士……恐らくはクラインゲルト占領司令官として再び名をあげた、かのヤン中将とやらであろう……に向けられていた。

「連邦時代のロストコロニーを吸収しながら成長した国ですから、そのノウハウが蓄積されていたのでしょう。考えを改めねばなりませんな」

 他人事かのように応じるオーベルシュタイン准将に腹心キルヒアイス中将が口を開きかけるのを、ローエングラム元帥は制した。作戦を承認した以上、結果の責は自身が負うべきであるとの信念によるものであった。

「帝国政府より元帥府に対し、新たな命が下った。全力をもち直ちにクラインゲルトを解放せよとのことだ」

 提督たちが呻き声を漏らす。想定のなかでもっとも望ましからざる決定が下ったのである。敵意を抱いた臣民に囲まれ、消耗した敵を蹂躙するはずが、地元住民と手を取り強固な防衛態勢を整えた敵のもとへ飛び込まねばならない。

「現在のところ我が元帥府の動員可能艦隊は9個艦隊。同盟側はクラインゲルト・ダンク・ハーフェンに各3個・2個・2個艦隊を配置しております。総司令部はイゼルローン要塞におりますが、揚陸艦内に置かれており、こちらが動けば直ちに戦場へ移動して指揮を行うものと考えられます」

 無感情に、表示した星図を指差しながら義眼の参謀長は述べる。

「この布陣は……」

「ダゴンの再現……いえ、アスターテのリベンジでも目論んでいるのでしょうか?」

 同盟が成功したダゴンと失敗したアスターテ、その両者の布陣に近しい配置になっている。規模をさらに大きくした包囲殲滅を目論んでいるかに見えるが。

「ははは、なるほど」

 笑い始める元帥に、提督たちは困惑の目を向ける。前回各個撃破を為したとはいえ、今回はその包囲のど真ん中へ飛び込み解放するのが任務である。簡単にはいかないのではないか。

「あぁいや、これはヤン中将からの挑戦だろう」

 先だってイゼルローンを落としたヤン中将は、アスターテで帝国の完全勝利を阻んだ知将である。ローエングラム元帥は撤退時に「貴官の勇戦に敬意を表す、再戦の日まで壮健なれ」と通信を送っていた。存外に早く、半年程度でその機会が与えられたことは喜ぶべきことか。

「今回は対等な条件というわけか、いいだろう」

 好敵手の存在に燃え上がる元帥を、諸提督は好意的に見ていた。不本意な戦況ではあるが、そも戦場に本意な戦況などめったにあるまい。閣下の才が発揮されるべき戦場である。そのような状況でこの上官が敗けるとは、彼らには考えられないことであった。

 

 かくして帝国軍ローエングラム元帥府に属する9個艦隊は、一本の矢になってクラインゲルト子爵領――現在同盟と現地の称する「クラインゲルト子爵国」に突入することとなった。

 


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