詰みゲーみたいな島(四国)に人類を滅ぼす敵として転生した百合厨はどうすりゃいいんですか?   作:百男合

56 / 105
 あらすじ
樹「お姉ちゃんと丹羽くんをくっつけます」
友奈「樹ちゃんのお願いなら何でもきいちゃうよー」
東郷「友奈ちゃんがそういうなら」
夏凛「あっそ。勝手にやれば」
樹「夏凛さんもこれを見てもらえれば理解してくれると思います」ムービー再生
カメラマン『夏凛ちゃんは大きくなったら何になるの?』
夏凛ちゃん(6歳)『あたし、おにーちゃんのお嫁さんになる―!』
カメラマン『そう。夏凛は本当にお兄ちゃんが大好きだな』
夏凛「だぁあああああ!」高速でテレビの電源を落とす
樹「ごめんなさい。これはお姉ちゃんに贈られた【かりんちゃん入学式の思い出】のムービーでした。本物はこっち」
夏凛「消しなさい! あんたらも今の映像は忘れなさい、いいわね!」
友奈「も、もちろんだよ夏凛ちゃん」(ブラコンだ…)
東郷「ええ、忘れるわ」(ブラコンね…)
樹「夏凛さんが協力してくれるなら消しますよ」にっこり
夏凛「樹ぃ…」


百合厨vsヘテロ

 待ち合わせ場所の駅前に1番最後に来たのは意外なことに友奈と東郷であった。

「ごめーん、みんな。遅くなっちゃいました」

「いや、まだ集合時間前だから全然大丈夫よ」

 風の言う通り待ち合わせの10時まではあと5分もある。

 1番最初に来た夏凛が30分前、次に丹羽と犬吠埼姉妹がほぼ同時に。4人で今日は楽しみだねと話していたところだった。

「しっかし、あんたら仲いいわね」

 夏凛が友奈と東郷がつないでいる手を見て言う。

 あまりにも自然だったので見落としかけたが2人は手をつないで一緒に来ていた。しかも恋人つなぎ。

 これには百合男子である丹羽君もにっこりである。

 だが、これは前日樹がめぐらしていた作戦の1つなのだ。

「じゃあ、わたしたちも行きましょうか。夏凛さん」

 樹が自然な流れを装い夏凛の手をつなぐ。

 必然的に勇者部で手をつないでいないのは姉の風と丹羽だけになる。

 題して【みんなも手をつないでいるのに2人だけつないでないのはおかしいよね?】作戦である。

 いわゆる同調圧力というやつだ。他にも心理的な効果もあるのだが専門用語は長ったらしいので割愛する。

 要は風と丹羽が自然に手をつなぎやすい空気をこの場に作り出す。

 さあ、どうだと樹は風と丹羽の方を見る。

「じゃあ、俺たちも行きましょうか」

「そうね」

 そう言うと2人の手はごく自然に近づく。

 やった! 作戦成功!

 樹が心の中でガッツポーズをしていると、風の手をとった丹羽がこちらに近づいてくる。

「へ?」

 夏凛に近づき、樹の手を握っているのとは反対の手を風につながせ、丹羽は一仕事終えたという顔をした。

「うん。correct(正しい)! やはり犬吠埼サンドは美しい」

「何してんのよあんたは!?」

 あまりにも自然な流れなので思わず手をつないでしまった夏凛がツッコむ。だが両手がふさがっているので効果は薄い。

「もー。三好先輩もまんざらでもないくせに」

「なに? 夏凛。樹だけじゃなくてアタシとも手をつなぎたかったの? 贅沢な奴め」

 丹羽の言葉に現在の状態のツッコミよりも夏凛いじりへと風の思考はシフトしたらしい。

「なっ、違っ」

「顔真っ赤ですよ、三好先輩」

「はっはっは、愛い奴よのう夏凛。仕方ない。ショッピングモールまでこのまま行きましょうか」

「だから違うっての! あ~も~。話聞きなさいよ!」

 風に引っ張られ、夏凛と樹はつられて移動する。これでは計画が台無しだ。

 おのれ丹羽明吾! と樹は顔はいつもの純真無垢なまま同級生の百合イチャ好きに対し心の中で怨嗟の声を上げる。

 だが計画は始まったばかり。第2第3の矢はもう用意している。

 そんな風に「犬吠埼サンドてぇてぇ」と言ってられるのも今のうちだぞ!

「樹、どうかした?」

「ううん。なんでもないよお姉ちゃん」

 こうして勇者部一行は目的のショッピングモールまで移動することとなった。

 ショッピングモールイネスは複合型アミューズメントパークだ。

 今回買いに行く水着のような季節のアウトレットショップはもちろん食事処やゲームショップなど遊ぶところも豊富にあり、ここで1日つぶせると某勇者も太鼓判を押す場所である。

 讃州市には存在しないので、今回は大橋にある駅前近くの店舗に向かうことになった。

 そこまでは電車と徒歩移動だ。夏休みということもあり電車の中はそれなりの人がいるが、座れないほどではない。

 樹と夏凛は1人席に座り、友奈と東郷は並んで座る。

 あとにはちょうど2人分の座るスペースが残されていた。

 これも計画通り。題して【いつもより近い距離にドキドキ! 電車で近くでゴー】作戦。

 さあどうだ。1人席はあらかじめふさいでおいた。これなら2人一緒に座るしかあるまい!

 樹が様子をうかがうと、風と丹羽が親子連れに席を譲っている光景が目に入った。

(嘘でしょ!?)

 あまりにタイミングの悪い登場人物に、樹は驚く。こんなのわたしの計画にはなかった。

 姉の風の性格からして、子供に席を譲るのは当然だ。そして丹羽も風に続き母親に席を譲っている。

 いや、よく見ると母親が頭を下げているのは丹羽にだ。おそらく丹羽の方が先に席を譲ると言い出したのだろう。

 策士め! お姉ちゃんの性格を知ってて席を譲ったな!?

 と樹は思っているが丹羽としてはごく当たり前のことをしただけである。

 それに丹羽が声をかけなくても風が声をかけていただろうし、どっちにしろこの作戦には穴があったのだ。

 仕方ない。ここは友奈さんと東郷先輩に席を譲ってもらおう…と視線をやると、

「今日は楽しみだね、東郷さん」

「ええ。昨日は楽しみすぎてあまり寝れなかったわ」

「じゃあつくまでちょっと寝てる? 肩貸すよ」

「え、いいの友奈ちゃん? じゃあ、ちょっとだけ」

 なんか2人の世界を作っていた。それを見て「やはりゆうみもは夫婦」と丹羽が不審者モードになっている。

「丹羽、その顔よそではしないでね」

「ああ、すみません。気をつけます」

 風の言葉に一瞬で元の顔に戻る。相変わらず変わり身が早い。

「そういえば犬吠埼先輩、その服…」

 丹羽の言葉に風は「うっ」と目を逸らす。

 風が今日着ている服は風の誕生日に丹羽が服屋で買って送ったものだった。

「ち、違うのよ。これはたまたまというか。1回も袖を通さずしまうのが忍びなかったというか」

「よく似合ってますよ。でも俺はてっきり犬吠埼さん用に買ったのかと思ってましたけど」

 その言葉にまっさかーと風は冷や汗を流している。

 図星だ。実は前日、風が丹羽に買ってもらった服を出して樹がいじらしいと思った出来事には続きがあった。

「樹、明日着ていく服そこに出しておいたから」

 洗濯物をたたんだ後、姉の言葉に樹は声を失った。

 なぜなら姉が指差していたのは、まだ1度も自分が袖を通していない初デートで丹羽に買ってもらった服だったからだ。

「え、これお姉ちゃんが丹羽くんに買ってもらった服だよね?」

「そうよ。丹羽に買ってもらった樹の服」

「え?」

「え?」

 姉妹はしばし見つめあい、姉の意図することに気づいた妹は深くため息をつく。

「お姉ちゃんさぁ…そういうとこだよ?」

「え? なにが!?」

 突然妹から落胆され、何が何だか理解できない風は混乱する。

「あのねえ、丹羽くんはお姉ちゃんに服をプレゼントしたの。それなのにその服を妹が着て来たらどう思う?」

「え、今日の樹ちゃんかわいいなって」

「違うでしょ!」

 恋愛方面に関して姉は予想以上にポンコツだった。いつもは人のためになることを進んでやるのに、なぜ人の心の機微に弱いのか。

「普通はショックを受けるの! せっかくプレゼントしたのにもう妹のおさがりになってるんだって。ていうかもしわたしがこれ着て明日行ったら丹羽くんのテンションダダ下がりだよ?」

 考えすぎである。むしろ「やっぱり風先輩は樹ちゃん優先なんだなぁ」と微笑ましく見守るだろう。

 なぜなら丹羽も風も互いに恋愛感情を持っていないからだ。

 だが世間一般では樹の意見の方が正しいのは事実であるが。

「だから、この服はお姉ちゃんが着ていくこと。丹羽くんがお姉ちゃんに似合うから着てほしいって買ったものなんだから」

 考えすぎである。丹羽としては風先輩が買うのを悩んでいた服をプレゼントしただけで、そこに下心はない。

 なぜなら彼は百合男子。推しのために無償の愛を注ぐ存在だからだ。

 だから都合のいい人間として少女に身銭を切ってプレゼントもするし、自分の得にもならない献身を行う。

 だが男が女に優しくするのは下心があるからだという前提のヘテロ主義である樹にはそれが理解できない。

 そのため樹と丹羽の間には決定的なすれ違いが起こっているのだ。

 やがて電車は目的地に着き、6人は電車から降りる。改札を通り駅を出ると目指す場所はすぐそこにあった。

「着いたー! 大橋のイネス」

 風の言ったイネスという言葉に丹羽の胸が光り、スミが出てくる。

『イネス? イネスどこ?』

「わー!」

 勇者部一行は慌ててスミを周囲の目から隠す。適性のある人間しか見えないとはいえ、精霊は大赦の機密扱い。人の目に触れさせるわけにはいかないのだ。

「スミ、戻ってろ」

「スミちゃん。お買い物が終わったらジェラート奢ってあげるから、それまではおとなしくしててね」

 丹羽と東郷の言葉に若干不満そうだったが、『ん』とうなずき元に戻る。

「ふー。肝が冷えたわ」

「ちょっと丹羽! あんたもっとちゃんと管理しておきなさいよね」

「仕方ないんですよ。スミは子供っぽいというか、言っても聞かないところがあるんですから」

 夏凛の言葉に自分も手を焼いているんですよ。という感情をにじませて丹羽が答える。

 いきなりハプニングがあったが6人は目的のアウトレットモールに行きついた。

 そこでは水着フェアが行われ、たくさんの種類の水着が置かれている。

 正直丹羽には目の毒だ。ついて早々に「丹羽くんはここで待ってて。用意出来たら呼ぶから」と樹に言われたが女性専用の服屋、それも水着店の前で待たされる男の身にもなってほしい。

 一方その樹はというと、予想外の事態に襲われていた。

「いいわ、樹ちゃんかわいい! じゃあ次はこれとこれとこれと」

「お姉ちゃーん!?」

 入店から30分間、ずっと姉の着せ替え人形と化している。

 樹は侮っていた。姉の自分に対するシスコン具合を。

 風は自分の水着選びそっちのけで樹の水着を選んでいる。というか、樹の水着しか選んでいない。

 樹が自分で選ぼうとしても「それよりこっちの方が似合うわ」とグイグイ来て、結局押し切られてしまった。

 これではいつもと一緒だ。今回は丹羽に風の艶姿を見せるために来たのに。

 なんとか誰かに助けを求めようとすると、夏凛と目が合った。

「か、夏凛さん。助けてくださいー!」

 樹の言葉に水着を選んでいた夏凛が試着室の前まで来る。

「どうしたのよ樹?」

「お店に入ってからずっとこんな感じでお姉ちゃんに水着を押し付けられて…自分のを選ぶように言ってください。わたしじゃ聞いてくれなくて」

「何言ってるのよ。アタシは姉としてこの夏で1番の美少女の水着を選ぶ権利と義務がある!」

「そんなのないよぉ」

「風、あんたねえ。妹ばっかりじゃなくて自分の水着を選びなさいよ」

 友奈と東郷から聞いていたよりもすごいシスコンっぷりに呆れながらも今回の作戦を思い出し、夏凛は樹を救出しようとした。

「えー、嫌よ。アタシ、妹のかわいい水着姿もっと見たいー!」

「どんだけシスコンなのよあんたは!」

「だって樹よ? この世界に舞い降りた天使の化身ともいえるようなかわいい娘なのよ?」

「風、今のあんた素直に気持ち悪いわ」

 ジト目で言う夏凛に風はちょっとではあるがひるんでいる。

 今だ!

「そ、そういえば夏凛さんはお姉ちゃんの水着が見たいんじゃないですか?」

 唐突な樹の言葉に「はあ?」と夏凛は思わず声を出す。

「そんなわけないでしょ! 誰が風の水着なんて」

「夏凛さん」

 今日の作戦、忘れてませんよね? という言外の樹の視線に、夏凛はややあって同意する。

「そ、そうね。風ってスタイルいいし、うらやましいと思ってたのよね。どんな水着を着てみたいのか、楽しみ、だわ」

「夏凛、アンタ大丈夫? 顔真っ赤よ?」

 言っているうちに照れてきたのか、夏凛の顔が真っ赤になった。頭から蒸気が出てきそうだ。

「まあ、そんなに言うなら仕方ないわねー。よし、じゃあ一緒に水着選びに行きましょう」

「ちょ、ちょっと引っ張るなー!」

 風は夏凛の手を引き、水着を選びに行った。

 助かった。早く東郷先輩と合流して作戦を開始しないと。

 そう思って試着室から出て東郷を探しに行こうとした時だった。

「いいぜぇ、友奈ちゃん超いいぜぇ!」

「と、東郷さん。いつの間にそんなカメラを?」

「これくらい乙女のたしなみよ」

「あの、お客様。店内での撮影はちょっと…」

「大丈夫です。この水着買いますから! 友奈ちゃん、次はこの白いマイクロビキニを」

「何やってるんですか東郷先輩」

 隣の試着室がうるさいと思ったら、こんなに近くにいるとは。

 しかも店に迷惑までかけて写真撮影しているなんて。

 樹が絶対零度の瞳で東郷を見つめる。そこには厳しいところもあるけど有能な先輩に対する尊敬はまるで感じられなかった。

「樹ちゃん? ち、ちがうのよこれは。ただ友奈ちゃんのあまりのかわいらしさに興が乗ってしまって」

「いいから、準備してください。作戦を開始します」

 東郷を連れて樹は丹羽のもとへ向かう。そこには所在無げに椅子に座っている男の子の姿があった。

「にーわーくん」

「あ、犬吠埼さん。東郷先輩。水着選び終わったんですか?」

「うん。そろそろ丹羽くんの意見が欲しいと思って。ちょっと来てくれる?」

 樹の言葉に丹羽は立ち上がりおっかなびっくりといった様子でついてくる。

 やはりこの場所では自分たちにアドバンテージがある。今こそ地の利を生かす時!

 第3の作戦は【あの子の水着姿にドキドキ、密室で2人きり作戦】だ。

 まず丹羽に風の着替えている試着室の前に行ってもらう。

 そこで東郷が丹羽を試着室に押し込め、しばらく出られないようにする。

 あとは密室という環境と普段の気が強い風が水着姿を見られて恥ずかしがるギャップにドキドキしてつり橋効果で意識してしまうという算段だ。

 これはもう最終手段だったが、今ここで使う。

 さあ、丹羽くん。お姉ちゃんの水着姿にドキドキするがいい!

 試着室の前に行くと夏凛がいた。どうやら風は今着替え中のようだ。

 ナイスタイミング。天は我に味方をした。

「お、やっと来たわね」

 樹が思っていると、夏凛が声をかけてくる。

「三好先輩? 先輩はもう水着選んだんですか」

「一応はね。今は風が着替え中」

 その言葉にキュピンと樹の目が輝く。

 東郷先輩、今です!

「おおっと、身体全体が滑ったー!」

 迫真の演技とともに東郷が丹羽を突き飛ばし、試着室に押し込もうとする。

「なっ!?」

 が、丹羽君、これを華麗にスウェー。むしろバランスを崩した東郷の背中を押し、試着室に入る後押しとする。

「ば、東郷、そっちは!?」

「あれ? 東郷さん」

 試着室に入った東郷の頭の上から友奈の声が聞こえてくる。

「ゆ、友奈ちゃん? なんで?」

「それはこっちの台詞だよ。どうして私が着替えている試着室に入って来たの?」

 見上げると太ももとおしりがばっちり見えるベストアングルに友奈の半裸の姿があった。

 東郷は混乱するやら目の前の光景に見とれるやらとキャパオーバー状態だ。

「ま、待ってて。今すぐ出るから…って開かない!?」

 東郷が試着室のドアを開けようとするが、なぜか開かない。

 なぜならばドアの前には丹羽がいてドアが開かないように押さえているからだ。

「あの…丹羽? なにやってるの?」

「しっ、ゆうみもタイムの最中ですよ。邪魔しちゃいけません」

 夏凛の言葉に真剣な顔をして丹羽が言う。なんだゆうみもタイムって。

「かりーん。着替え終わったけど…って丹羽? なんでここに」

「っ、そうだ! 丹羽くんにはお姉ちゃんが選んだ水着を見てほしかったんだよ」

 不思議そうな顔をする風に、機転を利かせて樹が言う。

 状況は想像していたものとは違うが、普段とは違う姉の姿にドキドキしてもらおう。

 さあ、どうだ! と樹が思っていると風は慌てて試着室にこもってしまった。

 あれ? お姉ちゃんならノリノリで丹羽くんに水着姿を見せると思ったのに。

「ちょっと、なんで丹羽がいるのよ! その、そういうのは心の準備が」

 ん~?

 誰だこの乙女は? お姉ちゃんの偽物かな?

「風、どうせ海に行ったら見せるんだから観念して見せなさいよ」

 想像していた反応と違うことに呆然としていた樹だったが、夏凛の言葉に我に返り試着室から顔だけ出している風の手を引っ張る。

「そうだよお姉ちゃん。そのために今日は丹羽くんを呼んだんだから」

「いや、樹。お姉ちゃんそんなこと考えて…あっ」

 思いのほか強い妹の手に引かれ、水着に着替えた風が丹羽の前に出る。

 黄色い布面積が多いビキニだ。下品ではなくむしろスポーティーで健康的な風の魅力を表したような格好で似合っている。

 それを見た丹羽はうんうんとうなずいていた。

「似合ってますよ犬吠埼先輩。女子力高くて素敵です」

 それ、ほめてるの?

「あ、りがとうぅ」

 樹は一瞬思ったが当の姉は顔を真っ赤にして消え入るような声を出している。

 ――ズキン。

 まただ。胸が痛い。

 予定とは違うけど丹羽が風を褒めていて作戦が成功し、喜ぶべき場面なのに。

 2人が仲良くなって嬉しいはずなのに。

 どうしてこんなに胸が痛むのだろう。

「樹?」

 風が心配そうにこちらを見ている。その純真な瞳から逃げ出したくて、樹は走り出した。

「犬吠埼さん!?」

 突如店を飛び出そうとする樹に驚いた丹羽の声が背中から聞こえる。

 まるで姉が知らない女の人みたいだった。どんどん自分の知らない人になっていくようで怖かった。

 そうか。今ようやく理解する。

 丹羽が隣に引っ越してきてから、姉の表情が豊かになった。

 その中には今まで樹が見たこともない表情もあって、ドキリとしたのだ。

 そして同時に姉が丹羽と自分以上に仲良くなっている姿に嫉妬した。

 どうして丹羽くんなんだろう。わたしのほうがずっと長く一緒にいたのに。

 そう。犬吠埼樹は、姉の風が丹羽にとられるようで、怖かったのだ。

 

 

 

 いなくなった樹を発見したのは、姉でもなく丹羽でもない、意外な人物だった。

「どうしたのよ。みんなあんたを探してるわよ」

 夏凛の言葉に、施設内の休憩所のベンチに座っていた顔を上げる。

 樹の眼は赤く、まぶたは腫れていた。頬には涙の跡が見える。

「泣いてたの?」

 夏凛の言葉にこくりとうなずく。樹の横に座ると、夏凛はハンカチを取り出し、そっと渡す。

「わたし、わかんなくなっちゃいました」

 独白のような樹の言葉に、夏凛は何も言わずただ聞くことにした。

「お姉ちゃんには幸せになってほしい。だから今回の作戦を皆さんに頼んだのに…お姉ちゃんと丹羽くんが仲良くなると胸が痛いんです」

 胸を手で押さえるが、いまだ続く痛みは和らがない。

「男の人と女の人が一緒になるのが幸せ。それが当たり前で自然なんです。なのにわたしはお姉ちゃんが丹羽くんにわたしが見たことのない顔を見せるのが、嫌で仕方がないんです」

 樹の言葉に、「そう」と優しく夏凛が相槌を打つ。

「わたしの方がずっと長くお姉ちゃんと一緒にいたのに、あんな顔見せてくれなかった。きっと丹羽くんがお姉ちゃんも頼れる相棒だから…わたしに持ってないものを持ってるからあんな顔を」

 だが自分の言った言葉に樹は首を振る。

「違う。弱いままでいたのはわたし。お姉ちゃんの陰に隠れて、弱いままでいたのは全部わたしのせい。お姉ちゃんに全部背負わせて、甘えて、依存して。なのに誰かのものになろうとしたら嫌だって駄々こねてる」

 瞳からまた涙があふれだした。

「わたし、丹羽くんが嫌い。わたしたち姉妹の生活に入ってきて、お姉ちゃんの心を奪って。お姉ちゃんの隣を奪って。でもお姉ちゃんだけじゃなくて私も助けてくれて。余計なお世話なのに優しい扱いをやめてくれなくて。口下手なわたしを自分がどう思われるか顧みないで守ってくれる丹羽くんが大嫌い!」

 夏凛は思う。好きの反対は無関心だという。

 だとすれば嫌いと言っている彼女の本心は…いや、やめておこう。それを指摘するのは自分の役割ではない。

「でも、1番嫌いなのはそんな丹羽くんに嫉妬するだけで何も変わろうとしないわたし。お姉ちゃんに甘えるだけで強くなろうとしないわたしが、わたしは大嫌い!」

「樹」

 夏凛は1つ下の後輩をぎゅっと抱きしめる。

「あんたの気持ち、少しわかるわ。うちの兄貴も出来が良くて、よく家族に褒められてた。あたしあんまり出来が良くなくて家族にはあまり期待されていなかった」

 夏凛の言葉に樹は首をかしげる。

 自分は夏凛ほど優秀な人間は見たことはない。最初の出会いこそアレだったが、その後の働きや勇者部の依頼をこなす彼女は努力家で、誰にも負けてなどいなかった。

「だから兄貴とは距離を置いたの。比べられたくなくて。息苦しくて。でも、今になって思えば兄貴なりにこっちへ歩み寄ろうとしててくれたのね。それをあたしは勝手に突っぱねてこんな風になっちゃった」

 なにが言いたいのだろう? きょとんとする樹に、夏凛は優しく言う。

「要するに、向こうが歩み寄ってくれているのに勝手に勘違いして突っぱねるとあたしみたいになっちゃうってことよ。あんたら姉妹仲はいいんだから、ちゃんと話し合いなさい。じゃないと後悔するわよ」

「でも、わたし夏凛さんみたいに強くなりたいです」

「あたしが強い? 冗談。今だから言うけどあの水瓶座戦で戦闘不能になったとき、心が折れちゃったのよ。完成勇者どころか欠陥勇者だって。丹羽の励ましがなかったらとっくに勇者やめてたわ」

「ええ!?」

 思いもよらない発言に樹が驚く。

「山羊座戦に続いての失敗だったからね。うまくやらなきゃ、頑張らなきゃと思ってあの様よ。でも丹羽が言ってくれたの。失敗したらその分だけ次は失敗しないようにと気を付けられる。同じ失敗をしようとする仲間を止められる。そしてそれはあたししか気づかないことだって」

 だから、と夏凛は痛いくらい樹をぎゅっと抱きしめる。

「あたしと同じ失敗をしようとしているあんたにアドバイス。もし風と丹羽から距離をとろうとしているならやめなさい。それは多分後悔しか生まない」

「でも、わたし」

「嫌なら嫌って言えばいいのよ。あの馬鹿は変態の癖に優しいから、言ったら聞いてくれるはずよ」

「でも、それでお姉ちゃんが傷ついたらわたし!」

「風はそんな弱くないのはあんたが1番知ってるでしょ? それに、風か丹羽。どっちか選べと言われたらあんたどっちを取るの?」

「もちろんお姉ちゃんです」

 迷うことなく即決だった。それに夏凛は笑う。

「だったら、丹羽が嫉妬するくらい風と仲良くなりなさい。あいつのことだからそれはそれで喜びそうだけど…。なにもしないで黙って諦めるより行動する樹のほうがあたしは好きよ」

「夏凛さん」

 抱きしめる力を弱め、樹の顔を見る。そこには決意を込めた瞳があった。

「わかりました。わたし、やってみせます。できるかどうかわかりませんが」

「そこはできると思いなさい。要は気合よ! 元気が出るサプリ、極めとく?」

「いえ、その表現はちょっと…ってお姉ちゃん!?」

 樹が顔を上げると、そこには勇者部の皆が勢ぞろいしていた。

 特に姉は泣き顔で、目から流れる涙や鼻水で顔がすごいことになっている。

「樹゛~! ごべん゛ね゛~。樹が悩んでたのにお姉ちゃん気付いてあげられなくてぇ」

「犬吠埼さん、すみませんでした! 俺の行動がそんなに君を傷つけていたなんて」

 汁まみれで夏凛ごと樹に抱き着く風と土下座する丹羽。その光景に「え? え?」と樹は混乱した。

「実はあんたを見つけた時、スマホのライン通話をオンにしてたのよ。つまり今までの話は筒抜けってこと」

 その言葉に樹は顔を真っ赤にする。

「夏凛さん!」

「あんただって聞いてもらったほうがよかったでしょ? それに兄貴に散々あたしの個人情報聞いてるんだから、これでお相子よ」

 夏凛の言葉にぐうの音も出ない。

 結局犬吠埼樹による丹羽に姉の風を1人の女性としてみてもらうための作戦は失敗した。

 だがそのあと普通にみんなで水着を選んで、フードコートでスミにしょうゆ豆ジェラートを奢ったりして楽しい1日が過ぎていく。

「ねえ、お姉ちゃん」

 帰り道。風の隣には丹羽ではなく樹の姿があった。心なしかいつもより距離が近い。

 それを見て丹羽が「やはりふういつは正義」と不審者モードになっているが、今はそれも気にならなかった。

「なんだい自慢の妹よ」

「わたし、丹羽くんに負けないからね」

 その言葉に風は微笑む。

「もう、それは誤解だって言ってるでしょ。アイツとアタシはそんなんじゃ」

「それでも、今日からお姉ちゃんの1番になってみせる。頼りになる妹に」

「馬鹿ね…。生まれた時からアタシの1番はずっとアンタよ」

 2つの影が1つになる。今日も犬吠埼姉妹は仲良しだった。

 

 ちなみにさっそくその日から風の指導の下洗い物の手伝いをする樹だったがうっかり手が滑り皿を何枚か割ったほか、紫色のコーヒーを作り姉を一撃KOしてしまった。

 なにごとも最初はうまくいかないもんだね。




風「丹羽ー、そろそろご飯できるけど」
樹「丹羽くん、夏休みの宿題のアレやった?」
丹羽「終わってるよ。犬吠埼さんが残っているのは読書感想文と自由研究だっけ」
樹「うん。夏休みは思いっきり遊びたいからね。早めに終わらせたんだー」
風(アレで話が通じてる!? しかも樹のやった宿題を把握してる!?)
樹(丹羽が持ってきたおかしを見ている)
丹羽「駄目ですよ。これはお夕飯の後犬吠埼先輩と食べてください」
樹「あはは、わかってるよー」
風(視線だけで何を言おうとしてるか察した!?)
樹「あ、お姉ちゃんどうしたの?」
風「いや、そろそろご飯できそうだから」
丹羽「あ、じゃあ手伝いますよ」
樹「丹羽くんは座ってて。わたしがやるから」
風(彼女ムーブ!? そういえば樹っていつも丹羽の体面に座ってるわよね)
風「まさか…」

風「東郷ぉ、樹が丹羽に取られそうなんだけどぉ~」(涙声)
東郷「今度は風先輩ですか」(呆れ)
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。