転職先は正義の魔法少女の悪側面【完結】   作:畑渚

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私のおひる

 目覚ましの音が鳴っているらしいことに、私は薄れた意識の中で気がつく。だんだん浮上していくような意識の覚醒を自覚しながら、私は瞼を開いた。

 

 昨夜の一件ののちは、驚くほどぐっすりと眠れたようだ。どことなく体の調子が良い気すらもする。

 今日は久々に目覚ましに起こされた。普段は目覚ましが鳴る前に起きているため、この無理矢理起こされる感覚はなかなかに貴重である。

 

 うんと背伸びをして、まだぼんやりとしている目を擦りながら寝室から出ると、リビングの方から懐かしさの混じった匂いが漂ってくる。

 

 

「おっ、起きたか。おはよう」

 

 リビングとつながる台所、その匂いの元には、1人の少女がエプロンを付けて立っていた。

 

「……ママ?」

 

「おいおい、まだ寝ぼけてるのか?早く顔洗ってこい」

 

「……す、すみません」

 

 もうしばらく会ってない母の面影を感じてしまい、失言をしてしまった。顔に熱が集中するのが触らなくてもわかる。

 

 水で顔を洗えば、意識がはっきりとしてくる。昨晩のこともはっきりと思い出してくる。またあのホットミルクを飲みたいなと思っている自分を自覚して、また少し恥ずかしくなる。

 

「お兄さん、随分と張り切ってますね」

 

「おうよ、もちろんだ」

 

 洗面所から戻ってきた私の前には、しっかり一食分ある朝食が準備されていた。

 良い艶の紅鮭に具沢山の味噌汁、そして小鉢には野菜を使った一品がある。ご飯も炊き立てでホカホカと湯気が立っており、まるでCMか何かかと間違うような食卓になっていた。

 

「ほら、今日も学校に行くんだろ?遅刻しないように早く食えよ」

 

 そう言って私と瓜二つの少女は、いただきますと手を合わせる。私もそれに釣られるように食卓について、いただきますを言う。

 

「お兄さん……これ」

 

「ん?なにか変なもんでも入ってたか?」

 

 とりあえず味噌汁からと啜ったときだった。私はこの味に覚えがある気がした。

 

「いえ……、ただ懐かしい味がすると思って」

 

「そりゃよかった。流石の俺も味の調整に苦戦したからな」

 

 そう笑う彼の様子は、どこか達成感を感じているようだった。

 

「味の調整ってどうやったんですか?」

 

「簡単さ」

 

 彼はベーッと舌を出して見せる。

 

「この体の舌に一番馴染む味にしたのさ。いや、まさか味覚まで変化があるなんてな」

 

 そうケラケラと笑う彼は、特に何かを含ませる意図もなく、ただ笑いたいから笑っているように見えた。

 

「ほら、あんまりぼんやりしないでさっさと食っちまえよ。遅刻するぞ」

 

 遅刻しても別に怒られないし、どうせ保健室にしか行かないのだが、なんとなく従っておきたくなった。

 

「ごちそうさまでした」

 

「おう、おそまつさまでした。食器はそのままでいいぞ」

 

 テキパキと自分の分と私の分両方を片付ける彼の姿を見ながら、私はまだ香ってくる匂いの元に目を惹きつけられていた。

 

「ん?何かまだあるのか?」

 

「あっいえ……」

 

 なんだか最近自分がおかしい気がしながら、自室へと戻って登校の準備を始めたのだった。

 

 

「行ってきます」

 

「っとおいちょっと待ってくれ」

 

 玄関で一声だけかけようとすると、バタバタとリビングから彼が出てくる。その手には参考書一冊しか入らなさそうな小さなバッグを持っている。

 

「ほら、どうせいつもは買ってるんだろうけど、今日からはこれ付きだ」

 

「……これは?」

 

「弁当だよ。あれ、もしかして給食がある感じか?」

 

「いえ……ないですけど」

 

「ならよかった。ほら、持ってけ。俺の味見による保証付きだ」

 

「……ありがとうございます」

 

 彼が来てから初めてのことばかりだ。私はそのランチバッグを受け取って、再び扉を開ける。

 

「行ってきます」

 

「おう、いってらっしゃい」

 

 こうやって挨拶をするのも、しばらくぶりであったなと思った。

 

 

=*=*=*=*=

 

 

 チャイムが鳴り、昼休みが来る。流石に昼休みは、校舎の喧騒が保健室まで届く。

 

「あら?今日はお弁当持ってきてるのね」

 

「はい。えっと……最近一緒に住み始めた姉が持って行けとうるさくて」

 

 彼との関係性は複雑だ。とりあえず先生には姉と言っておいて誤魔化すことにした。

 

「へぇ、良いお姉さんね。それに安心したわ。あれでもあなたって確か一人っ子だったわよね?」

 

「あっその、姉といっても血の繋がり的には遠いんです。年上で私の面倒を見てくれるのでそう呼んでいるだけで」

 

「なるほどね」

 

 嘘は言ってない。お兄さんとは血の繋がりは果てしなく遠いし、お兄さんは年上である。

 

「あら、随分とおいしそうね。お姉さんは料理が上手なのね」

 

「そう……ですよね。とてもおいしいです」

 

 お兄さんは不思議なことばかりだ。ただのサラリーマンだったと聞いているのに、どうしてここまで料理が上手いのだろうか。

 

「っと、おいしそうなお弁当を見てたら私もお腹が空いてきちゃったわ」

 

 そう言って先生もバッグから弁当箱を取り出す。

 

「先生は自分で作っているんですか?」

 

「いいえ、残念ながら私は台所に立つなと口酸っぱく言われてるから」

 

「言われてる?」

 

「ええ、彼女に」

 

「……?」

 

「じゃなかった、彼氏にね。もう口うるさいったらありゃしないんだから」

 

 そう憤るように言ってはいるが、先生はその彼氏さんが好きなんだろうなと感じる。

 しかし彼氏と彼女を言い間違えたりするだろうか。少し腑に落ちないなと思っていると、突然保健室の扉が開く。

 

「先生!怪我したんで絆創膏ください!」

 

「また?まったく、気をつけなさいといつも言っているでしょうに」

 

 そう言って先生は、その生徒の対応に行ってしまった。

 私は普段は感じない寂しさというものを感じてしまっている気がした。

 

 一口弁当を食べ進める。やはり、お兄さんの料理はおいしい。

 




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