詰みゲーみたいな島(四国)に人類を滅ぼす敵として転生した百合厨はどうすりゃいいんですか? 作:百男合
2話を見て「あら^~」の嵐が止まらない
壁の外の赤い景色の中、神樹の結界からほうほうのていで逃げ出してきた俺はようやく落ち着ける場所まで来ると改めて先ほどのことを考えていた。
鷲尾須美、三ノ輪銀、乃木園子(小)。
あの3人が出てきたということは、ここはアプリゲームの花結いのきらめきではなく神暦の【鷲尾須美は勇者である】の世界なのだろう。
鷲尾須美は勇者であるは最初劇場版として公開され、その後結城友奈は勇者である2期の前半でテレビサイズとして新たなシーンを追加、編集されて放送された。
これは第1期の結城友奈は勇者であるの前日譚としての物語であり、物語のヒロインであり勇者でもある東郷美森の過去の話だ。
まだ小学生の子供が命懸けで人々を守るため巨大な敵と戦う物語は少女たちの純真さと可憐さを描くとともに迫力のある戦闘シーンと人間に敵対する異質な敵の不気味さを描いた作品である。
特に中盤以降の年端のいかぬ少女たちの物語としてはあまりに残酷で重い展開と救いのなさから「おのれタカヒロ」という脚本家であり原作者であるタカヒロ神に対する言葉が生まれたりもした。
そう、ここは結城友奈は勇者であるの始まる2年前の世界。
小学生の子供たちが背負うにはあまりにも残酷な展開と結末が待ち受けている――そんな世界なのだ。
新樹館小学校、イネスで食べたジェラート、巨大戦艦長門、パジャマパーティー、休日テンション、銀ちゃんの着せ替え、ラブレターと羅漢像、国防体操、ぎんそのの間にはさまる須美(物理)、2人でいったお祭り、精霊、ハロウィン。
アニメ本編で起こったイベントが次々と頭に浮かんでは消えていく。
その中でも【三ノ輪銀の死】と【最終決戦の20回以上の満開】の2つは、後の結城友奈は勇者であるにも深く関わってくる重要な事柄だ。
結城友奈は勇者であるである程度ネタバレしていたとはいえ、その結末に当時相当衝撃を受けた。避けられない運命。圧倒的な力を前にした時の絶望感。それを前にしてもなお戦う人間としての覚悟と矜持。
特に銀ちゃんの死は視聴者に大きな衝撃を与えた。ツ○ッターやpix○vに投稿された銀ちゃんのR-18絵のコメントには「罪悪感で抜けない」というコメがつき、結城友奈は勇者であるの舞台である讃州中学校の制服を着た銀ちゃんの成長した姿を描いたイラストには「どうしてこうならなかった」というタグやコメントが多数つくほどに。
それくらいファンに愛されている子なのだ。だからアプリゲームの花結いのきらめきで中学生になった須美(東郷)と園子と合流したイベントで思わず涙したプレイヤーも多いことだろう。
更に1年目の三ノ輪銀誕生日イベントは銀ちゃんが大人になったらやりたかったことを中学生になった2人が勇者部のみんなに頼んで開催するという神イベントだった。
このイベントによって棗風などゲームオリジナルキャラとのカップリングも生まれたわけだが、それはそれとして。
ゆゆゆい時空での三ノ輪銀は未来に自分がいないことに、なんとなく将来自分の身に起こることを察しつつも明るく振る舞い仲間を思いやって現在を大切に生きる。
そんな少女だった。
さて、そんな少女が死ぬことが決まっている物語に転生したらやることは何か。
もちろんそれはその展開を回避する。もしくはその展開ごと物語をぶち壊すことに決まっている!
何を隠そう俺はぎんすみ、ぎんみも推しである。特に1年目の誕生日イベントと2年目のバレンタインデーイベントは尊さのあまり塩の柱になりそうだった。
あの尊さを守るためならば、俺は天の神の火に焼かれ続けても構わない。というか勇者の章の友奈ちゃん可哀そうすぎだろおのれタカヒロ。あと6話でまとめるにはいろいろ無理がありすぎたよね。
話がまた逸れかけたが、当面の目標が決まった。
第1に、三ノ輪銀の死の回避。
これはかなり難しい。
なぜなら銀の死によって須美と園子には大赦から精霊が与えられ、バーテックスと対等に戦えるほどパワーアップした。満開と散華という身体の一部を捧げる代償付きではあるが。
また銀から受け継がれた勇者アプリのデータは後に改良され三好夏凛に引き継がれる。もし銀が生きて勇者のままだと夏凛が勇者になれない未来が待っている可能性もある。
銀を救出しても精霊がなければその後の勇者はバーテックスを倒すことができないし、スマホのデータがなければ完成型勇者の端末が作られることはない。
助けるだけなら銀を殺すことになる3体の星座級と戦わせなければいい。最悪瀕死状態の勇者3人を攫って保護してしまうのも手かもしれない。
これは助けることよりも、むしろ後処理のほうに気を使わなければならない案件だ。
第2は乃木園子の満開の数を減らす。
これを成功させるためには最終決戦で12体の星座級がそろうという最悪の事態を防ぐ、もしくは満開自体をさせないなど方法はあることにはある。
だがバーテックスが神樹にたどり着くこと自体が人間にとって世界の滅亡であり、それをなそうとするバーテックス側、人間の代表である勇者双方死に物狂いで戦うのは確実だ。
そんな中をただの星屑が行けばどうなるか? 結果は火を見るよりも明らかだ。星座級の足止めどころか下手すれば取り込まれて終わり、もしくは勇者に瞬殺されるのがオチだろう。
いずれにしてもただの星屑には無理だ。少なくとも星座級、もしくはそれ以上に強い存在にならなければならない。
そう、強くならなければ。
自分はもうとっくに人間をやめているのだ。手段は選んでいられない。人間だったころの倫理観など捨ててしまえ。
どんな手を使ってでも彼女たちが笑顔で生きていける未来を守ろうと、固く誓った。
とはいったものの、どうやって強くなろう?
原作通り他の星屑と融合し、星座級になるという案はすぐ却下した。何千何万という星屑と融合した後自分の意識が残っていることは確信できないし、もしバーテックスの本能に負けて勇者たちを襲うなんてしてしまった日には目も当てられない。
やはり地道な特訓しかないか。
とはいえ強くなる方法なんて、腹筋や腕立て伏せぐらいしか思いつかなかった。しかし星屑は手どころか腹筋もあるかどうか怪しい。両方できない身体なのだから意味がない。
モンスターを倒すRPGよろしく敵を倒して経験値を稼ぐという方法もあるが、バーテックスの敵は勇者であり俺にとって推しの少女たち。それを倒すというのは言語道断の行為だ。
それじゃあどうする。毎日感謝の正拳突き1万回でもするか? って、手がないんだって。
「強くなりたくば喰らえ!」
その時、某漫画の地上最強の生物が言っていた台詞が天啓のように舞い降りた。
星屑になる前の人間だった記憶はないが、カフカの変身とかこういうサブカル的な知識は結構おぼえていたりするようだ。
そうだ。同じ星屑ならいくら倒しても罪悪感はわかない。むしろ勇者が相手するだろう敵を食って減らすことで間接的にではあるが協力できるのではないか。
そうと決まったらすぐ実行と俺は近くを漂っていた星屑を後ろからかみついた。
意外なことにかみつかれたほうの星屑は抵抗することもなく、むしろまるで何事もなかったようにただ浮遊している。
いや、少しは抵抗しろよ。と内心でつっこむが実際は抵抗されても困るので正直なところ助かる。
結局体躯の半分ほど食われても星屑は反応せず、とうとう顔面まで届くといったところで一気に口の中に入れる。頑丈なあごで欠片一つ残さず砕き、ごくんと飲み込んだ。
味のないイカのようだな…とても食えたものではない。
初代勇者乃木若葉の台詞を思い出し、人間でこれを食べた若葉は相当な変人だなと改めて思う。
と同時に、【味のない】という部分に引っ掛かりをおぼえ反芻する。
さっきは夢中で噛みつき、喰らったがどんな味だったろう?
考えても思い出せないので、また手直なところに浮遊していた星屑に噛みつく。
こんどはゆっくりと味わうように。抵抗せず同族の口に呑まれていく星屑をかみ砕いていく。
ごくりと最後まで飲み込んで衝撃的なことに気づいた。
味がしない! というか味覚がないのか。
舌がないと気づいた時なんとなくそんな感じがしていたが、魚や鳥のように人間とは感じ方が違うだけという可能性もあった。
その希望的観測が見事に裏切られ、ほんの少し…いや、かなりショックだ。
マジかー、睡眠だけじゃなくて食事にも楽しみがないとか…性欲も無理っぽいし。
人間にとっての3大欲求が軒並み存在しないという修行僧も真っ青な禁欲環境。ここに1年ほどいたら悟りを開けるんじゃなかろうか。
まぁ、他にやることもないし星屑食いを続けますか。もぐもぐ。ごっくん。
いっそのことここにいるやつら全部食っちまおう。もぐもぐ。ごっくん。
こうして自然界で最も忌避される同族食いという禁忌は、いとも簡単に破られたのだった。
この赤い世界では時間の概念がわかりにくい。強くなるために星屑を喰らうという決意をしてからどれくらいたっただろうか。
星屑の身体は人間の時と違い睡眠を必要としない(眠れないともいうが)ので身体が動く限りそこら辺を漂っていた星屑にかみついて食いまくった。
最初は数を数えていたのだが、200を超えたあたりから意味のないことに気づいた。
なにせ星屑はそこら中から無限に湧き出してくるし、食ってる最中他の星屑の群れが集まってきて巨大な星座級になるのに巻き込まれかけたのも1度や2度じゃない。
できるだけ群れから外れたはぐれの星屑を狙って襲っているが、食べても食べても星屑は虚空から突如出現し、食われている同胞などまるで見えていないかのように四国へ向かっていく。
これではキリがない。俺がどんなに急いでこの辺りの星屑を全て食べきったとしても、別の場所ではここと同じように星屑が生まれ人間の領域へと向かっているのだろう。
くそう、くそう。
なかなかうまくいかず、思い通りにならない現状に心の中で地団太を踏む。
せめて俺が複数いれば生まれてくる星屑を片っ端から食ってやれるのに。
と考えて、はたと気づく。
星座級が星屑がたくさん集まってできた強力な存在なら、その逆もできるのでは?
今の自分は星座級になるほどたくさんの星屑を食ったはずだ。質量なら星座級にも負けないだろう。
となれば実行あるのみ。
ぷーらーな-りーあー!
俺が心の中で唱えると、体躯が2分割された。
プラナリアとは再生生物として有名な生き物だ。上と下に分割したら切断面から上半身と下半身が生えてきて2匹に。100分割したら100匹のプラナリアになる生き物である。
もちろん再生に必要なエネルギーがあればという大前提があってこそだが細胞の切れ端が1つあればそこから再生して元の姿になる生き物なのだ。
そのプラナリアにならって体躯を真っ二つにしてみたのだが、なるほどこうなるのか。痛みがないのは星屑に痛覚がないからなのかな。
え? どうやってやったかって?
そんなこと俺が知るか!
と昭和のカブトムシモチーフのライダーなら逆ギレしてたんだろうが正直なところよくわからん。やってみようと思ったらできた。
四国だけに「その時、不思議なことが起こった」のではないだろうか。今思えば転生前に見た光もキングストーンフラッシュだったのかもしれない。
だってあの人「四国はこの仮〇ライダーBLACK RXが守る!」って宣言してたし。バーテックスが
そんなことを考えながら何気なく視線を切断面に向けてしまい、後悔する。ミチミチと肉が盛り上がって体躯が再生していく様は相当グロい絵面だ。
うわっ、キモッ!
自分でやっといてなんだが、次から再生途中の様子を見るのはやめよう。SAN値が下がる。
……そろそろいいかな? 完全再生、ヨシ。
現場猫よろしく指さし確認して(指はないんだけども)、分裂したもう1体の星屑に向き直る。
わたしがわたしを見つめてました。なんてことはなく、今まで見えていた視界のモニターが2分割されたような感じだった。
どうやら肉体ごとに意識が宿っているわけではないらしい。意識はちゃんと俺のままあり、俺が2体に増えたわけではないようだ。
感覚は、例えるならパソコンで動画を見ながら手元のスマホのゲーム画面を見ているというのが一番近いだろうか。
よし、じゃあまずは手分けしてここら辺を漂っている星屑を食べつくしてみようか。
2匹に増えた星屑の体躯をそれぞれ操作しながら、無限に生まれてくる人類の敵の掃討を始めた。
あれから結構な時間がたった。
2体だった星屑は捕食と分裂を繰り返し、今は8体に増えて四国の周囲に発生し続けている星屑の群れを発見し次第噛みつき捕食している。
最初はもっと多かったのだが、とある失敗から今はこの数に落ち着いている。
その失敗とは、数を増やしすぎたことだ。
戦争は数だよ兄貴! と古の言葉にある通り数は多いに越したことはないと、とりあえず50体ほどに分裂してみたのだが。
それが間違いだった。
なにしろ数が多い。それが1つ1つ違った動きをするとなると処理が追い付かず頭がパンクしそうになる。
わかりやすく言うと50を超える体躯を操ることは50画面でそれぞれ別のゲームが起動していて、それを同時攻略しろと言われているようなものだったのだ。
気を抜くとミスをしそうになるし、末端まで意識が行き渡らず数体の体躯がなにもせずただ浮遊しているだけという状況が頻発。
さらにはせっかく増えた体躯も星屑の群れに飲まれて星座級になってしまうという事態も発生。その体躯はそれ以後操作できていない。完全に星座級に取り込まれてしまったのだろう。
これでは勇者のために敵を減らすどころか、敵を強くするのに協力しているようなものだ。
そこでもう一度集まって融合(共食いともいう)し、今度は操れる数を吟味しながら少しずつ数を増やしていき現在の8体に落ち着いた。
ついでに試作ではあるがbotも導入してみた。botとはロボットのことであり単純化した作業を繰り返させるプログラムのことである。
人間だったころの記憶はないが、おそらく作ったことがあったのだろう。どうやればいいかはなんとなくわかっていた。
これによって負担は格段に減り、常に他の固体の状況に注意しなくていなくてもよくなった。
星屑を見つけたら食べる。群れに囲まれたら逃げる。なにか異常事態があったら報せる。
この3つの単純化した命令を分裂した体躯は繰り返していた。危険な状況に陥りそうになったら直接操作しているのでもう星座級に取り込まれるといった事態は起こっていない。
その結果星屑もだいぶ数を減らせたようで、最近では星屑の群れが発生しているところを見なくなった。群れが発生していないということは新しく星座級の巨大バーテックスが生まれていないということだ。
そんななか、分裂した体躯のうちの1体が何かを見つけたと報せてくる。
視界を共有すると、そこには水瓶座の巨大バーテックスのアクエリアスがいた。
転生初日に見た時より小さく見えるのは俺がその分大きくなったからか。頭部の連なった2つの珠のような部分にはひびが入り、水が溜まっていた透明な球体は2つとも存在しない。下半身もところどころひびが入り負傷している。
明らかにボロボロになっている。いったい何があったんだ――と考え思い至る。勇者にやられたのだ。
鷲尾須美は勇者であるの時代にはまだ勇者システムはプロトタイプで、2年後の結城友奈は勇者であるのように核である御霊を破壊してバーテックスを倒すには至らない。結界に入ってきた敵を追い返すしか手段がないのである。
アクエリアスは鷲尾須美の章に最初に出てきた星座級の巨大バーテックスだ。おそらく須美、銀、園子の3人にやられたのだろう。
にしても随分ボロボロだな。アニメ本編ではもっと余裕があったように思うんだが。
観察しながら残り6体の体躯に集合をかける。もちろん俺が普段動かしている体躯はすでにその場所に向かっていた。
星座級の巨大バーテックスといえ、現在はかなり弱っている。
これ、今なら倒せるんじゃね?
バーテックスは御霊と呼ばれる核を砕かない限り何度も再生する。というのが当初の設定だった。
まぁ、楠芽吹の章の巨大バーテックスは御霊がないし、後にそれが真っ赤な嘘だと判明するわけだが。
それでも御霊持ちの星座級が脅威なことに変わりはない。それにいまここで1匹でも戦闘不能にしておけば最終決戦の園子への負担を減らすことにつながるはずだ。
そんなことを考えているうちに、アクエリアスを目視できる距離まで近づいていた。発見した体躯を含め他の7体はすでにそろっている。
各地で星屑を食べていたせいか、普通の星屑よりも2回り、いや少なくとも3、4倍は大きくなっている。
この大きさの星屑に襲い掛かられたら、星座級とはいえただでは済まないだろう。
いざという時のことを考え1体残し、7体の体躯でアクエリアスに向かっていく。
いざ、突撃ぃいいいいいい!!
号令とともに7体の体躯がそれぞれ別方向から獲物に群がるオオカミのように突っ込んでいく。
俺は青いゼリーのようなアクエリアスの上半身にかじりついた。
うめ! なにこれめっちゃうめぇ!!
思わず頭がアンコでつまった顔だけの生き物と同じ語彙力になるくらい衝撃的な出来事だった。
このバーテックス、味がある!
口の中をパチパチと炭酸が踊るようなのど越しと甘味を感じた。更に噛むと今度はオレンジの爽やかな香りと酸っぱさ、次は飲み込んだ後に鼻孔をくすぐる高級なウーロン茶のような香りと渋み。
一口ごとに味が変わっていく。なんなんだこの不思議生物は!?
そういえば銀ちゃんがアニメでアクエリアスが放った水球を飲んだ時、似たようなことを言っていたっけ。
ともあれ久しぶりに感じることができた食べる喜びという人間の3大欲求の1つに俺、もとい俺たち7体は夢中になってむしゃぶりついていた。
そう、あまりにも夢中になりすぎて肉片を全て喰らいつくし御霊だけになってしまうほどに。
あ、やべ。がっつきすぎた。
と思っていると遠くから星屑の群れがものすごい勢いでこちらに向かってくるのを残した1体が報せてきた。慌ててその場を離れるように他の体躯に指示を出すと、星屑は御霊にまとわりついてアクエリアス・バーテックスの姿になろうと押し合いへし合いぶつかっていく。
なるほど、御霊があると最優先でそこに行って星座級の巨大バーテックスになろうとするのか。
また1つバーテックスについて詳しくなった。感心しながらふと気づく。
この場所に2体くらい置いておけば、わざわざ四国の周りで発生する星屑を探し回らなくてもいいんじゃない?
そこにあるだけで星屑が向こうからやってきてくれるのだ。それを待ち構え喰らっていくほうが効率がいい。まるでマ○クラのモンスタースポナーをつかった経験値稼ぎみたいだな。
とりあえずこの場に2体を残し、残りの5体は以前と同じように四国の近くで発生する星屑を食べるように散らばるよう強く念じる。それだけで他の体躯は別々の方向に向かっていった。
さて、星座級を食ったことで何かできるようになったかな? ロックマンとかだと敵のボスを倒すと武器が使えるようになるのはお約束だし。
何か出ろ~と念じてみると、ポコンと音を立てて透明な水球が出てきた。
うぇ、本当になんか出た!?
あまり期待していなかっただけにこれには驚いた。ひょっとして星座級を食うとそいつの能力を使えるのか?
今度はつよーくイメージして水球出ろーと念じてみる。すると俺の体躯を包むには十分すぎる量の大きな水の塊が浮遊していた。
なるほど。食べれば能力を使えるようになるのは間違いないらしい。銀ちゃん救出に対する希望が見えてきた。
動け、と念じると水の塊は右へ左へと思考した通りに動き出す。
これは盾になるな。
今度は水の形を変えることをイメージする。剣、槍、弓、斧、銃、ワイヤー、鎌、鞭。
銃のような複雑な構造の物は無理だったが、他は問題なく作り出せた。
そういえばモンスターファームのゲルって水っぽいゲル状の体だったな。だったら銃の代わりにゲル大砲とかゲルコプターもできそう。
次から次へと試してみたいことが思い浮かんでくる。新しいおもちゃを手に入れた子供のように俺の気分はウッキウキだった。
「「「乾杯」」」
香川県大橋。神樹館小学校近くにあるイネスのフードコートに、3人の少女の声が響いた。
須美、銀、園子の3人は先ほど神樹の結界で水瓶座の巨大バーテックスを撃退し、その祝勝会を行っていた。
「くーっ、勝利の後の1杯はうめー」
「ちょっと銀、おやじ臭い」
一気に飲み干し、たまらないという表情をする銀を注意したのはこの祝勝会の発起人である須美だ。園子は紙コップを両手で持ちくぴくぴと飲んでいる。
「いやーだって楽勝だったじゃん、今回の奴。あたしたち、強くなりすぎちゃった。みたいな」
どこか熱に浮かされた様子の銀に、しかし須美も同じ気持ちだった。
約半年前、自分たちがバーテックスの襲撃に遭遇した時。
それは戦闘とも呼べない敵側の一方的な蹂躙。しかも相手は最弱の星屑であった。
それから須美たち3人は園子をリーダーとして連携を鍛え、血のにじむような訓練を乗り越えてきたのだ。
その甲斐あってか今日の戦闘では園子の指示のもと無傷でアクエリアス・バーテックスを結界の外へ追い返すことができた。
須美は先ほどまでの戦闘を回想する。
まず結界へ入ると同時に3人は変身した。これは前回変身する前に星屑と遭遇した須美の一件からの反省で結界へ入ったらすぐ対処できるように敵の姿が見えなくても変身しようと事前に決めていたのだ。
次に結界へと侵入した巨大バーテックスを発見すると、園子が分析をする。
乃木家では初代勇者が戦ってきたバーテックスの情報が多数保管されていた。無論大赦にも同様の物が保管されているが検閲されている部分も多く乃木家の資料を閲覧できる園子がいることはチーム最大の強みだった。
そうして園子が作戦を立てて3人で確認し、行動が始まった。
須美は水瓶座と判明した巨大バーテックスのアクエリアスに矢を射かけ、自分に注意を向けさせ近づく2人の援護をする。
星屑の襲撃以来素早く移動する小さなものを射る訓練をしていた須美にとって、星屑より鈍重で何倍も巨大なアクエリアスはいい的だった。
訓練を積み最大5連射ることができるようになった弓から放たれた矢が、正確にアクエリアスの連なった頭部らしき場所に当たる。怯んだすきに今度は風鈴のような下半身を射て足を止めさせた。
自分に近づく銀と園子に気づいたのかアクエリアスの放った水球はしかし2人に当たることはなかった。2人は攻撃を躱し、ある時は傘のように広がった園子の槍で攻撃を受け流し近づいていく。
そして園子の後ろで攻撃のチャンスをうかがっていた銀が放った両手に構えた大斧の1撃で戦闘の流れは決まった。
バランスを崩し、怯んだアクエリアスを園子が槍で刺し、銀が斧で砕く。破れかぶれになったアクエリアスは両脇の水球を放ったが、須美が放った危険を知らせる
攻撃手段を失ったアクエリアスはモウコネエヨウワァーンと早々に撤退しようとしたが須美が放つ矢がそれを許さない。結局神樹の結界を抜けるまで勇者たちの攻撃を受け続けたのだった。
敵の撃退に成功。結界への浸食なし。勇者の怪我人なし。
まさに大勝利といっても過言ではない結果だった。
正直前回の星屑襲来でどんな化け物がくるのかと身構えていた身としては肩透かしを食らったような気分だ。
「ま、まあ。今回は私もうまくいったと思うわ。日ごろの鍛錬のたまものね」
声は若干上ずっていた。やはり須美も嬉しいのだろう。堅物な彼女がこんなに浮かれた姿を見せるのも珍しい。
「でも勝って兜の緒を締めよという言葉もあるし。浮かれるのはほどほどにしましょう。ね、そのっち」
声をかけられた園子はまだ半分も飲んでいないジュースの入ったコップをテーブルの上に置き、どこか上の空だった。
「そのっち?」
「え、なにわっしー?」
声をかけられてようやく意識をこちらに向ける。彼女がこんな風にぼーっとしているときはお昼寝したい時か、決まって何かを閃く前の前兆だった。
「なんだ? 頑張りすぎて眠くなったのか」
「んー、それもあるんだけど。ちょっと気になることがあるんよー」
「気になること?」
園子の言葉に2人はコップを机に置き、座り直し聞く体制になる。
「この間の敵、星屑が1匹も出てこなかったでしょ」
園子の言葉に、「あっ」と2人は声を漏らして今更ながら気づいた。
先ほどの戦闘の場にいたのは巨大バーテックスだけでバーテックスの先兵、星屑が1体もいなかったことに。
本来ありえないことだ。まず襲い掛かってくる星屑を倒し、最後に現れた巨大バーテックスを倒す。これが本来の正しい戦闘の流れだったはずだ。
大赦の座学でもそう教わってきたし、乃木家の資料を見て園子と共に予測していたのもそうだった。だが実際神樹様の結界に入ってみると人間の領域に接近していたのはアクエリアスの巨大バーテックスだけ。
須美たちがアクエリアスに勝てたのも最初から全力で挑めていたという事実が大きい。もし大量の星屑との戦闘により消耗していたら、結果はまた違っていたかもしれない。
「たまたま偶然に、とか?」
「銀、勝ちに不思議の勝ちはあっても負けに不思議の負けはないわ」
西暦時代の金言を引用し、須美が言う。
「そうだよねぇ。今回はうまく行き過ぎたというか、簡単に勝ちすぎたんよ。わたしたち」
「つまり、何者かが動いて私たちは勝たされるべくして勝った。そう言いたいのね、そのっち」
先ほどまで胸を満たしていた勝利の高揚感は消え、今は背筋を冷たいものが走る。
この勝利がお膳立てされたものだとしたら、先ほどまでの自分たちは相手からはさも滑稽に見えているだろう。
手のひらの上で踊らされているのも気づかず、何の疑いもなく勝利に酔っていた姿は。
「えー、何のためにそんなことするんだよ」
「うーん、それがわからんのんよー。油断させるためだとしたら大がかりすぎだし、わたしたちの実力を見るためだとしたらあんな大きい相手じゃなくてもいいし」
たしかにそうだ。実力を測るだけなら星屑を何体倒せるかで充分だし、わざわざ巨大バーテックスが出てくることはない。
巨大バーテックスは初代勇者たちですら倒すのが難しいとされていた敵だ。須美たちの勇者システムはその頃よりパワーアップしているとはいえ向こうは本気で神樹様と人類を滅ぼしに来たのは間違いない。
可能性があるとすれば、人類を守護する勇者と滅ぼしたいバーテックス。そしてそれ以外の思想を持つ第3勢力の出現。
「私たちに、巨大バーテックスを倒してほしかった」
「うん、多分そうじゃないかな」
須美のつぶやきに、園子が同意する。
「この状況を作ったやつは、巨大バーテックスが邪魔だったんだよ」
「だから私たちに……神樹様の力を借りて戦う勇者たちを利用した?」
あるいは共倒れを狙っていたのかもしれない。むしろそう考えたほうが自然なような気すらする。
「ちょ、ちょっと待てよ2人とも」
祝勝会から思わぬ方向に話が転がり、まだ頭がついていかない銀がストップをかける。
「いくらなんでも考えすぎだろ。相手は人間じゃなくてバーテックスだぞ、そんなこと考えるわけ」
「そう、バーテックスだから、だよミノさん」
いつになく真剣な表情の園子に、銀がたじろぐ。
「人間の常識が通用しない。今まではただの力推しできたけど、裏で何かをしようとしている奴がいるのかもしれない。ひょっとしたら、人間みたいに考えるような」
園子の言葉に、2人は同時に思い出していた。
半年ほど前に結界に単身で侵入してきた星屑。自分たちとの実力差を見せつけるようにして去っていったそいつは何か意図があってそうしたのだとしたら。
「あの星屑が、そうだっていうこと?」
「わからない。でも警戒はしておいたほうがいいと思う」
祝勝会は、最初の明るさから一転して重い空気になっていた。皆考え込んだ顔で、これからどうするべきか迷っている。
「あー、もう。やめやめ」
銀が重苦しさを振り払うように、空になった紙コップを両手で押し潰し下敷きのように振りながら言う。
「こういう頭を使うのは、大人に任せとこうぜ。きっと子供のあたしたちより、いい方法考えてくれるはずさ」
「そうね。安芸先生から大赦に報告してもらいましょう」
「うん、そうだといいんだけど…」
だが結局この3人の推測は、大赦で大きく問題扱いされることはなかった。
第一波の完全勝利ともいえる状況に浮足立っていたのもあるが、しょせん子供の戯言と誰も真剣に聞こうとはしなかった。
逆に須美たちを臆病者扱いする輩もいて、新しい勇者を選別しなおすべきだと進言するものまでいた始末だ。
結局勇者たちの意見はなかったことにされ、後の勇者御記にも記されることはなかった。
主人公(星屑)のチート要素について
原作知識:人間の時の記憶はないが知識はある。そのためこれから起こる事態や星座級バーテックスの種類と能力。どうすれば倒せるかを知っている。サブカル知識も地味に役立つ。
思考すること:バーテックスは本来人類を滅ぼすために生み出されたシステムである。そのため転生者に食われた星屑は無抵抗だった。そのような事態を想定していないからだ。
人間のように思考し、行動できること自体が作品においてチートである。天の神からしたら「こんなバグ想定しとらんよ…」
スキル:【その時、不思議なことが起こった】
四国ではよく不思議なことが起こる。これは四国絶対安全宣言をしたライダーの影響かは不明。
主人公(星屑)は思考するだけよっぽど不可能なことでない限り物理法則を超えた事象を引き起こすことができる。
これは転生してきた当初明晰夢だと思った影響かもしれない。本来星屑にはないはずの視覚を持っていたり思考するだけで空間を移動したりと作中で遠目で発見した須美の前に一瞬で現れたことからもうかがえる。
ただし本人が無意識に無理だと思っていることに関しては影響しない。【例】:星屑の声を聴いたことがないので、星屑は声を出せないものだと思っている。星屑に舌はない。最弱の存在など。
逆に本人が強く意識すれば分裂したり様々なことを実現させることも可能。ただしそのためには本人が納得するだけの理由づけが必要である。【例】:星屑をたくさん食べたことで強くなった。質量が増えたので分裂できる。アクエリアスを食べたから能力を使えるなど。
ようするに思い込み最強。究極のご都合主義ともいう。