詰みゲーみたいな島(四国)に人類を滅ぼす敵として転生した百合厨はどうすりゃいいんですか?   作:百男合

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鷲尾須美の章
名無しの星屑


 時刻は深夜1時。

 自分の部屋でノートパソコンの前に座った俺は、お気に入りのブックマークから某大手動画サイトを開いていた。

 パソコンの画面では転校で再会した幼馴染の女の子2人が自分の作った魚のフェルト人形を交換しあっている。

 その光景に俺の指は意識せずキーボードの上を走り「あら^~」とコメントを打ち込んでいた。

 尊いと思った瞬間にはもう指が動きコメントを投稿している。無意識にできるほど繰り返してきたからこそできる動作だ。

 まぁ、なんの自慢にもならないスキルですが。

 今俺が見ているのは「放課後ていぼう日誌」という釣りを部活にしている風変りな女の子たちが登場するアニメだ。

 いわゆる深夜アニメで、のんびりとした田舎で釣りを楽しむ少女たちを題材にしたお話だ。釣った魚の料理が毎回おいしそうなこともあり見る時間によってはメシテロアニメとされている。

 今回放送しているのはキス釣りで、キスのテンプラが非常においしそうだ。料理が出てくると「塩で」「めんつゆ一択」「おーい誰か大根おろし持ってきて」といったコメントが流れていく。

 思わずじゅるり、と出てきたよだれを飲み込む。空腹からコメントを打つ前の料理シーンを反芻してしまった。

 そんなことを考えていたらいつの間にか物語は佳境に入っていて、エンディングが流れ出すと「くるしい」「たすけて」「勝手に終わるな」「もはやこれまで」といった多くのコメントが画面を流れていく。

 もちろんその中には俺が打ったものもあった。日常系アニメが終わるときは、何とも言えない喪失感がある。新しい日常系アニメが始まるまでの数日間はまさに地獄のような日々だ。

 はぁ、それにしても放課後ていぼう日誌はいいアニメだったなぁ。コロナで放送休止したけど、その分再開した時の嬉しさといったら。

 釣りという女の子の趣味からは遠いジャンル。それを通して深まる友情模様。一癖も二癖もある女の子たち。生き物苦手なヒロインと命をいただくというテーマ。教育番組で放送してもいいと思える海鳥と釣り人が残していくゴミの問題。面倒くさがりと思われていた部長のやや突き放してはいるが愛のある教育方針。

 どれをとっても最高だった。特に部長、あんた立派なお母さんになるよ。というか登場する女の子みんないいお嫁さんになりそう。

 まぁ、それも今日で終わりなわけで、ちょっとさびしい。でも大勢で見るとそれも和らぐ。

 やっぱり楽しいアニメはみんなで見るに限る。

 特に、かわいい女の子たちがイチャイチャしているアニメは。

 女の子同士がイチャイチャするのなんて二次元じゃないとありえないしな。現実はマウントの取り合いでギスギスしてるか、プライドだけの嘘で塗り固めた意地の張り合いばっかりだし。

 そもそも俺がこんな時間にアニメをパソコンで見ているのも以前尊さのあまり「キマシタワー」と叫びながらコメントを打った瞬間を姉に見られ、「うわぁ…」ドン引きされたのが原因だ。この時は不覚にもイヤホンをしていて奴が近づくのに気づけなかった。

 どうやら相当気持ち悪い顔(失礼な)をしていたらしく、母親に報告されその晩ちょっとした家族会議になった。

 以来アニメを見るときは姉が寝たのを確認した深夜か起きてくる前の早朝と決めたのだ。

 え? だったら部屋の扉閉めて見ればいい? お前らわかってない。姉は無断で弟の部屋に入るし、許可も得ず弟のものを持って行って私物化するんだ。

 姉がいる俺が言うんだから間違いない。だから現実が過酷なぶん、二次アニメで女の子同士がキャッキャウフフする理想郷を夢見たっていいじゃないか。

 そんなことを考えながら、スマホの電源を入れる。今やっているゲームのスタミナがちょうど回復する時間だった。寝る前に少し減らしておこう。

 さて、新番組が始まるまで何を見ようか。まちカドまぞくとゆゆ式、わたてんの3つは外せないとして来期のおさらいとしてごちうさの1期2期と刀使ノ巫女とみにとじも見ておこうかな。

 あ、刀使ノ巫女で思い出したけど、結城友奈は勇者であるも3期やるんだった。まだ放送日は決まってないけど俺がゲームに課金したお布施が役に立ってくれて嬉しいなぁ。あとは銀ちゃんの誕生日イベント「友の夢を」のアニメOADの作ってください運営様。

 あとできればバレンタインデーイベントも収録してほしいなぁと思いながらゲームのアイコンをタップした瞬間、ビリッと静電気が走ったような痛みを感じた。

 思わずスマホを手放すと画面に放送休止したチャンネルのような砂嵐が一瞬見えて、そこから溢れ出した光に包まれていた。

 

 

 

 身体を包み込むような暖かい光が遠くなっていくのを感じる。

 まぶしさから閉じていた瞳を、ゆっくり開けると目の前に広がっていたのは赤い世界だった。

 夕焼けのどこか哀愁を感じさせるものではなく、かといって朝焼けのようにどこかこれから何かが始まるのを期待させるようなまばゆい光でもなく、ただただ赤い。

 まるで赤く塗られた本のページに閉じ込められたようだ。

 紅いインクを目薬の代わりにさされたのかな? と馬鹿なことを考えてすぐ否定する。そんなこと誰がするというのだ。

 まぶたをいったん閉じようとして、できないことに気づく。というか手も足も動かせなかった。そもそも手と足はどのように動かすのか、それすら思い出せない。

 夢か。

 すぐにそう結論付けた。夢ならばなにも不思議なことはない。当たり前にできていたことができなくなり、しかしそれを行うための概念は知っているという矛盾。これが夢でなくて何だというのだ。

 自分で夢が夢と気づいているのを、たしか明晰夢というのだったか。めったにない体験に少し胸が高揚する。

 よくよく遠くを見れば赤一色だと思われた世界に白い小さなドットが見える。もっと近くでよく見たいと思うと白い点がどんどん大きくなっていく。どうやら思うだけで体が勝手にそちらに向かっていくようだった。

 なるほど。明晰夢とはこうやって楽しむのか。

 一人納得していると白いドットだと思っていたものは連なった複数の白い何かで、やがてそれがどこかを目指して移動している白い群体だと知る。

 そのうちの1体を見て、歯ブラシの上に乗せた歯磨き粉のようなフォルムに改めて変な夢だなぁと思う。

 見たこともない変な形の変な生き物がイワシのように群れを作ってどこかへ向かっている光景。夢占いで診断したらどういう結果になるのだろう。

 白い群体はパッと見ただけで100は超える数で、気が付けば自分もその群れの中に巻き込まれていた。1匹1匹が目と鼻の先に見ることができる距離になって、初めてそれに気づいた。

 こいつら、『星屑』じゃね?

 星屑とは、結城友奈は勇者であるというアニメのシリーズに出てくるバーテックスという存在の中でも最下級の敵。いわゆる数が多いだけの雑魚。満開ゲージをためるためだけのエサである。

 唇のない歯をむき出しにした大きな口が特徴的で、体当たりと噛みつきしか攻撃手段がない。

 アニメ放送終了後に開始したアプリゲーム花結いのきらめきでは勇者の通常攻撃を1、2回受けただけで倒されてしまうこともある。そんな存在だ。

 だがそれでも何の力を持たない一般人には脅威であり、勇者以外の攻撃は効かない。複数集まれば星座級の巨大バーテックスになる――

 ん? 今俺何考えた?

 見ると群れの先頭…終着点が見えた。白い群体が黒く見えるほど互いに星屑たちはぶつかり、もみくちゃになりながら何かの形になろうとしている。

 直感的にヤバイと思い、全力でここから離れたいと強く願う。

 体に星屑が強くぶつかる感覚があった後、なんとか星屑の群れが白い塊に見えるくらいの距離まで離れることができた。痛みがなかったのは夢だからか。

 

 水瓶座(アクエリアス・バーテックス )

 

 声に出したはずなのにそれが耳から聞こえないことに気づかないほど、その時の俺は衝撃を受けていた。

 ひょろっとした枝のような体に連なった2つの頭。青い半透明のゼリーのような上半身と風鈴のような下半身。両脇には三ノ輪銀を閉じ込めた透明な水球が2つ。

 星屑の群れは鷲尾須美の章で最初に出てきた敵、アクエリアス・バーテックスの姿になりつつあった。

 その水球に映った自分の姿に、思わず固まる。

 唇のない歯がむき出しの大きな口。口の端には端を杭で打ち付けたような十字が1対。あごの下からは紐のようなものが垂れている。

 さらにウツボカズラを横にしたようなでっぷりとしたこの体躯(からだ)

 どう見ても人類を滅ぼす側の最弱の敵、星屑だった。

 

 

 

 アクエリアスから全速力で逃げ、気が付けば星屑が1匹もいない場所を漂っていた。

 眼前には真っ赤な…人類が生存することができないバーテックスたちの世界。四国の壁の外の光景が広がるのみ。

 状況を整理しよう。

 目を覚ますと、俺、星屑になってた。

 いったいどこのフランツ・カフカだ! いや、あっちは夢からさめたら毒虫になってたからこっちのほうがマシなのか?

 というか、これ本当に夢なのか?

 一瞬浮かんだ怖い考えをすぐ打ち消す。夢だ。夢に決まってる。

 目を覚ませばきっとまたいつも通りの日常…日常。

 いつも通りって、どんなのだっけ?

 あれ? あれ? あれ? 思い出せない。結城友奈は勇者であるのアニメ本編やそのアプリゲーム花結いのきらめきの知識はあるのに、それ以外を思い出せない。

 結城友奈、東郷美森、犬吠埼風、犬吠埼樹、三好夏凛、鷲尾須美、乃木園子、三ノ輪銀、乃木若葉、上里ひなた、土居球子、伊予島杏、群千景、高嶋友奈、白鳥歌野、藤森美都、秋原雪花、古波蔵棗、国土亜弥、楠芽吹、加賀城雀、弥勒夕海子、山伏しずく、赤嶺友奈、弥勒蓮華、桐生静。

 全員の顔と名前、性格、関連するエピソードは完全に思い出せる。逆にそれ以外は何も思い出せない。

 自分の名前と生い立ちさえも。

 ゾッとした。自分のことがわからないのが、こんなに怖いとは今の今まで思いもしなかった。

 記憶喪失系主人公ってお気楽な奴多いなと思っていたが、とんでもない。こんな怖さをずっと耐えていたのかと尊敬の念を抱く。

 と同時にあれはフィクション。いわゆる作り物のお話だからそういう性格なのだと思う。

 いやでもいま目の前にある現実として自分は記憶喪失なわけで。そのフィクションの世界になぜか最弱の敵としてここにいるわけだし。

 いかん、思考がループしてきた。こういう時はいったん寝るに限る。これが夢ならきっと寝てしまえば現実に戻るはずだ。

 起きて、変な夢見たなとどうせほとんどおぼえていないだろうがどことなく気持ち悪い夢を見たという感情が少し残るだけで、いずれ忘れてしまうだろう。

 そうと決まったらさあ寝よう、すぐ寝ようと思い、気づく。

 まぶたって、どうやって閉じるんだっけ。そもそも星屑にまぶたってないだろと。

 うーんうーんと無い腕を組んで頭を悩ます。

 結局、寝ることを諦めてこれが現実なのだと受け入れるのにそれなりの時間がかかった。

 

 

 

 え、これマジ? これ本当に現実でゆゆゆ世界なの?

 俺、異世界転生しちゃったの? しかもまさかの敵側で最弱スタート!?

 こういう異世界転生ものってセオリーとしてある程度その世界で権力を持った家に生まれたり、主要キャラに近い存在の人間として特殊能力とかのチートを持って転生するんじゃないの?

 それが人間どころか星屑って…と自分を顧みて冷静に分析してみる。

 

 なまえ:ほしくず

 タイプ:あく

 とくせい:ふみん/がんじょうあご/ふゆう

 たいりょく:一日中壁の外を全力で移動しても疲れないスタミナをもつ。

 こうげき:人間は簡単に倒せるが勇者には傷ひとつつけられれば御の字。

 ぼうぎょ:満開してない勇者の攻撃を1撃耐えられればすごいぞ。

 すばやさ:星座級の巨大バーテックスよりそこそこはやい。ただし双子座には負ける。

 わざ:たいあたり

    かみつき

 ゆゆゆ世界で最も弱くて情けない敵役。

 数十どころか3桁の数が倒されたとしても「星屑の群れを倒した」くらいの描写しかされない存在。下手したら描写すらされない。

 いっぱい集まると星座級の巨大なバーテックスになるぞ。

 

 うん、クズ運だな。星屑だけに。

 転生ガチャ、ハズレ引いちゃったよ。できることなら乃木家でそのっちの双子の弟として勇者の姉を支えながら乃木家の権力を使って女の子たちがイチャイチャする環境を作りひたすら見守ることができるSSR人生を引きたかった。

 ん? 待てよ。今俺ゆゆゆ世界にいるんだよな。

 だとしたらリアル友奈や東郷さん、風先輩に樹ちゃん、にぼっしーに会える!?

 むしろゆゆゆい時空ならこの5人どころか推しカプ――ゆうみも、ふうにぼ、にぼいつ、ゆうにぼ、小学生組、ぎんすみ、ぎんその、すみその、わかひな、あんたま、ぐんたか、わかちか、うたみー、芽吹ハーレム、亜弥ハーレム、めぶあや、めぶにぼ、ぎんみも、すみちか、ぎんシズ、ふうなつめ、なつめぎん、せっかりん、乃木家、巫女組、友奈ズ、神樹館四天王、弥勒家とかがキャッキャウフフしてるところが生で見られる!!

 思った瞬間、赤い世界の中を漂っていた俺は唯一人類が住むことのできる場所、四国を守る高い壁を見つけていた。そこには人類を守るための結界と、その先にいるであろう推しカプが住む楽園がある。

 すでに先ほどまでのネガティブな感情はすでに消え、今は高揚感だけが心を満たしていた。

 胸を満たすのは推しカプがキャッキャウフフしているところを見届けなければならぬという使命感。要するに煩悩であった。

 そうと決まったら早速出発じゃい! ヒャッハー!!

 

 

 

 この時、俺は浮かれるあまり忘れていた。この世界におけるバーテックスの存在理由を。

 バーテックスである自分が人間の住む領域に近づくという、その意味を。


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