詰みゲーみたいな島(四国)に人類を滅ぼす敵として転生した百合厨はどうすりゃいいんですか?   作:百男合

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 少女漫画や乙女ゲーのイケメンムーブは現実でやるとガチでドン引かれるどころか普通に通報される案件だから、いい人ムーブにとどめておこう。
 風先輩とデート編後半戦、はーじまーるよー。

【caution】ヘテロ注意報【caution】
 主人公(星屑)は無性でそれが操る丹羽も無性ですが、作中にヘテロ表現があります。
 勇者部の女の子同士の百合イチャを期待される読者の方、またはヘテロ表現に著しいアレルギー反応のある方は読み飛ばすことを推奨します。
 よろしいですか? よろしいですね?
 では、本編をどうぞ。



風先輩、デートしようぜ(デート編)

 喫茶店で時間を潰した後、風と丹羽は映画館へと入場していた。

 最初の上映前ということで、人は少ない。これなら席は選び放題だろう。

 上映されているのは邦画のホラー、洋画のゾンビホラー、恋愛映画、冒険ファンタジー映画、女児向けのアニメ映画の5つ。

 これは、公式設定でおばけ嫌いの風には無理な映画が2つあるな。

「で、どれを見るの?」

 と風が訊いてくる。どうやら最初から丹羽に任せるつもりらしい。

 一瞬ホラーを選んだらどんな顔をするだろうかと思ったがやめておこう。今回は彼女を楽しませるためにここに来たのだ。

「犬吠埼先輩はどれが見たいですか?」

「質問を質問で返さない。こういうのは誘ったほうが選ぶもんよ」

 怒られた。だが丹羽はめげずに言葉を(つむ)ぐ。

「俺は風先輩に今日は喜んで遊んでほしいんですよ。もし勝手に選んでこの後ずっと不機嫌だったら俺も楽しくないし。結局は全部俺のためなんですけどね」

 丹羽の言葉に風はぱちくりと瞬きをした。何か変なことを言っただろうか?

「しょーがないわねー。女と相談しないと見る映画1つ決められないなんて、ダメダメじゃない」

「え、そんなにダメですか?」

「ダメダメよ。よーし、ここは女子力あふれるアタシが女子力が上がりそうな映画を選んでやろうじゃない。丹羽はポップコーンとコーラ買ってきて」

 財布を出そうとする風を止め、丹羽は言われた通りポップコーンのLサイズを1つとコーラのMを2つ買っていく。

 風と合流すると、映画を決めて支払いを終えていた。席の番号は隣同士のようだ。

「あ、映画料金いくらでした? 払わせてください」

「いやいや、ここは年長者のアタシが払うべきでしょ」

「いや、誘った俺が払うのが普通ですって」

「いやアタシが」「いやいや俺が」とどっちが払うか揉めたが、上映時間が迫ってきたので2人は上映室に入ることにする。

「隣っていいんですか? せっかく空いてるんですからもっと広く使っても」

「なーに言ってんのよ」

 風はコーラを受け取り、ポップコーンを1口食べる。「塩味とはわかってるわね」と褒められた。

「今日はデートなんでしょ。だったら、その…恋人らしいことというかアタシが恋人ができたらしたかったこと、させてくれるんでしょ」

 自分で言ってて恥ずかしくなったのか、風の顔が赤くなる。

 本当に、謎だ。彼女と付き合った異性が今まで誰1人いないというのは。

 だってこんなにかわいくて人を気遣えるいい娘なのに。魂が清らかで神樹の勇者に選ばれてしまうほど。

 それをだましてた大赦はクソだけどな。おのれ大赦。

 席についてドリンクホルダーにコーラを置くと、すぐに明かりが暗くなり、映画のCMムービーが始まった。

「これこれ、これが映画館で見る映画の醍醐味(だいごみ)よねー」

 風は目を輝かせてそれを見ている。どうやら映画館に誘ったのは大正解のようだ。

 流石樹ちゃん。姉のツボを知り尽くしている。

「そういえば何の映画にしたんですか?」

「ふふ、見てのお楽しみ。女子力が上がる奴よ」

 今更な質問に、風は顔を前に向けたまま答えた。

 女子力が上がるというと、やはり恋愛映画だろうか。

 それにしてはナレーションが長いような…うん? これって…ファンタジー映画じゃない?

 どこに女子力が上がる要素があるのだろう?

 不思議に思い隣の風を見ると、目を輝かせて映画に夢中になっている。

 まぁ、本人が楽しんでいるならそれでいいか。

 丹羽は思ったよりもふかふかの映画館のイスに座り直し、じっくりと鑑賞することにした。

 

 

「ごめんなさいー!」

 一方その頃、風と樹の部屋。

 本日2度目のケーキ作りの失敗に、東郷は謝る樹に優しく語り掛ける。

「大丈夫よ樹ちゃん。失敗は誰にでもあるわ。それに、今日初めてケーキを作ったんでしょう?」

「東郷先輩…」

 それでも限度があるけどね。と東郷は失敗したケーキのスポンジを見る。

 なぜか生地が紫色だった。無論材料には紫色になるものなど使っていない。

 小麦粉にバター、バニラエッセンスに牛乳と卵に水。分量もキチンと量った。

 1回目は東郷が目を離した隙に樹が小麦粉と片栗粉を間違えて入れてしまい大惨事になったが、今度は大丈夫なはずだったのに。

 いったい何が悪かったのだろう。材料をもう一度見ていくと、バニラエッセンスが何か違う。

「樹ちゃん、このバニラエッセンス」

「はい、量が少なかったので新しいのを出しておきました!」

「これ、ヨウ素液よ…」

「ええ!?」

 いや、驚きたいのはこっちだ。理科の実験でしか見たことがないヨウ素液が置いてある一般家庭とはどんな家だ。

 どうしたらそんな間違い方をするのだろう? 本当に理解できなかった。

 昨日丹羽に「樹が料理しているのを見たことがない。ひょっとして姉の風に料理を禁止されているのでは?」と聞いた時はまさかとは思ったが。

 本人も料理は初心者だと言っていたし、東郷もちょっとできないくらいだろうと早めに料理を仕上げて部屋に来たのだが…甘かった。

 まさか丹羽の推測が悪い方向で的中するなんて。いったいどこをどうすればこんな料理になるのだろう。

「東郷さん、大丈夫? 私も手伝おうか?」

「大丈夫よ友奈ちゃん。こっちは任せて」

 台所組の様子がおかしいことに気づいたのか、飾りつけ担当の友奈が声をかけてくる。

 机の上では折り紙とハサミを使って輪っかをつなげたやつや、ティッシュの花を丹羽の精霊であるスミとナツメが作っていた。

 友奈1人では大変だろうと部屋を出る前樹に預けておいてくれたのだ。

 2人とも人型というだけあって、器用に手を動かし手伝ってくれている。ただナツメのつくる飾りはどことなく沖縄要素が強いというか、友奈とスミが作る物とは別物になりかけているのだが。

 ちなみに友奈と東郷がナツメと出会うのも今回が初めてだったりする。

 スミに続いて喋る人型精霊の登場に驚いたが、「まあ、丹羽君の精霊だし」と納得した。むしろスミとは正反対の性格に興味を抱く。

『友奈、できたぞ』

「わー、すごいよナツメさん。これ、何?」

『シーサーだ。沖縄の守護神。一家に1体は必須』

「そうなんだー。え、沖縄?」

 ナツメと話していると四国以外の土地である沖縄のことがよく話題に上がる。ひょっとして精霊にも出身地があるのだろうか?

 スミのほうを見ると友奈がハサミで切った折り紙の輪っかをうまくつなげてくれていた。2体とも頼りになる戦力だ。

 これなら正午までに飾りつけは終わってしまうかもしれない。

 東郷さんと樹ちゃんは大丈夫かな? と友奈は再び台所の様子をうかがう。

 今度は切らした牛乳の代わりになぜか台所にあった漂白剤を入れようとしている樹を東郷が必死に止めている。

 間違いを指摘され謝る樹に東郷は優しく教えている。が、よく見ると口元が引きつっていた。

 やっぱり私も手伝ったほうがいいよね。東郷さんほどじゃないけど、私も一応お料理できるし。

 友奈は知らない。自分にとっての「できる」が、他人の要求する「できる」とはレベルが違うことを。

 そして問題児が2人に増え、東郷がさらに苦労することになることも。まだ知らなかった。

 

 

 

「映画面白かったわねー。特にラストの大どんでん返し! あれは見事に騙されたわ」

「まさか最初のアレが伏線だったとは。俺も気づきませんでした」

 映画の視聴を終えた丹羽と風の2人は、近くにあったファミレスでドリンクバーを頼み、映画の感想を言い合っている。

「あの性格が悪いおばちゃんの過去にまさかあんなことがあったなんて」

「あんなことがあったら、そりゃあ性格も歪みますよね」

 映画は丹羽の目から見てもとても作り込まれていて面白かった。特に数々張られていた伏線を全部回収して最後につなげた大逆転劇は圧巻の一言だ。

 あの映画のどこに女子力要素があったのかは謎のままだが。

「ふっふーん。どうよ。アタシの審美眼に間違いはなかったでしょう」

「ですね。あ、そろそろお昼ですしここでご飯食べときます?」

「いいねぇ。あ、店員さーん」

 風が近くにいた店員を呼び止め、注文をする。

 時刻は午後0時45分。映画が2時間半の大ボリュームだったので、ちょうど食事時だった。

「アタシはこの季節のうどん御前で。丹羽は?」

「俺は日替わりのAランチで」

「貴様! 香川に生まれながらうどんを頼まないとは…非国民か!」

「よく見てください、Aランチにはうどんの小鉢がついてます」

「ならよし!」

 2人のやり取りをほほえましく見ながら店員はメニューを打ち込んでいる。

 仲がいいわねぇ。姉弟かしら。

 そんなことを思われているとは知らず、店員が去った後風は急にまじめな顔になり丹羽に話し始めた。

「丹羽、実は今回アンタの話に乗ったのは、映画が見たかったからだけじゃないの」

 その割にはすごく楽しんでいたような気がするのだが。

 口には出さず、思うだけにしておく。ということは、風は丹羽に何か用事があったのだろうか?

「アンタの正体…というか、何者なのか確かめるため。どうしてアンタが男なのに勇者になれるのか。どうしてアンタの精霊だけ人型なのか。そして…みんなには話していないけど、アンタあの蠍座との戦い方で、攻略法わかってたでしょ」

 伊達に勇者部部長を名乗っているわけではないらしい。こんなに早くバレるとは。

 警戒すべきは東郷と友奈だけだと思っていた丹羽は、風の観察眼を少し甘く見ていた。

「大赦の大人が気にしていたこと、できればアタシも知りたい。妹や友奈、東郷を守ることにつながるから」

 と風は言うが、これは半分嘘だ。

 もしもの時はこの情報をカードに大赦と取引しようとしている。

 自分も嫌な大人になったなと自己嫌悪しているが、この程度では丹羽やそれを操る人型バーテックスは彼女を見捨てたりしない。

 丹羽はどこまで話すべきか…と考え、とりあえず自分が讃州中学に入学するまでの経緯を話すことにした。

「先輩、実は俺2年前以上の記憶がないんですよ」

「え? 記憶がないって…」

「はい。いわゆる記憶喪失ってことです。大橋でさまよっているところをじいさん…今の保護者に拾われて。それ以前の記憶が何にもなかったんですよ」

 2年前、大橋。風の頭に両親を失った時の記憶がよみがえる。

 あの日、何が起こっているかわからない樹の手を引き、向かった病院。

 動かなくなった両親。泣き崩れる樹。親戚の誰がどちらを引き取るかという声。そして、現れた大赦仮面との取引。

「…ぱい、犬吠埼先輩?」

「っあ、ごめん。続けて」

 嫌なことを思い出してしまった。心配する丹羽を促し、話を続けてもらう。

「で、小学校卒業まで俺も家の掃除したりじいさんの付き添いで病院行ったりとかしながらお世話になっていたんですけど、じいさん俺を養子にしてたみたいで。そのことで実の娘さんが乗り込んできて」

「ちょっと待って。そのおじいさん娘さんがいたの?」

「はい。どうやら俺を養子にしたことで貰える遺産がどうのとかケンカしてました。で、話し合いの結果中学までの義務教育は受けさせてもらえるようになって、そのあとは養子縁組を解消。自立して生活しなさいと」

 それは、有体にいえば遺産を狙う厄介者扱いされ、家を追い出されたということだろうか。

 あまりにもむごい仕打ちに風の怒りは簡単に臨界点を振り切れてしまった。

「なにそれ! 自分の親なのに今まで放っておいて。子供のアンタに面倒全部見せさせて、遺産の話が絡んだら家から追い出して出て行けって! あんまりでしょう」

「先輩、落ち着いて」

 急に声を荒げた風に周囲は何事かと視線が集まっている。怒りを鎮めるためにドリンクを飲むが、胸のムカムカは収まらなかった。

「で、いつまでもじいさんのところにいるわけにもいかず、寮のある讃州中学に入学したんです。勇者に選ばれたのは俺も全く身に覚えのないことで、精霊が人型なことも謎です」

 風は怒りを噛み殺し、考える。

 思ったような情報は得られなかったが、丹羽という人間を知ることができた。

 彼をどこかおかしいと思う違和感のようなものは、その記憶喪失に原因があるのだろう。

 ひょっとしたら男なのに勇者になれる秘密もそこにあるのかもしれない。

 だが、それにしてもだ。

 記憶喪失の少年に対するあまりにもひどい大人からの仕打ちに、風は怒りを抑えることができそうにない。

「あの、先輩。ひょっとして俺が可哀そうとか思ってます?」

 丹羽の言葉にはっとした。自分は同情していたのだろうか。

 だとしたら、それは丹羽に対する侮辱だ。そんな苦境をものともせず明るく生きる彼への。

「そりゃあ俺としてもちょっと思うことはありますけどじいさんには感謝してますし、娘さんの気持ちもわかりますから。自分の元に転がり込んでくるはずだった遺産の半分がどこの誰とも知れない子供に入ると思ったら、そりゃ怒りますよ」

「でも、だからって追い出すなんて」

「追い出されたんじゃありません。俺は自分から家を出たんです。いつまでもじいさんの世話になるつもりもなかったですし」

 丹羽は笑っていた。

 ちなみにじいさんの娘うんぬんの話は本当のことだったりする。寄生型バーテックスでじいさんを洗脳したが、家庭環境までは洗脳して操ることはできなかったのだ。

「それに、勇者として選ばれたのもある意味ラッキーだと思ってます。大赦に申請すれば最低限の生活も保障してくれますし、中学卒業してからも大赦で働けるように手配してくれるって」

 それを信じたの? 大赦のことを散々信用できないって煽っていたアンタが?

 と口に出そうとして、風は気づく。

 信じたいのだ。そうなると。そもそも自分たちはいつ死ぬかわからない戦いを強いられている。

 そんな希望でもなければ、やっていられないだろう。

 風だって、それなりに将来のことは考えている。高校へ行って、勇者として働いた実績を生かし将来は大赦で働くなど漠然としたものであるが。

 だが、丹羽にとってそれは差し迫った問題だった。中学を卒業したらすぐ大赦で働き、日々の糧を得なければならないのだ。

 それに比べれば、なんて自分は恵まれているのだろう。風には樹という自分を支えてくれる妹もいる。勇者部という仲間も。

 両親との大切な記憶もある。だが、丹羽にはそれがないのだ。

「丹羽、困ったことがあったらうちに来なさい。ご飯だけはお腹いっぱい食べさせてあげるから」

 だから、風は丹羽の手を握り自分を頼るよう懇願する。

 この子を利用して、大赦と取引しようとした自分を恥ずかしく思う。

 今決めた。この子も自分が守るべき勇者部の大切な仲間の1人だ。

「あの、お客様。こちら、季節のうどん御前になりますが…置いてよろしいですか?」

 声に顔を向けると、困った顔の店員が料理をもって所在無げにたたずんでいた。

「あ、すみません。どうぞ置いてください」

「はーい」

 真っ赤になった顔の風の前に、季節のうどん御前が置かれる。

 さっきまでは熱くなって気が付かなかったが、周囲から自分たちはどうみられていたのだろうか。今更ながら恥ずかしくなる。

「まぁ、俺のことはいいじゃないですか。今日は楽しいことして、美味しいもの食べて。とことん楽しみましょう」

 丹羽の言葉にうなずく。もうさっきのような話をするのはやめよう。今日はとことん楽しむ日だ。

「でもさっきの先輩の言葉、なんかプロポーズみたいでしたね」

 風が吹き出す。うどんが鼻から出そうになったが、内に秘めた女子力を総動員して乙女としての矜持を守った。

 

 

 

「じゃあ、お昼も食べたしそろそろ解散しましょうか」

「え゛?」

 昼食を食べ終えた風が言った言葉に丹羽は固まった。

 時刻は午後1時半。まだ誕生日パーティーの準備は終わっていないだろう。

「その前にトイレトイレ。すぐ帰ってくるからちょっと待ってて」

 風が席を外した隙に、ラインで他の勇者部メンバーに連絡を取る。

「大変です、犬吠埼先輩そろそろ帰ろうとしています」

「戦線を維持せよ。撤退は許されない」

 東郷から返信があった。軍人口調だがデートを引き延ばしてまだ帰ってくるなということだろう。

「了解。オ先ニ失礼」

「アオバワレェ!」

 あ、乗ってくれた。このネタ神歴でも通じるのか。

 と思ったら「東郷さん、何それ?」「暗号ですか?」と2人のメッセージが。通じたのは東郷が西暦研究者で軍事オタであるためらしい。

「お待たせ。あれ、どうしたの?」

「風先輩、次はどこに行きましょうか?」

 素早くスマホをしまい領収書を手にした丹羽は、風の手を取り引っ張る。

「ちょ、アンタ手! ていうか、今日はもう解散するんじゃないの?」

「まだ服とか小物見に行ってないじゃないですか。もうちょっと付き合ってくださいよ」

「でもあんまり遅くなると樹の夕食が…」

 丹羽の言葉に風はあまり乗り気ではない様子だ。樹ちゃんを何事においても優先する姿勢は尊いが、今はその樹ちゃんのためにデートを引き延ばさねば。

「今はまだ、先輩を家に帰したくないんです!」

 パーティーの準備ができていないから。

「は、はい」

 丹羽の必死の懇願に風は首を縦に振ってくれた。

 顔はなぜか赤く、声にいつもの勇ましさはなかったが了承したな。よし!

「じゃあ、風先輩に似合う服選びに行きましょうねー」

「うん。その…任せる」

 2人は連れ立って店を出て近くのアウトレットモールを目指す。

 ちなみに会計をどっちが支払うかでまた揉めそうになったが、丹羽が強く押すと風は譲ってくれる。

 映画の料金の支払いを決める時よりもスムーズに行ったことに丹羽は少し拍子抜けしたが、その理由は特に気にならなかった。

 

 

 

「この服、樹に似合いそう。あ、このスカートもさっきのと合わせるといいわぁ」

 服屋に入った風はイキイキとしていた。

 服屋で女はいくらでも時間を潰せる。

 そんな都市伝説じみた事実を真に受けていなかった丹羽は、正直舐めていた。

 いろんな服を前にした女の執念というか、男にはわからないゴールデンタイムを。

 当初は風に似合う服を選びに来たつもりが、いつの間にか妹の樹に似合う服選びに目的が変わっていた。

 ああ、本当に樹ちゃんを1番に優先しているんだなぁ。さすが自慢するだけのことはある。

 そんな妹大好きな姉の姿をほほえましく思う。百合とは目の前にある女同士の絡みだけではないのだ。こういう片方が相手に対しての想いを実感できる場面こそ、百合イチャにおける楽しみの1つ。

 思わぬ形で見ることができた百合イチャシーンに、丹羽は「あら^~」と我知らずつぶやいていた。ふういつてぇてぇ。

「もう、顔がまたいつもみたいになってるわよ」

 あ、怒られた。元に戻さなきゃ。

「すみません。で、その2着買うんですか?」

「いや、意見聞こうと思って。どっちが似合うと思う?」

 来た。絶対に正解がない悪魔の質問。

 風が手にしているのはオレンジの上着とブルーのシックな服だ。

 実はこの質問。女側は男性に正解を言ってほしいわけではない。

 ただ、買うのに迷っている自分に同調してほしかったりするだけだったりする。もしくは自分のセンスの良さを相手にアピールする目的もあるのだが、風に限ってそれはないだろう。

 丹羽は悩むふりをしながら慎重に言葉を選んでいく。

「右の、オレンジの服はあったかい感じがして先輩のイメージに合うと思います。左の青い服は普段のイメージとのギャップがあって素敵だと思いますよ」

「アタシじゃなくて、樹のなんだけど」

 根本から質問を誤解していた。あぁ~! 信頼度が落ちる音ォ~!

「まあいいわ」と言って風は別の服を見に行った。顔が若干赤くなっていた気がするが、照明のせいだろうか。

 その時、丹羽のスマホが鳴った。

 開いてみるとラインで東郷から「ニイタカヤマノボレヒトハチマルマル」とメッセージが来ていた。一瞬何のことかと思ったが少し考えて18時に準備完了ということだと理解した。

 今の時間は午後17時30分。今から帰ればちょうどいい時間帯になるだろう。

 丹羽はさっき風が選んだ服を見て、少し考える。が、すぐにその2つを持つと会計を済ませた。

 なぜ丹羽がこんな金をもっているかというと、勇者になった日から大赦から丹羽の持つ口座に中学生には多すぎる金額が支払われていたからだったりする。

 ちなみにこの件に関してバーテックス人間はノータッチだ。勇者になると大赦からこういう特典があるらしい。

 普通は親や親族がこの金額を管理するのだろうが、丹羽には家族はいない。保護者であるじいさんがそのまま丹羽の口座に送金してくれたのだろう。

 というわけで丹羽は中学生にしてはちょっとしたリッチマンだったりする。

 ラインに丹羽も「了解。敵の潜水艦を発見!」とメッセージを打つ。するとノータイムで「駄目だ!」とコメントが打ち込まれた。東郷さん、ノリがいいなぁ。

「東郷さんと丹羽君だけわかる言葉ずるい」「だからそれなに?」と友奈と樹からメッセージが付く。やっぱりこのネタが通じるのは東郷さんだけのようだ。

 買った服の入った袋を持って元の場所に戻ると、風が丹羽を見つけ近寄ってくる。

「もう、どこ行ってたのよ」

「ちょっと買い物に。それより先輩、これどうぞ」

 風が受け取った袋の中身を見て、驚いた顔をして丹羽を見る。

「これ、さっきの服。受け取れないわよこんな」

「今日一緒に遊んでくれたお礼です。こういう時、ありがとうと言って受け取ったほうが女子力高いと思いますよ」

 値段もそんなにしないのに、センスのいい服を選ぶ風のおかげで丹羽が試算していたデート金額よりだいぶ余裕があった。

 女子力という言葉を使われてはむげに断れない。しかし年下におごられるのは…と風は内心で葛藤している。

「じゃあ、今度先輩が俺に似合う安い服を選ぶのを手伝ってください。それでチャラで」

「そういうことなら、まあしょうがないわね」

 妥協してくれた。よし、これであとは帰ってパーティーをするだけだ。

 その後2人は家路についた。同じマンションで隣同士の部屋なので、帰り道も一緒だ。

 部屋の前につくと、「お茶でも飲んでいきなさいよ」と風が誘ってくれたので丹羽もそれに甘えることにする。

「「「ハッピーバースデー!」」」

 風がドアを開けると、声と一緒にクラッカーの音と紙吹雪が飛んできた。

 部屋は飾り付けられ、ところどころ四国では見慣れないシーサーの姿も見える。

 机には豪勢な料理が並べられ、真ん中にはケーキが置かれていた。

「あ、今日アタシ、誕生日」

 この時になって、初めて風は今日が自分の誕生日だと思い至る。

「お姉ちゃん、誕生日おめでとう!」

「風先輩! お誕生日おめでとうございます!」

「風先輩、誕生日おめでとうございます」

 妹の樹と部員である友奈、東郷から祝われ、席へと案内された。

 やばい、涙が出そう。と風は鼻の頭を両手の指で押さえ、涙を止めようとする。

「実はお姉ちゃんがデートしている間お祝いの準備をしていたのでした」

「ケーキは樹ちゃんが作ったんですよ。どうですか風先輩」

「ええ、ケーキは樹ちゃんが…本当に出来上がってよかった」

 なぜか東郷が憔悴(しょうすい)していた。風は感激していて気付かなかったが丹羽は見た。パンパンに膨らんだ生ごみ用のポリエチレンの黒い厚めのごみ袋を。

 いったいどれだけケーキ作りに失敗したんだろう。東郷を見ると、苦笑いした。

「こんな、こんないい妹と部員たちを持って、アタシは三国一の幸せ者よー!」

 ついに我慢できなくなったのか、犬吠埼ダムが決壊。風は大粒の涙を流しながら樹と友奈を抱き寄せていた。

「風先輩、これ、私から」

「これは私からです」

「あ、お姉ちゃん。これはわたしからの誕生日プレゼント」

 さらに友奈、東郷、樹から誕生日プレゼントの入った袋を渡され、オイオイ泣いている。ここまで泣かれると1年分の涙を今流しているんじゃないだろうかと心配になってくる。

「あ、これは俺からです」

 と丹羽はクラッカーが鳴らされ風が驚いている間に自分の部屋へ帰り、持ってきた用意していたプレゼントを渡す。

「え、でもアンタのはさっき」

「あれはデートのお礼。これは誕生日プレゼントですよ」

「え、お姉ちゃん丹羽くんに何か貰ったの」

「あ、うん。服をちょっと」

 ふーん、と勇者部3人娘が丹羽を見てくる。何ですか、その視線は。

「ねえねえ、お姉ちゃん」

「なんだい、自慢の妹よ」

 感激している風は3人の視線には気づかない。樹は風の耳に顔を寄せ、風にだけ聞こえるように話す。

「お姉ちゃんと丹羽くんの相性、結構悪くないよ」

「へ?」

 何を言われたか分からなかった風だが、妹の言葉の意味に気づくと顔を真っ赤にさせる。

「ちょ、樹! アタシ、そんなんじゃないからね!」

「はいはい。あとでお話聞かせてね」

「樹ー!」

 こうして犬吠埼風にとって今年始まってから最高の1日ともいえる誕生日パーティーは始まった。

 東郷の作った料理を絶賛し、樹が作ったケーキに感激してまた涙を流している。

 ちなみに全員が示し合わせたわけでもないのにプレゼントに最高級うどんを送ったとわかった時には気まずくなりかけたが、風が喜んでいたので良しとしよう。

「ありがとう、丹羽くん。わたしの依頼を受けてくれて」

 そんな中、丹羽の隣に来た樹がこっそりと言ってくれた。

「いや、俺も楽しかったよ。いいお姉さんだね、風先輩」

「うん、自慢のお姉ちゃんなんだ!」

 それは丹羽が見た中で1番嬉しそうな樹の笑顔だった。

 ああ、この笑顔だ。

 この笑顔を守るためなら自分はなんだってしよう。

 たとえ、自分の性癖を曲げることになったとしても。百合イチャのご褒美がなくともだ。

 残りの星座級や大赦の魔の手から、彼女たちを絶対に守ってみせる。

 そう決意を新たにする丹羽だった。




丹羽「推しカプの笑顔のためだったら俺はなんだってする!」
神樹「じゃあ女の子が薔薇小説好きだったら」
丹羽「妥協できる範囲で付き合う」
神樹「生まれついてのシリアルキラーだったら?」
丹羽「妥協できる範囲で付き合う。でもって社会生活を送るための更生には全力で協力する」
神樹「じゃあ、我との神婚は?」
丹羽「ごめんこうむる」
神樹「なんでさ!」
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