詰みゲーみたいな島(四国)に人類を滅ぼす敵として転生した百合厨はどうすりゃいいんですか? 作:百男合
あらすじ
丹羽君の新しい身体はDの85。
丹羽「実は俺、無性でした」
樹「ふざけないでよ!」
園子「いっつん、それわたしの台詞」
夏凜「その胸で無性は無理でしょ」
丹羽「いやいや、本当に性別ないんですって。バーテックスだから」
夏凜「芽吹といい弥勒といい、あたしの周りはどうして巨乳が…まさか、胸に行く栄養が周りの人間に吸われてる?」
樹「お姉ちゃん…」
風「冤罪よ⁉」
銀「」じー
東郷「銀、どうかした?」ぽよん
園子「ミノさん?」ふにょん
銀「はは、まさかな」
拝啓、天国のお父さん、お母さん。
あなたたちの娘であるわたし、犬吠埼樹と姉の風は元気です。
ついこの間まで樹海という場所で命がけの戦いをしていたのが嘘のように平和な毎日を過ごしています。
あの後…東郷先輩が壁を壊し、神樹様のもとに丹羽くんの産みの親である人型のバーテックスさんが訪れて神樹様と対話したあと、いろいろありました。
まず園子さんと東郷先輩はおとがめなし。
神樹様の新たな神託により、この度の騒動を起こした勇者たちを一切傷つけることなく、許すよう告げられたそうです。
あの人型のバーテックスさんが何か言ったんでしょうか? わたしにはよくわかりません。
ただ、誰も大赦の人によってひどい目に遭わなかったというのは喜ばしいことだと丹羽くんは言っていました。
もし誰かがひどい目にあったら大赦をぶっ壊してましたよと笑いながら言っていたのには皆さんドン引きしていました。
目がマジだったからです。本人は冗談と言っていましたが、あれは本気の目でした。
戻って来た丹羽くんを見て園子さんは驚いていましたが、「これはこれではかどるんよー」とご満悦の様子です。
園子さんに受け入れられないのではないかと心配していた丹羽くんはほっとした様子でした。そんなことあるはずないのにね。
東郷先輩も記憶を取り戻し、ずっと昏睡状態だった三ノ輪銀さんも目を覚ましたということでした。
その後銀さんは退院し、園子さんと東郷先輩つきっきりの勉強の結果無事讃州中学に入学しました。今では勇者部の頼もしい仲間です。
丹羽くんによれば四国にやってくる星屑や巨大バーテックスは人型のバーテックスさんの仲間である星屑さんたちが倒してくれているそうで、もう誰も勇者として戦うことはないそうです。
そのことに誰よりも喜んだのはお姉ちゃんでした。もうみんなを戦いに巻き込まなくていいんだって。
夏凜さんは若干不満そうでしたが、今は防人さんの活動をお手伝いしています。そのため勇者部に顔を出してくれる日が少なくなったのが少し寂しいかな。
それと園子さんは丹羽くんと防人隊の人たちと共に人型のバーテックスさんがテラフォーミングしている中国地方によく行っているそうです。
その大地は人間が生活するには充分すぎるほどの環境で、大赦の中でも移住すべきかどうか会議をしているとのことでした。
もっとも移住するのは時間の問題だと丹羽くんと園子さんが内緒で教えてくれました。わたしたちの子供の世代には、もうテラフォーミングされた大地で人が生活しているのが当たり前になっているんだそうです。
想像つかないなぁ。テラフォーミングされた場所を見た園子さんと夏凜さんは大興奮していて、勇者部の皆もつれていきたいと言っていました。
さて、どうしてわたしがこんなふうに近況報告をしているのかというと、理由があります。
「みんなー! 盛り上がってるー?」
丹羽くんの言葉に、大歓声が答えます。そしてわたしはなぜかフリフリの衣装を着て、マイクを持っていて。
「それじゃあ行くよー! 私たちのユニット、百合キュアのファーストシングル『女の子は女の子同士で恋愛した方がいいと思います!』」
チラっと丹羽くん…もとい
天国のお父さん、お母さん。わたしは今、四国でアイドルをやっています。
恥ずかしくて死にそうです。でももう慣れました。やけっぱちです。
どうしてこんなことになったのか。話は半年ほど前にさかのぼります。
双子座戦とその後に起こった丹羽と友奈の信念をかけた戦闘。その後に起こった破壊された壁から大量のバーテックスの侵入という目まぐるしい1日から1週間が経った。
「結城友奈、三好夏凛ちゃん入ります!」
声と共に友奈と夏凛が勇者部部室に入ってくる。
「お、友奈、夏凜。おつかれー」
答えるのは部長の風だ。隣には妹の樹の姿があった。
「東郷先輩と園子さんは銀さんのところですか?」
「うん。リハビリと編入試験のための勉強会だって」
その言葉に樹の隣にいた少女がガタッと音を立てて机から立ち上がる。それを見て夏凜がため息をついた。
「丹羽、ハウス」
「はい、すみません」
席に着いた黒髪のショートボブの女子生徒に、部員全員の視線が集中する。
そこにいるのはつい1週間前まで勇者部唯一の男子部員だった女性、汀のんこと丹羽明吾がいた。
おそらく東郷と園子、銀の3人が仲良くしている場面を想像して「見に行かなきゃ!(使命感)」とでも思ったのだろう。
見た目は完全に女の子なのだが中身は百合厨のままなので、みんなは今まで通り丹羽、あるいは丹羽君と呼んでいるのだ。
「それで風。昼休みに言ってた重大発表って何なのよ」
「ふっふっふ。東郷と乃木がいないのは残念だけど、この喜びを伝えたくて仕方ないのよ。アタシは」
ニコニコというよりはニマニマという擬音が似合う笑顔で風が言う。嬉しくてしょうがないらしい。
それに妹の樹はあはははと力ない笑顔で笑っていた。姉のテンションが昨日からずっと最高潮で振り切れっぱなしなので、実はけっこう疲れている。
「実は昨日、うちのかわいい妹の樹が! 世界に2人といない天上の歌声を持つ樹ちゃんが! ボーカリストオーディションの一次審査を通過しました!」
姉馬鹿全開の風の発言に、「おお~」と拍手するのは友奈だけである。
そう。本編で風が暴走するきっかけになった樹の夢。散華で声を失う前に受けたオーディションの結果が昨日電話で告げられたのだ。
この世界では散華により樹の声は失われていない。それに戦いは実質終わっている。
だからその報告を受け、樹に告げた風は手を取り合って喜び合った。
それから隣の部屋に入居し直した丹羽も呼んで犬吠埼家で宴となったのだ。
2人の心からの笑顔を見て、丹羽は思う。よかった。この顔を見れただけでも自分が頑張った甲斐があった。
本編では怒りにまかせ大赦をつぶすと暴走した風も、涙を流しその暴走を止めた樹もこの世界にはいない。
それは人型のバーテックスだった時代、自分が望んだ光景だった。
ただ妹が夢に近づいた嬉しさからテンションが振り切れ、「犬吠埼Fooooo!」と自分の名前を叫ぶ風の姿にはさすがにちょっと引いたが。
「へぇ。すごいじゃない樹。おめでとう」
「ありがとうございます、夏凜さん」
夏凛の言葉に照れ臭そうに顔を赤くする樹。
そういえば勇者の章ではこのオーディション関連の話は出てこなかったように思うのだが実際どうなったのだろう。やはり声が出なかったことで立ち消えになったのだろうか?
丹羽は自分の原作知識と照らし合わせ考える。が、答えは出ない。
多分、その答えはこれから出てくるんだろうなと思う。
そうでなくても筋書きが大きく変わった世界だ。丹羽の原作知識にない予想外のことも起こるだろう。
「そうとなったら特訓だね、樹ちゃん!」
勇者部の攻略王が張り切っている。丹羽としては嫌な予感しかしない。
「歌手になるってことはたくさんの人の前で歌うってことだよね。じゃあ練習しないと」
「え? 友奈さん? え? え?」
さっそくどこかへ連れていこうとする友奈に風が割って入る。
「はいはい。うちの樹ちゃんは今大事な時期ですから。話はマネージャーのアタシを通してください」
「風、あんたいつの間にマネージャーになったのよ」
早速業界人ムーブをかます勇者部部長を夏凜が白い目で見ていた。
「でもまあ、友奈の言うことももっともね。まず樹はその赤面症というか、歌うとき緊張するのを治さないと」
「そうですよね。うぅ…」
夏凛の言葉に思い当たるところがあるのか樹が暗い顔をしている。
「大丈夫だよ犬吠埼さん。自分の弱点を知っているってことは何よりも強みなんだから。あとは自分の長所を伸ばしていこう」
「丹羽くん、ありがとう。わたし、がんばってみるよ!」
こうしてそれから数日間犬吠埼樹ちゃんアイドル化計画が勇者部内に発令された。
といっても丹羽は夏凜や園子と共に防人隊と新天地である中国地方の調査に同行したり四国に穀物を運んだりと忙しかったのでなかなか勇者部に顔を出せない日々が続く。
ようやくまとまった報告も終わり、四国と新天地との交友の目途が立って讃州中学に帰ったころにはいつもの勇者部に戻っていた。
「そういえば犬吠埼さんのオーディションの件はどうなったんですか?」
昼休み。何気なく聞くと樹は首を振る。
「2次審査で落ちちゃった。オーディション会場で審査員の人の前で直接歌うんだけど緊張しちゃって……それにわたしよりうまい人がたくさんいたから」
その表情にはまだどこか未練があった。視線を感じると風が自分をにらみつけている。余計なことを言うなと言うことだろう。
だが、ここはあえて余計なことを言わせてもらおうと思う。
「で、そのあと犬吠埼さんは何をしてるんですか?」
「え?」
てっきり慰めの言葉をかけてもらえるとでも思っていたのだろうか。樹が豆鉄砲を食らった鳩みたいな顔をしている。
「夢なんでしょう、歌手になるの? だったらそのための特訓、もちろんやってるんですよね? 今は何を?」
丹羽の言葉に、樹は狼狽している。まさかそんなことを言われるとは思っていなかったからだ。
「ちょっと丹羽!」
「犬吠埼先輩は黙って。俺は犬吠埼さんと話しているんです」
丹羽を止めようとする風を、夏凜が止める。同じように友奈と東郷も。
「なにも…してないです」
「え?」
「だって、勇者部の活動が忙しかったから! それにオーディションも落ちたし、これ以上やっても」
その言葉に丹羽はわざと大げさにため息をつく。その行為に樹はびくっとした。
「その程度だったんですか。犬吠埼さんの夢は。犬吠埼先輩に言ったやりたいことって」
「それはっ、でも」
「オーディションなんて、他にもあるでしょう。それにレッスンをやめたのはなぜです? もうあきらめたんですか」
「ちがう、わたしは!」
ここで目を伏せ、顔を逸らすようならこの話はここまでにしようと丹羽は思っていた。
だが彼女は顔を上げ、食い下がってきた。ならば自分がすることは1つ。
「だったら、俺に犬吠埼さんの夢をかなえるための手助けをさせてください。もちろん犬吠埼さんが嫌じゃなければですけど」
「え?」
その言葉に勇者部の面々が顔を見合わせる。
「今の時代。オーディションだけが歌手になるための道じゃありませんよ。俺にあなたをプロデュースさせてください。それに、どこかの事務所に所属するにしても、実績はあるに越したことはないと思います」
にこりと笑う彼の表情を見て、樹は思う。
ああ、顔と性別は変わってもこの悪い事を考えているときの表情は一緒なんだなと。
それから樹の歌手特訓は過酷を極めた。
まずは夏凜の指導による基礎体力作り。
「歌手やアイドルは身体が資本! 1つのコンサートで体重が10キロ減ることなんてザラですから体力はあるに越したことはありません!」
丹羽に説明された夏凜は共に特訓メニューを作っていた。
ランニングのような基礎体力作りはもちろんなぜか腹筋メインのメニューが多く、しばらく布団から1人で起きられない生活が続いた。
「今の時代、歌手もダンスができないと。ナツメさんとアカミネさんに踊りのいろはを教えてもらってください」
次は丹羽の精霊、ナツメとアカミネによるダンスレッスン。
樹としては慣れない踊りやリズムに乗るのに精一杯だ。体育の成績もよくはない。
だが、丹羽が「俺を信じてついてきてください」と言ったあの顔は本気だった。だから自分も信じて頑張るだけだ。
『いいよ樹ちゃん。その筋肉! 筋肉が喜んでるよ!』
特にストリートダンスが得意なアカミネは基礎体力作りにも同行し、励ましてくれた。なぜか褒めるポイントが筋肉限定なのは気になったが。
こうしてダンスもある程度踊れるようになり、リズム感もついてきた。
『もう私から教えることはない。免許皆伝だ』
ナツメにそう言ってもらった時は本当に嬉しくて、思わず泣いてしまい困らせてしまった。
それから音楽室でピアノを使った歌のレッスン。
ピアノの音に対して正確な音程で声を出す訓練は正直楽しかった。特に音と声がシンクロした時は得も言われぬ気持ちよさを感じることができた。
「準備はできました。あとはステージでそれを見せるだけです」
「ステージって……ええっ⁉」
突如告げられた内容に、樹は戸惑う。
「大丈夫です。衣装はこちらで用意してますし、ダンスも今の犬吠埼さんなら余裕で振り付けを覚えられます」
親指を立てる同級生に認められ、少し誇らしくはあったが樹はまだ不安だ。
「勇者部の依頼に来てたステージの催し物が犬吠埼さんのファーストライブです。みんなの度肝を抜いてやりましょう」
だが、こうまで自信満々に言われると、彼について行けば大丈夫だと思ってしまう。
「信じていいんだね、丹羽くん」
問いかけると、何をいまさらと言うように丹羽は笑う。
「ええ。次のステージはきっと、四国の伝説になりますよ」
丹羽明吾には前世の記憶はないが知識がある。
それは百合作品であったり、アイドルアニメのライブの知識であったり、あるいは人を熱狂させた歌や演出であったりと。
今度の樹のライブではそのすべてを注ぎ込むつもりだ。
この世界に丹羽の知っている歌やダンスはないのは確認済み。四国の人々は丹羽の世界を熱狂させた歌と踊りと演出を見ることだろう。
もちろん自分1人でやれることは限界がある。だが、今の自分には頼れる仲間が7人と精霊7体がいた。
「セッカさん、頼んでいた犬吠埼さんの衣装は」
『はいよご主人。注文通りできてますよー』
セッカに頼んでいた衣装の出来栄えを見て、丹羽は大きくうなずく。
「流石です。やっぱり勇者部のファッションリーダーの名は伊達じゃないですね」
『それ、私自称してないからね。ただ諏訪組にアドバイスしただけだし』
謙遜しつつも悪い気はしないのか、照れた様子で人型の精霊は言う。
「東郷先輩。投稿した動画の再生数は」
「順調に伸びてるわ。樹ちゃん自身がかわいいのとひたむきな頑張りにみんなメロメロね」
東郷には録画していた樹のレッスン風景を編集し、某大手動画投稿サイトに投降してもらっている。
本人にはダンスのフォームを見るためにと言って録画したり、あるいは友奈に対して行っていた隠し撮りスキルを東郷に存分に発揮してもらった。
もちろんエッチなのはなしで。彼女の魅力を最大限に引き出すようにしてもらっている。監修は誰よりも樹の魅力がわかっている姉の風で、個人的に東郷にディレクターズカット版を作ってもらいご満悦だ。
そのおかげか早い段階で固定ファンもついていて、動画には「かわいい」「妹にしたい」「頑張って」「この娘のおかげで今日も頑張れる」といったコメントが付いている。
ツイッターやインスタグラムなどのツールも最大限活用した。
勇者部の活動によるイメージアップ。丹羽と園子監修による先輩部員たちとの百合匂わせ写真と文章の投稿。
もちろんその中には同級生で今は見た目が完全に女性の丹羽との物もある。なぜかそれがふういつ、にぼいつを抜き1番アクセス数が多く、丹羽としては困惑なのだが。
それらのツールを使って初ライブの告知もした。準備は万全だ。
「さあ、伝説を始めよう」
某アイドルアニメの黒幕社長のようなことを言いながら、舞台の最終チェックのために丹羽は樹より一足早くステージの設営に加わるために勇者部部室を出る。
そして普段は閑散としているはずの地方のイベントの会場に集まる黒山の人だかりを見て、自分の仕事が完璧にハマったと確信したのだった。
「あわわわわわ」
犬吠埼樹は震えている。原因は初ライブの緊張からと、予想外に入っているお客さんだ。
てっきり10人ほどのお客さんの前で歌うと思っていたのに、ふたを開ければ軽く100人を超えている観客に樹は困惑するしかない。
しかも丹羽と風、東郷によるとまだまだこんなもんじゃないらしい。初ライブの様子は某大手動画サイトに生放送され、四国中の人が目にすることができると。
(こんなの聞いてないよ~)
逃げようか。思わず緊張からそんな考えが浮かぶ。
だがここまでしてくれた勇者部のみんなや精霊たちの顔を思い出し、それは駄目だと自分を奮い立たせる。
丹羽くんは絶対悪ノリでここまでやったんだろうけど。
「どう、樹。調子は?」
「お姉ちゃん」
舞台袖で客席を見て緊張からガチガチになっている妹に、風が声をかけた。
「丹羽から伝言。客席の光る棒の色が変わったら衣装の袖のボタンを押してくれって」
「ボタンって、これ?」
樹は自分が着ている丹羽が用意した衣装を見る。
緑を基調とした妖精をイメージしたような衣装だった。どこか以前着ていた勇者服を思い起こさせるデザインが懐かしい。
袖の赤いボタンが着ていた時から気になっていたが、何かの仕掛けらしい。
「そういうことは、始める前に言ってほしかったんだけど」
「丹羽も頑張ってるのよ、ほらあれ」
風は客席を指さす。そこには他の勇者部の面々と一緒に丹羽が開発して園子経由で発注したという光る棒を観客に無料で配っていた。西暦時代のアイドルのライブに使っていたサイリウムというらしい。
「これからライブの事前説明もするんですって。いざというときは自分が身体を張ってでもアンタを守るって言ってたわ」
「丹羽くんが?」
その言葉に思わず心臓が高鳴った。それは緊張ではなく嬉しさから。
「最後まで責任をとるって。焚きつけたのは自分だから、たとえ失敗しても最大限フォローはする。成功したら誰よりも嬉しいそうよ」
その言葉に「そっか。そっかぁ」と樹は嬉しそうな顔をする。
風は丹羽に初ライブで緊張しているであろう樹を励ますよう頼まれていた。
だが風は思う。アタシよりアンタのほうがきっとこの娘は喜んだわよと。まあ、姉のアタシを立ててくれたのは嬉しいけど。
「樹、アタシはアンタが頑張ったこと知ってる。いつも隣で見てきた。だから、これが終わったらごちそうでお祝いしましょう」
相変わらず死亡フラグっぽいことを言う姉に樹は苦笑する。今はその言葉も頼もしい。
発表時間10分前となり、丹羽がマイクを持ってサイリウムの使い方を説明したりライブ中は電話の電源を切るように観客にお願いしている。
「犬吠埼さんを落とした審査員の鼻を明かしてやりましょう。勇者部の歌姫は、誰よりもすごいんだって」
歌のレッスンをする前、彼が言っていた言葉が樹の脳内によみがえる。
「そうだね、丹羽くん。わたし、やるよ」
時間になり、犬吠埼樹は夢に向かって飛び出した。
前説を終え、最前列席にいた園子たち勇者部の面々と丹羽は合流する。
「おつかれにわみん。どう? いっつんは」
「仕上がりは上々です。あとは犬吠埼さん次第ですかね」
丹羽の言葉に友奈、夏凜は「だったら大丈夫」とうなずく。
「樹ちゃんは強い子だから、きっと成功するよ」
「そうね。姉の風が過保護なだけで、同年代の女の子よりよっぽどタフでいい子よあの娘」
「聞きました奥様。ゆういつ、にぼいつのゆういつにぼサンドですわよ」
「まさしくビュォオオオ! ですな」
ひげを蓄えた紳士のようにふぉっふぉっふぉと笑う園子に、カメラ係である東郷が呆れる。
「2人とも。ずいぶん余裕だけど本当に大丈夫なの?」
「問題ありません。凸目的の悪質な迷惑系配信者は事前に弾きましたし、ここにいるのはみんな犬吠埼さんの味方ですよ」
「それににわみんの言う通り事前に荷物チェックもしたしね。まさか本当に刃物持ってきてる人がいたとは思わなかったよ」
「有名になりたいって思う奴はどこにでもいますから。たとえ他人に迷惑をかけてでも。犬吠埼さんはそういう奴らにとって格好のエモノなんですよ。小さくてかわいい。守ってあげたいというのは逆に言えば嗜虐性をそそられるということですから」
ちなみにその自称ファンの男は丁重にお帰りいただいた。
動画の再生数が増え、樹が有名になるにつれ樹を害そうとする輩も少なからず存在する。そんな相手から樹にも気づかれず丹羽が陰ながら守っていることをここにいる勇者部の面々全員が知っていた。
だから、彼の多少強引な樹のプロデュースにも何も言わなかったのだ。
「ねーちゃん、その。いいのか俺たちがこんないい席で」
声を上げたのは三ノ輪銀の弟の鉄男くんだ。彼も樹のファンらしい。
たまたま銀が聞いていた勇者部の皆に聞いてもらったサンプル用の樹の歌声にすっかり心を奪われたらしい。
「いいっていいって。今回うちらは樹の応援のために来てるんだから。な、丹羽」
「ええ。古参ファンは大歓迎です」
実際古参幼女先輩がいるかどうかでそのアイドルが大成するか決まるからな。と丹羽は内心で思う。
やがて時間となりステージに樹が出てくると、会場がわっと沸いた。
曲と共に樹が歌い始めると観客たちは静かに歌声に聞き入る。サイリウムの緑色の光がまだ昼間のステージの周囲に輝く。
ちなみに曲も歌詞も担当は丹羽だ。サブカル知識から樹のイメージに合いそうな歌と曲をそのままお借りしている。
振り付けも演出も丹羽の知るアニメそのままだったので、原作通りとはいえ昼間のイベント会場にサイリウムを配ったのはちょっと失敗だったかなと思っていた。
「さあ、ここからだ」
丹羽のたくらみが成功するか否か。
歌っている樹の背後に『そろそろサイリウムチェンジの準備をお願いします』と大きな文字で書かれた特大カンペを持った風が現れた。
3,2,1…今!
「サイリウムチェーンジ!」
スピーカーから事前に録音していた樹の声が会場に響く。すると緑のサイリウムライトが紫へと変化する。
と同時に跳躍した樹が袖のボタンを押すと緑の妖精のような衣装から色鮮やかな蝶をモチーフにした衣装へと変化した。
さながらさなぎから羽化した蝶のように。サイリウムの光を受け、さらに美しく輝く。
その光景に、観客たちは目を奪われていた。そしてここから歌のテンポが変わり、かわいらしかったものから楽しくアップテンポな曲へと変わる。
樹のアカミネ仕込みのストリートダンスも加わり、会場は熱狂の渦に包まれた。
反応を見るに上場。成功だと丹羽は心の中でガッツポーズをした。
やプ最。プリティーシリーズとプリキュアダンスは偉大だ。
プ〇チャンではなくプ〇パラなのはやってみたアプリがライブだと再現しにくかったから。今四国にあって自分たちが再現できるギリギリが早着替えによるサイリウムチェンジだった。
結果は大成功のうちに終わり、集まった樹のファンは満足して帰っていった。動画の反応も上々らしく、再生数は爆上がりらしい。
「お疲れさま。犬吠埼さん」
「丹羽くん」
舞台が終わり、会場の撤去作業を手伝おうとしていた丹羽は他の勇者部メンバーの勧めもあって樹の元を訪れていた。
今回の功労者を褒めてやれと。
「どう、気持ちよく歌えた?」
「うん。まだ心臓がどきどきしてる」
胸に手を当て、樹が言う。心なしか顔も赤い。
「この服の仕掛け、丹羽くんが考えたの? すごいね」
「作ってくれたのはセッカさんだよ。お礼ならほら」
言葉と共に丹羽の精霊であるセッカが宙に出現する。
『いやいや。モデルがいいと仕事がはかどりましたわ。樹ちゃんかわいいしね』
「そう、うちの妹は世界一かわいい!」
声と共に現れたのは風だ。なにやら嬉しそうな顔をしている。
「樹ー! やったわ! やったわよ! さっきプロデューサーって人が来て、名刺渡していったわ。ほらこんなに!」
言葉と共に用意された休憩室の机の上に名刺を並べていく。
「1、2、3、4……すごい、10枚以上もある⁉」
「大成功じゃない! 今夜は腕によりをかけてご飯を作るわよー!」
はしゃぐ犬吠埼姉妹を見ながら、丹羽は広げられた名刺の写真を撮り園子に転送する。どれだけ信用できる会社か調べるためだ。
すると「オッケー」と返信がありすぐ調べてくれるようだ。さすがそのっち先輩仕事が早い。
こうして犬吠埼樹の初ライブは大成功の内に終わり、勇者部へ来たステージを盛り上げてほしいという依頼も大成功。
みんな万々歳で終わった…と思われたのだが。
「全員このライブの演出を考えた丹羽をスカウトしたいって、そんなことある⁉」
翌日の月曜日、勇者部。昼休み。
風の言葉に丹羽は目を逸らす。それにあははと樹は力なく笑った。
あの後犬吠埼家で園子からすべての会社がまともでアイドルの育成に力を入れていると聞いた丹羽は樹にそれを伝え、どこに所属するかは自分で決めさせることにした。
10以上ある中から1社を決めて電話を掛けた樹を風と2人で固唾を飲んで見守る中、樹は緊張して話していたかと思うと急に拍子抜けしたような顔をして2,3話した後スマホをこちらに差し出してきたのだ。
「ど、どうだった?」
風が尋ねると、樹は困惑が抜けていない顔をして丹羽を見て言う。
「その、興味があったのはわたしじゃなくて丹羽くんの方だったみたいで…代わってくれって」
「「はぁ?」」
思わず風と一緒にそんな声が出てしまった。
話をよく聞いてみると丹羽のサイリウムを使った演出と樹の衣装チェンジで観客の心を奪った手腕を買い、ぜひうちの社員にならないかという話だった。
無論丹羽は断った。自分の目的はあくまで樹を歌手にすることであり、今回の演出もただのサポートであると。
それならば樹も一緒にという社員の言葉は聞く前に通話を切った。自分はあくまで樹のサポートであり、その逆はあり得ないからだ。
「で、断っちゃったのかよもったいない」
銀の言葉に丹羽は首を振る。
「もし俺が社員になったら犬吠埼さんはお役御免で最悪クビになりかねません。それじゃ駄目です」
「そうだよミノさん。芸能界は生き馬の目を抜く世界なんだから、スキを見せたらやられるんよー」
おどろおどろしく言う園子に「うへぇ」と銀はちょっと引いていた。
「でも、そんなに樹ちゃんの歌悪くなかったわよね。むしろみんな聞きほれてたし」
「うーん。それ以上に演出が目を引いちゃった感じかしらね。あたしも感動したし」
「つまるところ、丹羽くんが張り切りすぎたせいね」
友奈の疑問に夏凜が解説し、東郷が責任のありかを明確にする。
指摘された丹羽はがくりと肩を落とした。
「ごめん、犬吠埼さん。逆に俺が足を引っ張っちゃったみたいで」
「そんなことないよ」
肩を落とす同級生に、樹は言う。
「わたし、あのステージがすごく楽しかった。歌うのが、お客さんの声援を浴びるのがあんなに嬉しいなんて初めて知った。だから、それを教えてくれた丹羽くんには感謝しかないよ」
一言も自分のことを責めない樹に丹羽は思う。この子、天使か?
「樹ぃいいい! かわいいうえに優しいなんて。天使なの? アタシの妹は地上に降臨した天使なの?」
だが風のシスコンがそれを台無しにしていた。人間、自分以上に熱中する存在がいると途端に冷めて冷静になるんだなと丹羽はその日知った。
「で、どうするのにわみん? まさかこれで終わりじゃないんでしょ?」
園子の言葉に「もちろんです」と丹羽は答える。
「この失敗を生かし、犬吠埼さんを立派な歌手にして見せます。そのためにまた皆さんの力を借りたいんですが、いいですか?」
丹羽の言葉に「もちろん!」と樹以外の勇者部6人が大きくうなずく。
その後アイドル兼プロデューサーとして丹羽が加入したり、やっぱりプリパラをお手本にするなら3人組がいいと勇者部の中からオーディションをした結果園子が選ばれて樹、丹羽、園子の3人組がアイドルグループを結成したりといろいろあった。
その間もどんどんファンを増やしていき、ついには単独でライブを行うまでに成長。
結果、冒頭へと戻るのである。
ああ、わたしの目指していた歌手ってこんなのだっけ。なんか最近アイドル活動ばっかりしてるなぁ。
「どうしたのいっつん? 今日のライブ疲れた?」
園子が心配そうに樹を見ている。それに首を振り、今思っていることを話す。
「いえ、今までの日々を思い返していたんです。わたし、歌手を目指していたはずなのにいつの間にかアイドルやってるなぁって」
「そうだねー。でも知名度は結構高いってわっしー言ってたよ。動画の再生数もうなぎのぼりだしこの間生ライブの中継のアクセス数また更新したって」
「なんか最近のお姉ちゃん、事務所の人のあしらい方に慣れてきたって言うか業界人っぽくなってきてるんですよね」
「あ、それ思ったー。なんかグラサンかけてるよねー。スーツ似合うし」
園子がいつものぽわぽわオーラで癒してくれる。それに気を許しつい樹も愚痴を話してしまうのだ。
「なんか、最近のプロデュースの方向って言うか、丹羽くんの百合押しが強くなってる気がしません?」
「そうかなー? いっつんは嫌? にわみんと一緒にいるの」
「嫌じゃないですけど…うん。なんかファンの皆を騙しているようで」
自分だって丹羽のことが好きだ。でも今の丹羽は女の子。女の子ならただの親友止まりだ。
それ以上の感情を持つなんて、正しいはずがない。
「わたしはねー。にわみんがだいすきだよ! いっつんがいらないならもらっちゃおうかなー」
「え?」
園子の言葉に心臓が飛び跳ねるのがわかった。園子のいつもの冗談なのに、自分は今何を焦ったのだろう?
「いっつん。素直にならないなら、本当にわたしもらっちゃうから。あとで取らないでって言っても聞かないよ?」
「もー、園子さんったら」
「遅くなりました。何の話ですか?」
控室に丹羽が入ってくる。恐らくさっきまでスタッフの人たちに今日のライブのお礼を言っていたのだろう。
そういうところはきっちりしている。プロデュースの方針はちょっとアレだが。
「丹羽くん。そろそろ百合押しやめない? もう充分人気出たと思うんだけど」
「駄目だよ犬吠埼さん。それだと俺が楽しめ…もとい古参のファンを裏切ることになる。それに百合営業効果は馬鹿にできないんだよ」
今俺が楽しめないって言いかけたよね? 樹が白い目を向けると、丹羽はあからさまに目と話題を逸らした。
「サージャア俺ハ次ノライブノ演出ヲ考エルカナ?」
すっごい片言だ。疑ってくれと言っているようなものだ。
だがそんなわかりやすい彼が好きで、つい樹は許してしまう。そして甘えてしまうのだ。
もっとそばにいたい。できることならこの3人でずっと。
ちなみに5年後。元3人組中学生アイドルという経歴を持つ1人の女性歌手が四国に現れ、あらゆる新人賞を総なめすることになるのだが、それはまた別の話。
アイドルイベントはゆゆゆい本編でやったけど子供相手であそこまで樹を特訓した勇者部。
本気で歌手を目指した樹にどんな特訓をするのか。少なくとも勇者パンチは必須ですね。
あとプロデューサーによる樹ちゃんの百合営業は完全に趣味です。でもそれによってファンも固定化されているからちゃんと役に立ってます。
決して私欲ではありません。(ほんとぉ?)
夏凜「樹のグループのファンって結構偏ってるわよね」
東郷「そうね。樹ちゃんには20代、30代のお姉さん系。そのっちには男性ファンの他に高齢者層も結構多いわ」
夏凜「わかんないのが丹羽…もとい汀のんのファン層よね」
東郷「20代から50代までの男性ファンがほとんど。女性ファンは一切なし」
銀「この間ファンレターを見せてもらったけど、「踏んでくれ」とか「見下してくれ」とかいうのばっかりだったぜ」
友奈「丹羽君に訊いたらわざとそういうキャラづくりしてるんだって。妹系の樹ちゃんと天然のそのちゃんを守るクールな騎士って位置づけなんだって」
夏凜「実際はフールな百合厨でしょあいつ」
東郷「それは夏凜ちゃんがお仕事モードの丹羽君を知らないからよ。キリっとしてて格好いいのよ」
夏凜「東郷、冗談はあいつの存在だけにしておいて。もしあたしがそのお仕事モードとやらにときめいたら、1週間にぼし断ちしてやるわよ」
その後東郷の頼みによりお仕事モードのキリっとした丹羽が調子に乗って夏凛を口説いた結果腹パンされ、夏凜が部室ににぼしを持ってこないという珍しい日が5日続いた。