詰みゲーみたいな島(四国)に人類を滅ぼす敵として転生した百合厨はどうすりゃいいんですか?   作:百男合

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 あらすじ
友奈「風先輩と樹ちゃんと私のことも名前で呼んでよ」(鋼のメンタルとコミュ力お化け)
丹羽「いいえ、俺は遠慮しておきます」(百合男子としての鉄の意思)
東郷(ニコニコ)
樹「と、東郷先輩から何か黒いオーラが」
風「いや、名前くらい普通に呼びなさいよ。特にアタシたち姉妹は同じ名字なんだし」
丹羽「男が女を名前で呼ぶと社会的に恋人として扱われるうんぬん」
 一方その頃。
3年1組女子生徒「風って丹羽っていう1年生とつきあってるんでしょ。やるわねー」
1年1組女子生徒「え、丹羽君は同じクラスの樹ちゃんと付き合ってるはずだけど」
 後日、本人たちのあずかり知らぬところで丹羽が犬吠埼姉妹に2股をかけているという噂が知らぬ間に広がっていた。



スミの変な1日

 三ノ輪銀は、気が付けば樹海の中にいた。

 手には2丁の斧。着ている服は勇者服で、どうやら戦闘の最中ぼーっとしていたらしい。

 前後の記憶が曖昧だ。バーテックスによる精神攻撃だろうか?

「須美ー、園子ー? どこだー」

 どうやら自分は仲間とはぐれてしまったらしい。一刻も早く一緒にいたはずの須美と園子を探して合流しなければ。

「三ノ輪銀!」

 そう思っていた銀の名が、突如呼ばれた。

 声のほうを見るとピンクの髪をしたポニーテールで褐色の肌の女の人がいた。自分より身長が高いから、中学生ぐらいだろうか。

 あと、胸がでかい。須美と同じ…いや、それ以上か?

 この樹海にいるということは自分たちと同じ勇者なのだろうか。よく見ると勇者服らしき衣装を着ている。

「あのー、すみません。あたしの連れというか、同じ歳くらいの女の子2人見ませんでしたか? 1人はぽわぽわしててもう1人はお姉さんくらい胸がでかいんですけど」

「なぜ君が未来の勇者部にいないのか」

 須美と園子の居場所を知らないか尋ねると、その女の人は言った。

 未来? 勇者部? なんだそれ。

「なぜ君だけが成長した中学2年生の姿でいないのか!」(アロワナノー)

 え、この人何言ってるんだ? というかアロワナって聞こえたけどこれ何?

「なぜ君の変身した勇者衣装が三好夏凛のものと酷似しているのか!」

 三好夏凛って誰だよ。とりあえずこの人が人の話を聞かない系の人だとは分かった。相手するだけ無駄かもしれない。

「それ以上言わないで!」

「須美!? お前今までどこに…でけぇ!!」

 突如会話に入ってきた須美の声に銀は一瞬安心して、すぐに衝撃を受けた。

 でかい。

 富士山クラスだったのが、エベレストクラスになってる。勇者服も普段着ているのとは違うし、身体のラインがわかってちょっとエッチだ。

「その答えは、ただ1つ」

「やめてー!」

「おー、園子。須美がなんかすごいんだよ…ってこっちもでけぇ!」

 自分と同じくらいだと思ってた園子のお山が、でっかくなっていた。

 勇者服の上からでもわかる2つのふくらみ。銀は自分の胸元を見下ろし、「くっ」と漏らす。

「ハァー」

 そんな銀の様子を見て、ピンク髪の褐色お姉さんが息を吐いていた。だから誰なんだよあんた。

「三ノ輪銀! 君が鷲尾須美の章でただ1人死亡した勇者だからだ! ハハハハハッ!!」

 高笑いするピンク髪褐色お姉さん。その胸元をギリギリと音が出るほど強く掴む園子。

「はぁ?」

 何言ってんだこの人、と思ったが須美と園子の顔は今まで見たことがないくらい悲しそうだった。 

 よく見ると2人は記憶の中にいる2人より大きくて、成長しているのだとわかる。

 そういえば中学2年生って言ってたな。ということは、ここは未来?

 え、なに? このピンク髪で褐色のお姉さんが言ってることマジなのか?

「あたしが…死んだ?」

 ッヘーイ(煽り)

「嘘だ」

 ッヘーイ(煽り)

「あたしをだまそうとしてる……」

 って、さっきからヘーイって煽ってくる声うるせえな!

 死んだなんて信じられるかよ。あたしには帰らないといけない家もあるし、弟の面倒も見なくちゃならない。

 なにより、2人の大事な親友が……。

 その時頭に浮かんだのは、血まみれで倒れる須美と園子の姿だった。

 あれ? なんだこれ…こんなの、あたし知らな――

 3体の巨大バーテックス。射手座の放った矢。蟹座に反射して背後から自分に突き刺さる姿が脳内に浮かぶ。

 同時にその時の痛みも。

「っ!?」

 思わず膝をついて、足から血が流れているのに気づいた。

「あ、れ?」

 銀の頭の中の映像は続く。血まみれの銀を抱きしめ、泣きじゃくる須美と園子。学校の生徒全員が、自分の入った棺を見ている。崩壊した瀬戸大橋。

 いつの間にか流れた血は、絨毯のように広がっていた。その水面に映る自分の姿を見て、銀は理解する。

「そっか。あたし」

 死んだんだ。

 胸を満たすのは悲しさではなく、友達や家族にこんな顔をさせてしまう不甲斐なさ。

「あああああああああああああ!!」

 気が付けば叫んでいた。その胸を満たす感情は悔しさや怒りでも、悲しさでもなく。

 情けない。恥ずかしい。もっとうまくやれたはずだ。そんな気持ちがないまぜになって、獣のように叫ぶ。

『ミノさんは、すごい勇者だったよ』

 園子の声が聞こえる。

『とってもっとっても、すごい勇者だったんだから』

 すごい勇者だったら、お前にそんな顔はさせねーよ。

『ええ、そうね。……ほんとうに、すごい勇者だったわ』

 園子を抱きしめる須美の肩も震えている。

(違う、違うんだ。須美、園子)

 声はすでに枯れ、心の中で銀は叫んでいた。

(あたしは、お前たちにそんな顔をさせたくて、あんなことをしたわけじゃ)

 

 

 

『スミー、ソノコー』

 自分の声で目を覚ましたスミは呆然としながら周囲を見渡す。

 なんだか変な夢を見た気がする。

 しかし自分はバーテックスなので、夢を見るはずがない。今のは記憶の混濁だろうか?

 そんなことを思いながらスミは自分の宿主である丹羽を探す。

 丹羽の姿はやはりというか、リビングの机の上に置かれたパソコンの前にあった。手元のキーボードを必死に叩いて文章を打っている。

「よしARIAと少女終末旅行の文章化完了。後は美術部部長に描いてもらったイメージイラストと一緒に投稿っと」

 丹羽は言葉とともに壁に貼られた文字列に×をつけていく。そこには丹羽の記憶にある百合作品が箇条書きされており、×が付いたのは小説として投稿した作品だった。

 ちなみに丹羽は学校に行く時間以外記憶にある百合作品を小説化する作業にほぼ1日のすべてをつぎ込んでいたりする。

 バーテックスなので睡眠の必要はないため、壁の外に身体をアップデートしに行く日以外の休日は本当に24時間まるまる百合作品を小説にする作業に費やしているのだ。

 特にARIAは映像ありきの作品なので文章化には苦労した。原作とアニメどちらをベースにしようかと悩んだが、丹羽はアニメから知ったのでアニメの1期から4期までを小説として無料投稿サイトに投稿した。

 女性がメインの作品だが男キャラの登場もあり、ノンケでも楽しめる初心者向け百合作品として結構評判がいい。

 特に四国しかないこの世界では水だけの惑星、ネオ・ヴィネツィアに惹かれる人は多く、感想にも「こんな世界行ってみたい」とか「ゴンドラ乗りてー」いろいろ書かれている。

 もう一方の少女終末旅行は全てが終わった世界でケッテンクラートに乗ったチトとユーリがさまよう終末ファンタジーだ。

 これも男女ともに人気があり、ARIAとは別、というか正反対の世界観に惹かれる男性読者の方が多いようだ。

 そんな男たちを百合好きにするために尊い描写には特に力を入れた。おかげで百合に目覚めた人間も多く、チトユーリトウトイというコメントもついている。

 もちろん今書いているライトな百合好き読者を百合沼に引きずり込む作品だけではなく、ディープなものも執筆していた。

 特に丹羽がいた世界でも社会現象を起こしたマリア様がみてる。通称マリ見てはこの世界でも熱烈なファンが多く、早く続きを書いてくれというコメントであふれている。

 その中には園子が書いたコメントもあるのだが、丹羽とそれを操る人型バーテックスはコメントは手ごたえを感じる程度にしかチェックしていなかったので気づいていなかった。

 ただ、そろそろ「レイニーブルー」の続編、「パラソルをさして」の投稿をすべきかどうかを迷っている。

 投稿したのは1月ほど前。焦らすなら2か月は待った方がいいだろう。

 だが9月以降に自分はいないかもしれないことを考えると、そろそろ投稿したほうがいいかもしれない。焦らすのも大事だが、未完のまま作品が終わっては読者の百合を愛する人々に申し訳ない。

 ということで6月1日に予約投稿することにした。

 休憩と頭の切り替えのために丹羽は席を立つ。

 気が付けば5月も終わる。結城友奈は勇者であるではまだ2話と3話の間だが、これからはイベントラッシュだ。特に7月までは忙しくなるだろう。

 もうすぐ三好夏凛が加入するカプリコン戦も近づいてきている。彼女がイレギュラーな存在である丹羽に対してどう接してくるのかも懸念事項だ。

 そしてカプリコン戦の後はいよいよ残りの星座級との総力戦だ。

 そこで勇者たちに満開を1度もさせなければ、丹羽と人型バーテックスの目的はほぼ達成される。

 問題は、それまでに何も起こらなければ、だが。

 大赦にいる乃木園子の動きも注意しなければ。バーテックス人間の大赦仮面の情報によると壁の外に防人を派遣しているらしいが、拠点にしているデブリの場所が知られないように気を付けるべきだろう。

 あと、スミの姿も園子に見られるわけにはいかない。彼女ならスミのモデルが三ノ輪銀だとすぐ気づくだろう。

 その精霊の宿主である丹羽に対して疑いの目を向けてくるのは必定だ。

 そんなことを考えていると、勝手に自分の内から出ていたスミと目が合った。

「お前、いつの間にまた外へ」

『あたしの勝手だろ』

 そう、予想外と言えばスミの性格もそうだった。

 てっきりゆゆゆい時空の三ノ輪銀のような性格になるのかと思いきや、銀の腕を丸ごと取り込んだ影響なのか本来の性格より子供っぽくなってしまった。

 宿主である丹羽にも反抗的で、第1次反抗期の子供のようだ。たまに丹羽の意思に反して実体化して出てくるし、勝手に外に遊びに行くなどやりたい放題だ。

「とにかく中へ戻ってくれ。昼に部室に着いたら起こしてやるから」

 丹羽の言葉に渋々といった様子でスミは丹羽の中に戻っていく。

 その時にはもう先ほど見た夢のことなど忘れていた。

 

 

 

「「隙ありー!」」

「ひゃっ⁉ こら、銀!」

「球子⁉ くっ、ひ、卑怯だぞ!」

 ああ、また夢か。と銀は思う。

 見たことのない部室の中で銀は誰かと一緒に突撃している。

 今度は須美が目の前にいた。というか自分は須美の胸に顔をうずめていた。

 隣にいるポニーテールの女子生徒に髪を2つ結びにしている女の子が胸をうずめている。ポニーテールの女子生徒は銀より年上で、園子と髪の色が同じだ。

「K2に再登頂、成功! 球子さん、そっちはどうっすか?

「ふ~む。高尾山といったトコロか」

 髪を2つ結びにしている少女…今思い出した。球子さんだ。の言葉にポニーテールの女子生徒、乃木若葉が顔を赤くしている。

 うーん。園子のご先祖様とは未だに信じられないよなぁ。性格正反対だし。むしろ園子はひなたさんのほうに似ているような。

「え?」

「気にするな若葉。お前も東郷みたいに、数年後には隆起してチョモランマになるかもしれないぞ」

「た、球子にだけは言われたくないぞ!」

 あ、須美と若葉さんが意識をこっちに向けて守っている対象から意識を離している。

 チャンスだ! 行きましょう、球子さん!

 いざ、ひなたさんと杏さんのお山へ!

「球子さん、今の内です。さらなる尾根が我々を呼んでるっす!」

「ウム! 行くぞ、銀!」

「2人とも、いい加減に…」

「しなさーい!」

 その後、球子はひなたに吊るされ、銀は須美から3時間の説教を受けた。

 最後の登頂は失敗したけど楽しかった。

 我々は諦めない。山がある限り何度でも登頂するさ。

 

 

 

 6月1日は衣替えの季節である。

 6月1日から1週間の間、男子は黒い学ランから半袖のシャツに。女子は長袖から半袖のセーラー服への移行期間となるのだ。

 当然夏服になると服は涼しくなるが、それと同時に冬服から失われるものもある。

 それは防寒性だったり手が袖からでない萌え袖というチャームポイントの喪失だったりといろいろあるが。

『ビバーク!』

「ひゃん⁉」

 スミの双丘への突撃に東郷の胸がいつも以上に揺れる。

 そう、冬服から夏服に変わったことで、防御力が低くなったのだ。

 男だったら思わずかぶりつきで見たくなる光景に、しかし丹羽はできるだけ見ないようにそっぽを向く。

 こういう時、見ないようにするのも紳士としてのたしなみというものだ。

『スミー!』

「もう、スミちゃん。イタズラしたらダメでしょ」

 めっ、と叱る東郷の言葉を気にすることなく、スミはいつもの特等席である東郷の胸の間に頭をうずめ、リラックスする。

 今は昼休憩。授業が終わり丹羽と樹の1年生組が部室へ入ると、丹羽の中から出たスミが止める間もなく東郷の胸へ突撃したのだ。

「うわっ、今すごい揺れたわね」

 と風。同性の目から見ても今のは衝撃映像だったらしい。

「いいなぁ東郷先輩。わたしもあやかりたい」

 自分のものと比べて、樹がつぶやく。隣にいた丹羽は彼女の名誉のために聞こえないふりをすることにした。

「あ、スミちゃんだ。おいでおいで~」

 友奈は東郷の胸に見慣れているのか、特に反応はない。むしろ東郷の胸を枕にしているスミに興味を持ち、自分のお弁当の卵焼きを差し出している。

 今の友奈は夏服のセーラー服だ。冬服のセーラー服では黒い布地に隠されてわからなかった胸の輪郭が薄着になったことではっきりとわかり、スミの目がキランと光る。

『ビバー…』

「ダメよ、スミちゃん」

 友奈の胸元へ飛び込もうとしたスミを、東郷ががっちりと掴む。

 すごい反応速度だ。スミも止められると思っていなかったのか、びっくりしている。

「友奈ちゃんは、ダメ。わかった?」

『ス、スミー?』

「わかった?」

『お、おう』

 スミの返事に納得したのか、東郷は手を放す。スミは震えて東郷の元へ戻るかためらっているようだったが、至高のふかふかふわふわの誘惑には勝てず火に飛び込む蛾のようにふらふらと東郷の胸へと帰っていった。

「よしよし、いい子ね」

「東郷先輩の前ではおとなしいんだよなお前は」

 朝の反抗的な様子を思い出し、丹羽は東郷の前では借りてきた猫のようになっているスミの腹をツンツンつつきながら言う。

『シャーッ!』

「なんだ? やるか?」

「こらこら、2人ともケンカしないの」

 スミにはめっ、と軽く額を指でつつき、丹羽には正中線を3段突きする。

「ぐはっ、東郷先輩加減してくださいよ」

『むーっ』

「いや、さっきのを加減してくれですむアンタも結構大概だと思うわよ」

 事の成り行きを見守っていた風が冷静にツッコむ。

 その後皆で弁当を広げ、今日の活動について話し合う。それをスミは東郷の胸の上に頭をのせながら聞くとはなしに聞いていた。

 やがてチャイムが鳴る。今のは昼休憩終わりの予鈴。次が5時間目開始の本鈴だ。

「っと、もうそんな時間か。じゃあみんなあとは放課後で」

「はい、風先輩」

「ほら、スミも戻って来い。放課後また来るから」

 丹羽が言うが、何か今日は様子が変だ。いつもはすぐに丹羽の中に入るのに、今日は東郷から離れようとしない。

『やっ!』

「嫌って、東郷先輩も困ってるだろ」

『いーや!』

丹羽が掴んで無理やり体内に戻そうとするが、スミは手を躱し必死に東郷にしがみついている。

「スミちゃん、また放課後会えるから。丹羽君のところに行って」

 東郷も言うが、どうあっても東郷から離れる気はないらしい。

「おい、スミ」

『お前、嫌い! あっち行け!』

 差し出した丹羽の手を、スミが強く払い除けた。当たり所が悪かったのか皮膚が切れ、そこから血が流れる。

 意図しての物ではなかったが、宿主を傷つけたことに変わりはない。東郷は自分にしがみつくスミを両手でつかむと、目の前で離した。

「スミちゃん! 丹羽君に謝りなさい!」

 普段聞いたことのない東郷の怖い声に、スミは驚く。

『だって、だってアイツが』

「いいから、謝りなさい!」

 スミの目に涙が溜まる。だが東郷は怖い表情のままだ。

『スミ、バカ! 嫌いだ!』

 スミは丹羽に謝ることなく教室から飛び出していった。そのまま壁をすり抜け外へと向かう。

「スミ! あの馬鹿どこへ行く気だ」

「スミちゃん!」

 すぐに見えなくなったスミに、丹羽と東郷は慌てる。

「どうしよう、私のせい。私が、あんなふうに叱ったから」

「いえ、東郷先輩のせいじゃないです。あいつ、朝からなんか変でしたから」

 叱った自分を責める東郷に、丹羽はフォローする。

「ごめん、犬吠埼さん。午後の授業、俺は出られないから先生にそう言ってくれる?」

「探しに行くんだね。わかった」

「じゃあ、私も一緒に!」

「東郷先輩は授業受けてください。これは俺とアイツの問題ですから」

 丹羽はそう言うと部室を出て行った。おそらく外靴に履き替えスミを探しに行くつもりだろう。

「東郷、とりあえず今は丹羽に任せましょう。放課後まで何の連絡もなかったらアタシたちも探しに行く。いいわね?」

 風の言葉に友奈と樹がうなずく。東郷もうなずいたが、去り際に見せたスミの傷ついた顔がしばらく頭を離れなかった。

 

 

 

 一方スミは四国の空を当てもなくさまよっていた。

 頭の中ではさっきのことでいっぱいだ。

 自分が悪かったのはわかっている。

 だが、それでも東郷なら自分の味方をしてくれると思っていた。決して叱ることなどないと。

 それを裏切られたようで、スミはとても傷ついていた。

 気が付けば、人の多い場所に来ていた。どこかのショッピングモールだろうか?

「だから、私はこの時間をもっと有効に使うべきだと思うのよ!」

 突如聞こえてきた声に、スミは姿を隠す。といっても精霊は素質のある人間にしか見えないのだからこの行動はあまり意味のないのだが。

 声のしたほうを見ると、5人の少女が集まって話していた。

「えー、でもせっかくの休暇とご褒美でしょ? 訓練だけなんて味気ないよ」

 と、ショートカットで前髪を切りそろえた少女、加賀城雀が先ほどの声の主の楠芽吹に言う。

「大赦保有のリゾートプール1日貸し切りだよ! まさに園子様様だね。感謝感謝」

「だからって、新しい水着なんて…学校指定の水着じゃダメなの?」

「まっ。なにを言っていますの芽吹さん」

「わたしや芽吹はそれでいいとしても、国土がそれじゃかわいそう」

 同じ防人隊の仲間である弥勒夕海子と山伏しずくに言われ、芽吹は「うっ」と口ごもる。

「あの、芽吹先輩がお嫌なら別にわたしは…」

 他の4人の様子に巫女である国土亜弥が遠慮がちに言う。空気を読むいい子なので本当はお出かけでさっきまでウキウキだったのだが、今はどこか沈んでいる。

「だめだよ、あやや。プール初めてなんでしょ? だったらかわいい水着選ばないと!」

 亜弥のことを持ち出されると芽吹も弱い。四国のどこに出しても恥ずかしくないいい子の楽しみを奪うなんて残酷なこと、自分はできないからだ。

「芽吹さんとしずくさんもですわよ。心配なさらずとも弥勒家の名にかけて最高のコーディネートをして差し上げますわ」

「でも弥勒、変な水着選びそう。流行の最先端とか言って布面積の少ない奴とか」

 お嬢様っぽい外見の夕海子が言うと、はかなげな印象の少女、しずくからツッコミが入る。

「ごめんなさい、亜弥ちゃん。私、本当は水着をみんなに見られるのが恥ずかしかっただけなの。だからあんなことを」

「そうなんですか? 大丈夫です! 芽吹先輩はとてもきれいでいらっしゃるからどんな水着も似合います!」

 お世辞ではなく本心から褒められ、芽吹の顔が赤くなる。同時に亜弥が愛しくて仕方がなくなり、思わずぎゅっと抱きしめてしまう。

「め、芽吹先輩⁉」

「は、ごめんなさい。つい」

「ついで済んだら大赦はいらないんだよメブー」

「国土がかわいいのはわかるけど、街中では自重して芽吹」

「そういうのはお部屋で2人きりでしてくださいませ」

 往来でイチャイチャし始めた2人に残りの3人から総ツッコミが入る。芽吹は顔を赤くし、亜弥はよくわかっていないのか「はい、続きはわたしのお部屋でしましょうね芽吹先輩!」と笑顔で言っている。

「おー。あやや大胆! ね、メブ。そこんトコロどうなの?」

「い、いいでしょもう! それよりも水着を選びに行くんでしょう」

 あ、逃げた。あからさまに話題を変える芽吹に、雀と夕海子は白い目を向ける。

「いつまでも、ここにいては話が進まない。芽吹の言う通り行こう」

「はい。わたし、こんな風にお友達みんなとお買い物に行くのも初めてです!」

「あやや…今日は何でも買っていいんだよ。弥勒さんがいくらでも出してくれるからね」

「ちょっと! なんでそうなりますの⁉」

「えー、弥勒家は名家なんでしょー? 女子中学生のお買い物くらいはしたお金ですよねー?」

「え? あ、もちろんですわ! そんなの雀さんの涙くらいですわよ。おほほほ」

「雀、弥勒さんをいじめない。弥勒さんも張り合わない。自分の分の買い物は自分のお金で払うのよ、いい?」

 そう言いながら防人組は目の前の店に入っていく。

 

 ほーら、どんどん引っ張るぞ園子!

 うわー、はやいはやい!

 須美も準備体操してないで泳ごうぜ。

 2人がすぐに入りすぎなのよ。銀なんて準備体操なしで入るとか、信じられない。

 

『っ⁉』

 まただ、今度は起きているのに変な記憶が頭の中に。

 なんなんだこれは。白昼夢というにはリアルすぎる。

 なんとなくその場にいるのが嫌で、スミは空を飛び別の場所へ向かう。

 なぜか行くべき場所はわかっていた。

 

 

 

 気が付けばスミは讃州中学から離れた大橋にいた。

 その中にある一軒家にたどり着くと、外から中の様子をうかがう。

 そこには1人の男の子がいた。その姿になぜか胸の奥からこみあげてくるものを感じたスミは、姿を隠すことも忘れ男の子に近づく。

『金、太郎?』

「ねーね? ねーね!」

 なぜだろう。涙が止まらない。

 気が付けば男の子を抱きしめ、泣いていた。頭の中はぐちゃぐちゃで、もう何が何だかわからない。

「ただいまー。金太郎、帰ってるのかー?」

 その時、玄関から男の子の声が聞こえた。

「にーに!」

 ぱっと顔が明るくなり、金太郎が歩いて玄関へと向かう。

 ああ、もう歩けるようになったのか。すごいなぁ。

 なぜか、スミは感動していた。見知らぬ男の子のはずなのに、その成長が嬉しかった。

「あ、お前また部屋から勝手に出て。お手伝いさんの言うことちゃんと聞いてたか?」

「ねーね、ねーね!」

「だから俺はにーにだってのに。はぁ。いつまで経ってもねーちゃんは超えられないのか」

 スミは壁をすり抜け、部屋に入る。そこには弟を抱っこしている男の子がいた。

『てつ、お?』

 そうだ。あれは自分の弟だ。

 なぜ忘れていたのだろう。自分にとって家族は親友と同じくらい大切な存在なのに。

「ただいま、ねーちゃん」

 そんなことを思っていると、鉄男が自分に語り掛けてくれた。おかえり、と言おうとしていやこの場合は自分がただいまというべきなのかと迷っていると、チーンという鐘を鳴らす音が聞こえる。

「今日も、ねーちゃんのおかげでみんな元気に暮らしてるよ。金太郎も手がかかるくらい大きくなって、元気すぎるくらいだ」

 おいおい、マイブラザー。姉ちゃんはこっちだぜ。

 なんでそんな仏壇なんかに向かって話しかけてるんだよ。

 スミは鉄男に声をかけようと後ろから回り込もうとして…仏壇に飾られている写真が目に――

『そこまでだ』

 急にスミの意識が遠のき、どこかへ引っ張られる感覚が。

 待て、今のは――。

 確かめようとするが目を開け続けることができず、そこでスミの意識は途絶えた。

 

 

 

「まさか本当に大橋まで来ているなんて」

 スミと視界を共有していた壁の外にいる人型バーテックスの情報から大橋の三ノ輪家を訪れた丹羽は、敷地内で意識を失っているスミを何とか誰にも見つからず回収することに成功する。

 三ノ輪邸はアニメ本編の鷲尾須美は勇者であるで見た時と何も変わっていなかった。転居していたら見つけられなかったかもしれない。

 ひょっとしたら帰ってきた娘が迷わないようにあの時のまま改築していないのだろうかと考え、考えすぎだなと思う。

 三ノ輪銀は公的には死んだことになっているのだ。それなのにそう考えるのはノスタルジックが過ぎる。

 とりあえず勇者部のみんなにスミが見つかったとラインで連絡をしておく。心配していたのかすぐに既読が付き、それぞれメッセージが送られる。

 特に東郷はスミの様子を何度も訊いてきたきたので、心配はないと返信した。精霊は写真に写らないので画像が送れないのが残念だと告げると安心してくれたようだ。

 それにしても、と丹羽は三ノ輪家とスミを見比べる。

「ひょっとして君は…」

 銀ちゃんなのか? と問いかけようとして、やめておいた。

 あまりにも突飛な話だ。姿を似せた精霊が本人の意識と記憶を持つだなんて。

 壁の外にいる三ノ輪銀本体が意識を取り戻さない理由もスミにあると結論付けるのは早計だ。もしスミを銀の中に入れて意識を取り戻すなら御の字だが、それでは残りのバーテックスとの決戦を精霊1体なしで戦わないといけない。

 少なくともそれを行うのは残りの星座級すべてを倒した後だ。それまでは心苦しいが自分に付き合ってもらう。

「もしもスミが銀ちゃんなら、謝ることリストが増えるな」

 少し反抗的なかわいい精霊を自分の内に収めながら、丹羽は言う。

 謝ることリストとは、人型バーテックスが作っている勇者に対して謝る項目を羅列したリストである。

 その中には「銀を救えなかったこと」「乃木園子の満開を止められなかったこと」という他に「ゆうみも至福の時間を奪ったこと」や「ふういつの生活に割り込んだこと」などという百合男子特有の反省点も書かれている。

 そして今日、新たな項目が追加された。

 それは「スミの大事な記憶を1日消したこと」だ。

 




 エグゼイドパロはゆゆゆいでもうやってた件。さすがタカヒロ神。

【今日のナツメさん】

ナツメ『風、今日の味噌汁も美味しいな』
風「あら、ありがとう」
ナツメ『昨日の味噌汁と料理もうまかったぞ』
風「そうね。あんたはご主人様と違って素直でかわいいわね」
ナツメ『かわいい、か。あまり言われたことがないから照れる』
風「あ~。アンタどっちかというとクール系だしね。あ、ちょっと待って」
 洗い物を終えた風は椅子に座る。そのままナツメを見上げ、膝を叩く。
風「さ、どうぞ」
ナツメ『? 風、それは?』
風「東郷がスミちゃんとやってるやつ。アタシとナツメもやってみようと思って」
ナツメ『座ればいいのか? …うん。これは、いいな』
風「あー。なんか小さい頃の樹思い出すわ。あの頃は何をするにもおねえちゃーんってついてきてね」
ナツメ『スウ・・・スウ・・・』
風「あ、寝ちゃった。おーい、食べてすぐ寝たら牛になるわよー」
ナツメ『スウ・・・スウ・・・ペロ、おじい、おばぁ』
風「寝言まで言っちゃって。本当、丹羽の精霊って変わってるわよね」
 胸に頭を預けるナツメの白い髪を、風は優しくなでる。
 そこには女子力が満点の美少女がいた。

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