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「お゛お゛お゛お゛いいいいいいい!!」
騒音、と端的に言っていい声に少女は振り返った。振り返った先には、まるで星屑のような髪をなびかせた少年が一人。
こちらを見る瞳まで、同じように星屑を固めたような銀色の目をしていた。
綺麗だなあと、まるで絵空事でも眺めるようにそう思った。
頬を撫でるのは、なぶるような熱風だ。くんと臭うのは嫌に焦げ臭いそれ。
少女は、それに無意識のように浮かべてしまうようになった微笑みを向けた。
真っ黒な髪が焦げ臭い風になぶられている。そうして、彼女を包む焔と同じ赤い瞳をそろえた。
「スクアーロ。どうかしたの?」
ぽんと吐き出した言葉に、銀の髪の少年は顔を歪めた。どうしてそんな顔をするのかなんてわからない。わからなくて、それでも、そんな顔を浮かべるしかないのならザンザスはにっこりと笑うことしかできなかった。
いつも一人だなあとスクアーロは己の一応は主人に当たる少女を見た。
ザンザスの元に身を寄せてから数ヶ月ほどの時間が過ぎたが、少女の周りには基本として人がいない。
ボンゴレファミリーの令嬢である存在ならば、もう少し周りに人間がいると思っていた。けれど、学校が長期休みに入っているせいで家庭教師以外に人を見かけたことはない。
仕えているらしいメイドさえも彼女の周りには見かけなかった。
不便はない。部屋はいつだって綺麗に整頓されていたし、温かな食事は豪華な物ばかりだった。
スクアーロは殆どの時間を彼女と過ごしていた。護衛という名目でザンザスの側にいる自分はそれこそ四六時中一緒だ。
(にしちゃあ、あっさりと了承されたが。)
スクアーロはぼんやりとザンザスの父親に会ったときのことを思い出す。
「君がスペルビ・スクアーロ君かな?」
呼び出された部屋は、ザンザスの父親であるという男がいた。
(あいつの父親にしちゃあ、ずいぶんと。)
最初にあったときに感じたのは、そんなものであった。
真っ白な髪に、皺の刻まれた顔、優しげな顔立ち。全てが、ザンザスから遠く、そうして似ていなかった。
豪奢な椅子に座った老人は、とても優しげな目でスクアーロを見た。それに、どこかむずむずとする。
何もかも似ていない。そう思ったはずだった。なのに。
(目だけはやたらと似てやがる。)
憎々しくなるように感情でスクアーロは内心でため息を吐きたくなる。スクアーロは仰々しく着させられたシャツのボタンを外したいと思いはしたが、それを必死に飲み込んだ。
座らされた椅子はフカフカとした座り心地が良かったが、さっさと立ち去りたいという衝動におそわれる。
自分に注がれる、ボスの両隣を固める護衛たちからの視線が痛い。
行儀良くしてよ!
服を用意した少女からのきつめの言葉にスクアーロはたたき込まれた最低限の礼儀作法に従う。ボンゴレ九代目、ティモッテオ。穏健派の男は自分に穏やかに微笑んだ。
スクアーロが眼を覚まし、数日が経ってから九代目から呼び出しがあった。ザンザスも同行することを強く願ったもののそれは聞き届けられることはなかった。
「すまないね。病み上がりに呼んでしまって。」
「ああ。」
スクアーロはここで何と応えればいいかわからずに、何となしにそういった。九代目はゆるゆると目を細めて、そっと彼の前のジュースを促した。
スクアーロはそれも気にせずに、じっと目の前の老いた男を見た。
スクアーロのつんつんとした態度に九代目は苦笑する。けれど、さほど気にもとめずにスクアーロは見つめ続けた。
「それで、ザンザスは君を護衛に望んでいるそうだが。君はいいのかい?」
「何がだ?」
「あの子の護衛を君は務められるのかい?」
ぞわりと、体に警告と言える何かが駆け巡る。
小春日和のような老人などいない。喉元に切っ先を突きつけられたかのような、獅子を前にしたかのような、跪くような威圧感。
一瞬だけだ。一瞬、けれど自分では勝てない存在からの圧と言えるそれ。スクアーロは思わず椅子から飛び去り、それから距離をとる。癖のように腰に手を回すが、部屋に入る前にあずけたせいで空っぽだ。
「・・・・すまないね。」
その言葉と共に、威圧感はまるで波引くように消えていく。老いた男が、ザンザスとそっくりな目をした男が、自分をじっと見ていた。
「試すようなことをして悪かったね。ただ、ザンザスの側にいるというのはひどく難儀なことだ。だから、少し試してしまった。」
「それで、合格なのかあ?」
「ああ。君ならば大丈夫だろう。どうか、あの子をよろしく頼むよ。ただ、辞めたいと思うなら言ってくれればいいからね。」
(そんだけだったな。)
思い返せば思い返すほどに、良くも悪くも淡泊だった。もちろん、脅されたことは脅されたと言えるかもしれないが、ここまで大きな組織の中ではまだ簡素な試験であったと思う。
そうして、その後に会ったザンザスが珍しく慌てていたことも覚えている。
「スクアーロ。どうだった?」
彼女の住む屋敷の棟に帰れば、彼女はひどく慌ててスクアーロに駆け寄ってきた。いつも、にこにこと良くも悪くも変わることのない彼女が慌てている様は胸が空く心地だった。
「別に何も言われてねえよ。許可するってよ。」
「そっか。よかったよ。」
ザンザスはそれに息をついた。自分の隣を歩く女に、スクアーロはふとずっと胸の中にあった疑問が頭を擡げた。
元より、おかしな話でこの女の立場でこれほどまでに周りに人はいないということはあり得るのだろうか。かといって、虐げられているとは違う。
時折見かける人間は、ザンザスから距離をとることはあっても軽んじているということはなかった。
今日会った九代目もまたそうだ。
別段、彼女を疎んじているという様子ではなかった。どちらかといえば、心配しているという雰囲気がよく似合っていた。
だからこそ、スクアーロは不躾に、何のためらいもなく彼女に聞いた。
「てめえ、なんか俺に隠してるだろ。」
その言葉にザンザスは少しだけ口元を震わせた。そうして、おずおずとスクアーロを見た。それはまるで親からの叱責に怯える子供のようだった。
「その、別に話さないってわけじゃなくてね。少し、言ってないことがあって。」
「なんだ。」
それにザンザスは暗い顔でそっと己が手を掲げた。すると、彼女の手に光が集まっていく。
「なんだあ、これ!」
警戒するようにスクアーロがそっと体を離せば、ザンザスは苦笑交じりに手を握り込んだ。すると、光は霧散するように消えてしまう。
「死ぬ気の炎って知らないかな?私のは、色々と特殊でね。」
「・・・・ああ、ボンゴレの奴らが出せるってあれか。」
「私は、何というか憤怒の炎っていう特殊な炎でね。怒りとか、そういった感情でより威力の高い炎が出せるんだけど。」
ザンザスは視線を床に落とした。フカフカとした絨毯の敷かれた廊下は彼らの足音を綺麗に消してしまう。小さな背中が二人だけ、ぽつんと隣り合わせに歩いていた。スクアーロは置いた距離を縮めて、彼女の隣を歩いた。
「その、昔は人がたくさんいたんだ。世話をしてくれる人とか、掃除をしてくれる人とか。みんな、よくしてくれたよ。でも、私のことを狙った人がいて。護衛の人がいてね。守ってくれようとしたんだ。
でも、私はそれ以上に怖くてね。」
とつとつと、少女の声がする。心細くて、まるで風に飛んでいきそうなささやかな声だ。
ああ、らしくない。
スクアーロの中で苛立ちが膨らんだ。
ほんの少しの間だけの付き合いだ。それでも、らしくないと腹の中で何かが暴れる。
自分よりも強い彼女、一緒に勉強だってして、食事だって共にしている。
朗らかにスクアーロと日向のような声がまるで曇るように薄暗く聞こえた。
「私を殺そうとした刺客を死ぬ気の炎で焼き殺したんだよ。大変だったんだよ。ここら辺とか、一回焼けてさ。それから、死ぬ気の炎を上手く扱えなくてね。人の、焼ける臭いが鼻について。」
ザンザスはとつとつとそのまま言葉を続ける。
炎を上手く扱えず使用人たちを傷つけたこと、護衛たちも恐れて近寄らなくなったこと。
些細なことでストレスを感じ、炎を扱えないザンザスは他人を傷つけることを特に恐れた。そんなザンザスを慮り、九代目は彼女の住む区域内の人間を減らし、そうしてできるだけザンザスに近寄らないように指示を出した。
元より、建物を焼き払った彼女の評判は他に伝わり、刺客もすっかり減ってしまった。
「あ、い、今はちゃんと炎だって扱えるんだよ。そ、その。そこまで、はっきりと言えなくて。でも、あの・・・・」
「うお゛お゛お゛お゛お゛お゛いいいいいいいい!」
耳をつんざくような声にザンザスは固まり、そしてよろけた。呆然としたようなザンザスにスクアーロは怒りの声をあげた。
「つまりてめえの所に刺客が来る可能性も薄いかもしれねえって事か!?」
話が違うだろうとスクアーロはザンザスを睨んだ。ザンザスに近づき、胸を指で叩いた。
「てめえが、強い奴が入れ食いだって言ってたんだろうが!話がちげえぞ!」
つんざくような声でスクアーロが叫べば、ザンザスは口を開けて彼を見つめた。スクアーロはその間抜け面に舌打ちをして腕を組んだ。
「言い訳あるか?」
「あ、いや。その。刺客は来るよ。大人しくしてたら、送られてくるようになったし。」
「なんだ、ならいい。それより、てめえ授業がまだあるんだろうが。さっさと行くぞ。」
あっさりとスクアーロはそう言ってのけ、また歩き出した。授業に遅れると教師役の人間の小言が煩わしいのだ。
「ス、スクアーロ。」
「あ゛あ゛?なんだあ。」
「君は強いよね。」
何故、そんなことを唐突に言ってのけるのかわからずにスクアーロは振り返った。そこには、怯えるように体をかがめて床を見つめる少女が一人。
ザンザスのはっきりとした事を言わない態度にスクアーロは苛立ち始める。
「はっきり言ったらどうだ。」
「いや、その。君は強いから。だから、私の護衛ぐらい務められるだろう?」
確かめるような言葉であった。けれど、スクアーロにはその言葉の意図がとんとわからなかった。いや、何となしに自分が侮られているような気がした。
「あ゛あ゛あ゛あ゛!?てめえ、俺がてめえを襲ってくる奴程度に負けるとでも言いたいのか!?」
「は!?いや、そんなことが言いたいんじゃないよ!?」
「大体な!俺はてめえのことだって気にいらねえんだ!いつかぶっ殺してやる!!!」
捨て台詞のように言ったそれはまずいと思いはしたが、それでもそう言いたくなる程度に苛立っていた。
それにザンザスは何を思ったのか、ケラケラと笑い始める。
「そりゃあいいや!それぐらい強くなれば、護衛としてぴったりだよ。」
「っけ!せいぜい言ってやがれ。さっさと行くぞ!」
スクアーロは廊下を歩き始めた。振り返りもしなかった。彼にとってその話は、本当に些細なことだったからだ。だから、それで終わりだった。
けれど、少女はその背中を見つめていた。赤い瞳で、その銀の髪を見ていた。
穏やかに微笑んで、まるで夢を見るような瞳で彼女は少年の後ろ姿をじっと見つめていた。
「そうだなあ。それもいいかな。」
ゆっくりと歩き出した彼女は緩やかに微笑みを浮かべていた。
炎の臭いがした。くんと臭う、何かの焼ける臭い。いやな、肉の焼ける臭いだ。
ザンザスとスクアーロはそれこそ四六時中一緒だ。けれど、さすがに彼女の服を仕立てるとなると話は別だ。
彼女が着る柔らかなドレスは、九代目が指定したとおりオーダーメイドだそうだ。
目に入れても痛くない娘のためのそれに、スクアーロはさすがに立ち会うこともできずに指定された店の外で待たされていた。
けれど、その爆発音が聞こえてくれば話は別だ。急いだのだ。走って、それでも間に合うことはなく、開けた先の部屋は地獄が広がっていた。
黒く炭化した人の形をした何か、肉の焼ける臭い、怯えた仕立屋、かすかに床や家具を燃やすその炎。
その真ん中で、ザンザスは笑っていた。穏やかに、優しげに、九代目に本当によく似た笑みを浮かべて、微笑んでいた。
一緒に来ていた護衛たちもそれに怯えるような仕草をとる。
それがスクアーロは気に入らない。その少女のことも、周りの反応も心から気に入らなかった。
ザンザスが人をむやみに傷つける人間でない事なんてわかっているだろう。そうして、人を殺すのが嫌いなくせに、仮面のように笑う少女のことだって気に入らなかった。
自分でさえも何に苛立っているのかわからずに、それでも仕事をするのだと少女に近寄る。
「お゛お゛お゛お゛いいいい!ザンザス!敵はどうしたあ!?」
「スクアーロ、ああ。うん。ごめん、全部、焼いてしまってね。」
「俺の獲物だろうがあ!契約違反だぞ!」
スクアーロが自分にとって当然のことを口に出すと、彼女は仮面のような笑みを外して、安堵したように肩をすくめた。
「無理言わないでよ。私だって死にたくないんだからさ。」
「ちっ!何より、奴さんをこんだけ焼くんじゃねえよ!どこのもんかわからねえだろうが!」
口げんかをしていた二人にようやく正気を取り戻したらしい護衛たちが動き始める。それにスクアーロは眉間に皺を寄せる。
そうして、肩をすくめるザンザスを見た。
その少女は優しい、それこそどこかにいてもおかしくない程度に、彼女は温厚だ。周りも、九代目に似て穏やかな少女のその部分をよく褒めた。けれど、身を守るためにと力を振えば、話が違うと彼女を厭う。それが、スクアーロにはたまらなく気に入らなかった。何が気に入らないかわかりもせずに。けれど、ザンザスは変わることなく結局笑うのだ。
変わることのない少女のそのあり方がスクアーロは嫌いだった。