詰みゲーみたいな島(四国)に人類を滅ぼす敵として転生した百合厨はどうすりゃいいんですか?   作:百男合

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 あらすじ
 友奈ちゃんのお山にビバークしようとしたスミ。東郷さんに怒られて家出する。
友奈「何か違わない?」
丹羽「いや、合ってるでしょ」
東郷「そうね。精霊の管理不足は持ち主の責任よね」
樹「ああー、東郷先輩、東郷先輩困ります! あーっ」
風「ちょっと、丹羽の正中線を東郷がひたすらボコボコにしてるんだけど!?」


大赦OTONA化計画

 四国を守るように立ちはだかる壁の上にたどり着き、そこから1歩踏み出すと青い空から一変して赤い世界が目の前に広がる。

 ここは壁の外。バーテックスと神樹の加護を得て変身した勇者しか生きられぬ世界。

 ただの人間では数分ともたず消滅してしまう人の生きられぬ場所だ。

 そこに、丹羽明吾はいた。

 壁の端から飛び立ち、迎えに来ていた巨大フェルマータ・アルタに飛び乗る。

 そのままフェルマータ・アルタが向かうままに任せていると、遠くに人工物と自然物が奇妙に集まったデブリが見えてくる。

 そして、そこにいる人型バーテックスとその肩に乗る精霊、白静がこちらに向かって手を振っている姿も。

『よう、おつかれ』

 自分が自分を見ているという奇妙な状況にはやはりあまり慣れない。それが言語を話す相手となるとなおさらだ。

「ただいま、俺。さっそくで悪いけど」

『ああ、スミ…いや銀ちゃんのケアだろ。わかってる』

 ツーと言えばカー。以心伝心のやり取りで丹羽から精霊のスミとナツメを受け取ると、人型バーテックスは検査を始める。

 もっとも人型バーテックスも丹羽も元は同じ人格で、人型バーテックスが丹羽を操っているのだから以心伝心なのは当たり前なのだが。

『終わるまで身体のアップデートでもしててくれ』

「わかった。身長0、8cm、体重は1、2キロ増量くらいでいいか」

 人型バーテックスの言葉に丹羽はデブリの奥、強化版人間型星屑製作所に向かう。そこでは丹羽と同じような強化版人間型星屑が大勢いて、次の精霊型星屑への変態のため順番待ちしている。

 丹羽はその横を追通り過ぎ、自分のために用意された新しい型に身体をはめ込み、目を閉じる。同時に圧縮された星屑の質量が液体として注入され、丹羽の身体を変化させていた。

 身体を1から作るのではなく、栄養を送り成長させるだけなので普通の強化版人間型星屑を作るより身体のアップデートは早く終わる。もっとも普通の人間が1週間で行う変化を1日でしなければならないので2時間ほどかかるのだが。

 一方人型バーテックスは先日大橋の三ノ輪邸に行くという不測の事態を起こしたスミを診ていた。

 身体の欠損、変化は特にみられない。これは同じ人型精霊のナツメも同様だ。

 ただ、その中身。精神となると判断は難しい。

 銀の腕を取り込んだ影響か、大橋にある英霊碑を埋め込んで作った人型精霊型星屑よりスミは段違いで強くなった。ただその精神が、今もヒーリングウォーターの水球で治療中の銀とリンクしているとは思わなかったのだ。

 いや、精神がリンクしているというのも思い込みかもしれない。ゆゆゆい世界の記憶と自由に四国を移動できる状況。そして精神力の幼さからあんな突飛な行動に出たのかも…。

『試してみるか』

 人型バーテックスはスミを水球の中で昏睡状態になっている銀の元へ連れて行き、その身体の中に埋め込んでみる。

 もし、丹羽が考えた通りならこれで彼女は目覚めるはず。

 だが精霊を取り込んでも一瞬身体が光っただけで、銀のまぶたはピクリともしなかった。

 やがて身体のアップデートを終えた丹羽が合流し、様子を一緒に眺める。

「変わりは?」

『ない。呼吸も安定しているし、本当に今までと変わらずただ眠っているだけだ』

「当てが外れたか」

 悔しそうな顔をする丹羽の表情を見て、人型のバーテックスはうらやましいと思う。

 こんな時、感情をすぐ表に出せるその身体が。

『そういえばそろそろ、三好夏凛が参戦する時期か』

「ああ、下準備は済ませてある」

 それを悟られぬよう話題を転換する。丹羽は特に気にした様子もなく、目の前の水球を見ながら言う。

 アニメ3話。大赦側の勇者である三好夏凛の参戦。

 実はこの時も大赦側が問題を起こしている。

 それは三好夏凛の存在を勇者部に秘密にしていたことだ。

 大赦の秘密主義と勇者であり戦う自分たちに何も知らせてくれなかったこと。その積み重ねが勇者たちが大赦に不信感を持つ事につながり、満開の後遺症がすぐ直るという嘘が風の暴走という事態を引き起こした。

 今回の三好夏凛参戦を知らせなかったことはそのきっかけになった出来事でもある。

 だから大赦にいるバーテックス人間を使い、三好夏凛の着任と讃州中学への入学は前もって勇者部部員たちに知らせるようにしておいた。

 これで大赦への不信感が少しでも原作よりマシになれば風の暴走が起こる確率もぐっと下がるはずだ。

『大赦のバーテックス人間化は、どうだ?』

「7割といったところ。もっともほとんど末端で、頭の方へはなかなか。大赦でも急に性格が変わった人間に対して違和感を抱いている奴も出てきている」

『7割、か。ではあとは無理やりにでも』

「いや、むしろあわてずじっくりやろう。最終的にバーテックスとの総力戦に間に合えばいいんだ。下手に急いで大赦にいるそのっちに感づかれでもしたらすべて無駄になる」

 ふむ。元は同じ人格のはずなのに考え方がこうも違うのか。

 四国というこことはちがう環境で育った分、丹羽と人型バーテックスの思考には差異が出来始めていた。人型バーテックスはそれを興味深く思う。

「? どうした」

『いや、お前が言うならそうしよう。カプリコン戦はにぼっしー1人で片づけるはずだから、俺はここで精霊の開発に全力を注ぐことにするよ』

「そうか。わかった」

 丹羽は水球に手を伸ばし、胎児のように丸まっている銀からスミを取り出すと自分の中へと収める。

 この子の力はまだ自分には必要だ。もう少し長い間銀と融合させて意識を取り戻すかの実験は、銀が四国の病院に移ってからにしよう。

『ついでだ。この子も持っていけ』

 人型バーテックスはつい先日6つの特別な繭の1つから生まれたばかりの人型精霊の星屑を、丹羽の体内に埋め込む。

 これで丹羽の中にいる精霊は3体。これなら星座級と真正面からぶつかっても後れを取ることはないだろう。

「ありがとう。それとこれは俺たちにとってはあんまりいい報告じゃないんだが」

 丹羽が真剣な顔をして人型バーテックスを見る。

「大赦にもぐりこませたバーテックス人間によると、防人の報告は安芸先生が直々にそのっちにしているらしい。だから防人関連の情報を握りつぶしたり改ざんしたりするのは無理みたいだ」 

『なるほど。そのっちはそれほどまで銀ちゃんのことを…ぎんそのてぇてぇ』

「言ってる場合か! 一応こっちもできるだけ早く銀ちゃんを四国の病院に移せるように大赦の要職にいる奴をバーテックス人間にしたいけど、さっきも言った通りまだ時間がかかりそうだ」

 だから、と丹羽は人型バーテックスの胸を拳で軽くたたく。

「絶対防人に見つかるんじゃねえぞ、俺。もしここが見つかってお前がやられたら、銀ちゃんと俺もピンチなんだからな」

『誰に向かって言ってるんだ、俺。こちとら万どころか億匹クラスの星屑食って前よりパワーアップしてるんだ。そうそう遅れは取らないさ』

 人型バーテックスも丹羽の肩を軽く拳で叩きそれぞれの健闘を祈る。

 同じ人格である1人と1体はすでに同じ意思で操る個体同士ではなく、同じ目標に向かって奮闘する同志となっていた。

 

 

 

 三好春信は困惑していた。ここ最近の大赦と上層部の変わりよう――もっと言えば一部過激派たちの劇的な言動の変化にである。

 彼らは反乃木、反上里派…というか反勇者派の一派だ。

 かつては四国でも有数の権力者だったが、他の家が娘や孫などの血縁者が勇者に選ばれて格が上がり、相対的に権力や発言力を失い衰退していった一族。あるいは自分の娘が勇者に選ばれなかったことを妬ましく思う者たちの集まり。

 神樹様を信奉してはいるが自分たちの利益のためならば同僚の大赦の職員や神樹様に選ばれた勇者たちですら道具のように扱うことを(いと)わない。そんな連中だった。

 もしバーテックスが神樹様のもとにたどり着き、世界が終わるような事態になったとしても自分たちが助かるためならばどんな犠牲が出る方法でも顔色ひとつ変えず行い、仲間すら切り捨てる。

 そんな連中だったはずなのだ。

 だが、そんな者たちがどうしたわけか最近はまるで心を入れ替えたように穏やかになった。

 ある者は隠居を決めて大赦を去り、ある者は勇者たちをサポートすることに全力を傾けるべきだと発言して現在の大赦の在り方を根底から否定したり。

 以前の人格を知る春信からしたら別人になってしまったかのような変わりようだ。

 そして件の上層部から今日、春信に辞令が下った。大赦と讃州中学勇者部の連絡係になり、初仕事として新しく赴任する大赦の勇者のことを説明する文面を用意しろとのことだ。

 なぜ自分がと疑問に思い尋ねたところ、妹のことは兄のお前が一番よくわかっているだろうと過去の上層部を知っている春信からしたら信じられない答えが返ってきた。

 たしかに勇者候補――本人に言わせれば完成型勇者――の夏凛は自分の妹だが、それによって春信が大赦で恩恵を受けたことはない。

 むしろ勇者に選ばれたことで格が上がった三好家は過激派からは疎まれ、春信も大赦の重要なポストから閑職に追いやられる寸前だったのだ。

 それが突然手のひらを返したように相手は矛を収め、大赦にとって重要な御役目を任された。彼らが疎んでいたはずの勇者――妹が原因で、である。

 なにがなんだかわからない。ひょっとしてこれはなにかの謀略の前段階ではないだろうか?

 そう疑ったのだが、春信としてもかわいい妹の力になれる機会がなくなるのは嫌だった。

 家庭環境やちょっとした行き違いで2人の間には溝ができてしまった。いや、妹が一方的に溝ができていると思い込んでいるのだが、それを修復し、元の仲がいい兄妹になるチャンスかもしれない。

 もちろんお役目としての公私の区別はきちんとつける。今いる神樹様の勇者と比べ夏凛を特別視しひいきするわけにはいかない。

 だが、誤解されやすい性格の妹が新しい環境でうまくやっていけるよう協力するのは兄として当然の務めだろう。

 それを考えると、あえてこの罠に飛び込んでやろうと思う。どうせ放っておいても閑職に送られる身。せめて妹の力になれれば幸いだ。

 さっそく春信は讃州中学勇者部の5人に大赦から新しい勇者が赴任することを告げる文章の作成に取り掛かる。

 この時本人は自覚していなかったが三好春信はシスコンであった。その妹愛が少し暴走し、ちょっとしたお茶目心が後に夏凛にとって屈辱ともいえる事態を引き起こすことになるのだが、それはもう少し先の話だ。

 

 

 

 

 その日、乃木園子はご機嫌だった。

 無料小説投稿サイトでお気に入りの百合小説作家、誤眠ワニの新作が投稿されたからである。

 しかもそれは園子が待ちに待ったマリ見ての新作。「レイニーブルー」の続編である「パラソルをさして」。この日をどんなに待ったことか。

 大赦仮面からの定期報告までの自由時間にそれを発見した園子はついつい時間を忘れて読みふけり、気づけば予定した時間から1時間ほど過ぎていた。

「はぁ。尊い…」

 読み終わり、1人つぶやく。

「この日まで誤眠ワニさんの他の作品、きんいろモザイクとかご注文はうさぎですか? で女の子のイチャイチャ成分を補充していたけど、やっぱりこういうのがわたしは大好きなんよー」

「あの、乃木様。そろそろ入ってもよろしいですか?」

 報告時間ぴったりに部屋を訪れたのだが園子に「今忙しいからもうちょっと待って!」と鬼気迫る顔で追い出された大赦仮面が、控えめなノックと共に声をかける。

 その声に園子は壁にかけられた時間を見て、結構時間が経っているのに気づいた。

「ご、ごめんなさい。入って大丈夫だよ」

「失礼いたします。乃木様」

 いつもの老人の声と違う若い声に園子は首をひねる。誰だろう、この人は。

「えっと、いつものおじいさんは?」

「前任者は一身上の都合により退職いたしました。よって今日から私が乃木様のお世話係となります。何なりとお申し付けください」

 ちなみに前任者とは犬吠埼姉妹の仲を引き裂こうとした丹羽からしたらふてぇ野郎だった。

 いつまでも下した命令が実行されず業を煮やして大赦人事部を訪れた結果バーテックス人間となり、その後犬吠埼姉妹に支援として送られるはずだった金額を全部風の口座へ入金し、風と樹が大橋で暮らしていた家の権利書も渡したのだ。

 それだけでは胸の内の罪悪感は消えず、今度は「このようなことをした犬吠埼様たちに一生をかけて償いをする」と決意して大赦を去り、今は風と樹を陰ながら支えるために善行を積んでいる。

 もちろんそんなことを知らない園子は、前任者に厳しく当たりすぎたかと少し反省した。大赦の大人への不信感と小説の続きが読めなかったイライラからちょっと強めに当たってしまったことが何度かあったのだ。

「えーっと、前任者の人はわたしのこと、何か言ってた?」

「はい。乃木園子様は大橋跡地の合戦において神樹様にその身を捧げ、四国と我々を守ってくださった勇敢な守護神だとうかがっております」

 大赦仮面の言葉に、園子は内心で吐きそうになるのを抑えた。心にもないことを言うのに関してはあのじじいに勝る者はいないかもしれない。

「園子様。あの、これは大変私事で恐縮なのでありますが…ありがとうございました」

 突然頭を下げられ、園子は戸惑う。大赦仮面が頭を下げたり平伏したりするのは慣れていたが、それはある種の恐れや畏敬からくるものであった。

 このように感謝されお礼を言われるのは初めてだったのだ。

「私の家族は大橋に住んでいるのですが、乃木様ともう1人の勇者、鷲尾様のおかげで家族全員無事で今も過ごすことができております。最大限の感謝を伝えてもまだ感謝のしようがございません」

「え、あの、その」

「どうか私にできることがあればどのようなことでもおっしゃってください。それほど乃木様から受けた恩は大きく、一生かかっても返せるものではないのですから」

 園子はこの時初めて自分が守り、救った人々の言葉を聞いた。

 いつも大赦の大人は勇者としての自分か乃木家の娘としての自分への打算的な発言しかしてこなかった。このようにまっすぐ園子自身に対し感謝の言葉を伝える者などいなかったのである。

「そ、そんなこと。言われたことないから照れるんよ」

「は、出過ぎたことを申しました。ですが、どうしても感謝の言葉を伝えたかったのです」

 どこまでもまっすぐな相手の感謝に、園子は身体がくすぐったくなるような奇妙な感覚に襲われる。

 大赦の大人は誰もが自分たちをだまし、あるいは口車に乗せて権力を得るための道具にしようとする人間しかいないと思っていた。

 親友を巻き込み足の機能と記憶を失わせ、あるいはまだ生きていると園子が信じる親友の死を公的に発表した敵しかいないと。

 でも、こんな人もいたんだ。

 初めて見た大赦でもまだマシな大人に、園子は戸惑う。

「えーっと、それじゃあ報告だよね? 聞かせて聞かせて」

「はい。ではまずこの書類とこの書類。巫女たちによるバーテックスの襲来の予想と讃州中学に送り込む新戦力についてですが」

 頭を切り替え、園子は目の前の書類に意識を集中することにした。

 だが、胸の奥では先ほどの大赦仮面の心からの感謝の言葉がなかなか消えてくれない。

 大人は自分たちをだますためにどんな卑劣なことでもする敵という園子の認識が、少しずつ揺らぎ始めていた。

 

 




 そのっちの闇が少しずつ浄化されるんじゃ^~。
 周りには信頼できる大人がいなかったからね。大赦浄化作戦は結構いろんな方向に効いてきてます。
 え、くめゆの防人組参戦フラグが立ってる? その時はそのっちも参戦するから大丈夫!(主人公(星屑)が大丈夫とは言っていない)
 次回はみんな大好きなあの子の登場だよー。
山羊座「そう、私です」
 おまえじゃねえ、座ってろ。

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