詰みゲーみたいな島(四国)に人類を滅ぼす敵として転生した百合厨はどうすりゃいいんですか?   作:百男合

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 あらすじ

蠍座「囮はもちろん俺以外が行く。蟹座、お前が囮だ」
蟹座「ええ…」
丹羽「あんタマの仇ー!」
蠍座「グワーッ!」
友奈「いっくぞー勇者パーンチ!」
射手座「蟹座は囮にて最適」
蟹座「結局肉壁扱いじゃないですかやだー!」



この美術部の助っ人依頼でポーズを指定する奴には問題がある

 3体のバーテックスを撃退した日から2日後の日曜日。

 その日、犬吠埼樹はいつもより遅い朝食を食べていた。

 時刻は10時半。テレビではどの層に向けているのかわからないバラエティー番組をやっている。

 服はまだパジャマで、朝食も姉が用意してくれたものをレンジで温めなおしたものだ。

 よく誤解されるが、樹は学校で思われているようなしっかり者のできる妹ではない。むしろ日常生活では炊事洗濯を含め姉に頼りっぱなしだし、休みの日はギリギリまで寝ていたいと思うタイプだ。

 2年前、両親がまだ存命だったころはこうでなかったと思う。姉と同じように休日でも7時に起き、母の手伝いをしたりと色々やっていた。

 一体いつからだろう。こうなったのは。

 姉の風が家事や洗濯を覚え、任せきりだったときはまだ自分も手伝おうとしていた気がする。

「樹はそんなことしなくていいのよ」と言う姉の言葉に甘え、樹が何かしようとすると風が止めを繰り返し、いつの間にかこんな感じになってしまったのだ。

 気が付けば日常生活におけるすべてを姉の風に依存していた。もし風が急な用事で何日か家を空けたら、数日で餓死する自信が樹にはある。

 これが20代ぐらいだとさすがにこれからの生活に危機感を抱き自立する努力をするのだが、樹はまだ12歳で姉に甘えるのが大好きなシスコンだった。

 もっとも風もかわいい妹に甘えられるのが大好きなシスコンである。この相互効果が樹が自活していくための能力を奪っている負のスパイラルなのだが、それに気づき改めるのはかなり未来の話だろう。

 テレビでは数日後のゴールデンウィーク中のことに関して芸能人が話していた。もうそんな時期なのかと樹はカレンダーを見つめる。

 4月ももう残り少ない。あと少しで連休に入る。

 そうするとすぐ5月だ。そして5月1日は特別な日。

「今年の誕生日プレゼント、なにがいいかな」

 遅い朝食を食べ終えた樹は考える。姉の風の誕生日は5月1日。つまりもうすぐだ。

 去年は勇者部の友奈と東郷と一緒に東郷の屋敷で誕生日を祝ったが、今年はそれにクラスメイトの丹羽も加わることになるだろう。

 男子。そう、男の子だ。それもかなり変な。

 なぜか時々変な行動をする。そのスイッチが何なのかはわからないが、それ以外は頼りになる人だと思う。

 この前も1人で蠍座のバーテックスを倒していたし、姉の風を射手座の矢から守ってくれたと聞いた。

 顔も、まあ悪くないと思う。イケメンとか好みの顔とかいうのとは違うが、樹が怖がるような厳つい顔ではないしひげのそり残しとかがない清潔感があるところは好感が持てる。

 あれならお姉ちゃんも悪くないと思うかな?

 3体のバーテックスを撃退した日から、姉の風が丹羽を見る目が変化していたことを妹である樹は敏感に気づいていた。

 それが恋心かはわからないが、2人の相性を占ってみると決して悪いものではない。

 これはひょっとしたら…ひょっとするのだろうか?

 近いうちに関係の変化という結果が出ていたことからも、これから何か起こるのかもしれない。

 犬吠埼樹、12歳。同学年の女子と同じように他人の恋の話には興味津々のお年頃だった。

「丹羽君がお姉ちゃんと結婚したら、お兄ちゃんって呼ばないといけないかなぁ。同じ歳なのにお兄ちゃんって複雑」

 付き合うイコール結婚という方程式は恋愛すらしたことのないおこちゃまな樹にとって当たり前のように思えた。

「あ、でも途中で別れちゃったらどうしよう。気まずいなぁ、姉の元恋人がクラスメイトっていうの」

 ただ女としてのシビアさももちろんあわせ持っているが。

 もっとも丹羽本人がここにいたら、「犬吠埼先輩と付き合うなんて恐れ多い!」と恐縮するふりをして遠まわしに断るか「籍だけ入れて別居して犬吠埼先輩と犬吠埼さんが一生イチャイチャできる生活を守るために働きアリのように働きます」と言っただろうが。

 興味がわいたので樹はタロットを使って丹羽を占ってみることにした。

 占い方法はホロスコープ法。占う対象の過去や未来、友人関係や収入、家庭環境など細かいことまで占うことができる中級者向けの方法だ。

「ふむふむ。なるほど…」

 樹はタロットをめくっていき、結果を見る。

 過去は塔の正位置。現在は隠者の逆位置。未来は審判の正位置。

 塔は災難や事故、破滅を表すカードだ。おそらく過去に何か大事なものを失ったのだろうか?

 隠者の逆位置は隠し事や未熟さ、何かに対する恐れを表す。彼は自分たちに何か隠しているということかもしれない。

 審判は著しい変化や改革などを表す。もしかして彼のおかげで何かが劇的に変わろうとしている?

 これはあくまで指標で、もう1度占えば違った結果も出るだろう。そこからさらに彼の人物像を絞り込んでいくのだ。

 もう1度占おうと樹がカードを集めシャッフルしていると、玄関のチャイムが鳴る。

「お姉ちゃん」と呼ぼうとして、樹は気づく。そう言えば今日姉は用事があって、午後4時以降にならないと帰ってこないのだった。

 仕方なく占いの手を止めて玄関へと向かう。どうせ姉が頼んだ女子力アップのための小包か何かだろうと玄関のドアを開けた樹は、次の瞬間後悔することになる。

「はいはーい。サインでいいですか?」

「あ、この度隣に引っ越してきた丹羽…って犬吠埼さん?」

 顔を上げれば、さっきまで自分が占っていた男の子がいた。

 なんで彼がここにいるんだろう? 一瞬呆然とした樹だったが、すぐに自分の格好を思い出しドアを閉める。

「犬吠埼さん? 犬吠埼さーん? 大丈夫?」

 ドアから丹羽の声が聞こえる。うう、見られた見られた見られた。

 寝ぐせも直していないし、顔も洗っていない。服もパジャマのままだ。

 結局樹が身支度を整えるまで丹羽はドアの前で30分待たされたのだった。

 

 

 

「ということが昨日あったらしいのよ」

 翌日月曜日の放課後。場所は勇者部部室。

 風が昨日自分の留守中に起こった出来事を話すと、隣の樹は顔を赤くする。

「え、じゃあ丹羽君今風先輩の隣の部屋に住んでるの?」

「はい。前住んでた寮の部屋が上の部屋の床が抜けて工事中なので。住む場所に困ってたら大赦に部屋を紹介されて。マンションに行ったらたまたま犬吠埼さんたちの隣の部屋だったみたいで」

 友奈の言葉に丹羽が引っ越すことになった理由を話し出す。

「あー、それ多分たまたまじゃないと思う。故意よ」

 風がバツが悪そうな顔をして言う。

「黙ってたけど、丹羽のことを調べて報告しろってメールが来てたのよ。もちろんアタシは断ったんだけど、大赦は諦めてなかったみたいね」

「つまり、風先輩と樹ちゃんを丹羽君の監視役にしたと?」

「本人の了承も得ずにね。ほんと、何考えてるのかしら大赦って」

 なるほど。つまり昨日樹が丹羽に恥ずかしい格好を見られたのも全部大赦の仕業だったのか。

「おのれ大赦…」

「樹ちゃん、オーラが。なんか黒いオーラが出てる」

 普段は大人しい樹が珍しく怒っていた。一体何事かと友奈と東郷は首をかしげる。

「ま、それはそれとして今日の依頼よ」

 風が告げると、東郷がパソコンで管理している依頼の一覧を開く。

「今日の依頼は…1件だけですね。美術部のモデルで特に誰かという指定はありません」

「1件だけ?」

「ええ、ゴールデンウィーク前なので皆さん活動は控えているのかもしれません」

 東郷の答えに「そっかぁ」と風は頭を掻く。

「何か都合が悪いんですか?」

「いや、今日は丹羽に勇者部の活動を見てもらおうと思ったんだけど。普段は猫探しとか部活の助っ人とかいろいろやってるんだけどよりによって美術部のモデル依頼とはね」

 なるほど。風は活動しながら勇者部がどんな部活か説明しようとしていたんだろう。

 それなのに依頼がじっとしているだけのモデルの依頼というのは丹羽が退屈するのではないかと心配しているのか。

「大丈夫ですよ。普段みんながどんな活動しているかは大体知っていますし。勇者部って結構有名なんですよ」

 本当は原作知識からそのことを知っているのだが、こう言っておけばいいだろう。事実だし。

「え? そうなの?」

「幼稚園で人形劇したり、清掃活動したりとか。新聞に載ったこともありましたよね?」

「あ、本当に知ってくれてるんだ。なんか嬉しい」

 丹羽の言葉に部長の風はまんざらでもない顔をしている。

「じゃあ、今日はどうします?」

「そうねぇ。友奈と東郷は頼まれてたポスター作り。美術部の依頼はアタシと樹が行くわ」

「了解です」

「了解であります」

 風の指示に、友奈と東郷がうなずく。

「丹羽はどうする? ここで東郷と友奈を手伝う?」

「いえ、俺は犬吠埼先輩たちについていこうかと」

 予想していなかった返事に、風が驚く。

「いいの? 結構退屈だと思うけど」

「美術部にも興味がありますし、モデルになる2人がどんなことをするのかも」

「大したことはしないと思うけど…まぁ、いいわ。じゃあついてきて」

 風と樹に続き、丹羽が部室を出ようとすると胸元が光り、スミが飛び出して東郷のほうへ飛んで行った。

『スミー』

「あら、スミちゃん」

「あ、こら。お前また勝手に」

 すっかり定位置になっている東郷の胸の上に頭をのせると、スリスリと甘えるように身体を寄せる。

『スミー』

「丹羽君、スミちゃんはこっちで預かるから心配しないで」

「すみません東郷先輩。じゃあ行ってきます」

 丹羽は東郷の言葉に甘えることにして、改めて美術室へ向かうことにした。

 

 

「ありがとう風! いやー、モデルが足りなくて困ってたのよ。しかも3人も連れてきてくれるなんて」

 美術部にたどり着くと、勇者部は部長に熱烈な歓迎を受けた。どうやら顔見知りらしく、同性の風を呼び捨てしているところから見ると同じクラスなのだろうか。

「いいってことよ。みんなのためになることを勇んでやる! それが勇者部だからね」

「じゃあ今日やってもらうことを説明するわね」

 美術部部長に促され、風に続き樹と丹羽も部室に入る。

 美術室の中はいかにも美術部といった感じでイーゼルや教室の後ろのほうには石膏像が見える。

 部員は20人以上いて、勇者部と違い大人数だ。少し部室が狭く感じる。

「今日やるのはスケッチ。10分間モデルの人に指定したポーズをしてもらって休憩を挟んでまた別のポーズをしてもらうわ」

 なるほど。とにかく数をこなしてスケッチの腕を磨くためにモデルが必要だったらしい。

 普段は同じ部の人間がモデルをやっているのだろうが、勇者部にお鉢が回ってきたということはなにか特別な理由があるのだろうか?

「いやー、勇者部の子って美人ぞろいだから1度描いてみたいと思ってたのよねー」

 そう思っていると美術部部長が風の肩を叩きながら言う。なるほど、私的な理由か。納得。

「でも男子部員が入ったなんて初めて知ったわよ。いつの間に入れたの?」

「あー、うん。ちょっとした理由があってね」

 まさか勇者の適性があったので入部させましたとは言えないので風は言葉を濁すしかない。

 スケッチは3組に別れて行うことになった。部員の指定したポーズを10分間保つというのは結構キツイかもしれない。

 もっとも丹羽は疲れない身体だから特にそういう心配はない。だが、「ちっ、男かよ」という美術部部員の視線がちょっと痛いが。

「はーい、10分経ちました。次のポーズお願いしまーす」

 部員の言葉に風と樹、丹羽はまた指示されたポーズをする。ちなみにさっきまでは『電球を入れ替えるために椅子に足をかける途中』、今回は『香港映画のイスを武器にして戦う某映画のワンシーン』と変な注文だった。風と樹は普通のポージング変化なのに。

 そんなこんなでスケッチは続き、5分間休憩となった。

「つ、疲れる」

「だねー。動かないだけっていうのも身体がこっちゃうよー」

 と風と樹。体力のない樹と身体を動かす方が得意な風にとってこの依頼は結構酷かもしれない。

「丹羽はどう? 結構平気そうだけど」

「はい、平気です。変なポージングさせられる以外は」

「あー、ごめんね。うちの部員が変なことさせて」

 美術部部長が飲み物を3人にふるまう。冷たいスポーツドリンクだった。

「どう? 最後は3人でポージングしようと思ってるんだけど、何かやってみたいポーズがあったら自由にしてもらっても構わないわよ」

「私は別に…樹は?」

「わたしも特には」

「あ、俺してもらいたいポーズがあります! 犬吠埼先輩と犬吠埼さんに」

 丹羽の言葉に「え?」と犬吠埼姉妹は驚く。

「まず犬吠埼先輩に胡坐をかいてもらって、犬吠埼さんがこう、胸に顔をうずめる感じで。で、犬吠埼先輩が犬吠埼さんの後ろに手を回して…はい、キマシタワー!」

 丹羽がとらせたポージングに、美術部部員たちがざわめく。

 風を樹が抱き留め、甘えるままに任せているという構図は見ていてこう、何かが湧き上がってくる感じがする。一言でいうなら、そう。

「尊い…」

 自分の口から出た言葉に、美術部部長は驚いた。いつもはただの友達だと思っていた風にこんなことを感じるなんて、どうしてしまったのだろうか?

「えっと、丹羽? この格好結構恥ずかしいんだけど」

「丹羽くん、できれば別のポーズに」

「いいえ! このままいくわ! みんなスケッチブックに向かって!」

 別のポーズにするよう頼もうとしていた犬吠埼姉妹は、部長の言葉に困惑する。

 見ると他の部員たちも部長の声がかかる前にスケッチブックを広げていた。スケッチする姿にはなにか熱に浮かされたような狂気じみたものを感じる。

「犬吠埼先輩、犬吠埼さん。いままで黙っていたことがあるんです」

 突然丹羽が告げた言葉に、犬吠埼姉妹は困惑する。特に樹は日曜日に占いで出た自分たちに隠し事をしているという占いの結果を思い出し、ごくりと唾をのむ。

「実は俺…かわいい女の子たちがイチャイチャしてるのが、大好きなんです」

「お、おう」

「かわいいって、そんな」

 うん、なんとなくそんな気はしてた。

 風は丹羽が変な状態になっていたシーンを思い出して納得し、樹はかわいいと言われたことに照れて赤面している。

「なので、この機会に2人の魅力的な姿を目に焼き付けたいと思います。大丈夫、もっとはかどる構図はいろいろありますので」

 丹羽の言葉に、美術部員たちから歓声が上がる。その中にはモデルを頼んだ美術部部長の姿もあった。

 なんだか丹羽がカリスマとして信仰されている気がする。これからどんなことをやらされるのか…犬吠埼姉妹はおののいた。

 

 一方そのころ勇者部。

「いやぁ、東郷さんのぼたもちはおいしいなぁ」

「ふふ、友奈ちゃんったら。お口にアンコ、ついてるわよ」

 ゆうみもがイチャイチャしていた。

 ちなみに今食べているぼたもちは東郷の手作りで、勇者部でも好評なおやつだ。

『スミー』

「はいはい、スミちゃんにもぼたもちあげるわね」

 スミの声に東郷は自分のぼたもちを切り分け、スミにあげる。おいしかったのかしっぽのような髪を揺らし、身体を震わせて全身で喜びを表している。

『うまい! もう1口』

「じゃあ今度は私があげるね。はい、あーん」

 今度は友奈が自分のぼたもちをきりわけ、スミの口元に持っていく。

『あーん。モグモグ、うまい!』

「ふふ、こうしてみるとなんだか親子みたいだね」

「親子って、友奈ちゃんと私が夫婦…」

 突然告白じみた言葉をかける友奈に、東郷が赤面する。

 もちろん友奈の言葉に深い意味はないのだが、攻略済みの東郷にはクリティカルヒットだった。

 さすが天然タラシである。

 食事に満足したのか、スミは東郷の胸の上に乗り、うとうととまどろみ始める。

「かわいいなぁ」

「ええ、子供って本当にかわいいわよね」

 いずれは私も友奈ちゃんと…と、期待を込め、東郷は友奈を見る。するとにっこりと微笑み返された。

「はうっ」

 東郷の胸がキュンっとなる。美術部とは違い、こちらはどこまでも平和な光景だ。

 

 場面は戻り美術部部室。

 部活が終わる時間いっぱいまで風と樹の2人は丹羽の指定するポーズをとり続けた。美術部部長からは大絶賛され、ぜひ次も丹羽を連れて来てほしいと言われる。

「はは、考えておくわ」

 乾いた声で風は返事した。樹も含め、満身創痍と言った状態だ。

 風は誓った。美術部の依頼には絶対丹羽と一緒に誰かを連れて行かないようにしようと。

 

 

 

「はー、今日は変に疲れたわー。樹ー、ごはんできたわよー」

 夕食を作り終えた風は樹を呼び、配膳を手伝うよう頼んだ。肩を回し、変に緊張して固くなった身体をほぐす。

 今回は丹羽の暴走に巻き込まれてしまった。次からは要注意だ。できるだけ丹羽が暴走しないような依頼に回さないと。

 特に美術部の依頼には絶対一緒に行かない。改めてそう思う。

 その丹羽は隣の部屋で今夕食中だろうか。放課後かめ屋に連れて行って一緒にうどんを食べたが、まさかそれで終わりということはないだろう。

 ないわよね? 男の子の1人暮らしだけどちゃんと食べているだろうか。今まで寮暮らしだったから、夕食づくりに苦労しているかもしれない。

 心配になった風は樹に料理の配膳を任せ、隣の部屋の様子を見に行くことにした。チャイムを鳴らすと、すぐ丹羽が出てくる。

「犬吠埼先輩? どうしたんですか」

「丹羽、あんた夕食は…って、なにそれ」

 ドアを開けた丹羽の部屋の中にダンボールが見えた。見るとカップラーメンの名前が書かれている。

「え、これですか? 当分の食事ですけど」

「ひょっとして、寮の部屋の工事が終わるまでずっとインスタントで済ませる気だった?」

「はい」

 何か問題でも? と不思議そうに見返してくる後輩に、風の頭は痛くなった。少し考え、後輩の手を掴み自分の部屋へ連れていく。

「え、ちょ、ちょっと犬吠埼先輩⁉」

「風でいいわよ。それよりちゃんとご飯は食べなさい!」

 突如連れてこられたクラスメイトに妹の樹が驚いているが、今はそれどころではない。もう1組茶碗と汁椀を出し、無理やり丹羽を席に着かせる。

「これからはうちで夕食を食べること! インスタントとかもってのほか。勇者は身体が資本なんだからね」

「え、でもそこまで甘えるわけには」

「甘やかしてるんじゃない。これは部長として部員の体調管理も仕事だからやってるの!」

 無茶苦茶な理由だ。丹羽はなんとか断ろうとするが、風がそれを許さない。

「丹羽くん、諦めたほうがいいよ。こうなったお姉ちゃんは誰にも止められないから」

 誰よりもそのことを経験し、熟知している樹からこう言われては丹羽も何も言えない。ありがたくごちそうになることにした。

 すると丹羽の中からスミとは別の人型の精霊が現れ席に着く。どうやら風の料理を食べてみたいらしい。

 髪は白いが、肌は褐色の人型精霊だ。凛々しい顔で、クールな感じがする。

 この精霊は射手座の矢から風を助けてくれた精霊で、ナツメというらしい。精霊本人が風にそう名乗った。

 スミとは違い、あまりしゃべらない精霊だ。姿を現しても何もしゃべらずじっとしていることが多い。

 風を気に入ったのか風と丹羽が2人でいるとちょくちょく現れる。樹もこの時初めてその存在を知ったので驚いていた。

 どうやら風の作った料理が気になるらしい。丹羽が箸を使って料理を食べさせるとうまそうに食べている。

『風の作る料理はうまいな』

「あら、ありがとう」

 褒められると素直にうれしい。ナツメのためにもう1組茶碗と汁椀を出し、目の前に置く。

 ナツメは料理を食べるたびうまいうまいと褒めてくれる。

『風、私はワカメの味噌汁が好きだ』

「へぇ、そうなの。おぼえておくわ」

『こんなにうまい料理が毎日食べられる樹がうらやましい。風はいいお嫁さんになるな』

「そんなことないわよー。もう」

 と言いつつ顔がにやけている。嬉しさを隠し切れないようだ。おかわりを頼んだナツメのご飯茶碗も、日本昔話に出てくるような山盛りになっているし。

「ナツメさん、一応少しは遠慮というものを…」

「いいんだよ丹羽くん。お姉ちゃんも嬉しそうだし」

 と言う樹だったが、実は風が毎日作る料理の量が多くて体重がピンチだったので自分の代わりに食べてくれる丹羽とナツメの存在はありがたかったりする。

「いっぱい食べる子ねー。これは明日からもっと量を多く作らないとだめね」

 しかし、その目論見もすぐに水泡に帰しそうだった。

 

 

 

『乙女座に続き翌日蠍座、射手座、蟹座の3体の巨大バーテックスが襲来。讃州中学勇者部がこれに当たり撃退に成功』

「え、これだけ?」

 紙1枚の報告書に、園子は思わず問いかけた。

 これでは何もわからない。樹海で何が起こったのか、誰がどういう働きをして負傷をしたのか否かも。

「申し訳ありません! その、勇者システムに組み込まれたアプリが不調でして…樹海でどのようなことがあったのかは不明なのです」

 目の前の大赦仮面は恐縮し、ひたすら頭を床にこすりつけている。

 まさか大赦仮面も勇者がシステムをハッキングして盗聴、盗撮アプリを削除したとは夢にも思っていなかった。現場の人間はきちんと報告したのだが中間管理職が叱責を恐れただの不具合と報告し、上層部に報告が届くころにはすぐ直るただの故障だという報告に変わっている。

 まさに報告・連絡・相談ができないダメな企業の典型的な例だった。

「それってあの盗撮と盗聴アプリのこと? あれ、わたしが勇者だったときもインストールされてたんだよねー。良くないと思うなーそういうの」

 不機嫌な様子の園子に、大赦仮面は冷や汗を流す。

 くそ、犬吠埼の娘め! 今まで支援してきてやった恩を忘れてなにが自分で調べろだ。

 丹羽明吾を調査するように告げたメールの返信を思い出し、大赦仮面は歯噛みする。

 アレがきちんと今まで通り報告していれば、こんなことにはならなかったのだ。なんのために高い金を払って支援してやったと思っているのだろうか。

 いっそのこと罰として妹と離して暮らさせ、大赦の影響力を思い知らせるべきかもしれない。

 そんな謀略を画策していた大赦仮面に、園子の言葉がかかる。

「本当なら、樹海にあなたたちが行くべきじゃない? 詳しい報告書上げるならさぁ。自分は安全な場所で情報だけ得ようっていう姿勢は虫が良すぎない?」

「も、申し訳ございません!」

 大赦仮面はさらに額を床にこすりつける。今顔を上げたら、確実に殺気をまとった視線に射抜かれそうだった。

 先日から園子様は機嫌が悪い。何が原因かはわからないが、こちらにとってはいい迷惑だ。

 それもこれも、全部犬吠埼の娘が悪い! と大赦仮面は責任転嫁する。どうあっても自分の行動を改善するという気はないらしい。

「もういいよ、下がって」という園子の言葉に、心から胸をなでおろし、大赦仮面は退室する。触らぬ神に祟りなしとはこのことだ。

 誰もいなくなった病室で、園子はため息を1つつくとノートパソコンを開き、自分も利用している小説投稿サイトを開く。

「やっぱりまだ更新がないなー。誤眠ワニさんの新作」

 マイページからお気に入り作家の新着情報を調べ、残念そうな声を上げる。

 これこそが最近園子の機嫌が悪い原因だった。

 誤眠ワニという女の子同士の恋愛小説を書く作家の作品がいいところで終わっていて、続きが読みたくてしょうがないのだ。

 ちなみに誤眠ワニというペンネームからピンときた方もいらっしゃるだろうからここで明かしておくと、この作家の正体は丹羽である。

 誤眠ワニというのも丹羽明吾というフルネームのアナグラムだ。

 この世界でも百合を普及させるため、自分の知る百合作品を小説という形にして無料で誰でも読める場所として小説投稿サイトを利用した。

 それがたまたま小説好きの園子の目に留まったという話なのだが。

 ちなみに園子が気にしている小説は、まんま小説のマリア様が見てるだったりする。

 この世界では丹羽の知っている百合作品が映像化はおろか作品として存在せず、普及させるには原作をまず知ってもらわなければならなかった。

 著作権とかは気になるところだが、そこは異世界転生のチート要素として割り切らせてもらう。

 今園子が読んでいるのはマリア様が見てるの中でも屈指のエピソードである「レイニーブルー」。それまで穏やかな関係を保っていた登場人物の不和が描かれ、結局問題が解決せずに終わったという丹羽のいた世界では「レイニー止め」という言葉を生み出したエピソードだった。

 丹羽はあえて次のエピソード、「パラソルをさして」まで投稿を延期し読者を焦らしていた。そのことが原因で、大赦仮面の偉い人の胃がピンチなのだが知ったことではない。

「あ、短編のほうが更新されてる。そっちじゃなくてマリ見てのほうを書いてよもー」

 と言いつつ園子は投稿された短編のページをクリックしている。

 内容は姉妹百合モノのようだ。最初はふーん、とどこか斜に構えて読んでいた園子も、読み進めていくうちにどんどんのめり込んでいく。

「え、美術室でこんな…。嘘でしょ。姉妹なのに…いや、姉妹だからいいのか」

 読み終わると、満足感が胸を満たす。尊い。その一言に尽きた。

 やっぱりこの作家さんはいいな。百合の何たるかをわかっている。

 会ってみたらきっと楽しそうだ。一緒に作品に対する意見交換をしてみたい。

 そんな園子が想う相手の正体は仇敵である人型バーテックスの操る人間型星屑なのだが、誰もそれを教える人間はいなかった。

 




 風先輩はダメ男と付き合いそう。というか付き合う男がダメになりそう。
 だから、カップリングは百合である必要があったんですね。(メガトン構文)
 ちなみにゆうみものイチャラブはスミの目を通して本体が観察しています。

樹「わたしの占いは当たる!」
仮面ライダーライア「外れたほうがいい占いもあるぞ」
樹「え、誰?」

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