アンドリューフォーク転生   作:大同亭鎮北斎

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決戦

#宇宙歴796年9月15日 ヨーツンヘイム艦橋

 

 カール・グスタフ・ケンプ中将の旗艦ヨーツンヘイムがクラインゲルト星系に転移した直後に見た光景は、異常の一言で表す他ないものであった。先行した黒色槍騎兵艦隊の姿はない。一瞬スクリーンが白に染まったかと思うと、右舷前方に展開していたキルヒアイス艦隊が火だるまになっていた。旗艦バルバロッサは中破しつつ健在であるようだが、あれでは艦隊戦力は運用が不可能であろう。

 キルヒアイス艦隊は機雷源・アルテミスの首飾り(なんと同盟は太っ腹なことか。それに比べリヒテンラーデ侯爵の痩せぎすめ)の排除用に新兵器、指向性ゼッフル粒子を満載していた。その誤作動であろう。出所の確かならぬ兵器を用いるのはリスクが大きすぎる。元帥らは若く英明であるが、些か足元がおろそかなのではないだろうか。いや、その若さこそが彼を改革者足らしめているのだ。

 黒色槍騎兵艦隊はいずこへ消えたのか。ビッテンフェルト中将は猪突猛進で知られる闘将であるが、布陣が完了する前に戦端を開くのはいささか軽率に過ぎる。どうにもこの戦いは制御できない状況に陥り始めているようだ。

 重力波の揺らぎが出現し、ルッツ艦隊が右方に出現する。まずは事前計画の通りの布陣へ移るべきだろう。微速前進をケンプは命じた。先行した二艦隊があの有様であるから、戦場の情報収集も自分に課せられた任務であると考えるべきだろう。

「ルッツ中将より通信。キルヒアイス艦隊の救助へ当たると」

「ゼッフル粒子による爆発が考えられる。残存粒子へ注意するよう進言を」

 集まりつつある情報を見るに、敵はダンク・ハーフェンからの集結に成功しているようだ。キルヒアイス艦隊が爆散した今、数的には互角の状況となっている。惑星直上に3個艦隊と無数の衛星兵器群、ひときわ大きい質量を持つものが幾つかあり、あれが噂に名高いアルテミスの首飾りであろう。小惑星帯付近にも熱量を感知でき、そちらにも何らかの仕掛けがありそうだ。隙というものが見当たらない。

「て、提督……デブリ質量が」

「前方のデブリが射線の邪魔か? しかしこちらにとっても盾として使えるのでは」

「違います、提督。キルヒアイス艦隊としては質量過大……装甲板の色が、黒色です」

「シュ、黒色槍騎兵艦隊……!?」

 そう考えると、キルヒアイス艦隊の爆発も事故ではないように思える。となれば既に敵の計略により2個艦隊を失ったことになるわけだ。脳内で警鐘が鳴り響く。ケンプ中将の元パイロットとしての勘が、撤退を主張していた。しかし、撤退はできない。本隊は現在転移中であり、ここでケンプ艦隊ないしはルッツ艦隊が撤退すれば本隊はさらなる数的劣勢に陥るわけである。

「く、そ……」

 職業軍人としての義務感だけが、ケンプ中将を戦場へとどめていた。しかし分かってしまう。既に罠は閉じられている。ここは同盟軍の――いや、ヤン中将の狩場であるに相違なかった。

 

 そこからは一方的な展開であった。ケンプ・ルッツ艦隊へ向けヤン中将の本隊である五個艦隊が前進。壊滅に近い損害を受けながら本隊合流を目指し後退し、ワーレン・メックリンガー・ミッターマイヤー・ロイエンタールの4艦隊は到着早々に合流を果たすも数の論理で防戦一方に追い込まれる。

 ルッツ中将の戦死によりケンプ・ルッツ艦隊は半個艦隊ほどに再編され、既に火力の大半を喪失していたことから後退して退路の確保を行うことを命じられる。

 以降はジャンプポイントを確保しつつ、時折訪れる火の粉の如き自律兵器を払うだけであった。それすらもヤンの手の内であると、ケンプ中将は半ば確信していた。撤退路をあえて放置することで死兵とさせることを避けているのだろう。なんたる狡猾か!

 それでもローエングラム元帥の指揮は鈍ることがなかった。ワーレン中将を犠牲に払いつつ、ロイエンタール艦隊を別動隊として戦線を突破させると、惑星へ向かわせる。惑星自体を陥落させれば、いやそれが成しえないとしても惑星を蹂躙しさえすれば、形式だけでも任務を果たしたこととなる。

 しかしそれを許すような同盟軍ではなかった。戦略予備に配置されたホーウッド中将の第7艦隊とアップルトン中将の第8艦隊が追い立て、ついに航路を誤り、アルテミスの首飾りの射程圏内へ入ったロイエンタール艦隊は瞬時に高熱の霧と化した。その時点で攻撃はいったん止み「撤退するならば追わない」との旨のヤン中将による通信が行われた。通信妨害も解除され、キルヒアイス中将の救命を確認したローエングラム元帥は撤退を決断。

『撤退する』

 とだけ通信したラインハルト・フォン・ローエングラムに対し、ヤン・ウェンリーはただ

「二度とお会いしたくないものだね」

 と肩を竦めるだけだった。

 

 のちに「銀河分け目の決戦」と称されることとなるクラインゲルト会戦は同盟側7個艦隊と地上軍、帝国側8個艦隊により行われ、同盟側は2万隻の艦艇ならびに5割の軌道上防衛兵器を失ったが地上軍からはほとんど死者を出さなかった。惑星クラインゲルトに関しては破壊された軌道兵器の破片が降り注ぎ民家5棟が全焼する被害にとどまっている。

 一方銀河帝国軍は艦艇6万隻を失い、正規艦隊提督ではビッテンフェルト中将・ルッツ中将・ロイエンタール中将・ワーレン中将が戦死、またメックリンガー提督が艦橋内で倒れた柱により両下肢の切断に至る重症を負った。彼はオーディンへ戻り次第予備役へ編入されることとなるであろうことを同輩たちは感じていた。

 ローエングラム元帥とキルヒアイス中将・ケンプ中将・ミッターマイヤー中将、そして参謀長オーベルシュタイン准将は五体満足で帰途についたが、わずか半日でこれほどの犠牲を積み上げたことに、諸提督は消沈を隠せなかった。覇者の風格を常日頃漂わせている元帥ですら、この日ばかりは私室に籠り、敗戦処理はオーベルシュタイン准将が代行していたという。

 一方同盟軍も1個艦隊以上の戦力を失い、人的被害も帝国のそれよりは少ないとはいえばかにならぬものであった。友邦クラインゲルト(これは公的な用語である)の自立は守られたが、そのために支払う代償としてはいささか高価にも思われたのである。兵たちは空前の勝利に酔いつつも、いわば他人の番犬を務めることの空しさのようなものも同時に感じていた。その空気は本国へも伝わり、厭戦気分を醸成することとなる。

 この星域における唯一の勝利者と言えるのはクラインゲルト自衛隊であった。直接あげた戦果は大きなものではないが、クラインゲルト市民にとっては帝国からの離脱に抱いていた漠然とした不安を払拭し、同盟からのインフラ整備とともに前途の明るさを感じさせることとなった。また、いずれは自分で自国を守るべし、という意識が芽生え、この一戦で自衛隊は「子爵私兵」から「国民軍」へと自覚が変容した。これは同盟にとっても歓迎すべき変化であった。

 この日を境に、帝国はその纏まりを欠くこととなる。リヒテンラーデ侯爵率いる政府系貴族は国家の再統合に奔走するが、帝都へ戻る敗残兵の列が到着するより前、この2日後に皇帝フリードリヒ4世が後継者を指名することなく急性心疾患により崩御する。帝国の行く手には暗雲が立ち込め、予報士の素質を有するものたちには来るべき大嵐が見えていた。

 


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