偽フォルテになりまして   作:レイトントン

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前回までのあらすじ
WWW本拠地に突入したフォルスだったが、罠にかかり大量のバグを流し込まれてしまうのだった


第15話

 雄叫び。

 かつてコトブキシティに轟いたのと同じものが、荒れ狂う海の上、WWW本拠地に木霊する。

 プロト復活のため特別に拵えたワイリーの本陣を除くシステムの多くが、甚大なダメージを受ける。電脳獣グレイガと同等の力を持った獣、ゴスペルが今再び顕現した。

 

 変身の余波で体を飛ばされ、地面に転がるコサック博士はその威容に息を呑んだ。

 その大きさは、成人男性としては高い方であるコサック博士が遥か見上げるほどだ。巨大かつ鋭利な爪、牙と尻尾を持ち、黒い体のあちこちに、バグの証である黄色い斑が見られる。バグの化身、黒き大狼。

 

「ふ、フォルス……」

『ハーッハッハッハ! 変わったようじゃな! さあ、そこから出してやろう。世界を混乱に陥れるのじゃ! そして、プロト復活までの時間を稼ぐがよい!』

 

 もしも、このゴスペルが外のインターネットに出れば。溢れ出るバグを撒き散らし、電脳獣以来の大災害を引き起こすだろう。しかも、その後にはプロトまでもが控えている。それはつまり、ネットワーク社会の……世界の終わりだ。

 

「させん……! そんなことはさせるものか!」

『ほう。コサックよ、まだくだらんネットワーク社会を守ろうとするか。それとも、忘れたか? 世界がキサマの実の子も同然である、フォルテを排斥したことを!』

「…………!」

 

 ぎり、と精神データにも関わらず、歯を噛み締める。それほどの強い感情が、彼の心を揺さぶった。

 忘れるわけがない。プロトの罪を被せられたフォルテ。しかもそれが、以前からフォルテに向けられていた憎悪が元となったことを、コサック博士は知っていた。

 事件からしばらくは、眠れぬ夜が続いた。フォルテがデリートされたと聞かされた時は絶望したし、フォルテが生きていると知っても、人間への復讐心に囚われてしまっているのを理解して、また深い悲しみを抱いた。

 

 ……否、悲しみだけではない。

 フォルテを優秀過ぎるからと排斥した科学省の連中、そしてフォルテを受け入れることをしなかったネットワーク社会に憎しみを持たなかったといえば嘘になる。だから彼は、科学省を去ったのだ。

 ネットワーク社会への憎しみ。それは間違いなくドクター・ワイリーの抱くものと同じ感情だ。

 

 コサック博士が動きを止めたのを見て、ワイリーは口元を歪める。あと一息だという判断だろう。

 ゴスペルはそこら中の壁に体を打ち付けている。それを確認して、コサック博士の勧誘が終わるまでは、もう少しここで暴れさせておくかと髭を撫でながら考えていた。

 

『コサックよ。ワシの元へ来るのじゃ。キサマもワシと同じ、優秀な科学者じゃった。フォルテを生み出す技術もさることながら、そのプログラミング能力は、今の科学省では対抗できるのは光裕一郎くらいのものじゃろう……それほどの才覚、腐らせておくのはもったいない』

 

 コサック博士は答えない。しかし、揺らいでいるのは目に見えて分かった。

 科学者というのは、己の研究成果を認められたいものだ。どんな科学者でも、大なり小なりその心は持っている。ワイリーもまた、己の研究分野であるロボット工学が認められないことに憤懣やるかたなかった。だからこそ、フォルテの処刑を強行されたコサックの気持ちが良く分かる。

 打算はもちろんあったが、優秀な彼が排斥されるのは許されない、というのもワイリーの嘘偽らざる本音だ。

 だからこそ。本気が混じった言葉だからこそ、コサックは揺れた。

 

「ワタシは……ワタシは……!」

『こやつは所詮、キサマのフォルテを模倣した存在に過ぎん。こやつにはゴスペルとして暴れてもらおうではないか。そして、ネットワーク社会を壊す……それがキサマと、フォルテの復讐になるのではないのか?』

 

 何気ない一言だった。ワイリーにとっては当然の思考。自らの生み出した発明こそが、彼にとっては何よりも大切だ。だから、コサックにも同じことを求めた。

 フォルテのためだ。フォルテのために、ネットワーク社会を破壊しろ。

 ——フォルスのことは見捨てて。

 その一言が、揺れていたコサックの心を決めさせた。

 

 コサックは、意を決した表情で、電脳世界に響くようにワイリーへ答える。

 

「……ワイリー博士。確かに、今のネットワーク社会は、我々の犠牲の上に成り立っているのかもしれない。それを憎む気持ちも、疎ましく思う気持ちも少なからずあります」

 

 ワイリーはほくそ笑んだ。だが。

 コサックは走り出した。ゴスペルの——フォルスの元へ。

 

「しかし、それが彼を、フォルスをも犠牲にして良い理由にはならない!」

『愚かな……愚かじゃぞ、コサック! ワシの提案を飲まぬのは致し方あるまい。理解できぬ者もいるのは分かりきったことじゃ。ワシの領域に立てる者はそうおるまい。それはよい……じゃが、生身でゴスペルに挑もうとは!』

 

 そう、ワイリーが彼を愚かと断じたのは、提案を断られたからではない。コサックの無謀故である。

 彼の向かう先にいるのは、インターネット全体をバグで覆い尽くしかねない怪物である。それを、ロックマンやブルース、フォルテといった強力なナビがいるのならともかく、人間の脆弱な精神データ一つで立ち向かおうというのか。

 愚か、無謀、そんな言葉では表せないほどの絶望だ。

 

 精神データにダメージが入るだけでも、現実世界でのショックは計り知れない。もしもバグに侵食され、データが破損しようものなら……最悪の場合、廃人、あるいは死が待ち受ける。

 コサックほどの科学者が、それを理解していないはずもない。ならば、一体何故。

 

「諦めていたのだ」

 

 ワイリーが問いかける前に、コサックの口から言葉は溢れていた。

 

「ワタシは、フォルテが人間を憎悪していると聞いた時……諦めたのだ。フォルテとの共存を」

 

「だってそうだろう。フォルテの気持ちは、我が子の気持ちは痛いほどよく分かる。彼は人間に陥れられ、ワタシに見捨てられたと思っている。事実、ワタシはあの時、フォルテに何もしてやれなかった。恨んで当然だ」

 

「それどころか、ワタシはフォルテを生み出した者の責任として、彼をデリートしなければならないと思った。諦めていたのだ」

 

「だが、フォルスは……話し合えると言ってくれたのだ」

 

 それは、コサックの諦めを動かした。

 フォルテをデリートしなくてもいい。もしも、そんな可能性があるとするなら……ああ、それはどんなに。

 

「ワタシの諦観を否定してくれたのだ、彼は……誰もがフォルテをデリートしなければと言う中で、最もフォルテの被害を受ける彼が! だからワタシはここへ来た! 彼の後押しを無駄にしないために。だからワタシは、もう一度フォルテと語り合うために……!」

『だと言うのに、ここで命を散らすつもりか?』

「そんなつもりはない。しかし、フォルスを……ワタシに希望を与えてくれたナビを見殺しにすることは出来ん!」

 

 コサックはゴスペルに向かい、そしてその足下まで到着した。

 バグで覆われた巨体が、眼前に壁のように立ち塞がる。ごくり、と思わず喉が鳴る。

 しかし、コサックは臆さずに、声を上げた。

 

「フォルス! ワタシだ、コサックだ!」

『呼びかけなどムダじゃ! フォルスは今、完全な暴走状態にある。増大するバグに意識を奪われているのじゃ』

 

 嘲笑うように、ワイリーがフォルスの状況を口にする。しかし、そんなことはコサックとて承知していた。声を掛けるのは、動作を誤魔化すための手段に過ぎない。

 コサックの精神データ……電脳世界における体が、光を放ち始める。ワイリーは今度こそ目を剥いて驚いた。

 

『フルシンクロじゃと!? 馬鹿な!』

「私は今、電脳世界にデータとして立っている……ナビとのフルシンクロは容易いこと。たとえそれが、自分のナビでないとしても!」

『そうではない。バグに乗っ取られて暴走状態のナビとのフルシンクロなど、精神が保つ筈がない!』

 

 フルシンクロは本来、ナビとオペレーターの心が一体になった時に、ナビの力を120%引き出す状態だ。パルス・トランスミッション中は、人間の精神がデータ化されているために通常のオペレートよりもフルシンクロを起こすことは遥かに簡単だ。

 しかし、心を一つにするというフルシンクロの性質上、バグに暴走させられているフォルスと同調するということはその精神へのダメージをそのまま共有することに他ならない。

 

「ぐうううううっ!!」

 

 コサックの精神を、どす黒い闇が覆う。

 バグによってもたらされた痛み、苦しみ、不快感……それら悪感情が雪崩のように押し寄せてくる。

 コサックの精神は、身体は、悲鳴をあげていた。

 

 どうしようもないほどの苦痛が襲いかかる中で、コサックはそれでも退かない。

 この痛みを耐えているのが、自分だけではないと知っている。

 

(フォルス……今、助けるぞ!)

 

 コサックはフルシンクロによって得た感覚を用いて、フォルスの体内に確かに在る一つのプログラムを励起させる。

 フォルスのオペレーターでもない彼が、どうして彼の中のプログラムを知っているのか。フォルスが、コサックの生み出したフォルテのコピー体だから?

 いいや違う。これは、かつてコサックのナビが、フォルスに手渡したプログラムだからだ。

 

『バグが活動を停止してゆく……まさか、これは……!』

「バグストッパー……どうにか、間に合ったようだ」

 

 ゴスペルの体がぐんぐん小さくなって、やがて目を閉じたフォルスが、バグの山から姿を見せた。

 やがて、コサックの献身的な呼び掛けの甲斐もあり、フォルスが目を覚ます。

 

「ん……あれ、ここは……」

「フォルス、無事だったか」

「コサック博士……!? どうしたんですか、ボロボロじゃないか!」

 

 そこで、フォルスは思い出した。自分の意識が飛ぶ直前、ワイリーの罠に嵌ったのだ。

 起き上がり、周囲を見渡す。バグが撒き散らされ、また、爪や牙により破壊された電脳世界を。

 その凄惨な状況は、下手人がどんな姿をしていたのか、誰であるのかを、何よりも強く物語っている。

 

「お、俺がやったのか……俺のせいで、俺が……!」

 

 顔を青くして、フォルスは呟いた。彼は、自分が暴走すれば、ゴスペルという獣になることを知っている。知った上で、それを利用して戦ってきた。

 心のどこかで楽観視していた。制御できている。暴走などしない、と。それがどうだ。バグを注ぎ込まれたことで、あっけなく意識を手放した。

 

 こんな事態に陥ったのは、紛れもなく自分の——

 

「それは、違う」

 

 震えるフォルスの肩に、コサックが手を置いた。温かい。彼は今、精神データのみのはずなのに。

 

「フォルス、君は利用されただけだ。君に意識はなく、ドクターワイリーによって暴走させられただけのことだ。気に病むことはない」

「けど、俺はコサック博士のことだって傷付けて……」

「これは私が、君とシンクロしたために負った傷だ。君に傷付けられたわけじゃない」

「同じことだ! 俺のせいで博士は……」

「フォルス」

 

 コサックは、狼狽えるフォルスを制止した。

 そして、一言。

 

 

「頼む。ワイリー博士と…………フォルテを、止めてやってくれ」

 

 

 その一言が、フォルスの意識を引き戻した。

 体中の痛み、苦痛を押して、コサックが絞り出した言葉がそれだ。

 

 ゴスペル化した原因……油断、楽観、様々あるだろう。反省も後悔も存分にすれば良い。全てが終わった後で。

 

 コサックの一言は、フォルスの心の霧を晴らした。それが一時的なものとはいえ、この戦いにおいて、彼の迷いはなくなった。

 

「任せてくれ、博士」

 

 ふ、と笑い、コサックは気を失った。

 フォルスはそのまま、パルスアウト先までコサック博士を運び……炎山たちに彼を任せると、電脳世界を進み始める。

 

『フォルス!』

 

 炎山の声が聞こえる。

 

『落ち着け、闇雲に進んでは……』

「分かってる。炎山くんは一度コサック博士を船に運んでくれ。熱斗くんは現実世界から先へ進むんだ。早くワイリー博士を止めよう」

『あ、ああ』

 

 思いの外冷静な返答を受け、炎山がたじろぐ。

 フォルスは狼狽するのをやめた。今自分がすべきことは、ワイリーを止め、コサック博士を早く病院へ連れ帰ることだ。

 

 目的がさらに明確になった。フォルスを縛るものはなにもない。

 彼を阻むウイルスの壁も、彼が腕を一振りしただけで消えていく。

 

 その圧倒的な強さは、彼のオリジナルを彷彿とさせる。

 

『す、すげえ』

『光、お前は先に行け。俺は博士の応急手当をしてから戻る』

『炎山……分かった、オジサンを頼む!』

 

 人命救助もオフィシャルの仕事だ、と彼は笑う。その姿に一安心しながら、フォルスはWWWアジトをどんどん進んでいった。

 

 ——やがて。

 

 彼は到達する。

 

 生物の体内のような、赤い肉に支配された電脳に。

 

「待っていた」

 

 そこには、1人のナビと、1人の人間がいた。

 

 電脳世界最強のナビ。フォルスのオリジナル。破壊の権化、フォルテ。

 

 現実世界最悪の科学者。フォルスを生み出した男。WWW総帥、ドクターワイリー。

 

 臆さずに、フォルスは突き進む。

 以前までの彼なら、彼らの威容に恐れをなしていただろう。しかし、今の彼は違う。替え難い使命を帯びた彼は、何の気負いもなく、歩みを止めることはない。

 

「フォルテ、ワイリー。アンタたちは俺が止める」

「……やってみろ」

 

 今までのフォルスとは違う威圧感に、フォルテが思わず溢した言葉。

 それが開戦の合図となった。

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