お久しぶりです。次回は、ザンザス視点になります。
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「スクアーロってたくさん食べるね。」
にこにこと笑いながら言われた言葉に、スクアーロは手を止めた。今いるのは、学校の中庭だ。ベンチに隣り合わせで座って、もぐもぐと簡素な食事をとっている。
嫌みだろうかと一瞬考えるが、隣にいるザンザスという女はそんなものとは良くも悪くも無縁の女だ。
ちらりと見たザンザスはにこにこと餌を与えられた犬のように機嫌がよさそうに笑っていた。
スクアーロは無言で、もう一度パンを口に放り込めば、余計ににこにこと笑みを深くした。
ザンザスは人が物を食べるのを見るのが好きだと知ったのは、彼女と会ってすぐのことだ。
ベッドに放り込まれたスクアーロに振る舞われた食事はザンザスが自ら運んできた。そうして、平らげるまで彼女はそれは嬉しそうに自分のことを眺めていた。
ボスの一人娘に近づく存在を排除することを恐れたのかと思ったが、どうやら彼女自身、他人の食事風景を眺めるのが好きなようでもあった。
(そういや。)
スクアーロは仕えている主人であるザンザスからの給仕を受けながら当時のことを思い返す。
ザンザスはこれでもボンゴレ派閥のリーダー格であるが、あまり他人と食事をすると言うことはない。事細かに下の人間との交流を持っているが、不思議と昼食などを共にすることはない。
いつだって彼女は、スクアーロと二人で食事をとっている。元より、護衛という触れ込みのせいでスクアーロとザンザスは四六時中一緒だ。
あまり団体行動になれていないスクアーロとしては最初は面倒だという感覚があったが、それ以上に気に入ったのは入れ食い状態で刺客がやってくることだろう。
学校の中でさえも、堂々と狙撃手が現れるのだ。
スクアーロとしては遠距離攻撃の人間はあまり好みではなかったが、それでも強者と戦えるなら満足できた。
何よりも、二人きりの方が気楽であった。ボンゴレの人間と会えばそれこそ面倒であったからだ。
ボンゴレの人間は、よくザンザスに媚びを売るけれど、それと同時に寒気のするような下卑た視線を向ける。
ああ、大きくなられて。
あんなにも幼い少女だったというのに。
9代目にはどうぞよろしくお願いします。
全てが気落ち悪いと思った。どろどろとしたその視線を向けるには、彼女はあまりにも不似合いだと思った。
(こいつも。)
スクアーロはいらいらとしながら隣の女を見た。それはもくもくと保温ポットに入ったスープをちびりちびりと飲んでいた。
それにスクアーロは眉間に皺を寄せて、ザンザスがコップを離した瞬間に持っていたローストビーフの挟まったサンドイッチを口に押し込んだ。
口にそれをくわえたザンザスは驚いた顔をしていたが、そんなことは気にせずにスクアーロは不機嫌そうにそれをねじ込んだ。
「う゛おおおおい、ザンザス、てめえ草食動物みてえなものばっか食ってんじゃねえぞ。」
肉食え、肉を。
スクアーロはそう言いつつ、ザンザスの口元にサンドイッチを押し入れる。ザンザスは驚いた顔をしたが、少しずつそれを咀嚼する。
ウサギが葉っぱを食べるように、少しずつ囓っていくようにザンザスは食べ進める。
以前からスクアーロはザンザスの食事について気になっていた。この年頃の女の食事事情など知るよしもないが、そうはいってもこの女は偏食が過ぎると感じていた。
肉類を好まず、野菜や穀物、後は少しだけの魚。さりとて、肉が嫌いというわけでもなさそうだ。
むぐむぐと小さな口でスクアーロの大口に沿って作られたサンドイッチを咀嚼したザンザスは呆れた顔をした。
スクアーロは次を食べさせるためにサンドイッチを構えた。それに、ザンザスは口元を押さえた。
「ウサギって、他にもちゃんと食べているよ?」
「どこがだあ、てめえ、肉は殆ど俺にやりやがって。前に医者にもっと太れって言われてるだろうが。」
スクアーロは不機嫌そうにそう言って、己の隣に座る女の腕を掴んだ。それはスクアーロを吹っ飛ばすような力があるようには見えないほどに華奢であった。
同年代の少女に比べて、明らかに痩せすぎです。
定期的な健康診断で女はそう言われていた。
お父様がご心配されますよ。
そんな言葉と共に言われたそれにザンザスは淡く微笑んで、はい、気をつけますと答えていた。
「・・・・失礼だなあ。女の子の体重に口を出すなんて。」
「失礼って話しじゃねえだろうが。だいたい、てめえはいちいちひょろいんだよ。」
スクアーロはそう言ってその腕を掴んだ。互いに成長途中とは言え、その腕はあまりにも細い。ザンザスの足なんて、己の腕とどう変わらない程度にしか見えない。
その、柔らかな腕を少しだけ握れば、スクアーロを吹っ飛ばすような力があるような豪腕には思えない。
それにぼんやりとであるが、目の前の生き物が自分と同じ世界で生きているなんて欠片だって思えなかった。
脆く、柔らかくて、そうして、あまりにも白い。
ああ、女の体だ。
女の体になんてあまり興味がないというのに、そんなことを考える。
それを失礼だとは思わない。
女であろうが、男であろうが、それの強さやあり方を否定することはない。そんなものはただの符号に過ぎないのだとスクアーロは知っている。
ただ、漠然と、それが女であるのだと改めて認識しただけの話だ。
「みろ、己の何分の一だあ、この腕は。」
「わかったよ、もう少し頑張ってみるからさ。」
ザンザスの苦笑したそれにスクアーロは無言でまたサンドイッチを口に押しつけた。
ザンザスはそれに対して目尻を下げながら、もっもっと咀嚼をする。
華奢な、体だ。
けれど、目の前の存在よりも二歳年下である自分に比べて、あまりのもその体は起伏に乏しい。まるで、少年のような体がやたらと痛々しく見えて仕方が無かった。
スクアーロとザンザスは、それこそ四六時中共にいる。
広い屋敷の中で同居しているが、護衛という触れ込みであるために部屋は隣同士だった。
子どもという枠組みにあっても年頃といって差し支えのない年齢であったためそこまで近しい立ち位置でいいのかという話もあった。
けれど、スクアーロの性格やザンザスの要望のために赦されている状況だった。
スクアーロとしては暗殺者の入れ食い状態のためご満悦だった。
けれど、二人が離れる瞬間というのは存在した。
それは、マフィア同士での会合、または交流や取引のためのパーティがあるときだ。
スクアーロは戦闘技術は際立っているがお世辞にも礼儀作法ができるわけではない。これからのことを考えて目下のところたたき込まれている。
が、今のところ人前に出せる状態ではない。ザンザスがそういった場に出る場合は父親にくっついているため彼女個人の護衛はあまり意味は無い。
その日も、ザンザスはパーティに出席することになっていた。
ただ、普段と違ったのは父親であるティモッテオが少しだけ遅れ、ザンザスだけが先に出席していたことだろう。
もちろん、彼女に護衛はつけられた。けれど、その日は腹心の守護者たちはおらず、代わりにその部下が護衛につけられた。
スクアーロは待機、ということで休憩室の近くにある小部屋に放り込まれた。パーティが終れば会場から直接、ザンザスが迎えに来ることになっていた。
(ひまだあ。)
スクアーロは生来の生真面目さを発揮して、出されていた課題の本を読みながらそんなことを考えていた。
退屈だ。鍛錬をしようかと考えたが、室内でそんなことをして何かしらを壊したときが何よりも怖い。
そのため、大人しくその場でお利口に待っておくことにした。
(先週はあんまし来なかったしなあ。)
今週は出来れば二桁を超える暗殺者が来てくれればスクアーロとしては満足だ。帰り道をわくわくしながら想像していたその時、近くで何かが爆発するような、鈍い音がした。
それにスクアーロは勢いよく立ち上がり、そうして音のした部屋に走った。
目的の部屋は鍵がかかっていたが、そんなことはスクアーロには関係ない。力の限り蹴り飛ばせば、簡単に扉は開いた。
そうして、くんと、スクアーロにとっては馴染んだ、肉の焼ける臭いが鼻をくすぐった。
部屋の中はさすがはというべきか自分のいた部屋に比べて豪華な家具が置かれていた。が、そんなことはスクアーロには関係ない。ただ、彼の目が寄せられたのは、部屋の中心でへたり込む護衛対象の少女の姿だった。
その近くには、焦げ付いた、炭化した腕に声もなくもだえている男が一人。自分たちとそう変わらない程度の年格好のそれにスクアーロは近づいた。
「あ、た、たずけ・・・」
掠れた声など気にならなかった。それよりも、スクアーロは少女に近づいた瞬間に、自体を正しく理解した。
華奢な、ドレスを着ていた。彼女に似合うようで、似合わない赤いドレス。少女の雰囲気に合った、愛らしい雰囲気のそれ。
それは、まるで布きれのように引き裂かれていた。青い顔のそれに、スクアーロは目の前のそれが何をしようとしていたのかを理解して。
スクアーロは放り捨てるように己の着ていた上着を脱ぎ捨てて、ザンザスにかけた。
スクアーロは何のためらいもなく、その男に隠し持っていたナイフを取り出した。
それよりも先に、ザンザスが声を上げた。
「こ、ころしちゃ、だめ!」
「う゛おおおおおおおおお!んなこといってる場合かああああ!?」
「そ、その人、昔からボンゴレと関わりがある組織の跡取りで、だから、殺したら、同盟に、亀裂が!」
ザンザスは伏せていた顔を上げて、歪な笑みを浮かべた。引きつったように口元をあげて、光の薄れた瞳でスクアーロを見上げた。
「大丈夫だよ!前から、あったことだから!」
その言葉にスクアーロは目を大きく見開いた。
「わ、私と、そういう関係になったら。ほら、いろいろ有利だから!だから、前からあって!でも、何かされた事ないんだ!私、強いから!大丈夫だから!人、呼んで!助けなくちゃ。」
「てめえ、自分の言ってること、わかってんのか?」
スクアーロは己がどんな感情を持っているのか、わからなかった。
呆れていた、驚いていた、失笑さえ、浮かんできそうだった。けれど、それ以上の感情、己の腹で揺らめく炎。
怒り、というものがあふれ出した。
が、それは次にザンザスの吐いた言葉に消えてしまった。ザンザスは、スクアーロに焦点の合っていない目を向けて、懇願するように言った。
「だって、ばれちゃう。おねがい、おとうさまには、いわないで。」
スクアーロは、立ち尽くして、そうして少女を見た。震える少女、それは、自分が穢されていたかもしれないことよりも、父親にばれることだけを心底恐れていた。
うめき声が聞こえる。汚らしい、豚のうめき声が聞こえる。
聞きたくなかった、黙れと思った。
何よりも、これ以上少女に、それを聞かせたくなかった。
スクアーロは後ろ手に無意識のうちにその男の額に向けて、ナイフを放った。さくりと、あっさりと刺さったそれに男は事切れた。
ザンザスはあっと声を上げた。
「ザンザス、てめえは・・・・・」
その時、部屋にようやく音を聞きつけて幾人かが入ってきた。それには、ザンザスの護衛を務めていた人間も混じっていた。
「何があった!?」
「おい、誰か死んでるぞ!」
「ザンザス様!」
ザンザスはそのまま、護衛の一人に連れて行かれる。スクアーロはそれを追おうとはしなかった。
「なにがあった!?」
スクアーロにそう話しかけてきた人間がいた。それに、スクアーロは口を気だるそうに開いた。
「スクアーロ君。あの子を守ってくれてありがとう。」
「・・・いえ。」
スクアーロはあの日から少しして、ティモッテオに呼び出されていた。老いた男は、じっとスクアーロを見ていた。
以前と変わらない部屋に、護衛の守護者。そうして、向かい合わせの机に置かれたお菓子とジュース。それを、スクアーロはぼんやりと眺めた。
「なにか、不手際があったでしょうか?」
「いいや。そんなことはない。ただ、少しだけ君に話を聞きたくてね。」
穏やかな声音であったが、その瞳の奥には疑いというものがあった。
それをスクアーロはぼんやりと見返した。
ザンザスはその日、途中で気分が悪くなったそうだ。もちろん、護衛はそれに付き添って休憩室に向かったそうだが、どうもなかなか良くはならなかったらしい。
その時、同じ休憩室に件の男が入ってきた。ザンザスの様子に医者を呼んだ方がと言った彼の言葉に、護衛は頷いて迎えの車と医者を呼びに向かったそうだ。
男にザンザスの付き添いを頼んだのは、彼が彼女と面識があり、尚且つ信頼の置ける人間であると判断されたためだった。
スクアーロは、休憩室に不審者が入り込み戦闘が行われた。ザンザスの憤怒の炎のに巻き込まれそれは逃走。男の眉間のナイフはその不審者のものであると報告した。
「その報告に、間違いは無いね?」
「ない。」
スクアーロはあくまで淡々とそう返した。それにティモッテオはうなずき、数秒だけ黙り込んだ。
「・・・・なら、彼のところにはお詫びをしないとね。」
それに対してスクアーロは何も思わなかった。ティモッテオがあの部屋であったことをどれだけ把握しているのかなんてスクアーロは知らない。けれど、疑い程度は確実に持っているはずだ。
けれど、目の前の男はそれを掘り返さないだろう。
穏健派の、ティモッテオ。
今回のことで古参の人間の間で下手な軋轢をするのは避けたいだろうし、あの男の思惑がどこまでなのかわからない。
組織が絡んでいるのか、あの男の思想によるものだったのか。
それさえも、今では闇の中だ。ならば、彼は沈黙を保つだろう。その金の舌は溶け落ちることはない。それは、ザンザスが望んだ時点で、スクアーロも同じだ。
だからこそ、虚偽の報告をした。証拠はないし、スクアーロの答えたそれは誰もが穏便に済ませられるものだ。
ザンザス以外は。
「・・・・ザンザスの。」
「うん?」
「見舞いを、してください。待っています。」
慣れない敬語にティモッテオは目を細めた。
「ああ、そうさせてもらうよ。」
優しい笑みはやっぱりザンザスに似ていて。
そうして、その男は結局、組織の長としてのあり方を優先させるらしいことを理解した。
(胸くそ、わりい。)
スクアーロは、そんなことを胸の中で吐き捨てた。