アンドリューフォーク転生   作:大同亭鎮北斎

4 / 6
集結

#宇宙歴796年9月14日 クラインゲルト防衛司令部

 

 真新しいスーツを着込んだ男性が湿り気のある通路を進む。僅か3週間の間に、自由惑星同盟から送られた工兵隊は子爵領のあらゆる地域にリニア路線と地下壕を設置した。急拵えとはいえ、いまやクラインゲルトは、そのインフラだけであればオーディンにも匹敵するレベルにまで達している。

 ここは地下壕の一つ。政庁の地下施設から通路でつなげられた、クラインゲルト防衛司令部の地下壕である。もはやここがどこの地下なのかもわからないが、なんとはなしに位置を思い浮かべていたオイゲンは「図書館のあたりかな」と思った。重い鉄の扉が目の前で開く。

 クラインゲルト子爵オイゲンが入室すると、司令部要員たちは敬礼で出迎えた。帝国軍服に赤の腕章を身に着けたクラインゲルト私兵――改称しクラインゲルト自衛隊の兵たちと、紺のブルゾンにスカーフの同盟軍兵士たちが並んで敬礼をする姿は宇宙広しといえども容易に目にすることのできるものではないであろう。

「クラインゲルト子爵、こちらです」

 出迎え、幹部会議室へとオイゲンを導くのは准将の階級章をつけた同盟軍人。作戦参謀のアンドリュー・フォーク准将である。ヤン中将と歴史談議で意気投合した彼は「時節さえ合えば戦史研究科に入っているつもりだった」と嘯き、ヤンのことを「先輩」と呼んでいる。フォーク准将がロボス派にとってのヤンであると考え、敵愾心を燃やしていると想像していたシトレ元帥の予想は大いに外れていた。もっとも、それは彼が「21世紀人に憑依された」という「妄想」に陥る前にあっては正解していたのであるが。

 

「フォーク准将、クラインゲルト子爵をお連れしました」

「入りたまえ」

 応じたのはロボス元帥。室内には元帥直属の帝国領侵攻作戦最高司令部の面々が並んでいた。総参謀長グリーンヒル大将・作戦主任参謀コーネフ中将・情報主任参謀ビロライネン少将・後方主任参謀キャゼルヌ少将らである。また、現在星系内に展開している第10艦隊司令官ウランフ中将・第12艦隊司令官ボロディン中将・第13艦隊司令官ヤン中将も着席している。オイゲンはフォークへ促され、ロボス元帥の隣の席へ腰を下ろした。

 オイゲンがヤンにとって望外なほど帝国を攻撃する内容の演説を行った結果、帝国政府は声高に「外患を誘致した」と彼を責め立て、臣民の敵とレッテルを貼っている。まるで、自身の手で収奪を行い辺境を追い詰めたことを忘れたようだ、と彼は思い、思うだけでなく口にもした。結果、離反星系と同盟では大いに人気を得ている。

 であるからか、わざわざご丁寧に、帝国政府からはローエングラム元帥府の全軍をクラインゲルト解放に投入する、と宣言があった。国内諸侯向けの牽制であろうが、敗北すればかえって逆効果となろう。無論、戦争などというものを負けると思って始める人間は居ないのであるが。

 すくなくとも、軍事的には悪手も悪手であり、同盟軍諸提督はサンフォード議長がそういったタイプの出しゃばりでないことに大いに感謝し、あるいは敵手たるローエングラム元帥に同情したものである。

 

 そのローエングラム元帥府の艦艇が昨日アルヴィースとレージングの両恒星系にジャンプしたとの報が入っている。アルヴィース方面は黒い艦艇。黒色槍騎兵艦隊であり、レージングは赤い旗艦からキルヒアイス中将の艦隊であることが推測された。

 偵察艦は確認をしたのち一目散に逃亡しこちらへ報告を行ったが、光速の関係上すでに敵には「気づいたこと」を気づかれているであろう。こと情報に関しては、転移した側が有利なのである。これはあちらの光が届く頃には先にいたこちらの光はとうにとどいているという単純な物理法則によるものであったが、ある種戦いの女神がフェアプレーの精神を持っているようにも見えた。

 アルヴィース・レージングはクラインゲルトへ1ジャンプで到達できる近隣恒星系である。宣言通り、ローエングラム元帥府はその総力をもってこの地へ向かうと見えて間違えなかろう。既にダンク・ハーフェンへは通報艦がジャンプしており、ローエングラムの本隊が到着するころには両恒星系で戦闘準備を整えている同盟艦隊がジャンプアウトするはずだ。10・12・13の艦隊は惑星直上ですでに防衛態勢を整えている。惑星上でも、同盟軍がイゼルローン陥落により後方と化したアルレスハイム・エルファシルなどの星系からかきあつめた防衛兵器が敵の到着を待ち構えていた。

 更には、サンフォード議長が「最前線にこそ必要だ」と語り市民の支持を取り付けたことで、アルテミスの首飾りが軌道上を周回している。惑星クラインゲルトはハリネズミのように武装した、いまやイゼルローン並みの要害であった。無論市民も急造ではあるがシェルターへ退避を済ませている。同盟が戦勝後の復興支援として提示した莫大な金額(対宙兵器のメンテナンス費用が転用された)のせいで、反対するものはほとんど皆無であった。機雷源も航路の要所に設置され、それを離れて包むようにゼッフル粒子を散布している。また、4番惑星軌道外縁の小惑星帯を利用して大型砲をいくつも設置、質量弾攻撃阻止用に対質量弾質量弾とすべく推進装置をとりつけた小惑星も用意されていた。

 その防御は読んで字のごとく、鉄壁であった。これらはヤン中将とフォーク准将が西暦時代の攻城戦の故事を語り合い、思いつくだけ設けられたものだと司令部では噂されている。オイゲンも「帝国の書籍に惑星防衛戦のものはないか」と興奮した様子の両名に詰め寄られ、書庫の鍵を渡していた。この些かやりすぎなまでの防衛体制をみると、それは正解であったようだ。過剰ではあろうが、領主としては領民が危険にさらされる事態となる恐れは、少なければ少ないほどいいのである。

「防衛作戦は事前の計画通り行います。総司令部はこちらへ転移するダンク方面艦隊・ハーフェン方面艦隊との通信維持に専念し、宙域における指揮は防衛計画立案者のヤン中将が担当いたします」

「ヤン中将です。本来は先任であるボロディン中将やウランフ中将の指揮下に入るべきなのでしょうが……」

「君はローエングラム元帥のお気に入りのようだからな」

 ウランフ中将が半笑いで茶々を入れる。ローエングラム元帥は「敵将ヤンウェンリー」と名指ししている。彼がアスターテの武功で元帥へ昇進したことは周知の事実であり、その際干戈を交えたヤンをライバル視しているというのは笑い話になっている。

「ええ。ローエングラム元帥は同じ奇策を用いるようなことはしないでしょう。油断は禁物です。最善を尽くしましょう」

 とはいっても、である。今回は惑星防衛戦である。さんざ要塞攻撃の戦訓を積み上げてきた同盟に対し、要塞砲に頼っていた帝国。艦艇以外のものを加えると既に火力は防衛側が凌駕しており、さらに増援が既に向かっている。そして攻城三倍の法則。勝利とは劇的なものではなく、大抵のものは積み重ねたものの結果に過ぎない。

 現在だけ、機動戦力だけが帝国の勝っている点である。わき目も振らず敵が猪突猛進した場合、一瞬敵の優勢な時間が訪れるとヤンは気づいていた。ローエングラム元帥が前回同様その賭けを行えば……開いた傷を拡大させる力は、彼にはあるだろう。

 

 ノックの音がした。

「入りたまえ」

 ロボス元帥がやや間延びした声で応じる。入室したのは司令部の兵の一人である。

「ただいま大質量の転移を感知いたしました」

 冷たい汗がヤンの背を伝う。黒色槍騎兵艦隊か、キルヒアイス艦隊か……

「どちらの方面から?」

「ええと……」

 

「ハーフェン方面、第3艦隊と第5艦隊の到着です」

 ヤンは椅子へと深くしずみこんだ。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。