詰みゲーみたいな島(四国)に人類を滅ぼす敵として転生した百合厨はどうすりゃいいんですか? 作:百男合
銀ちゃん救出成功。あと意識を取り戻しました。
銀「なんかあの世界でずっと鎖で繋がれてたせいか肩がこるような気がする」
ナツメ『整体か? 手を貸そう。主、私の指示通り動かしてくれ』
丹羽「了解ですナツメさん」
ナツメ『ここをこうしてこうしてこう。で、思いっきり腕と足を引っ張るんだ』
銀「あででででで! いたいいたい⁉」
ナツメ『次にこことここをこう。さらにここをこうして』
銀「ちょっ、なんかプロレス技っぽくなってるんだけどー!」
その後、無事整体は終わり、身体はすっかり楽になったそうです。
意識を取り戻した銀は園子から自分が2年間意識不明だったこと。その間に起こったことを聞いて頭がパンクしそうだった。
「えっとつまりあたしがいなくなったおかげで精霊を勇者が持って巨大バーテックスを倒せるようになって、でもパワーアップする満開は供物として記憶や体の一部を神樹様に捧げて。そのせいで須美はあたしと園子と過ごした記憶を失ってて…。あたしは2年間ずっと壁の外で敵であるはずのバーテックスに保護されてた?」
うん、自分で言ってても全然わからん。なんだそれ。
「つまりあたしは園子の言う人型のバーテックスってやつに拉致されてたのか? で、園子が助けてくれたと」
「えっと、そうじゃなくてね。人型のバーテックスさんはミノさんの傷を治してくれたんだよ。ほら、身体にあの時の矢傷もないし、腕もつながってるでしょ。それは人型さんが治してくれたんだ」
園子の言葉に確かに、と銀は蟹座のシールドによって切断されたはずの腕を見る。
握ったり開いたりしても問題ない。自分の腕だ。特に改造されたりとかはされていないらしい。
「じゃあ、その人型ってやつはいい奴なのか?」
「それは…うん。人間の味方をしてくれたというか、少なくとも神樹様と人類を滅ぼそうとする他のバーテックスとは別物と考えた方がいいかも」
その言葉にそうなのかとすぐに銀は納得する。園子や東郷のように人類に味方するバーテックスなどいるはずないとは考えないらしい。
なぜなら自分の親友はそんなつまらない嘘をつくとは思っていないからだ。
「そっかー。じゃあ、その人型のバーテックスに今度会ったらお礼言わないとなー」
事も無げに自分にはできない思考をする銀を、園子はまぶしく思う。
もし逆の立場だったら、自分は何か裏があるのではないかと最後まで疑っただろう。
たとえ東郷と銀が絶対に安全で人間の味方だと言っても、必要ならば人類のために人型のバーテックスを騙し討ちでも何でもして倒していたはずだ。
だから人型のバーテックスの善意を素直に受け止めることができる銀が羨ましい。もし彼女なら2年前に誤解から争うこともなく共闘できていたかもしれない。
それができていれば、あの人型のバーテックスが言っていたように誰も満開せず3人が讃州中学に通い勇者部に入っていた未来も……。
「――子、園子!」
「んっ、なにミノさん?」
どうやら少し物思いにふけってしまったらしい。園子は反省する。
「つまり今の須美…いや、東郷さん、だっけ? あたしと園子の記憶はないのか?」
「うん。残念だけど。ただ、スミちゃんと散華で失った足を治療していた時わたしたちと過ごしていた時の記憶を夢として見たんだって。だから情報としては知ってるけど、実感はないって感じかな」
実際夏休みの間そのことについて話してみると、園子の記憶と東郷が見た夢の記憶にはところどころ差異があった。そのことが少し園子は気になっている。
なぜ銀とそっくりの精霊と一体化していた時だけそんな夢を見たのか。
そしてなぜ園子の記憶とつじつまが合わない部分があるのかと。
「それで今、須美は戦ってるのか、バーテックスと」
「うん。新しい仲間と一緒に。わたしは散華の影響で日常生活が困難だったから、残念ながら勇者を続けられなかったんだぁ」
心配させないように明るく言ったつもりだったが、銀の顔は曇っていた。
おそらく彼女なりに責任を感じているのだろう。そんなこと、気にする必要はないのに。
「そんな顔しないでミノさん。今はにわみんのおかげで散華で失った部分も治ってるし、わっしーだって」
「おお、そうだな。そのにわみんっていうのが仲間なんだっけ」
「そう。他にもさっきいた茶髪で髪が長い女の人が犬吠埼風先輩。一緒にいた髪が短い娘が妹の樹ちゃん。で、ツインテールの娘が三好夏凛さん。前に1度会ってるんだけど、憶えてる?」
「ああ。道場破りに来た娘だろ。二刀流の。憶えてる憶えてる」
どうやら銀にとっても彼女との出会いは衝撃的だったらしい。記憶に残っていたようだ。
「で、わっしーとさっき会ったにわみん。そして結城友奈さん。この6人が今の勇者だよ」
「なんだよあたしたちの時の2倍いるじゃん。ズルイ!」
銀の発言に、確かにと園子は思う。自分たちが戦っていた時も6人くらいいればもっと楽に戦えたのかもしれない。
もっとも現在の勇者が2倍に増えたのは園子たち3人の勇者が奮闘したことで勇者システムが5人分作られたということが大きい。
イレギュラーである勇者の丹羽以外のメンバーはたとえその時大赦が発見していても、供給されるべき勇者システムが存在せず戦闘に参加できなかったに違いない。
「そっか。にわみんは参加できたんだ。2年前でも」
我知らずつぶやいた言葉に、園子の中ではある疑問が浮かんでいた。
なぜ丹羽明吾は2年以上前の記憶がないのか。
なぜ精霊の力を身に宿し変身するという特殊能力を持っているのに大赦が把握していなかったのか。
それに今回の丹羽の記憶が四国の人々から消えたという神樹様の力。
ひょっとして……。いや、ひょっとするとそうなのかもしれない。
「おい園子、聞いてるのか?」
いけないいけない。また物思いにふけってしまったらしい。
「ごめんミノさん。なんだっけ」
「だーかーらー。あの丹羽ってやつ、あたしに気があるのかな?」
ん? なんだって?
園子が笑顔のまま固まっていることにも気づかず、銀は言葉を続ける。
「だって部屋に入ってくるなりアタシの手を握ってよかったよかったって。あんなに情熱的に男子に迫られたの初めてで」
見ると銀の顔が朱色に染まっていた。
確かに丹羽は園子が見ていても驚くくらい初めて話すはずの銀の意識が覚醒したのを喜んでいた。それこそ園子と同じくらい。
「やっぱあれかな。遅まきながらこの銀さんにも春が来ちゃった、みたいな? まあ、あれくらい積極的に来られたらあたしも」
「あはははーありえないかなー。にわみんは誰にでも優しいんだよー。ミノさん勘違いしちゃったんだねー」
常にゆっくりのんびりしている園子らしくない早口の反論に、思わず銀は固まる。
「それに手ならわたしも握ってもらったし。にわみんはわたしの散華を治すために5日間も寝ずに看病してくれたんだよー。それに比べたらミノさんは全然だよー。きっといままでお見舞いしていたミノさんが目を覚ましたから感激しただけだって」
「お、おう。園子? お前なんかすっごい早口…っていうか、なんか怒ってる?」
「怒ってないよー。わたしを怒らせたら大したもんだよー」
こうして笑顔ではあるがどこか威圧感のある園子によって銀は自分と園子たちが置かれている状況をわかりやすく噛み砕いて説明されたのだった。
翌日、ゴールドタワーの1室にはここにいる勇者部5人と三ノ輪銀が乃木園子によって集められていた。
「やあやあ、良く集まってくれたねみんな―」
「どうしたのそのっち。こんな朝早くにみんなを集めて」
時刻は午前6時。まだ朝食前だ。
本当は朝食の後でもよかったのだが、その前に話しておきたかったのだ。自分が思いついた可能性について。
「ねえ、いっつん。前にいっつんが言った散華でにわみんの記憶が消されたって言ったこと、憶えてる?」
「はい。でも今考えると散華で消えるのは勇者の記憶だけで四国に普通に生きる人には…あっ」
とそこで丹羽の置かれている状況を思い出し、樹は言葉を止める。
「そう。散華じゃなかった。神樹様ならにわみんが勇者だったっていう記憶も記録も全部なかったことにできる。それこそ今四国を滅ぼす人類の敵として追い詰められているように」
「つまり、丹羽は2年前東郷や乃木とそちらの…三ノ輪さんと一緒に戦っていたってこと?」
風の疑問に園子はうなずく。それに東郷と銀は困惑する。
「待ってそのっち。そんなこと言われても、私たちにはそんな憶えは」
「そうだぜ園子。いくら何でも、もし人間1人一緒にいた記憶が消えたなら、違和感とか起こるはずだろ?」
「記憶の補填、って2人は知ってる?」
疑問を口にする親友2人に、園子は説明をし始めた。
「何かの重要な記憶をつなげるために、人は無意識に嘘の記憶を作ってしまうことがあるんよー。例えば買い物を頼んだ時、本当は頼んでいないものを買い物してきた人に言ったという記憶を脳内で勝手に作ったり、昔父親に暴力を振るわれた人は暴力と父親を結びつけないために子供のころ見知らぬ大人からたびたび暴力を受けたって思いこんで自分を守ったりとか」
「それが何の関係があるんだよ」
「にわみんの記憶がなかった時、ふーみん先輩といっつん、にぼっしーは何か別の人物や事柄でにわみんがいなくても問題ない記憶になってたんじゃないの?」
その言葉に、東郷、風、樹、夏凜はハッとする。確かに園子の言う通りだ。
丹羽の言ったことややったことがなぜか東郷がやったことになっていたり、神樹様の神託を受けたことになっていたりと今考えればおかしいがあの時は疑問にも思わなかった。
「つまり、あんたらも記憶の補填とやらが起きて丹羽がいなかった記憶をずっと真実だって思わされていたってこと?」
夏凛の言葉に、園子はうなずく。
それにそれなら園子と東郷の間に記憶の齟齬があるのも納得できる。おそらくそれぞれ別の記憶で丹羽がいない部分の記憶を補填していて、それが若干の違いを起こしているのだ。
「考えてもみてよ。にわみんみたいな特異体質、大赦が放っておくわけがない。ある日突然現れたりしない限り、見逃すなんて変だよ」
その言葉に丹羽はドキリとする。
いや、その通りなんです。ある日突然現れたんですよ、俺と。
だがそんな丹羽の心を他の面々が知るわけもなく、確かに…と園子の言葉に納得をしている。
「と、いうわけで昨日わたしがにわみんが2年前私たちの仲間だったらというお題で小説を書いてきました!」
「「「え、なんで?!」」」
園子の趣味を知らない風、樹、夏凜は思わずツッコむ。それに対し東郷と銀は苦笑いだ。
東郷は当時の記憶はないが、夏休みの間ほぼずっと一緒にいたので彼女の趣味を理解しているのだろう。
一方丹羽はどう反応していいのか困惑している。正体がばれるのかそれとも園子の暴投なのか。
いずれにしても話を聞かないことにはわからない。
「と、いうわけで今から語っていくんだぜー。じゃあ、みんな聞いてねー」
こうして乃木園子による丹羽明吾がいる鷲尾須美の章が始まった。
「いよいよお出ましか。バーテックス」
目の前に現れた巨大バーテックス、水瓶座を見て銀が両手に持った斧を構え好戦的に笑う。
「この日のために、やれることは全部やって来たわ。あとはぶつけるだけ」
須美が弓を構えて園子の指示を待っている。
「そうだね。じゃあ、行こうか、わっしー、ミノさん。人類の底力、見せてやろうぜー!」
巨大バーテックスの初戦は見事に勝利できた。
まるで前回の星屑の襲撃が嘘だったかのように連携の取れた3人の動きに敵は翻弄され、神樹の結界から逃げていく。
それを銀と須美が追撃し、完全勝利に近い形で勇者たちは勝利することができた。
須美と銀がハイタッチで戦果を喜ぶ一方で、園子は別のことを考えている。
(星屑が1体もいない。いくらなんでも簡単すぎる)
天の神の尖兵である星屑が一切出現せず、いきなり巨大バーテックスが姿を現したのだ。
これは本来ならばあり得ないことだ。園子が目を通した初代勇者の手記にも数多の星屑との交戦の後に巨大バーテックスと交戦したと記されていた。
だから星屑と巨大バーテックスとの混戦になると思っていただけに、この勝利はできすぎだと考えていたのだ。
(誰かにこうなるよう誘導された? いや、勇者と巨大バーテックスだけが戦うよう何者かが裏で暗躍してる?)
園子が考えを巡らせていた時、その声は聞こえた。
「誰か…誰かいませんかー!」
自分たちと同じ、子供の声だ。
3人は顔を見合わせ、声のする方に向かってみる。
「誰かー! なんなんだここ。床が木の根みたいで感触が気持ち悪い」
『死にたくないなら歩きなさい。人生誰かが助けてくれるなんて期待するのは馬鹿のやることよ』
「やめてよちーちゃん! なんでそんな不安になること言うのさ!」
「え、なんだあの浮いてる奴? それに人?」
「しかも女の子じゃなくて、男の子、よね? ズボン履いてるし」
「どこの学校だろー? 神樹館じゃないよねー」
そこにいたのは後に自分たちも持つことになる精霊と会話をする自分たちより1つ年下の少年だった。
担任の安芸に事情を説明し、少年を大赦に保護してもらい3日ほど経ったころ、1人の転校生が神樹館にやって来た。
といっても転入したのは自分たちの1つ下の学年。3人には関係ないと思われたがその日、安芸によりその少年と引き合わされ驚愕することになる。
「この度、〇×小学校から転校してきた丹羽明吾です。よろしくお願いします!」
「ねえ、この子あの時樹海にいた子じゃない?」
「だな。なんでこいつがここに?」
「安芸先生、この子に何させるつもりなの?」
驚く須美と銀とは別に、引き合わされたことに園子はこれから何を言われるのかの方が気になっていた。
「乃木さんは察しがいいわね。この子は精霊と融合できる類稀なる特異体質を持ってるのよ。大赦でそれは確認済み。大赦によれば戦力として組み込んで問題ないそうよ」
その言葉に反応は大きく2つに分かれた。
「おっ、戦力が増えるのか? ヤッター!」
銀のように戦力が増えることに喜ぶ賛成派。
「逆に足手まといでは? 私たちのように大赦で訓練したわけではないんでしょう?」
須美のようにお守をしながら戦うのはごめんだという反対派。
互いに同時に発した言葉に「ん?」と首をひねる銀と須美。
まだそのどちらでもない園子は安芸に尋ねることにした。
「安芸先生。この子は何ができるの? 大赦の大人がそう言うってことは、戦力になる何かがあるってことだよねー」
園子の疑問にもっともだと思ったのか、安芸はうなずく。
「いいでしょう、丹羽くん。訓練所であなたの実力を見せてあげなさい」
「は、はい」
その後訓練施設で丹羽の動きを見た3人は驚いた。
宙に浮かんでいた精霊と一体化した丹羽は、動きはてんで素人だったが手に持った鎌を振るい、矢の打ち込み用にまとめた訓練用の丸太を豆腐のように切り裂いたのだ。
銀の武器である斧でもこうはならないだろう。なるほど、確かに戦力としては問題ないらしい。
訓練次第ですぐに戦力となるのは間違いない。園子は彼の合流を歓迎した。
「よろしく、にわみん」
「え、にわみん?」
「あだなだよー。この子はわっしー。で、こっちはミノさん。わたしはそのっちね」
「この威力を見せられたら納得しないわけにはいかないよなー須美。あ、あたしは三ノ輪銀な。よろしく」
「鷲尾須美。攻撃力がすごいことは認めます。ですが、せいぜい私の足を引っ張らないでくださいね」
こうして勇者3人と1つ年下の男の子1人とのチームは結成された。
それからいろんなことがあった。チームワークを鍛える訓練として合宿した時、丹羽が一緒の部屋なのはおかしいと須美が最後まで文句を言って揉めたり、銀が丹羽を舎弟のように扱って2人から注意されたり、園子が丹羽を女装させてそのかわいらしさに銀が危機感を持ったりなどなど。
特に園子にラブレターが届いたラブレター事件の時は気を利かせて須美と銀に丹羽がラブレターを書いたことがバレて修羅場になりかけた。
須美と銀も次第にそんな後輩に心を許し、「須美姉さん」「銀姉」と呼ばせていた。
園子は会ったその日から「そのっちさん」と呼ばせていたが。
ちなみに丹羽と一緒にいる黒髪が綺麗な子供のような精霊は名前がないらしい。丹羽はちーちゃんと呼んでいたが、それも便宜上の物だそうだ。
「私に名前はないわ。どうしても呼びたければノーネーム。もしくはCシャドウと呼びなさい」
と告げる尊大な態度に銀と須美はドン引いていた。
戦闘面では最初こそ動きが素人然として固かったが訓練を受けるごとに水を含むスポンジのように大赦の戦闘教官と園子のアドバイスを吸収し、銀や須美もうかうかできない戦力となっていった。
バーテックスとの戦いでも活躍してくれ、地面を揺らす山羊座に大ダメージを与えたのも彼の鎌の一撃だった。
出会って1月経った頃にはもうすっかり4人はチームとして1つとなって行動していた。
ある日大赦からのご褒美で大赦が保有するプール施設で遊んだ後、須美、銀、園子の水着姿を見て顔を真っ赤にしていた丹羽をからかいながらうどん屋に立ち寄った4人は、将来の夢を話し合う。
「わたしは小説家かなー。大赦以外のお仕事もしてみたい。それかミノさんとわっしーが結婚できるように法律を変えるために政治家になるのもいいかも」
「そのっちだと本当にやりそうだから怖いわね。私は学者として西暦時代のことをいろいろ研究したいわ。銀は?」
「その…お嫁さん。わかってるよ! 似合わないって言うんだろ!」
「そんなことないよ。ミノさんなら世界一かわいいお嫁さんになれるんよー」
「そうよ銀。協力できることがあったら何でも言って。あなたを日本一の大和なでしこにしてあげるわ」
「そうですね。銀姉は家庭的だし、きっといいお嫁さんになれますよ」
「にーわー。お前も言うようになったじゃねーか。じゃあ、お前は将来何になりたいんだよ」
銀の質問に、丹羽ははにかんだように言う。
「なにになりたい、とかはないですかね。ただ、こんな風に須美姉さん、銀姉、そしてそのっちさんが仲良くしているところをずっと見ていたい。それだけです」
丹羽の言葉に、3人は顔を見合わせる。
「えー。にわみんそんなことでいいのー?」
「あなたも日本男児ならもっと大志を抱きなさい、丹羽君」
「つまんねーやつだなー。金持ちになって女の子はべらせてウハウハとか言ってみろよー」
この時誰も口にはしなかったが、丹羽の夢がかなうといいなと思っていた。
そして運命の日。7月の遠足の帰りに襲来した3体のバーテックスの襲撃。
丹羽は間に合わなかった。
「ごめんなさい、ごめんなさい! 僕がもっと早くついていたら銀姉は!」
「やめて! 丹羽君。あなたは悪くないわ。悪いのは何もできなかった私なの」
「ごめん、にわみん。ちょっと1人にしてくれないかな」
必死に謝る丹羽に、2人は冷たく当たった。1つ年上とはいえまだまだ子供。自分のことで手いっぱいだったからだ。
特に園子は人型のバーテックスへの復讐に燃えて追い詰められ、須美を大赦の大人から守るのに必死で丹羽のことなど構っていられなかった。
その後襲来した乙女座との戦い以降、丹羽と須美、園子の3人が会わない日が続く。
夏休み明けに出会った丹羽は、別人のようだった。
あどけなかった笑顔は消え、まるで野生の獣のようだ。園子自身が精霊を手にした後で知ったことだが、自分の精霊に頼んで鍛えてもらったらしい。
「にわみん、どうしちゃったの?」
「強くならなくちゃいけないんです。だから今度こそ俺は2人を守って見せます。たとえ何を犠牲にしたって」
この時からだ。彼の一人称が僕から俺に変わったのは。
そして須美と園子にも精霊が与えられ、満開が使えるように勇者システムがアップデートされた。
イレギュラーな勇者である丹羽には満開ができないままだった。だから園子は人型のバーテックスに告げられた満開の真実を彼には話さなかったのだが…園子はこの判断を後に後悔することになる。
そして10月11日。須美、園子、丹羽の3人は瀬戸大橋にいた。
壁の外からやってくる巨大バーテックスを迎え撃つために。
牡羊座、魚座、双子座、牡牛座に獅子座。5体のバーテックスを前に須美と園子は満開、丹羽は精霊と一体化する切り札を使い戦った。
その結果須美は足の機能を失い、さらに記憶を失うことを園子は知っていた。
だが、丹羽はそうではなかった。目の前で記憶を失っていく須美を前に呆然として使い物にならない状態になったのだ。
「丹羽君。私、忘れたくない! そのっちと銀と過ごしてきた日のこと。丹羽君のことも! なのに、消えていくの…思い出せないの。私は…私は? あれ、私って誰だっけ?」
「しっかりしてください須美姉さん!」
「す…み? 違うわ。私は東郷…みも、り? あれ?」
「にわみん! 戦いに集中して! 双子座がそっちに⁉」
突進してくる双子座を切り札状態の丹羽は一刀のもとに切り伏せ、園子に問いかける。
「そのっちさん。知ってたんですか、こうなるって。だからそんなに冷静に戦えるんですか?」
園子は答えず最後に残った獅子座を追い、壁の外へ向かった。話すのはすべてが終わった後でいい。そう思ったからだ。
「ねえ、ちーちゃん。どうして須美姉さんはみんなのことを忘れちゃったんですか? どうしてそのっちさんの右目は見えなくなって、それなのにまだ戦っているんです?」
『聞いたら後悔するわよ。それに今のあなたは切り札を使って正気じゃない。教えられないわ』
「いいから! 教えろよ!」
魂からの叫びに精霊は首を振り、自分の推測を話す。
『おそらくあの満開っていうのにはデメリットがあるんでしょう。切り札を使えば心を病むように、あの強大な力を使えば身体の一部や記憶が失われる。おそらく大赦はそれを彼女たちに教えなかった』
「じゃあ、そのっちさんはなんであんなに」
『賢い子よ。きっと1回使って全てを察したんでしょうね。それでも四国に生きる人々を守るために必死になって文字通り身を削って戦っている。本当、勇者っていうのは嫌になるわ』
園子の姿に誰かを思い出したのか、精霊の顔が陰る。しかしそのことに丹羽は気付かなかった。
「なんだよそれ…。大赦に騙されて、利用されたってことじゃないか。そのっちさんも、須美姉さんも、銀姉も!」
その瞬間、丹羽は怒髪天を衝き自分の精霊に初めて命令した。
「ちーちゃん。満開ってやつ、俺もできるよね。やって」
『いやよ。何をしようとしてるか大体わかるけど、そんなことしても誰も喜ばない。それにそれは一時の気の迷いよ』
「構わない。恨まれても、誰からも感謝されなくても、俺はそれをやりたい」
『勇者として、許されないことよ。それをすれば、間違いなく大赦はもちろん四国に住むすべての人があなたの敵となるわ』
「しつこい! 勇者なんてクソ喰らえだ! 俺は、あいつらを! そのっちさん、須美姉さん、銀姉を利用したあいつらを絶対許さない!」
その言葉に、精霊はにこりと笑った。気に入ったというように。
『そうね、勇者なんてクソ喰らえよ。私は、いえ、私たちはしょせん勇者として祀られなかったはぐれの精霊。勇者の記憶を持ちながら勇者でない、ただの精霊』
精霊が丹羽の中に消え、丹羽の身体の内から精霊がささやく。
『だから、手を貸してあげる。大赦には恩義なんてない。あるのは恨みだけ。さあ、放ちなさい、あなたの憎しみを』
「満開!」
言葉と共に黒い百合が咲き誇り、2つの巨大な鎌が両手に握られる。
勇者服も白から真っ黒なものへと変わり、背中には燃え盛る炎のような意匠の金属を背負い、そこから生えた3対6つの腕がそれぞれ剣、刀、弓、を持っていた。
「大赦をつぶす! そして大赦が信仰する神樹をぶった切る! いままで皆を騙していた大赦を、大人たちを俺は許さない! そいつらが崇める神も、滅ぼしてやる!」
だが、そうはならなかった。
大赦は巫女たちによる強力な結界で守られ、神樹に至っては攻撃をしても傷一つつけられなかったのである。
「そんな……なんで」
『そういうこと…。勇者の力は神樹の力。自分を倒そうとする相手に力を貸す馬鹿はいないってことね』
その言葉に、ようやく丹羽は悟った。
自分は騙されたのだと。味方だと思っていた他ならぬ精霊に。
「はは、なんだよそれ。どれだけ間抜けなんだ、俺は」
『言っておくけど、私、いえ私たちはあなたを騙そうとはしていなかったわ。できることなら神樹に一太刀浴びせたかった。無駄かもしれないけど反抗したかった。そのどれもが水泡に帰してしまったけど』
なるほど、つまり自分はその気にされて利用されただけらしい。
最初から最後まで、自分は役立たずだ。
『でも心配しないで、次がある』
だからその言葉の意味が分からなかった。
『神樹は自分に歯向かった勇者のあなたを許さない。でもあなたは私たちに選ばれた勇者だから、直接手出しできない。だから、神樹はあなた以外の人間のあなたに関する記憶を消すはず』
「それってどういう」
『つまり、あなたのことをみんなが忘れてしまうってことよ』
その言葉に、丹羽はどうでもいいと思った。胸の中には復讐がかなわなかったむなしさだけが去来している。
『私たちは神樹を、大赦を憎んでいる。一矢報いたい。それは、あなたと同じ。だから、私たちとあなたは同志よ』
「知らないよ、そんなこと」
『もし、あなたが再び樹海に来た時、私たちはあなたに力を貸してあげる。その時は願いなさい。力が欲しいと』
「そんなこと、願わないよ。俺は、須美姉さん、銀姉、そのっちさんが守れればそれでよかった。他の奴らなんかどうでもいい」
『ツレないわね。ああ、この姿が気に入らないの? わかったわ。次会うときはあなたの好きな姿になってあげる』
ああ、でももしもう1度3人のうちの1人に会えた時は、願ってしまうかもなぁと丹羽は思う。
そんなこと、あり得るはずもないが。
『じゃあ、しばらくお別れね。また会いましょう。人類の敵さん。私の愛しい操り人形』
その言葉に返事できぬまま丹羽の意識は消える。
目が覚めた時、丹羽明吾は散華により自分の記憶を失っていた。
そして戦いが終わった後、乃木園子は思う。誰かに何かを伝えなければならないと。
だが誰だったか思い出せない。それより今は人型のバーテックスのことが重要だと頭を切り替えた。
こうして丹羽明吾という男の勇者がいたという記憶は四国の人々の記憶から消え、2年が過ぎる。
乙女座の襲来により奇しくも同じ学校に入学していた須美こと東郷と丹羽は樹海で再び出会い、バーテックスの突進から東郷を守ろうとしたとき、願った。
力が欲しいと。彼女を守る力が。
その時契約に従い精霊が力を貸し、丹羽は勇者として変身する。
その姿は、1番最初に助けられなかった少女、三ノ輪銀そっくりだった。
園子の話を聞き終えた全員がしんとしている。
真実かどうかはわからない。だが不思議と説得力があった。
それに丹羽が最初から大赦を毛嫌いしていた理由もそれなら納得できる。一般的な四国民なら生まれた時から神樹様を信仰しているし、それを管理している大赦に対して悪感情を抱くなど普通ならありえないからだ。
「こうしてにわみんは四国の人々の記憶から消え、にわみん自身も記憶を失った。そして再び自分に近づいたにわみんに神樹様はその時の勇者だと気づいてもう1度記憶を消したんだよ」
園子の言葉に、東郷も、銀も、風も、樹も、夏凜も言葉を失っている。
「いやいや、あり得んでしょ」
ただ1人、丹羽だけが異議を申し立てた。
「その話だと、そこにいるスミがとんでもない極悪人になるんですが」
東郷の胸に頭をうずめ、『スミー』とほんわかしている精霊を指さし、丹羽が言う。
その言葉に確かに、と全員がうなずく。園子の話が真に迫りすぎていたので、危うく真実だと思ってしまうところだった。
「うん。わたしも、今話したのが全部真実だとは思わない。だけど、どこか真実に肉薄する部分はあると思うんだ。にわみんの記憶がないところとか、ひょっとしたらわたしたちは以前にも一緒に戦っていたんじゃないかってところとか」
いえ、残念ながらかすりもしておりません。
そう言いたい気持ちを必死に抑えながら、そうですかねーと丹羽は相槌を打つしかない。
というかこれ、俺がバーテックスだってバレたらここにいる全員に袋叩きにされないかな?
園子の話に涙を流している部員もいる。特に涙もろい風なんかは大号泣だ。
「う゛う゛ぅ~、ア゛ダジこういう話弱いのよね~」
「丹羽くんかわいそう。大切な人に全部忘れられちゃって。自分も全部忘れて」
いやいや、それ全部そのっち先輩の作り話だからね? と号泣している犬吠埼姉妹に脳内でツッコむ。
「丹羽、いや明吾。これからはあたしのこと、銀姉って呼んでもいいんだぜ」
「私も須美姉さんって呼んでもいいのよ」
「いえ、呼びませんよ三ノ輪先輩、東郷先輩」
銀と東郷は完全に感化されていて、園子の物語の2人になり切っている。これは元に戻るまで大変そうだ。
こうなったら勇者部のツッコミエースにかけるしかない。丹羽は夏凜の方に助けを求める視線を送る。
「うっ、ううっ。全部忘れても東郷を守りたいって意思だけは覚えてたのね。百合イチャ好きの変な奴って思ってたけど、健気じゃない。泣かせるじゃない」
ダメだー! この娘もそのっちサイドに毒されてるー⁉
「どうするんですかそのっち先輩。みんなその気になってますよ。本当かどうかわからないのに」
「あはははー。そうだねー。でもにわみん」
笑顔だった園子が不意に真顔になって丹羽を見つめる。その顔にどきりとした。
「わたしは、にわみんが最初の乙女座襲来の時に樹海にいたのは偶然とは思わない。わっしーを助けるために勇者になったのだって。それとわたしの散華を治すために必死になってくれたことも忘れない。あなたを助けるためなら、言葉通り四国にいるすべての人を敵に回しても構わないと思ってるよ」
「そんなこと、俺が望むと思ってますか? そんな状態になる前に、おれはそのっち先輩を四国の敵を倒した勇者として祀りあげる計画を立てますよ」
不敵に笑う丹羽に、園子もまたにっこりと笑う。
「言うねぇにわみん。こっちも腕が鳴るんだぜー」
「それに、そんなことになったら百合イチャが見れませんよ」
「はっ、確かに! それは困るんよー」
共通の趣味が楽しめなくなることに情けない声を上げる園子に、ぐぅ~っと誰かのお腹が鳴る音が聞こえた。
「それはそれとして朝ごはんにしよっか。そろそろ食堂が開く時間だし」
その言葉にわいわい話しながら勇者部の面々が部屋を出ていく。
ただ1人、銀だけが室内に留まり丹羽を見ていた。
「? どうしたんですか三ノ輪先輩」
「えっと、丹羽。そのありがとな」
突然の感謝の言葉に丹羽は目を点にする。
「園子から聞いた。あたしの病室に毎日来てくれたこと。動けないあたしにマッサージをしてくれたり、何時間もかけてストレッチをしてくれたり。こうして起きてすぐ歩けるのもお前のおかげだ。ありがとう」
ああ、そのことかと丹羽は納得した。
夏休みの間丹羽は銀の病室を訪れた時銀の言うようにマッサージやストレッチをしていた。
といってもただのストレッチやマッサージではない。筋力が落ちないように普通の人間なら汗が出るくらいの運動を何時間もかけて行うのである。もっともスタミナが無限である丹羽には大した作業ではなかったが。
東郷や園子、家族に任せるわけにもいかず、丹羽が率先して行っていたのだ。おかげで2年間眠ったままの銀でも最低限の筋力は保つことができた。
別に口止めはしていなかったが、園子の口からそのことを話されたのは意外だった。
「それだけ伝えたかったんだ。じゃあな!」
と言って銀は急いだ様子で部屋から出ていった。よっぽど朝食が待ちきれなかったのだろう。
「にわみーん。今最高に百合の間に挟まってるぜー」
園子がにっこりとして言う言葉に肝が冷える。
「やめてくださいよそのっち先輩。俺は百合カップルの部屋の観葉植物になりたいんですから」
「そっかー。まあ、それがにわみんの望みならわたしも何も言わないぜー」
でも、と前置きして園子は言う。
「例えばそんなにわみんに誰か特定の相手がいたら、観察対象相手は油断すると思うんだけどどうだろう?」
「なるほど、たしかに」
相手に恋人がいると知れば百合の観察対象は安心して百合イチャするだろう。むしろ百合イチャできないことへのアドバイスを求められるかもしれない。
それは確かに魅力的だ。
「その候補として、例えば同じ趣味を持つ同志なんかぴったりだと思うんだ」
「ええ、確かにそうですね。でもそんな人どこに…」
いや、いるじゃん目の前に。
百合イチャも薔薇小説もイける最強勇者様は、丹羽の視線を受けていつものほわほわした雰囲気でとぼけた顔だ。
天然か? はたまた計算?
「……考えさせてください」
「おっけー。いい返事を待ってるんだぜー」
そう言うと園子も朝食のために部屋を出ていった。
あとに残された丹羽は「ええ…」と困惑する。一体どこまで本気なのか。
女の子って、難しい。
園子「地元じゃ負け知らず…か」
丹羽「?」
園子「どうやら、わたしたちは親友だったみたいなんよー」
丹羽「まだ会って1か月しか経ってないのに⁉」
言えない。本当はこれ、そのっちが本当の記憶だと思い込んでメンヘラ化する話だったなんて言えない。
グッドエンドルートだしね。しょうがないね。
精霊「ちーちゃん」
モデル:■ ■■
花:「黒百合」(花言葉は復讐)
勇者ではあったが勇者として祀られなかった勇者の成れの果て。
本人が絶対言わないような黒いことを言ったりする。勇者の暗黒面の集合体。
という園子の小説に出てくる精霊。実際は存在しない。
武器は鎌。Cシャドウと名乗ったり姿といいあんた絶対■ ■■だろ! と言いたくなるレベル。ちなみに言動は全部園っちの創作です。
満開の姿は仏教の阿修羅のように6本の腕にそれぞれ武器を持ち、両手には巨大な2つの鎌を持つ。炎への抵抗値が高く、レオの火球にも耐えられる。