詰みゲーみたいな島(四国)に人類を滅ぼす敵として転生した百合厨はどうすりゃいいんですか?   作:百男合

15 / 105
 あらすじ
バーテックス銀ちゃん「巨大人型バーテックスを倒したぞ!」
(+皿+)「やったぜ!」
バーテックス銀ちゃん「あ、でもへびのほうが須美と園子のほうに⁉」
(+皿+)「任せろ。種族を超えて百合になるウィルス投入!」
天の神(本体)「あら^~。百合尊いですわよ~」(百合感染)
(+皿+)「ついでに神樹の体液抜いてやる! えい、えい」(ギガドレイン)
神樹「らめぇ~、吸われちゃう~」
 だいたいこんな感じ


【わすゆルート】ほんものとニセモノ

 オフィウクスを倒し、バーテックスの大群を退けた須美、園子、銀は人型バーテックスの拠点であるデブリを訪れていた。

 ここまではフェルマータに乗ってきた。バーテックスに乗るという事態に須美は緊張していたが、園子は初めての体験にはしゃいでいる。

 デブリにたどり着くと見たこともない西暦時代の遺物に今度は須美が目を輝かせていたが、今は回復中の銀を回収し、四国へと連れ帰るのが先決だ。

 後ろ髪を引かれる思いだったが人型バーテックスがまたくればいいと言ってくれたので名残を惜しみながら案内された銀が治療中の水球へと向かう。

 そこには巨大な水球の中で、胎児のように丸まった三ノ輪銀がいた。

「この銀が、本物なのね」

「ミノさん」

 2人は内心複雑な気持ちだった。

 ここにいる三ノ輪銀が本物ということは、さっきまで自分たちや人類のために巨大なバーテックスとそれが指揮する大群と戦ってくれていたのは…。

 いや、考えるのはよそう。

 人型のバーテックスが手を触れると、水球はシャボン玉のようにはじけ水が地面に落ちる。

 宙に浮いたままの三ノ輪銀は、風に運ばれながらゆっくりと須美と園子の元へ送り届けられた。

『レオやサジタリウスにやられた傷は完全に治した。でも目が覚めない。ここの環境が悪いのかもしれないから1度四国の病院で診てもらおうと思うんだけど』

「わかりました。私達が責任をもって銀を連れて帰ります」

 人型のバーテックスから銀を受け取り、須美が言う。

「⁉ 見て、わっしー。ミノさんが」

 園子の言葉に3人が注目する。見ると人間の三ノ輪銀のまぶたが動き、身体が身じろぎしていた。

『須美ちゃん、早くキスして!』

「はひ?!」

 突然の人型バーテックスの言葉に、思わず変な声が出てしまった。

『こういうのは真実の愛のキスで目覚めるって相場が決まってるから!』

 チラッと人型バーテックスが園子のほうを見る。アイコンタクトを受けた園子もそれに同意した。

「そうだよわっしー! 早く早く。はりー! いっつはりーあっぷ!」

「えっ、えっ」

 急に無理難題を振られ、おろおろする須美にバーテックスの銀は煽った2人にチョップする。

「須美。そんなことしなくていいから。こいつ連れて四国へ帰りな」

「銀…助かったわ。ありがとう」

「いいってことよ。途中まで送るけど、良いよな」

『もちろん』

「途中までって、ミノさんは帰らないの?」

「それは…」

「うーん。うるさいぞ鉄男。姉ちゃんはまだ眠いんだ」

 銀が言いよどんでいると、須美が抱きかかえているほうの銀がむにゃむにゃと言いながら身じろぎし、目を開けて…目を点にした。

「……あたしがいる?」

「おう。全部終わってようやくお目覚めか」

 目をぱちくりして、自分とそっくりの顔をした白い髪の少女を見る。周囲を見渡しここが自分の知るどこでもないこと。なぜか敵である人型のバーテックスと一緒にいる親友の須美と園子が勇者服を着ていることを考え、銀は結論を出した。

「須美、園子! 騙されるな! そいつはあたしのにせものだ!」

「はぁ? だれがニセモノだ! アタシは本物の三ノ輪銀だ」

「嘘つけ! 三ノ輪さんちの銀ちゃんはこの世界にただ1人、あたしだけだぞ!」

「あー、その辺の説明は面倒なんだけど…とにかくアタシはお前で、三ノ輪銀なんだ」

 バーテックスに自分の記憶を注入した存在と言われても自分なら信じないだろう。

 どう説明したものかと考えていると、人間のほうの三ノ輪銀はバーテックスのほうの三ノ輪銀を指さす。

「じゃああたしの質問に答えてみろ。本物の三ノ輪銀なら答えられるはずだ」

「いいぜ、受けて立つ!」

「ちょっと銀」

「おー、なんだかおもしろいこと始めてるー」

 二人を仲裁しようとする須美と傍観する気満々の園子。

「あたしの親友の名前は?」

「須美と園子に決まってんだろ。じゃあこっちも訊くけど通っている学校と担任の先生の名前は?」

「神樹館小学校6年、安芸先生。弟の名前は?」

「鉄男と金太郎! アタシが好きなものは?」

「イネスのしょうゆ豆ジェラート! 須美のバストサイズは?」

「ちょっと!?」

「■■cm!」(プライバシーにより検閲)

「おい、須美! こいつしっぽを出したぞ。この前測ったときたしか□□cm」(プライバシーにより検閲)

「いい加減にしなさい!」

 須美の雷が落ち、2人は正座させられた。もちろん待っていたのはお説教だ。

 

 

 

「つまり、あたしは3体のバーテックスと戦ってから3か月くらいずっと寝てたと」

「そうだよ。そのせいでアタシが作られて、須美や園子との和解のためにバーテックスの身体に記憶を移すハメになったんだ」

 説明を聞いた銀は半信半疑だった。

 自分の記憶を持ったバーテックスという存在もそうだが、親友で勇者の2人がそれを自分だと認識している点にもだ。

 なんとなく面白くない。まるで親しい友達が自分以外の相手と自分以上に親しい現場を目撃したような。

 言ってみればそれは子供っぽい独占欲なのだが。

「それにしてもなんで今までずっと眠ってたんだよ。バーテックスの大群が迫ってる肝心な時に寝過ごすって、相当だぞ」

 言葉にいちいちトゲを感じる気がする。

 無論本人に悪気はないのだろうが人間の銀にとっては内心穏やかではなかった。

「あたしだって好きで寝てたわけじゃねーよ。ただ悪夢が」

「悪夢?」

「そう。なにもない荒れ地みたいなところで、ずっと鎖につながれてたんだ。背中に岩があったんだけどそれ以外は何もなくて、あたしもあたしじゃないみたいだった」

 その言葉を聞いて人型のバーテックスが『あのクソウッド、やっぱりイメージ拉致してやがった』と怒っていたが、他の3人は何のことかわからなかった。

『おそらく銀ちゃんは神樹に魂を捕らわれていたんだろう。1期最終話の友奈…もといかつて他の勇者たちがそうであったように。だけどさっきの戦いで俺が神樹の体液を吸い取ったから一時的に拘束が弱まって銀ちゃんの意識も戻ったんじゃないかな?』

「え、神樹様の体液吸ったって…って神樹様って勇者の魂とっちゃうんですか!?」

「大赦では死後勇者の魂は神樹様の元に導かれるって教わったけど」

『須美ちゃん、そのっち、あのロリコンクソウッドのこと信用しちゃだめだよ。あいつ昔から女の子(物理的に)山ほど食ってるし、かわいい女の子と結ばれるために自分の信者五穀米にしちゃうくらいの変態だから』

「「えぇ…」」

 生まれてからずっと信仰してきた神樹様のイメージを揺るがすような情報に、勇者2人はどこまで信じていいのかわからず困惑する。

「そういえば他にも何か悪夢を見ていたような」

『え? まだあいつにひどいことされたの!? クソ、体液が空っぽになるまで吸い尽くしてやるんだった!』

「それはやめて。四国が滅んじゃうよー」

 わりとマジなトーンの人型バーテックスの言葉に、園子が待ったをかけた。

 しかしどんな夢だろう、興味がある。

 須美と園子が見つめる中、人間の銀は重々しく口を開いた。

「成長した須美と園子の胸がエベレストと富士山になってたのに、あたしだけ天保山のままだったんだ」

 なんだそれは。

 あまりにしようもない内容に須美が呆れていると、白いほうの銀は人間の銀の手をがっしりと掴む。

「わかる! それすげぇわかる!!」

 なぜか意気投合していた。

「あたしもあの世界でそれ間近で見てたし、ビバークと登頂もした! でも自分にもほしかった」

「だよな。登山もいいけどやっぱりやっぱり地元の山が低いままだとどうしても比べちゃうよな!」

「あれ、何言ってるかわかる? そのっち」

「さあ? でも楽しそうだからいいんじゃない」

 すっかりお山談義に夢中になっている2人を遠巻きに見ながら、須美と園子は言う。

 そんな中、人型のバーテックスが園子を手招きしていた。どうやら須美や2人の銀を置いて1人で来てほしいらしい。

 とことことついていくと、2人の銀と須美からやや離れた場所に招かれた。そこには人間にしか見えない真っ白なバーテックスがいた。

『そのっち、スマホ貸してくれる?』

 人型バーテックスの言葉に園子は首をひねる。

「いいけど、勇者には変身できないよー。あれはわたしたち専用のアプリだから」

『はっはっは、そんなことしないしない』

 じゃあ何に使うの? と問いかける園子に、人型のバーテックスは言った。

『ちょっと、大人同士の汚い取引の話さ』

 

 

 

「やあ、どうせ今までの戦いを見て聴いてたんだろう? 大赦の皆さま」

 乃木園子のスマホから聞こえてきた声に、大赦の要職にいる人物たちは肝をつぶした。

 ここは大赦の奥のさらに奥。重要な決定を行うための会議室。

 そこには大赦の最高権力者や勇者の世話役、巫女の神託をまとめたり神樹のバイタルを調整したりする部署の責任者が集まっていた。

「返事がないな? 子供たちに戦わせて自分たちはふんぞり返るような大人はやはり碌な教育を受けていないのかな?」

 明らかに煽るような言葉に、数人の顔が怒りで朱色に染まる。

 今こちらに語り掛けているのは、自分たち大赦の勇者たちと協力して天の神を倒したという規格外の存在だった。

 バーテックスでありながら知性がある。星座級のような様々な能力がある。巨大バーテックスを丸呑みにして食う。勇者の精神をバーテックスの身体に移す。さらには天の神すら下してしまった。

 そのあまりの規格外っぷりに大赦は大混乱に陥っていた。

 降伏しようと言い出すものや逆に利用してやろうと画策するもの。勇者に命じてすぐに倒すべきだというものに分かれ、会議はなかなか進まない。

 そんななか、乃木園子のスマホから件のバーテックスが語り掛けてきたのだ。

「どうせ勇者の3人を利用して俺を懐柔しようとか、油断している間に殺せって命令しようとかいろいろ考えてたんだろ。知ってる知ってる」

 バレていた。何人かはわかりやすく動揺し、手元の書類をぶちまけたりしている。

「あ、ちなみに俺の能力って詳しく話してなかったよな。勇者の名前を知っていたことや、お前らが黙っていた満開の副作用を知っていた理由」

 その言葉に、大赦職員は黙り込んだ。

 本来なら漏れるはずのない情報だった。いや、漏らしてはいけない情報だ。

 勇者たちが全力で戦えるように。臆病風に吹かれ、使うのをためらわぬように。

 そういう考えが彼女たちへの最大の侮辱であることを、この大人たちは理解できない。

「俺、未来や過去がわかるんだ」

 その言葉に少しの間沈黙が場を支配し、失笑が起こった。

 何を言っているのだこの化け物は。

 そう笑っていた大赦の要職にいる老人の顔が、次の瞬間凍り付く。

「こおりちかげ」

 その名を聞いた瞬間、会議室にいた数人がざわつく。

「お前らが、存在しなかったことにした5人目の勇者の名前。高知出身で、村ぐるみで虐待を受けていた。巫女に勇者の才能を見出され、丸亀城で他の4人の勇者と一緒に訓練し、勇者となった。勇者でありながら人に対してその力を行使したため勇者である権限をはく奪された。ああ、もちろんそうなった細かい経緯も、村人や父親が彼女に何をしたかも、そのとき大赦が何をしていたかも俺は全部知っている」

「嘘だ!」

 大赦の仮面をつけた、老人が叫ぶように言う。

「それは、大赦の中でも1部の者しか。いや、たとえ知っていたとしてもそれは当時の勇者の子孫だけが知っていることだ。貴様、乃木園子を懐柔し聞きだしたな!!」

「お、やっと返事したと思ったら子供を疑うとか。引くわー。俺は乃木園子には何も聞いていない。それとも過去のことを探られると困る腹の内でもあるのかな?」

 その言葉に、ざわめきが起こる。老人の態度は真実だと認めているようなものだった。

「ふむ、過去のことがお気に召さないなら未来の話をしようか」

「ふん、できるものならしてみろこのペテン師め」

「じゃあお前らが四国以外の土地を奪還しようとしている【防人】の話でも」

 防人、という言葉に数人の大赦の仮面をかぶった人間が反応する。

「楠芽吹、弥勒夕海子、山伏しずく、加賀城雀。巫女はそこで生活している国土亜耶が適任かな? しかし大赦で飼い殺しというのはいかがなものか。学校くらい行かせて子供らしく友達づくりさせたり社会性を学ばせるべきでは?」

 具体的な名前に、今度は隠しきれないほど大きなざわめきが起こった。

 国土亜耶は大赦で生活している巫女であり、知っている者も多かったからだ。

「お前たちが開発している、勇者とは違う防人のスーツのことももちろん知ってるぞ。戦闘能力は勇者と比べると劣っている部分は多いが耐久力が高く適性の低いものでも装備できること。武装は銃剣と盾。候補は絞りに絞って32人といったところか。あとは」

「やめろ、もうやめろ!」

 声は叫ぶようだった。

 得体のしれない相手が自分たちが隠していることを知っている。

 それは、恐怖を感じさせるには十分だった。

「ああ、未来の話と言えばもう1つ」

 まだあるのか。もうやめてくれ。

 大赦の職員たちが心の中で祈るが、それを無視して人型のバーテックスは言う。

「友奈はもう、生まれているな」

 その言葉に、言葉の意味に。大赦の全員が驚愕せざるを得なかった。

 天の神をも倒した存在が、自分の天敵になるであろう少女のことを知っていたのである。無理からぬことだろう。

「まだ戦っている勇者もいるのにもう次の勇者のことを考えているなんて、気の早い連中だ」

 せせら笑うような声に、知らず唾を飲み込もうとして喉に引っ掛かり数人がむせた。

「苗字は結城、来年香川の讃州中学校に入学する。お前らが調べた通り、勇者適性が抜群に高い子だ。勇者にしない理由はないだろう」

 そんなことまで。

 誰が言ったかはわからないが、会議室の中に確かにその言葉が響いた。

 それは、認めたということだ。真実だと。

「どう、信じてくれたかな?」

 会議室がざわめく中、凛とした声がそれを収めた。

「なるほど。わかりました。貴方が真実を言っているということは」

 祭事で使う穢れを祓う鈴のような声だった。

 大赦の最高責任者である人物の言葉に、皆黙り込む。

「それで、わたくしたちになにをお求めに? 服従し、(こうべ)をたれろと?」

「誰もそこまで言ってないし、あんたらになんか興味はない。俺は他のバーテックスと違い人類を滅ぼそうとは思わないからな」

 ただ、取引をしようと人型のバーテックスは言った。

「俺は勇者の代わりに四国を目指してやってくるバーテックスを掃討する。神樹の結界に1匹も近づけさせない」

「ほう」

「その代わりに今の勇者、鷲尾須美、三ノ輪銀、乃木園子の安全の保障。そして……」

 告げられた条件に、大赦の要職にいる者たちは困惑した。

「本当に、それだけで構わないと?」

「ああ。疑うなら今まで通り勇者を派遣して俺が星屑や星座級を倒すところを監視してもらっても構わない。彼女たちを使って俺を探るのもな」

「そんなこと、信じられるか!」

 1人が放った言葉に、そうだそうだと声が続く。が、最高責任者が手を上げると皆黙った。 

「わかりました。しかし貴方が約束を急に反故(ほご)にするとも限らない。しばらくの間は監視として鷲尾須美、三ノ輪銀、乃木園子の3名を派遣させていただきます。よろしいか?」

「破らないさ。あんたらが破らない限り。神話や昔話でも約束を破るのはいつも人間の大人だ」

 その言葉を最後に、通信は切られた。

 大赦の最高責任者が天を仰ぎ、大きく息を吐く。

「よろしいのですか? あのようなことを言って」

 大赦の要職にいる老人が、うかがうように言う。

「構わない。リスクを考えればむしろこちらに好条件が過ぎる。勇者の代わりに我々を守ってくれるらしいしな。それにアレを倒せる手駒が今現在ない以上、我々は従うしかない」

「しかし!」

「ではお前が勇者の代わりにアレと戦うか?」

 問われた老人は仮面の下の顔を蒼くして「お戯れを」と最高責任者に頭を下げる。

「しかし友奈の存在を知られているとは想定外だった。あの口ぶりからするに神樹様との関係性も知っているのかもしれん」

 最高責任者の言葉に、大赦の面々はどよめく。

「だが皆、心配することはない」

 不安がる大赦の仮面をつけた面々を見渡し、最高責任者は言った。

「なにしろいざという時は子供3人と1匹を切り捨てるだけで我々は助かるのだから」

 やはり、大赦はどうしようもないほど腐っている。

 最高責任者の言葉に安心し、笑う大赦の要職にいる者たちを見て、勇者3人の担任でもある安芸は心底そう思った。

 

 

 

「終わった?」

『うん、ありがとねそのっち』

 強化版人間型バーテックスから人型のバーテックスに意識を戻し、園子に礼を言うと借りていたスマホを返す。

 多少ハッタリをきかせたが、反応を見るに成果は上々といったところだ。

 これで彼女たちが四国へ戻っても身の安全は保障されるだろう。

『ごめんね、大人同士の汚い話につき合わせて。できれば聞かせたくなかったんだけど』

 人型のバーテックスの謝罪に、園子は目をぱちくりさせた。

「あんなの汚い話のうちに入らないんよー。大赦の大人たちは普段もっとえげつないこと話してるよー」

 何が気がかりなのかわかっていない様子に園子の頭に、人型のバーテックスは手を置いた。

「ふぇ!?」

『ごめんな』

「な、なんであなたが謝るの?」

『大人を代表して、ごめん。君があんな話を聞いても何も感じないようにさせてしまって、ごめんなさい』

 髪をすくように優しく撫でられる。園子の頭の中は?マークでいっぱいだ。

『この世界をこれからは、勇者に…いや、キミたち子供に優しい世界に変えていくから』

「も、もうやめてほしいんよー。わたし、あと半年後には中学生なんよ。立派な大人の仲間入りするのー」

 ついに恥ずかしさに耐えきれず、頭を押さえて園子は人型バーテックスから逃げた。顔はほんのりと赤くなっている。

『はっはっは、そりゃすごい。そのっちは立派なレディになるよ』

「むーっ、なんかバカにされてる気がするー!」

『あとこれは個人的なお願いなんだけど』

 園子の耳に手を当て、内緒話をするように人型バーテックスが話す。

「そのくらい、わけないんよ。あなたはわたしやわっしー、ミノさんの命の恩人だし、いつでも頼ってほしいんよー」

『そうか、助かる』

「おーい、話終わったか?」

 声は人間のほうの三ノ輪銀の物であった。どうやら内緒話をしていたことはばれていたらしい。

『じゃあ、さっきの話は内緒で』

「みんなに話さなくていいの?」

『どうせならサプライズで喜ばせたいからね』

「りょうかーい。秘密にしとくんよ」

 この時人型バーテックスは知らなかった。

 そのお茶目心が、後に自分に降りかかる因果応報の原因となることを。

 

 

 

 神樹の結界、入り口付近。

 須美、園子、人間の銀、そしてバーテックスの銀と人型のバーテックスは移動用の巨大フェルマータから降り立った。

 そこはかつて三ノ輪銀がキャンサー、レオ、サジタリウスの3体と対峙した場所だった。

「ねえ、ミノさん」

「「ん?」」

「あ、ごめんね。バーテックスのほうのミノさんなんだけど」

 園子の言葉に同時に振り返った銀と銀に、苦笑する。

「ありがとう。約束通り帰ってきてくれて」

「なんだそのことか」

 本当はあの戦場で死んでもよかったって考えていたなんて、言えないよなぁ。

 そんな本音を飲み込んで、何でもないように取りつくろう。

「知ってるだろ? 三ノ輪銀は約束を守る女だって」

「うん。うん、そうだね」

 声は若干涙ぐんでいた。

 ああ、園子は頭がいいからわかってるんだろうな。これからアタシが言おうとしてること。

「銀、あなたは私たち、いいえ。人類を守ってくれたヒーローよ」

 須美はそう言うとバーテックスの銀を抱きしめてくれた。

 本当は嫌だろうに、この体温が通わないバーテックスの身体に触ることも。

 そしてやっぱり声が涙ぐんでる。仕方ないか。3年経っても須美は泣き虫だもんな。

「あたしからも、一応ありがとう。あたしが寝ている間、親友を守ってくれて」

 こいつはわかってないな。多分。まぁ、アタシだからしょうがないか。

 バーテックスの銀は苦笑いしながら、人間の銀に告げる。

「いいってことよ、アタシ。須美と園子を頼むぜ」

「頼むぜって、お前は来ないのか?」

 不思議そうに言う人間の銀に、一瞬頭にくる。自分はこんなに空気が読めなかったのか。

「ばーか。アタシがそっち行ったら人類滅んじゃうだろ。バーテックスなんだから」

 その言葉にはっとした様子の銀。須美と園子は薄々気づいていたのか、目を伏せる。

 そう、自分はバーテックスだ。

 結界の奥に行くわけにはいかない。家族の待つ、四国に帰るわけにはいかないのだ。

 もちろん家族に会いたいという気持ちはある。あの世界でも結局1度も会うことはできなかった。

 3年間以上。赤ん坊だった金太郎も大きくなり、幼稚園に通っている年齢だろう。

 あ、ここでは3か月なのか。だったら大きくなるまでの成長を見ることができる。

 ああ、うらやましいなぁ。どうしてアタシが人間のほうじゃないんだろう。

「ごめん、須美、園子。 アタシ、ニセモノだった」

 そんな葛藤を飲み込み、バーテックスの銀はここに来るまで考え用意していた言葉を告げる。

「ここから先へは、いけない。みんなの元へは帰れない。父さんも、母さんも、鉄男と金太郎にも会いたいけど、それはこいつだけの権利だ」

 前にいる人間の銀へ指をさす。

 奇しくも足元にはキャンサーとの戦いで地面に引いた線があり、銀がいたのは向こう側だった。

 ――こっから先は人間様の領域だ。

 かつて言った自分の言葉が、人間の銀の脳裏をよぎる。

「だから、だから……さっさと家に帰って家族を安心させてやれよ。それと隣のクラスのしずくさんとも仲良くな」

「待てよ!」

 言うことだけ言って人型のバーテックスの手を引き、帰ろうとするバーテックスの銀を、人間の銀が呼び止めた。

「お前、あたしなんだろ? いいのかそれで本当に」

「当たり前だろ」

 嘘だ。

 本当は死ぬほど嫌だ。

 代われるものなら代わってほしい。

「そんなわけないだろ! あたしだったら、絶対納得しない。だったらお前も!」

「じゃあどうすればいいんだよ!」

 せっかく自分の中で割り切って、あきらめようとしていたのに。

 無神経な自分に頭にきて、銀はキレた。

「母さんに会いたい、父さんに会いたい! 弟たちとも、金太郎が成長していく姿を見たい!」

 お前はたった3か月だろうけど、アタシは3年だ。3年以上も家族に会えなかったんだ!!

「お前に任せるんじゃなくて本当はアタシ自身がしずくさんに会って、友達になりたい!」

 あの世界でした約束を果たしたい。また神樹館四天王を結成して遊びたい。

「須美や園子と一緒に卒業式に出て、卒業証書入れるポンポンするやつでチャンバラやりたい!」

 やったら須美は怒りそうだけどな。園子は案外乗ってくれそうだ。

「讃州中学へ進学して、またみんなで勇者部として活動したい!」

 あの世界で過ごした夢のような3年間を思い出す。

 苦労もあったけど楽しくて、刺激的で、あったかくて。

 とてもとても充実したものだった。

「でもできないんだ。この世界にとってアタシは異物で、三ノ輪銀の記憶を持っただけのニセモノで。須美や園子、家族やクラスメートにとって三ノ輪銀はお前だけなんだよ!」

「そんなのわかんねぇだろ!」

「わかるだろこのわからずや! アタシはバーテックスなんだから」

「バーテックスだったらもう諦めるのか? そこにいるやつはバーテックスでも諦めず須美や園子やお前と協力して、超デカイ敵と戦って勝ったって聞いたぞ」

 人間の銀の指摘に、バーテックスの銀ははっとした。隣にいる人型のバーテックスもうなずいている。

「だったら、お前もあたしに勝ってほんものの三ノ輪銀を取り戻して見せろ!」

 言い放つと人間の三ノ輪銀はバーテックスの三ノ輪銀にとびかかってきた。

 双方武器は持っていない。人間とバーテックスとはそもそも肉体的性能が違うので普通に戦えばバーテックスの銀の圧勝だろう。

 だがバーテックスの銀は人間の銀を傷つけることに抵抗があった。何とか傷つけずに無力化しようとしていると一方的に殴られてしまい、ついにキレた。

「この野郎!」

「こいやオラァッ!」

 あとは泥沼のキャットファイトだった。

 人間の銀がマウントを獲ろうとすればわき腹を殴り、怯んだ瞬間関節を極める。関節を外した銀が逆に関節を極め、寝技に持ち込む。

 攻防は10分以上続いた。2人とも肩で息をしながら樹海に寝転ぶ。

「はぁ、はぁ、お前、やるじゃん」

「はぁ、はぁ、当たり前だろ。はぁ、はぁ、肝心な時に寝てただけの奴には負けねーし」

「はぁ、はぁ、それ言うなよ。はぁ、結構悔しいんだぞ、それ」

「はぁ、はぁ、わかってて言ってるんだよ。アタシはお前だぞ。はぁ、はぁ」

「はぁ、はぁ、そうだったな。いまいちよくわかんないけど。はぁ、はぁ」

「大体、ほんものの三ノ輪銀を取り戻してみろってなんだよ。アタシはニセモノでいいって言ってるのに」

「うっせぇ、あたしだってわかんねーよ。ただ、このままじゃだめだと思ったんだ」

「はっ、そういうところはホント、アタシだな。須美も苦労するわけだ」

「なんだと⁉」

 立ち上がったのは、バーテックスの銀が先だった。まだ寝ている人間の銀に、手を差し出す。

「アタシはお前だから、お前の言いたいことはなんとなくわかったよ。四国に帰る方法を諦めるなって言いたかったんだろ?」

「さすがあたし。よくわかってんじゃん」

 手を握り、立ち上がる。

「いつになるかわからないけど、きっと帰るよ。それまで須美と園子。それと父さんと母さん、鉄男に金太郎を頼むぞ」

「おう、任せとけ。お前もがんばれよ」

 いいシーンだった。樹海ではなく夕日をバックにすれば昭和の青春ドラマのようだ。

『あー、そのごめん銀ちゃん。実はキミが帰れる目途は立ってるんだ』

 そんな空気を破ったのは、人型のバーテックスの一言だった。

「へ?」

『あとでサプライズしようと思って黙ってたんだけど、俺の巫女として大赦と取引して庇護は約束させた。四国での生活に問題はない。あとはそのっちに勇者由来の遺物か大橋の慰霊碑にある何かを持ってきて貰って銀ちゃんの身体をコーティングすれば神樹は君をバーテックスじゃなくて勇者として認識するはずだから。普通に帰れるよ』

 人型バーテックスの言うことは半分も理解できなかったが、これだけはわかった。

 こいつがそれを早く教えていれば、自分たち2人が本気で殴り合う喧嘩をする必要はなかったんだと。

『まあ、まだうまくいくかわからなかったし、研究段階なんだけどぶべら⁉』

「「そういうことは早く言え!」」

 人間の銀のアッパーが人型バーテックスのあごに当たり、バーテックス銀のダブル友奈直伝のパンチがみぞおちに入った。

 バーテックスの銀の目じりに、涙が膨らむ。

 それは先ほどまでの悲しみとは正反対の感情を表す涙だった。

 

 教訓。女性には喜ばせるためのサプライズでも隠し事はしてはいけない。

 




 銀×銀とかいう可能性の塊の新カプ。

 たくさんの感想、評価ありがとうございます。
 次のエピローグでわすゆルートは完結となります。
 バーテックス銀ちゃん死にそうフラグとかありましたが、死亡フラグもいっぱいあれば死なないのはマクロスで証明済みなので。あんなにがんばった娘が不幸になるとか嘘でしょ。
 わすゆルートを書いている間映画クレヨンしんちゃんのロボとーちゃんを見てモロに影響を受けたのは内緒。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。