詰みゲーみたいな島(四国)に人類を滅ぼす敵として転生した百合厨はどうすりゃいいんですか?   作:百男合

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 あらすじ
東郷「変身、できたわ!」
風「これで勇者部全員変身できたわね。来るなら来なさいバーテックス!」
蠍座「よし来た」
蟹座「よし来た」
射手座「よし来た」
風「ほんとに来ることないじゃない…」


蠍座「アイルビーバック!」

 その日、天の神の命を受けたスコーピオン、キャンサー、サジタリウス3体のバーテックスは神樹の結界を目指していた。

 スコーピオンバーテックスは過去に勇者2人を倒した優秀な個体だという記憶がある。

 もっとも自分はそれとは別個体なのだが、御霊に残った記憶がそれを教えてくれていた。

 忌々しい。とスコーピオン・バーテックスは回想する。

 本来なら2年前、今一緒にいる2体の星座級バーテックス、キャンサーとサジタリウスを引き連れ進軍するはずだった。

 勇者たちを蹂躙し、蹴散らし、毒の尾でとどめを刺すはずだった。

 あのわけのわからない、人型の星屑に邪魔さえされなければ。

 御霊から元の姿に戻ったスコーピオンは、天の神に嘆願し直接勇者のいる樹海に送ってくれるよう頼んでいた。

 こうすれば、あのわけのわからない星屑も邪魔はできないだろうと。

 前のスコーピオンは、わざわざ壁の外から結界に入ろうとしたから失敗したのだ。自分はそんなへまはおかさない。

 結界の中にたどり着くと、キャンサーとサジタリウスを先行させる。

 この2体のコンビネーションはスコーピオンが認めるところであり、初見ではまず回避できない。囮としても十分に役に立ってくれるだろう。

 今度こそ、天の神や他の星座級に自分の力を誇示することができる。敵である勇者を毒の針で貫き、殺戮(さつりく)の宴を開くのだ。

 念のために自分は後方に下がり、様子をうかがう。決して恐れているわけではない。

 あの人型の星屑のように予想外の存在が出てくることを警戒しているのだ。

 クソ、あの忌々しい星屑め。自分のことではないのに、御霊に刻まれた記憶が自分をさいなむ。

 アイツさえ、アイツさえいなければ!

 バーテックスは感情がないはずだ。だが怒りに似た執着が心を満たす。

 この戦いが終われば、自分は自由だ。勇者の小娘どもを倒した後は、この2体を引き連れあの星屑を絶対に!

 そんなことを考えていたら、樹海に5人の勇者が現れた。

 1人を除いて、まだ変身すらしていない。

 素人か。この好機、見逃すはずがない。

 星屑を先行させ、襲撃させる。この星屑はあのわけのわからない人型の星屑と違い、天の神に忠実な個体だ。

 スカイブルーの勇者の銃撃が星屑を貫き消滅させていく。やるな、勇者のくせに。

 だが、星座級相手ではそうはいかないだろう。キャンサーとサジタリウスに邪魔な勇者を倒すように命じる。

 案の定キャンサーのシールドと強固な肉体に銃撃ははじかれている。あとはサジタリウスが矢を放ち、動きを止めて自分が毒を注入すれば終わり。

 楽な仕事だ。これはもう勝ったも同然だな。

 いや、待て。なんだあの緑の勇者は? 仲間を縛って何をやっている?

 それを桃色の勇者が振り回して…こちらに向かって何かを投げた⁉

 突如行われた勇者たちの奇行に、スコーピオン・バーテックスは困惑する。

 この時、スコーピオンは警戒すべきだった。自分に向かって投擲された白い物体に。

 あの人型の星屑とどこか似た、殺意を持った目で自分の命を奪わんとする、その存在を。

「あんたまの仇2回目じゃーい! 死にさらせクソサソリ!」

 白い勇者が自分の背後に回り武器である毒の入った球体の尾を2丁の斧で切り刻んでいく。

 あまりの痛みにスコーピオンは、のたうち回る。まだ残った球体が連なった尾から毒液をまき散らしながら。

「じゃあな蠍座。あの世で杏ちゃんとタマっち先輩に詫びてこい」

 人間の言葉はわからないが、自分に向かって話しているのはわかった。

 お前は…あの時の人型――っ⁉

 それに気づいたのはこの世界ではまだスコーピオン・バーテックスただ1体。

 だが、振るわれた2丁の大斧での1撃で絶命し、そのことを知るものは誰もいなくなった。

 

 

 

「奇襲をかけましょう」

 樹海に入り、3体いる巨大バーテックスにどうしようかと悩んでいた風に、丹羽が提案した。

 先日同じ巨大バーテックスである乙女座に3人がかりでも苦戦したのだ。

 相手の能力もわからないし、しばらくは様子見しながら戦おうと思っていた風にとって、丹羽の提案は到底受け入れられるものではなかった。

「なに言ってんの丹羽! アンタ死にたいの?」

「風先輩は、敵の能力を見て対応策を考えようと思ってますよね。それじゃ後手に回った分、こちらが不利です」

 図星を突かれた言葉に、うっ、と風は答えに詰まる。

「敵の攻撃を見るってことは、少なくとも最初に誰かが攻撃を受けることになります。それがもし致命傷になるようなものだったら、目も当てられません」

 確かに一理ある。だが、相手の出方もわからないまま、攻撃を仕掛けるほうが危険だ。

 男子だから積極的に戦いたいのかもしれないが、ここは自分の指示を聞いてもらわないと。

「風先輩、私も丹羽君の意見に賛成です」

「東郷⁉」

 部室で変身していた東郷は、腹ばいになってこちらに向かってくる星屑を狙撃していた。

 狙いは百発百中。正確に星屑の眉間を撃ち抜き消滅させている。

 ちなみに樹海と胸の間に挟まって苦しそうだったスミは回収しておいた。

「夜戦、突撃、ゲリラ戦術は我が軍が誇る得意分野。その命散らせてお国のために戦う姿勢はお見事と称賛されるべきものであります!」

「え、東郷?」

 何か様子がおかしい。よく見ると目がぐるぐるしている。 

「いざ突貫! 毛〇や〇助をなぎ倒せ! 鬼畜〇兵を打倒し、御国の威信を示すのだ!」(色々な方向に配慮し、伏字にしました)

「ああ、東郷さんスイッチ入っちゃったんだ例のやつ」

「友奈先輩、何か知ってるんですか?」

 訳知り顔で言う友奈に、樹が尋ねる。

「東郷さんって時々私がわからない昔のことを言い始めることがあって。護国思想とかゼロ戦? とか戦艦長門とか。西暦時代の言葉なんだって」

「あー、東郷のアレね。横文字アレルギーがひどくなる発作」

 友奈の言葉に風もうなずく。

 伊達に1年近く勇者部として一緒に活動しているわけではない。東郷のこんな奇行を見ることは何度かあった。

 その時は横文字や外来語禁止。西暦時代の軍歌を熱唱する間敬礼したり、お国の兵隊さんたちが頑張っているのに私たちが贅沢するわけにはいきませんとおやつを我慢させられたりなどするだけであまり実害はなかったのだが。

 でも今は戦闘中でしょう! と風は頭を抱える。

 おそらく変身できた高揚感と銃を持ったことが引き金となり、最悪のタイミングでこのモードになってしまったのだろう。

 普段は頼りになる冷静沈着な後輩も、今はただの戦闘狂だ。

「友奈、できるだけやさしーく東郷を落として正気に戻してくれる? そのままじゃ使い物にならないから」

「わかりました。風先輩」

「待ってください、結城先輩。ちょっとお耳を」

 東郷の首を腕で圧迫し、落とそうとしていた友奈に待ったをかけ、丹羽がぼそぼそと友奈の耳に手を当て何やら話す。

「え? そんなのでいいの?」

「はい。きっとそっちのほうが効果的なので。銃は俺が取り上げます」

 相談が終わると、2人は行動を開始した。

 まず丹羽が銃を足で抑え、バーテックスの人間離れした力とてこの原理で東郷を横に転がす。その上に友奈がのしかかる。いわゆる床ドンの状態だ。

「もう、東郷さん。めっ! だよ」

「ゆ、友奈ちゃん! え? なに? 近い! これは夢? 私の夢なの?」

 突然急接近した友奈に人差し指で眉間をこつんと叩かれ、東郷は混乱する。身体は今までにないほど密着しており、友奈の顔が近くて心臓が早鐘のように鳴っていた。

「はぁ、ゆうみもトウトイ・・・(やっぱり東郷先輩の暴走を止めるのは友奈先輩に任せるに限りますね)」

「丹羽くん、顔。あと喋るのと考えるの多分逆になってると思う」

 いつものごとく奇行モードになっている丹羽を、樹が注意する。

「えー、東郷が戻ったところで。改めて作戦を」

「待ってください風先輩。俺が奇襲を提案した理由をちゃんと話しますから」

 丹羽がスマホをタップすると、勇者と3体の巨大バーテックスを簡略化した地図が表示された。

「まず、こいつ。この蠍座のバーテックスは他の2体と比べて全く動いていません。戦う気がないってことはあり得ないので多分力を温存させているんだとおもいます。で、進んできた2体は固いか2体で特殊な攻撃ができるコンビなんでしょう。だから勇者たちが疲れてきたところを見計らってこの蠍座がトドメを刺しに来るんだと思います」

 なるほど、一応理屈は通っている。もっとも本当かどうかはわからないが。

「だから先に後ろにいる蠍座を倒してしまえば、奴らの作戦は無力化できます。しかも相手が混乱しているうちに挟み撃ちにもできるので、一石二鳥かと」

 風は考える。

 丹羽の言うこともわかる。作戦としても悪くない。

「だけど、どうやって蠍座のところまで行くのよ」

 その質問を待っていたかのように、丹羽はニヤリと笑った。

 

 

 

「丹羽君、いくよー。準備はいいー?」

「オッケーです。やってください、結城先輩!」

 樹のワイヤーを体に巻き付けたスミと一体化して変身した丹羽が返事をする。その言葉を受けて、友奈は胸に抱いた樹をしっかりと抱きしめる。

「じゃあ、いくよ樹ちゃん」

「は、はい」

 友奈の声を聞き身体を預け、意識は自分の操るワイヤーに集中する。

 これはゆゆゆいで出てきた必殺技、「犬吠埼大車輪」をヒントに思いついた方法だった。

 あれは風の足に樹のワイヤーを巻き付け回転しながら敵を切り裂いていく技だったが、これは遠心力を利用して勇者を打ち出す方法だ。

 しかも今回は樹だけではなく身体能力の強い友奈に樹を抱っこしてもらい砲丸投げの要領で丹羽をぶん投げてもらう。

 蠍座のいる場所までは余裕で届くだろう。勇者でも遠心力と投げられた時のGには耐えられるだろうが、ここは言い出しっぺの丹羽が行くことにした。

 蠍座には個人的な恨みもある。あんタマの仇というのわゆ読者にとってトラウマ級の恨みが。

 1回2回倒したところで晴らされるものではない。それほどあんタマ推しにとって蠍座は憎むべき存在なのだ。

「結城友奈、いっきまーす!」という言葉とともに、回転が始まる。

 充分遠心力をかけて「今よ樹!」と言う風の言葉を受け樹がワイヤーで縛っている丹羽を解き放つ。

 狙いは違わず弧を描き、射手座と蟹座を飛び越え一直線に蠍座の元へと丹羽を導く。

 これを友奈は原作でエビと言ったが、とてもそうは見えない。

 丹羽は遠心力を利用して唐竹割をしっぽの先端の毒針部分の根本に放つ。そのまま2丁の斧で球状の物体が連なった毒薬が入った尾を切り裂いていく。

 あんタマの仇だ。死にさらせ蠍座!

 怒りのまま、丹羽は斧を振るう。銀の忘れ形見である黒い斧と、圧縮した星屑の素体から作ったアリエスの超振動の能力を付与して高周波ブレードと化した白い斧で滅多斬りにしていく。

 この白い斧はバーテックス製だが、神樹の体液を表面にコーティングしている。だからバーテックスにとって勇者の武器と同等の威力を誇るだろう。

「じゃあな蠍座。あの世で杏ちゃんとタマっち先輩に詫びてこい」

 球状が連なった尾を全て切断され、ビクビクと痙攣(けいれん)しながら毒液を垂れ流す蠍座に、トドメの一撃を見舞う。

 巨大な盾のような体躯から、御霊が出現する。これは勇者2人が協力しなければ壊れないほど丈夫なので、風たちと合流して壊すしかない。

 そんなことを考えていると、頭上に黄色い何かが見えた。丹羽は落下地点に先回りし、飛んできた風を受け止める。

「うぇ、ぎぼぢわるい…頭がグルグルする」

「大丈夫…じゃないですね、犬吠埼先輩。とりあえずちょっと休みますか?」

「舐めんじゃないわよ。アタシは勇者部部長よ。これくらい…う゛っ」

 突如黙り込むと膝をつき、風の口から女子力(嘔吐)があふれ出す。戦闘前に昼食をとったというのもタイミングが悪かった。

 丹羽は風の背中を優しくなでることしかできない。

「うぅ、アンタなんで平気なのよ…オロロロ」

「はいはい。胃の中のもの全部吐いたら楽になりますよ」

「しかももう蠍座倒してるし、アタシがここにくる…オロロロ。ゼェ、ハァ。必要あった?」

「御霊を壊す必要があるじゃないですか。とりあえず俺1人でできるだけやってみますが、落ち着いたら手伝ってください」

 そう言うと丹羽はもう大丈夫と判断したのか、風から少し離れた位置に置いていた御霊を武器の斧で叩き始める。

 ガン! とかドカン! とかいう音が風の頭に響く。やめて、余計に吐きそう。

 それにしても…と、風はまだよく回らない頭で考え始める。

 丹羽明吾とは何者なのか。男なのに勇者に変身できることもそうだが、昨日風と友奈、樹が苦労して倒した巨大バーテックスを1人で倒してしまった。

 まるで1度倒したことがあるように。敵の弱点や攻撃方法を知っているかのような戦い方だ。

 丹羽には見せなかったが、大赦から風に対して診断結果とは別の内容のメールも届いていた。

『丹羽明吾を監視し、行動や彼の特徴をできるだけ報告するように』

 信用できなくなった大赦の命令をきくかは置いておいて、大赦が彼を気にする理由はわかった気がする。

 丹羽明吾には謎が多い。

 なぜ変身できるのか、どうしてそんなに強いのかとか。なぜ彼の精霊だけが人型で言葉まで話せるのか。

「犬吠埼先輩、梅干しありますけどおへそに貼りますか?」

 あと、こういう風にいろいろおばあちゃんの知恵袋的なものを常に持ち歩いているのとか。

「それ、車酔いの奴でしょ…ふぅ。吐いたらだいぶ良くなった」

 若干足元がふわふわするが、大丈夫の範囲内だ。身体能力が強化される勇者システムの影響下なら、移動している間に回復するだろう。

「丹羽、とりあえず今は御霊を放置して作戦通り友奈たちと合流して挟み撃ちにするわよ。その御霊は他の2体を倒してから破壊しましょう」

「わかりました。犬吠埼先輩」

 風の指示に、丹羽は御霊を叩くのをやめて樹海のほうへ視線を移す。

 そこには2体の巨大バーテックスと戦う3人の姿があった。

 

 

 

「勇者パーンチ! きゃっ」

 必殺の勇者パンチを蟹座に繰り出そうとした友奈は、その後ろから飛んできた無数の矢に攻撃を中止せざるを得なかった。

「友奈先輩!」

「大丈夫だよ、樹ちゃん。でも…」

 友奈は顔を上げ、射手座を守るように6枚のシールドを展開する蟹座を見上げる。

 わずかな隙間から射手座を狙おうとする東郷の射撃も、あのシールドによって阻まれてしまっていた。だが、ノーダメージとはいかないのか、若干ひびが入っている。

 丹羽がこの2体を飛び越えて蠍座を倒したとき、2体はわかりやすく混乱していた。

 進軍していた動きを止め、友奈と樹が近づくまでは右往左往するだけで攻撃しようとしてこなかったのだ。

 だが、友奈が蟹座に向かって攻撃を見舞おうとしたとき、それは起こった。

 なんと射手座が蟹座に向けて無数の矢を放ったのである。

 錯乱して同士討ちをしたのかと同行していた樹は思ったが、そうではなかった。

 射手座の放った矢は蟹座の体躯に反射し、襲い掛かろうとしていた友奈の身体を貫いたのだ。

 精霊バリアがなければやられていた。丹羽の2体で特殊な攻撃をしてくるコンビという推測は当たっていた。

 それから2人はまず厄介な射手座を倒そうとしたのだが、蟹座が前に立ちふさがり攻撃を邪魔する。

 遠距離からの東郷の狙撃も蟹座の固い体躯を貫くには及ばず、射手座を狙おうにも先ほどのようにシールドを展開され邪魔されてしまう。

 手詰まりだった。スマホから風の声が聞こえてくるまでは。

『お待たせ、友奈、東郷、樹!』

「風先輩!」

「お姉ちゃん!」

 待ちに待った、頼もしい部長の声だ。

「行くわよー! 必殺、女子力斬り!」

 風の言葉とともに、巨大化した剣が振るわれ射手座に叩きつけられる。

 射手座は突如背後に現れた勇者に混乱しながらも切断された体躯を隠すように蟹座と背中合わせになり向かってきた2人の勇者に向けて無数の矢を放つ。

 これで射手座による援護はなくなった。

 友奈は蟹座に向けて突撃する。蟹座はシールドを今度は武器として友奈に振るおうとしたが、樹のワイヤーがそれを絡め捕り動かすことができない。

「今です、友奈先輩!」

「ありがとう、樹ちゃん」

 攻撃手段と防御手段を同時に失った蟹座に、もう戦う手段は残されていない。

「勇者パーンチ! 勇者キーック! もう1回勇者パーンチ! そしてトドメの勇者パーンチ!」

 固い体躯が災いし、蟹座は友奈の必殺技のサンドバッグになる。拳、蹴り、拳と1撃1撃が必殺の猛攻に身体がへしゃげ、ついに御霊を吐き出した。

「やった! って、多い! この御霊数が多いよ」

 前回の乙女座と違い、蟹座の御霊は小さな御霊が拡散している。

 友奈は光る御霊を拳で叩くが叩いた瞬間別の御霊に光は移動し、まるで追いかけっこのようになってしまう。

「う~、なんか馬鹿にされてるような気がする」

「任せてください、友奈先輩!」

 一向にらちが明かない御霊の封印に、樹のワイヤーがうなる。

「いっぱいあるなら、こうやって1つにまとめてしまえば」

「なるほど。さすが樹ちゃん!」

 ワイヤーに巻かれ、1つの塊にされた御霊に逃げ場はなかった。そこに友奈の拳が迫る。

「勇者パーンチ!」

 必殺の1撃を受け、蟹座の御霊は機能を停止した。

 

 

 

「どうしてタイミングを合わせる前に攻撃しちゃうんですか」

「仕方ないじゃない! 樹と友奈がピンチだったんだから!」

 一方風と丹羽の2人は無数に飛んでくる射手座の矢から身を守るために武器を盾にして動けないでいる。

 本来なら風と丹羽がタイミングを合わせ、一緒に攻撃して1撃で射手座を倒す算段だった。

 だがまだ酔いが残って判断能力が曖昧だったのとかわいい妹と後輩のピンチという状況が重なり、丹羽が止める間もなく風が先走り攻撃してしまったのだ。

 おかげで向こうのピンチは回避できたが、今度はこっちが窮地に陥っていた。

「いったいいつ止むのよこの矢の雨は⁉」

「結城先輩と犬吠埼さんが蟹座を倒してくれるまでじゃないですかね」

 と丹羽。本来射手座は変身した東郷が倒すのだが、蟹座が邪魔して狙撃できなかったらしい。

 となれば早く友奈と樹に蟹座を倒してもらって、彼女に狙撃してもらわなければ。

「あぐっ?!」

「犬吠埼先輩⁉」

 見ると風が武器である剣にすがり、膝をついていた。おそらく足をやられたのだろう。

 まずい、思ったより矢の数が多い。これでは精霊バリアがあるとはいえ、押し切られてしまうかもしれない。

 丹羽は、知らず胸に手を当てる。

 そこにいるもう1体の精霊。乙女座襲撃の時に壁の外からフェルマータ・アルタを通して自分に送られてきた人型の精霊型星屑を、今使うべきかどうか迷う。

 大赦へのバーテックス人間の派遣は終了したが、まだどこまで洗脳できたかわからない以上自分の能力を全部見せるべきではない。あくまで大赦の脅威ではない勇者としてふるまわなければ…。

 が、精霊バリアを貫通して風の肩に矢が当たり、血を流した瞬間そんな考えは吹っ飛んでいた。

「貴女の力が必要だ、来てくれナツメさん!」

 丹羽の言葉とともにオトメユリの花が咲き誇り、光に包まれる。

「丹羽⁉ アンタ一体…わぷっ」

『きゅー』

 飛んできたスミが風の顔に貼りつく。なんとか引きはがして丹羽のほうを見ると、そこにいた丹羽の姿は変わっていた。

 白い勇者服はそのままだが先ほどの赤色のラインと違い水色のラインが勇者服に走っている。

 武器は2丁の大斧ではなく、ヌンチャクになっていた。

「ふっ!」

 一呼吸すると目に見えぬ速さでヌンチャクが唸り、風に向かってくる矢をはじく。

 迫ってくる無数の矢から風に向かってくる致命傷に陥る矢だけを的確に叩き落とす。叩き漏らした矢はスミが張った精霊バリアで防ぎ、風に傷1つつけない。

 まるで演舞のような力強さと軽やかな動きで、射手座から放たれる無数の矢をさばいていた。

 どれだけ時間が経っただろうか。見とれていた風にはすごく長いように感じたが、実際はそれほど時間が経っていなかったかもしれない。

 東郷の銃撃が射手座の急所を貫き、吐き出した2つの高速移動する御霊も2つ同時に撃ち抜かれ消滅した。

「ビューティフォー」

 神業ともいえる東郷の射撃の腕に称賛する丹羽の言葉に、風はようやく我に返る。

 さっきのアレは一体…。丹羽に問いかけようとしたとき、「風せんぱーい!」「お姉ちゃーん」とこっちに向かってくる後輩と妹が見えた。

 よかった。2人とも無事だ。

 急に足元から力が抜ける。知らずこの戦いで誰かが死ぬのではないかと恐れていたのを自覚した。

 はは、情けないわね。こんなアタシを助けてくれた後輩を一瞬でも疑おうとするなんて。

 風は丹羽に肩を貸してくれるように頼み、友奈と樹と合流することにした。丹羽は足の傷が痛むのかと心配していたが、そんなものは犬神の力でとっくに治っている。

 だが、足の力が抜けて立つのがつらいのでそういうことにしておいた。

 その後友奈と東郷、樹、丹羽の協力により蠍座の御霊も破壊された。勇者4人がかりでも破壊するのは時間がかかるほど蠍座の御霊は固かったのだ。

 こうして2度目の巨大バーテックスの襲撃を、勇者部は犠牲者を出すことなく撃退することができた。

『丹羽明吾を監視し、行動や彼の特徴をできるだけ報告するように』

 この大赦からの命令には『知るか馬鹿。知りたきゃ自分で調べろ』と返信しよう。

 風は丹羽を調べようとする大赦の人間からさっき見た秘密を守ろうと心に決めた。

 それが部員を守る部長の務め。そして命の恩人に対する恩返しだと思うから。

 




 風先輩のピンチに棗が駆けつけるのは自然の流れ。
 棗風はいいぞ。

Q、御霊を放置するとまた蠍座が再起動して襲い掛かってくるのでは?
A、武器である毒針や毒を生み出す下半身の瓶も滅茶苦茶に破壊したので問題ありません。星屑も東郷さんがすべて倒してくれました。

精霊「ナツメ」
モデル:水虎+古波蔵棗
色:白(バーテックス専用)
レアリティ:SSR
アビリティ:「人類の敵…花により散れ」
効果:攻撃ペースアップ12%。戦闘開始30秒間攻撃速度ペース+50%。自ペア攻撃ペース+60%
花:「オトメユリ」(花言葉は飾らぬ美)

 見た目はゆゆゆいに出てくるオリジナルキャラクター、沖縄を守った西暦勇者古波蔵棗のSD姿の精霊。
 勇者の力の欠片である英霊碑を取り込んで生まれた人型精霊。
 精霊型星屑には珍しく肌の色が褐色。髪はゆゆゆいの変身後と同じく白。
 スミとは違いスピードと手数で敵を圧倒していく戦闘スタイル。最高速度までいくとサジタリウスの放つ矢を全て叩き落すことも可能。
 変身した丹羽と一体化すると白い勇者服に水色のラインが入り、インナーも黒になる。
 実は海での戦闘になると能力が増すという隠れ特性があるが、樹海や壁の外では発揮されることはないだろう。
 武器はヌンチャク。必殺技はヒステリック・ラン…もといヌンチャクによる超速の滅多打ちをしながら駆け抜ける攻撃。
 

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