詰みゲーみたいな島(四国)に人類を滅ぼす敵として転生した百合厨はどうすりゃいいんですか? 作:百男合
東郷「星屑怖い、星屑怖い」
友奈「あ、変身できた。風先輩と樹ちゃん助けてくるね」
東郷「私だけ変身できなくて、役立たず」
丹羽「そんなことないですよ、先輩。アメちゃんをどうぞ」
東郷「」アメちゃんぺろぺろ。
乙女座「ヴァルゴ死すともセンチメンタルな運命を感じずにはいられない!」
樹「やったー! 敵を倒したよ」
風「アタシたち3人の勝利よ」
東郷「3人だけで…私だけ仲間外れ」
丹羽「あ、俺も変身できた」
東郷「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛」
神樹(あんな子勇者にしたかなぁ…)
「初陣の勝利、誠におめでとうございます。本日は大赦からの命によりそこにいる丹羽明吾をこちらで調査のため引き取るためはせ参じました」
屋上には1人の人物がいた。
全身白い衣装を着て、大赦を象徴するマークの仮面をかぶっている。
大赦仮面。大赦に所属する職員だ。声からして中年の男。大体3~40代ぐらいだろうか。
なぜアレがここに、と丹羽は思う。
原作ではこの後、部室で風によるバーテックスの講義があったはずだ。大赦仮面が出てくるのは、少なくとも今ではない。
修正力か。原作にいなかった自分を排除しようと、世界が送り込んできた存在。
かつて蠍座の代わりに現れた獅子座のように。
思い出して、丹羽を操る人型のバーテックスの胸に苦い記憶がよみがえる。
しかしそんな丹羽の変化に誰も気づくことはなく、大赦仮面は喋り続けていた。
「巫女の神託によれば勇者として現れるのは4人。犬吠埼風様、犬吠埼樹様、結城友奈様、そして東郷美森様」
突如現れて自分たちの名を読み上げる男に、勇者部全員は呆然とする。
学校という施設とはあまりに場違いな存在に、現実感がなかったのだ。
「丹羽明吾の名前はございませんでした。そもそも、男は勇者にはなれませんので」
あ、やっぱりそうなんだ。と勇者部部員たちが丹羽を見る。
「しかしその男は勇者でもないのに樹海に入り、勇者へと変身できた」
「えー、それって本当なんですか? 現に俺普通にあの場所へ行けたんですけど。風先輩をだましていたみたいに、また嘘ついてません?」
「っ! そうだ。ねえ! 大赦は最初からアタシ達をだますつもりだったの? アタシたちが勇者に選ばれるのが本当はわかっていて、友奈と東郷を勧誘させたの? 他の適性が強いグループが選ばれるって嘘をついて」
明吾の言葉に思い出したのか、風が大赦仮面を問い詰めた。
「ご安心ください。ただの健康診断と調査でございます。大赦としては不安要素は減らしておきたいと。皆様も男なのに勇者として変身できる存在がいるというのは、何かと不安でしょう?」
だが大赦仮面は初めから風の質問に答えるつもりはないらしい。
用意していた言葉をつらつらと並べ、風を無視して丹羽を連れて行こうとした。
「この方は責任をもって大赦が調べますので、ご安心を」
「ちょっと! 話を聞きなさいよ!」
風が丹羽と大赦仮面の間に入り、詰問する。
「友達が、友奈ちゃんや風先輩、樹ちゃんが死ぬかもしれなかったんですよ! 大人として最低限の説明をしてください!」
東郷は車椅子の低い視点から大赦仮面を剣呑な雰囲気でにらみつけた。
「私は丹羽君が変身できることを不安なんて思いません。むしろ頼もしいと思ってます。それより風先輩の質問に答えてください」
友奈も一方的にしゃべるだけの大赦仮面に不信感を抱いたのか、言葉を否定し風の質問に答えるように言う。
「お母さんとお父さんが亡くなった後、大赦と取引したってどういうことですか⁉ それなのに約束した支援を全然しないで丸投げして放っておいたって本当ですか?」
樹は自分が知らなかった姉と大赦との約束を持ち出し、大赦側が一方的に不履行な状態になっている現状を問い詰める。
どうしてですか。説明してください。なんでですか。私たちをだましていたのか。なんで何も教えてくれなかったのか。
そんなどうして、なんでの大合唱に、大赦仮面から舌打ちが漏れる。
「ピーピーうるせぇ。だから女のガキは嫌いなんだ」
雰囲気が変わった。先ほどの
「子供は何も考えず、大人に従っていればいいんだよ…こっちが下手に出てれば付け上がりやがって」
なにやら大赦仮面の様子が不穏だ。嫌な予感がする。勇者部の面々は問い詰めることに夢中でまだ気が付いていない。
「結城先輩、犬吠埼さんの耳をふさいでください」
「え? なんで…」
「いいから!」
丹羽に強く言われ、友奈は樹の耳を両手で覆う。突然耳をふさがれた樹は困惑していたが、これからあの大赦仮面が発する言葉を純真なこの子に聞かせるわけにはいかない。
「うるせーんだよガキ共!」
突如豹変した大赦仮面の態度に、風と東郷は思わず驚き、黙ってしまう。それを見て大赦仮面は満足げに笑ったように見える。
「いいか! 本当なら、貴様らではなく私の娘が勇者として選ばれるはずだった。そして我が家は格が上がり、大赦での発言権も強くなるはずだったのに!」
そこには大人という仮面を脱ぎ捨てた、権力にとらわれた亡者の姿があった。
「くそ、こんなことならばここに娘を入学させるんだった。いや、今からでも間に合うか。娘をここに転校させ、勇者として働かせれば」
「あ、アンタ何を言ってるの?」
風は信じられないというように大赦仮面の言葉に問いかける。
「あんな化け物たちとの戦いに、死ぬかもしれない戦場に自分の娘を送り込む親がどこにいるのよ」
「いるさ、ここに! それにたとえ死んだとしても子供なんてまた作ればいいだろう」
すがすがしい下衆っぷりだった。あのメンタルが鋼で優しさの塊でできているような友奈でさえ顔をしかめている。
「お家のため、いや私の出世のために役に立つならあの子も本望だろう。なにしろそういう風に育ててきたのだからな」
「あなた…本当に父親なの? 子供にそんなことを言うなんて」
嫌悪感をにじませた東郷の言葉に、大赦仮面は鼻を鳴らす。
「父親だとも。子供は親の道具だろう? いっそのこと、そこにいる役立たずの車椅子の娘がさっきの戦いで死んでくれていれば私の娘も勇者としてお家のために」
最後まで言い終える前に、丹羽の拳が大赦仮面の口を封じた。
手加減していたとはいえ強化版人間型バーテックスの力は人より強く、大赦仮面の身体が軽く吹っ飛ばされる。
「ごふぁっ⁉ お、お前何をする⁉」
「ああ、すみません。虫がいたものでつい」
「虫だと、そんなものどこに?」
先ほどとは打って変わってうろたえている姿が滑稽で、思わず笑いがこみ上げそうになる。
「いるじゃないですか。権力という甘い汁に群がる汚い虫が」
一瞬何を言われたのかわからない大赦仮面だったが、丹羽の意図することに気づくと「貴様っ!」と立ち上がり殴りかかろうとしてきた。
「犬吠埼先輩、東郷先輩、さっきの会話録音できてますか?」
「え、丹羽。アンタ一体」
「もちろんよ。出来てるわ」
うろたえる風とスマホをこちらに向けてかざす東郷。
流石東郷さん。頼りになる。
風先輩は腹芸のできないタイプだな。そこがいいのだけれど。
「というわけです。もし大赦の偉い人にさっきの発言を聞かれて困るのはどちらでしょう?」
「ぬぐぐ」
大赦仮面は歯噛みする。愚かではあるが馬鹿ではないらしい。
「何が望みだ。金か?」
違うよ馬鹿。お前らと一緒にするな。
「彼女たちに、謝ってください。特に東郷先輩に。彼女もあの場で立派に戦った勇者の1人だ」
丹羽がそう言うと、大赦仮面はしょせん考えることが子供だなとでも言うように失笑した。
「はいはい、どうもすみませんでした」
「そんな態度で謝ったとでも? 日本には古代から伝わる最大限の謝意を表す方法があるじゃないですか。見たいなー、人生の先輩のお手本が見たいなー」
「貴様、調子に乗るのも」
大赦仮面が怒りに身体を震わせ始めたので、東郷が待ったをかける。
「もういいわ、丹羽君。その人の言っていることも事実だもの。私、今回は何もできなくて」
「なに言ってるんですか。ちゃんと勇者部4人で一緒に戦ってたじゃないですか」
丹羽の言葉に、東郷を含めその場にいた全員が驚く。
「東郷先輩はみんなの無事を祈っていた。4人で誰1人欠けることなく帰れるように。チア部でも応援することが彼女たちにとっての戦いなんですよ。東郷先輩はその姿勢を否定するんですか?」
「そうだよ東郷さん。東郷さんの祈り、ちゃんと私たちに届いてたよ」
丹羽の言葉に、友奈が1番に賛同する。やはりゆうみもは夫婦。尊い。
「そういえば、戦っている最中身体の動きのキレが良かった気がするわー。あれも東郷のおかげね」
風も続いて同意する。お世辞かもしれないがもしかしたら祈ることで東郷の中の巫女としての力が作用し、本当にパワーアップしていたのかもしれない。
「わ、わたしも! 戦っている間、そんなに怖くなかったです」
と樹。それは単に君が生まれながらのシリアルキラーなだけでは?
丹羽は口から出かかった言葉を飲み込み、アニマエール見ててよかったなぁとだけ思うようにした。
「というわけです。東郷先輩、あなたが戦わずに見ていただけだなんて責めたりする人は、ここには誰もいませんよ」
「みんな…」
東郷は勇者部の仲間たちの言葉に感極まったのか、目に涙をためている。
よし、これでネガティブから風先輩を問い詰める東郷さんというイベントは完全回避されたな。
あれは情報を
こうして勇者部のみんなに肯定されれば、あんなことにはならないだろう。
そう考えれば、このタイミングで来てくれた大赦仮面にも感謝しなければならない。
なにしろ、この場にいる全員のヘイトを受け止めてくれる存在なのだから。
「くっ、もういい! 先ほども言ったが丹羽明吾! 貴様には大赦から出頭命令が出ている。もし従わない場合は」
「はいはい。どこへでも参りますよ。でもその前に」
丹羽は東郷に近づき、小声で話し出す。
「え? 私たちのスマホが盗聴されてる?」
「おそらく盗撮もですね」
大赦仮面に聞こえないようにこそこそと2人で会話する。
「いくらなんでも大赦が動くのが早すぎます。俺はさっき変身したばっかりなのに。多分皆さんのスマホのカメラから戦況を確認したり、会話を盗み聞きしてたんでしょう」
「それは…でも大赦がそこまで」
「風先輩も言ってたじゃないですか。勇者はバーテックスに対抗できる唯一の存在だって。そんな存在を手放したくないから、アプリか何かにそんな機能をつけたのでは?」
なるほど、一理ある。大赦としては勇者を常に管理下に置きたいところだろう。その手段として変身アイテムであるスマホの盗聴機能は必然であるように思える。
「いいんですか東郷先輩、そんなことを許して」
「え?」
一瞬何を1つ下の後輩が怒っているのかわからなかった。東郷としても監視されるようで嫌だが、この措置は妥当だと思っていた。
丹羽の次の一言を聞くまでは。
「結城先輩のあられもない姿とか、寝言とかが大赦のスケベな
「おのれ大赦ぁあああ!」
東郷の頭の中が怒りでいっぱいになる。先ほど大赦仮面に役立たずと言われた時もこんなには怒らなかった。
なんてことだ。自分だけならともかく、大切な友奈ちゃんの生まれたままの姿なんて羨ま…もといけしからん!
絶対に
東郷は重要な情報をくれた後輩の手をがっしりと掴み、上下に振る。
「ありがとう丹羽君。私は危うく巨悪を見逃すところだったわ。さっそくアプリを解析して対策に当たる」
「お役に立てたなら幸いです。先輩」
「おい、まだか!」
いつまでもついてこない丹羽に、しびれを切らした大赦仮面が呼んでいる。
そろそろ行かないとまずいだろう。
「じゃあ、皆さん。行ってきます」
心配そうに見送る勇者部一同に頭を下げ、丹羽は大赦仮面について屋上から出てく。
「じゃあ、アタシたちもとりあえず部室に行きましょうか。まだバーテックスについて説明することもあるし」
「その前に皆さん、スマホの電源を落としてください」
「え、東郷さん。どうして?」
不思議そうに東郷の顔を見る友奈に、大丈夫よあなたは絶対私が守るからと東郷は決意を新たにする。
その対象はバーテックスではなく、スケベな覗き魔からだったが。
連れていかれたのは、大赦が経営する病院を兼ねた研究所だった。
といっても見た目は普通の病院そのもので、通院している一般人もいるようだ。
てっきり物々しいアングラな研究所のような場所に連れていかれると思っていた丹羽は拍子抜けする。
検査も血液を採られたり、口の中や舌の上を綿棒のようなものでゴシゴシされたり、レントゲン写真を撮られたりと、ごく普通の健康診断のようだった。
着いたら問答無用ではりつけにされ、細胞を調べるためにメスで切り裂かれる展開も覚悟していたのだが杞憂だったようだ
検査の最後は問診だった。連れてきた大赦仮面とは別の白衣を着た大赦仮面が、カルテを片手に背もたれのない椅子に座った丹羽に質問してくる。
「ええっと、丹羽、丹羽あきごくん?」
「みんごです。にわみんご」
「へぇ、変わった名前だね。ご両親は?」
「いません。そう書いたはずですが」
「いやいや、君の口からちゃんと聞きたかったんだよ。2年以上の前の記憶がないんだって? 大変だねぇ」
丹羽は問診を受ける前、両親や血縁者のことなど事細かな質問が書いてある問診票に書き込んでいた。もちろん内容はほぼでたらめだが。
バーテックスの自分に両親などいないし、そもそも人間世界で生活してきた記憶もない。
なので、この四国へ入れるようになった2年以上前の記録など存在しないのだ。だから記憶喪失という便利な設定にさせてもらった。
「2年前と言えば、大橋跡地で事故があったねえ。うちの職員も何人か亡くなったよ。それと何か関係が?」
「さあ? なにしろ記憶喪失なので。気が付いたらそこにいた感じですかね」
ふむ、と大赦仮面は何やらカルテに書き記し、丹羽が書いた問診票のページをめくる。
「その後妻を亡くしたおじいさんの元に養子に入ったとあるが、これは?」
「行く当てもなくてさまよっていたところをじいさんが飯を食わせてくれたんです。俺もご飯のお返しに掃除とかしたりしてたら気に入られて部屋も余ってたし、一緒に住むかってことになって」
嘘だ。
本当は孤独死寸前の都合がいい人間を見つけ出し、戸籍を得るために近づいた。
そしてとある方法で養子となり、讃州中学に入学するための足掛かりにしたのだ。
「身寄りがわからない子供がいたら通報して保護してもらうのが普通では?」
「それはじいさんに聞いてもらわないと。多分、奥さんがいなくなって寂しかったんじゃないですかね。子供もあまり家に来なかったし」
これは本当。
丹羽がその家に住み着くまでその老人には認知症の兆候があったのか、玄関にはゴミ袋が溜まりいわゆるごみ屋敷になりかけていた。
それを掃除し、ようやく人が住めるような家にしたが以前は近所の人間も手を焼くほどの迷惑じいさんだったらしい。
家からの悪臭はもちろんなにかと言いがかりをつけて近所の家に農薬をかけたり、子供を杖で殴ろうとするなど碌な人間ではなかった。
だが丹羽が養子になってからは人が変わったように穏やかになり、家もきれいになって近所の人にも優しく挨拶をするようになったのだ。
近所の人からはついにじいさんが子供をさらったと思われていたが、みるみる環境が改善されると子供がいると張り合いが出るのかしらと噂していた。
まあ、それも丹羽がやったことの副産物なのだが、現在老人は近所でもまれにみる聖人として暮らしている。
「讃州中学に入学したのはどうして? 大橋からは離れているよね?」
「寮があったからです。じいさんはいいって言ってたけど、いつまでも厄介になるのは心苦しくて」
これは半分本当。
ゆゆゆいで讃州中学には寮があることは知っていたし、入学する理由としては
まぁ、入寮できなかったら最悪別の方法で讃州中学付近を住処にする予定だったが、そうはならなかった。
「じゃあ、肝心な質問だ。どうして君は神樹様に勇者として選ばれたのだと思う? 憶測でもいいから答えてくれ」
「それこそわかりません」
だって自分は神樹に選ばれた勇者ではない。
むしろそれとは正反対の存在。本来なら勇者と戦う相入れない存在なのだから。
「うーむ。では君が変身した状況を教えて」
「その前に、俺からもいくつか質問してもいいですか?」
丹羽の言葉が意外だったのか、大赦仮面は多少困惑したが問診をスムーズに進めるために了承することにした。
「どうして、風先輩に勇者のことを黙っているように命令を? 事前に知らされていれば対応できたのでは?」
大赦仮面によると実際にその時になるまで誰が勇者になるのかわからなかったため変に不安がらせないようにとのことらしい。
嘘だ。東郷さんと友奈がいる時点で、讃州中学勇者部が次の勇者になることはほぼ決定していたはずだ。
なにしろ大赦は瀬戸大橋跡地の合戦の後、四国全国の子供たちに勇者としての適性値を調査したのだから。
その調査の結果、最高値をはじき出した友奈を見逃すわけがない。東郷さんの住む場所をわざわざ友奈の隣の家にしたのも、そうした理由からだろう。
「もし勇者として戦うために変身すると致命的な副作用があるとしたら、先生なら伝えますか?」
大赦仮面は笑ってそんなことはあり得ないと言った。だがもしもですよと丹羽が食い下がると少し考えて黙っておくといった。
勇者は神樹様に選ばれた存在で替えがきかない。多少の副作用があっても戦ってもらい、自分たちを守ってもらいたいと答える。
それに勇者として神樹様に仕えられることは大変名誉なことだとも言った。
なるほど。では最後の質問だ。
「年端も行かぬ子供を死の危険のある戦場に送り出し戦わせることについてはどう思いますか?」
この答えは、先ほどの答えのように迷いはなかった。
すべては神樹様の御心のままに。
たとえ自分の娘が勇者となっても、自分は喜んで見送るだろう。
なぜなら勇者として神樹様のために戦えることは、大変に名誉なことだから。
むしろ世界のために戦って死ねることは喜ばしい。君が嫌ならば自分の娘がそうなってほしいくらいだよと。
なるほど、よくわかった。
あんたが■■してもいい人間だってことが。
丹羽は問診用の椅子から立ち上がると、大赦仮面に近づき仮面を剥ぐ。
仮面の下は、中年の男性だった。小太りで、唇の左上にほくろがある。
「な、何をするんだ君⁉」
騒がれる前に、丹羽は行動を開始した。
左右の人差し指を耳の穴に当て、そこから伸びた細長い何かが男の耳を通って中に入っていく。
突然だが、ハリガネムシという生物をご存じだろうか。
カマキリに寄生することで有名な生物であるがコオロギやバッタなどにも寄生することもあるという。
カマキリなどの陸上生物にわざと食われ2~3か月腹の中で生活し、成虫となると脳にタンパク質を注入して宿主を操作して水に飛び込ませ入水自殺させてしまう生物だ。
水場に向かうのは生殖のためで、カマキリが尻からすっごく長いハリガネのような生き物を出す映像でこの生物を知った方も多いのではないだろうか?
丹羽を作り出した人型バーテックスが注目したのは、この宿主を操るという部分だ。
それをバーテックスでできないだろうかと。
いま、丹羽が指先から出したのは寄生型バーテックスだ。
脳に直接寄生し、宿主を操る。
殺すわけではない。ただ元の人格から自分にとってある程度都合のいい人格に改変するのが目的だ。
丹羽が命じずとも壁の外から人型のバーテックスが念じるだけで操ることもできる。
しかもかなり小さいので、神樹の結界に引っ掛かることはない。いわばバーテックスの細胞を人間の身体が包んでくれているのだ。
まず見つかることはないだろう。
「これから言うことをよく聞き、実行するように」
丹羽の言葉に、大赦仮面だった男はうなずく。
「仲間を増やせ。特に勇者を道具扱いしたり子供が戦うのに抵抗も疑念も持っていない輩を優先的に。自分の出世のために勇者を利用しようとするやつもだ」
「はい」
「だが安芸先生と三好春信、南条光の父親と母親は対象から除外しろ。それ以外にも勇者に対して好意的だったり、子供を犠牲にする大赦のやり方に疑問を持っている人間は寄生しなくていい」
「はい」
「よし、あと俺のカルテは何の問題もないただの人間だったと改ざんしておいてくれ。そうだな…身体に精霊を宿している西暦の勇者に近い勇者もどきということにして」
「はい。わかりました」
「よし、話は終わりだ。手始めにここの研究員を寄生させていこう」
丹羽がそう告げたのと、研究員が入ってきたのは同時だった。
「先生! そこの彼、丹羽君のことを調べていたらとんでもないことが」
「なんだね騒々しい。まだ問診の途中なんだが」
バーテックスが寄生された大赦仮面は、先ほどの出来事などはおくびにも出さず寄生される前と同じような態度で対応する。
この寄生型バーテックスの特徴は、寄生されても元の人格があまり変わらないことだ。丹羽が命令しない限りそれは変わらないし、ただ勇者という存在を助けたい。支えたいという気持ちが増幅するだけなのだ。
もっとも勇者を使い捨ての道具とか思っているように考え方が極端だと、影響は大きいかもしれないが。
研究員が興奮した様子で、丹羽から見えないように資料を寄生された大赦仮面の医師に見せている。
大赦仮面は仮面を外し、研究員の耳元に口を近づけた。研究員は資料に夢中になるあまり気づかない。
「あがっ⁉」
大赦仮面の口から細いヒモのようなバーテックスが研究員の耳に入り、一瞬研究員の目が白黒する。が、すぐに元に戻り何事もなかったかのように平静になった。
「このデータは廃棄するように。いいね?」
「はい」
大赦仮面の医師が言うと、研究員はうなずき研究室へと戻っていく。
こうして研究室でも同じように寄生型バーテックスを他の人間へ送り込み、バーテックスに寄生された人間…バーテックス人間を増やしていくだろう。
「これで少ししたら大赦にもある程度働きかけることができるようになるな」
丹羽はつぶやき、診察室を出て大赦の研究施設を後にすることにした。
これ以上ここにいる必要はない。なぜならすでに目的は達成したのだから。
大赦を内側から崩し、子供たちを戦わせて自分たちは安全な場所でふんぞり返っている大人を
大赦が勇者に対し真摯であれば避けられた問題は本編でいくつもあった。
そうしなかった結果、風の感情が爆発して暴走し「大赦を潰す!」発言をさせてしまったのである。
そんな未来にさせないためにも、これからは積極的に大赦を関わらせていこう。勇者たちをサポートして導くように。
そうすれば、最悪の事態は避けられるはずだ。
「おい、お前! 勝手に帰るな! 検査は終わったのか⁉」
あ、そういえばまだいたのか。丹羽は今度は問診などの過程をすっ飛ばし迷うことなく指先をここまで連れてきた大赦仮面の耳に当て、寄生型バーテックスを送る。
「あばばばっ」
こいつは真っ黒中の真っ黒だからな。人生観が180度変わって性格にも影響が出るかもしれない。
しかしそれで誰も困る者はいない。むしろいい方向に進むだろう。
「質問です。勇者は?」
「私が出世するための踏み台…ではなく守るべき存在。我々が支えるべき存在」
「子供には」
「優しく接する」
「よろしい。では今日はいままで頑張ってきた娘さんのためにちょっと高い値段のケーキを買って帰るように。嫌がられても家族サービスはちゃんとしなよ」
「はい、わかりました」
大赦仮面の言葉に満足した丹羽は、今度こそ研究施設を後にする。
思ったよりも早く大赦と接触することができた。
これならば、大赦を勇者をサポートする組織に改編するという目標も思ったより早く達成できそうだ。
そうすれば、風の暴走も回避できる。まずは大赦の大人の意識を改革し、勇者たちの大赦への不信感を無くしていくのが先決だが。
長い仕事になりそうだな、と丹羽はため息をついた。しばらく忙しくなりそうだ。
人間の姿をした化け物は気づかない。目的を優先するあまり自分が人として越えてはいけない境界線を簡単に超えてしまったことに。
人間の姿をした化け物は気づかない。化け物として過ごした日々が、人間の倫理観を忘れさせてしまったことを。
「そう、今回も防人隊は何も発見できなかったの」
「はっ、数回星屑との戦闘はあったようですがそれだけです。人類が住める土地も、園子様が探しておられるバーテックスの情報もありません」
大赦が経営する病室の1室で、複数の大赦仮面が1人の少女の前にひざまずいていた。
部屋は広く、設置されている調度品や冷蔵庫やテレビなどが最新機器であることからここが最高級のサービスを受けるための部屋だとうかがえる。
「星屑との戦闘があったの? 欠員は…戦闘不能になった娘はいた?」
「いいえ、欠員はゼロ。無事ゴールドタワーへ帰還したということです」
報告を聞いた乃木園子は正直驚いていた。
最弱とされる星屑とはいえ、人類には強すぎる敵だ。防人のスーツは防御力はそこそこだが勇者のように身体能力を飛躍的に向上させるシステムは組み込まれていない。だというのに誰1人欠けることなく帰還したという彼女たちの働きは素晴らしかった。
よっぽど指揮官がいいのだろう。勇者になれなかったとはいえ、楠芽吹に対する評価を改めなければならない。
「大丈夫です、園子様。たとえ欠員が出たとしても、すぐに補充すれば」
的外れなことを言ってきた大赦仮面をひとにらみで黙らせる。
本当に、この人たちは頭が悪い。わたしより大人なのに、これがどれほどすごいことかわからないなんて。
やれやれと思いながら、次の報告書に目を移し、少し顔がほころぶ。
そこには記憶を失った車椅子に座る親友の写真が数枚と、部活で3人の女生徒と一緒に笑顔でいる写真が貼りつけられている。
「わっしー。元気でやってるんだ」
自分はこんなだけど、彼女は元気でいるようだ。あとはもう1人のズッ友さえ見つかれば。
ページをめくった園子が、ある記述を見て首をかしげる。
「この丹羽明吾というのは?」
「先日、対乙女座戦で勇者として覚醒したという報告を受けています。経歴を含め詳しいことはまだ調査中ということで」
男の子なのに勇者になれる人もいたんだ。
「ふーん」と返事をして、園子はその男子生徒の写真を見る。
中学1年生。ということは自分より1つ年下か。
顔は女の子っぽいというわけでもないけど、女装させたら面白そうだ。ひげも薄いし、化粧してみるのも面白いかもしれない。
園子は大赦仮面たちを下がらせ、久々にノートパソコンを取り出した。
「なかなか面白そうな子なんよー」
今日はなんだか久々に面白いものが書けそうな気がする。イメージがどんどん湧き上がってくるのを感じた。
女にしかなれないといわれていた勇者になった謎の少年。
彼の存在が、園子の創作意欲に火をつけたのだった。
大赦職員洗脳作戦(OTONA化計画)開始。
人間側からしたら本格的にバーテックスが人間社会乗っ取りをしようとしている感じだけど、本人に悪意はないです。ホントダヨ?
シドニアの騎士のノリオにしたみたいにひどいことしてないし。むしろ性格を変えない分人道的。
大赦の大人も優しくていい人になって、勇者の待遇もよくなる。WINWINな作戦です。
バーテックス人間
寄生型の小型バーテックスを脳に埋め込まれた人間。
丹羽の言葉や人型星屑の命令を受けると忠実にそれを守り、行動する。
普段は寄生される前の人格と変わりなく、本人も周囲の人間も寄生されている事実に気づかない。
だが脳に埋め込まれた寄生虫は勇者たちを守り、サポートしたいという欲求を増大させ、逆に子供に任せ自分たちは安全な場所にいる現状に嫌悪感を示すようになる。
要するに大赦のクズ、真人間矯正用バーテックス。
ゆゆゆ世界で百利あって一害もない存在。