『仮面ライダーファイズ』の二次創作です。

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ディグニティ・ロスト

CHAPTER 1 再生

 

 俺は死んだはずだった。

 

 あの日、俺は幼馴染の直樹と学校を後にした。共に登校し、つまらない授業を受け、部活の時間に柔道着に着替え、ひたすら受け身の練習をする。そんな繰り返される毎日と、あの日は何も変わらなかった。馴染みのコンビニでアイスクリームを買い、店の前の車止めに腰を下ろし、クラスの好きな女子の髪形が変わったことや、顧問の先生の悪口などを語り合った。直樹は笑っていた。いつもと何も変わらなかった。

 

 俺は死んだはずだった。

 

 後で知ったことだが、コンビニに車が突っ込む事故は、よく起きるらしい。お年寄りがブレーキとアクセルを踏み間違えるのだと、そういえばニュースで耳にしたかもしれない。あの日も、どうやらそうだった。急速に迫ってきたライトに目の前が真っ白になった後、気付いたら、俺はベッドに横たわっていた。身体が大きな衝撃を受けたらしいことはなんとなく覚えていたが、正確な経緯は何も分からない。直撃だった、と医者は言っていた。でも、俺の身体には包帯が巻かれていなかった。点滴も繋がれていない。ふと目をやると、並んだベッドに直樹も横たわっていた。彼の身体も綺麗だった。

 

 俺たちは死んだはずだった。

 

 意識が戻った翌日、ロズと名乗る男が俺たちの前に現れた。身なりの良い紳士、という形容が似合う人物で、ハリのあるスーツを着込んでいた。彼は俺たちに会った途端、まるで舞台役者のように大げさに拍手をしてみせた。「おめでとう!こんなに幸せなことはない!」。部屋の隅まで響くような美声に、心臓が震えたのを覚えている。彼は俺たちの身に起こったことを説明してくれた。俺たちはそれを理解するのに、一週間を要した。

 

 俺はオルフェノクになった。

 

 彼はその名を、人類の進化形態だと言った。いずれ我々が世界を支配するのだと。だが俺たちは、自分たちがもはや普通の人間でなくなったという事実を受け入れるのに必死で、彼が説明したスマートブレインという会社の話は、正直あまり耳に入らなかった。後日、お互いの姿が変わって、初めて頭の隅々まで事態が呑み込めた。直樹の体は灰色だった。全身が彫刻のように無機質でありながら、彼の体は美しかった。そう教えると、直樹も俺の体について感想を述べた。「君の頭のそれ、かっこいいね」。俺の頭部に生えた角が勇ましいと、そう言ってくれた。俺も、直樹の肥大化した拳の存在感に見とれていた。

 

 俺たちはオルフェノクになった。

 

 どうやら、「オリジナル」という存在が二体同時に発見されたのは、史上初のケースらしい。ロズがそう教えてくれた。オルフェノクは大きく二種類に分類される。死から自ら再生したものを「オリジナル」というが、オルフェノクが人間を殺害し、その殺された人間が偶発的に覚醒した「使徒再生」の個体と比べ、強力なパワーを有しているらしい。俺と直樹は、同時多発にオリジナルに覚醒した存在として珍しがられた。スマートブレインの中でも、まるで兄弟のように扱われた。俺は自らの角を武器に、そして直樹はその大きな拳を活かして、戦闘訓練を積んだ。灰色の体に変わると不思議と力が湧いてきて、無性に何かを壊してしまいたくなる。最初はそれで直樹にも迷惑をかけた。訓練成績はいつも俺の方が上で、直樹はそれを羨ましがった。

 

 ロズがいつも俺と直樹を指導してくれた。彼は滅多に俺たちの前でオルフェノクの姿を見せなかったが、それでも十分に強かった。彼はスマートブレインの中でも将来を期待されているのだと、噂話で耳にした。いつも俺たちの戦い方が美しくないと叱った。俺たちは二人ともパワーファイターなのだから、美しさなんて出せるはずもないのに。

 

 事故で死んでから、俺たちがスマートブレインの戦闘部隊に正式に配属されるまで、八年の歳月が経っていた。

 

 

 

 

CHAPTER 2 邂逅

 

 あの日、俺たちは指令を受けた。

 

 ある犯罪集団が、廃工場に潜伏しているというのだ。俺と直樹はそこに出向き、たむろっていた二十七人を殺害した。残念なことに、誰もオルフェノクには覚醒しなかった。人間を襲って仲間を増やす地味な仕事は、これでもう十三回目。なるべく足が付きにくい人間を襲うため、街で派手に暴れるという晴れ舞台はなかった。スマートブレインは全世界をオルフェノクの支配下に置くために、色々と計画をしていると聞いたが、俺たちのような末端の兵士にその詳細は分からなかった。

 

 しかし、この日俺たちはミスを犯した。殺し損ねた最後の一人が廃工場から逃走し、近くの遊歩道まで辿り着いてしまった。俺たちは彼を追いかけ、無事殺害に成功したが、運の悪いことに通りかかった車の運転手にそれを見られてしまった。クリーニングの配送車だろうか。その青い車を運転していた男は、しきりとくしゃみをしながら俺たちを睨みつけた。オルフェノクに変身したままだった俺たちは、こうなっては彼も殺すしかないと歩を進めたが、助手席から飛び出してきた別の男がそれを阻んだ。

 

 彼は黒いコートに茶髪が目立つ男だった。何やら携帯電話を取り出し、その直後、彼の体は赤い光に包まれた。俺は戦闘員仲間から聞いた噂話を思い出した。ファイズ、という俺たちオルフェノクの敵がいると。その謎の存在は、銀色と黒の体に赤い力を有しており、携帯電話やデジタルカメラ、懐中電灯を駆使して俺たちを退治するそうだ。あの時笑い飛ばした都市伝説のような存在が、俺たちの目の前に颯爽と現れ、殴りかかってきた。

 

 数の上ではこちらが勝っているはずなのに、俺たちは劣勢だった。ファイズの戦闘能力は驚くほどに高かった。しきりと右手首をスナップし殴りかかってくる不敵な態度に怒りを覚えるも、こちらの攻撃はほとんどかわされてしまい、胸に拳を叩き込まれる。オルフェノク相手に戦った経験が相当あるようだ。ファイズは携帯電話を銃に変形させ、銃撃を仕掛けた。近距離での戦闘を得意とする俺たちは、銃で攻撃されると手も足も出ない。二人して地面に膝をついてしまった。ファイズは腰の懐中電灯を何やら足首にセットし、携帯電話を操作した。直感で、まずい、と感じたが、すでに遅かった。ドリル状の赤い閃光が、直樹の体を貫いた。

 

 俺は直樹が崩れ落ちる音を背中で聞きながら、必死に逃げた。なりふり構わず逃げた。あと数秒でもあそこにいたら、俺も間違いなく殺されていただろう。息も絶え絶えに戦闘部隊の司令室まで逃げ延び、ファイズの出現を知らせた。そして、直樹の死を嘆いた。直樹は今度こそ死んだ。小さい頃から一緒だった幼馴染の直樹は、共に死んだ直樹は、何度も一緒に訓練した直樹は、もう還ってこなかった。

 

 

 

 

CHAPTER 3 再戦

 

 後日、ロズが俺の前に現れた。

 

 彼はまたもや芝居がかった身振りで、直樹の死を悲しんだ。俺は直樹が死んでから、何も手につかず、毎日を虚ろな表情で過ごしていた。直樹を殺したファイズを憎む気持ちでいっぱいだったが、仮に復讐したとしても、今度こそ確実に殺されてしまうだろう。その歯痒さに拳を震わせていた。

 

 ロズは言った。「君にファイズを倒すための武器を預けよう」。武器? 俺は苦い表情を浮かべた。昔から不器用な俺が武器なんて上手く使えるはずがない。ロズは合図をして、部下の女性にアタッシュケースを持ってこさせた。その中には、ベルトが入っていた。ファイズが着けていたものと似ているが、白と黒でカラーリングされたそれは、どこか禍々しかった。ロズはこのベルトを、デルタ、と呼んだ。

 

 俺はデルタの力を使う訓練を積んだ。全てはファイズに復讐するためだ。音声認識で起動するこのデルタの力は、俺にオルフェノクの時とはまた違う破壊衝動を教えてくれた。青白い光と共にデルタをまとうと、戦い方もどこか残忍になった。この力なら、ファイズを殺せる。そう信じ続ける日々を送った。

 

 ある日、ファイズが現れた。奴をおびき寄せるためにロズが仕掛けた罠とも知らずに。戦闘部隊の後輩がその餌としてわざと派手に街中で暴れ、駆け付けたファイズに殺された。彼のためにも、俺はファイズを殺さなければならない。後輩が灰となって崩れ落ちた頃、俺は現場に向かい、すかさずデルタの力をまとった。もはや、オルフェノクの体よりデルタの自分に愛着が沸いていた。

 

 さすがのファイズも驚き、自分と似た武器を操る存在に動揺していた。俺はその好機を逃さず、ファイズに蹴りをお見舞いする。素晴らしい。奴は遠くまで吹き飛んだ。一撃を先に決めた俺の優勢は変わらない。次々と攻撃を繰り出し、ファイズを追い詰めていく。

 

 自立するバイクのようなロボットがファイズを庇ってきたが、俺は落ち着いて対処した。ロズから与えられていたジェットスライガーというマシンを起動させ、バイクのロボットに突撃させた。完全なる破壊には至らなかったが、双方破損が大きく、沈黙した。これは俺とファイズの戦いだ。邪魔をするな。

 

 しかし、またもや横槍が入った。今度はロボットではない。彼はファイズと似た外見を持ちながら、黄色いラインが体中を巡っていた。目付きも鋭く、嫌な予感がした。案の定、そいつの攻撃は容赦がなかった。ネクタイを直すように襟元に手をやり、首を回しながら、俺をいたぶるように攻撃を続ける。やがて戦線復帰したファイズと共に、二人がかりで俺を襲ってきた。やけに抜群のコンビネーションの前に、俺は手も足も出なかった。二人が空中に跳び、赤と黄色の閃光が同時に俺を貫く。その威力によって、デルタのベルトは破壊されてしまった。

 

 今度こそ死を覚悟した俺を助けたのは、ロズだった。彼は黄色いファイズのことをカイザと呼び、怒りを露わにした。久しぶりに彼のオルフェノクの姿を目にしたが、相変わらずスマートな体つきだった。ロズはデルタを破壊された怒りからか、その強大なパワーをファイズとカイザにぶつけた。ロズは立ち上がるのもやっとの俺を連れ、共に逃げてくれた。俺は悔しさと申し訳なさでいっぱいだった。死んでしまいたかった。

 

 スマートブレインに戻った俺たちには、厳しい処罰が待っていた。デルタのベルトは修復の目途が立たないらしい。満身創痍の俺を、ロズは庇った。「彼は奇跡の存在、希望の光なのです!」。俺の将来性を幹部陣に熱弁していたが、間もなく彼は責任を問われ、拘束された。その後、ロズの行方は分からなくなった。

 

 

 

 

CHAPTER 4 再会

 

 俺は今度こそ失意の底だった。

 

 直樹を失い、デルタを失い、ロズまでも失った。俺は人間を襲う指令すら完遂できないほど、活力を亡くしてしまった。毎日、自分が何者なのかを問い続ける日々を過ごした。俺はもう人間じゃないのに、こんなにも人間らしく悩める自分が、また嫌になった。

 

 どうやら、デルタを大幅に簡素化した新しい武器が量産され、それを操る新部隊により、遂にファイズの撃退に成功したらしい。あのファイズを葬るとは、相当強いオルフェノクがいたのか。あるいは、度を越した物量作戦で挑んだに違いない。どちらにせよ、俺にはもう関係のない話だ。

 

 世の中は急速に変わっていった。スマートブレインの計画がついに発動し、世界各国でオルフェノクの一斉蜂起が起こった。政治も経済もその姿を変え、世界中は混乱した。俺は一人、暗く冷たい自室に引きこもり、そのニュースを空虚な目で眺めていた。世界は確実に、オルフェノクの支配に近づいていた。

 

 ロズが失踪してから数年が経過したある日、俺の前に女が現れた。

 

 派手に肌を露出したコスチュームに身を包んだ不埒な女は、耳障りな猫なで声で俺を誘った。ふらふらとついていく俺の目の前にいたのは、いや、“あったのは”、押し車の上に乗せられた不気味な筒だった。筒の横には機械が備え付けられており、空気が循環する音が部屋中に響いていた。その筒の中身に目を凝らすと、そこにあったのは、ロズの生首だった。

 

 「こんな身体になってしまったが、やっとスマートブレインのトップに上り詰めることができたよ」。どうやら、生首のまま、生命維持装置に繋がれているらしい。彼は続けた。「君のような上の上のオルフェノクは、まさに奇跡の存在だ。君を“完成”させることが、私がずっと抱いてきた夢だった」。彼の言っていることがよく分からなかったが、惨めな姿になってもその威厳を損なわないロズの姿に、安心を覚えた。そういえば、彼はなぜロズという名前だったか。ああ、思い出した。彼のオルフェノクの姿はローズという薔薇の名を冠していたのだ。それのもじりだと、訓練時代に教えてもらったっけ。

 

 生首のロズは、不埒な女に押し車を押させ、俺を別の場所に案内した。懐かしい訓練所のホールだった。壁一面がガラス張りなのが特徴的だ。ここでロズや直樹と汗を流したあの日々を思い出し、胸が苦しくなった。ロズは声高々に叫んだ。「さあ、入りたまえ」。ホールの入り口に、人影が見えた。その影はふらふらとこちらに近づいてきた。目を疑った。

 

 それは直樹だった。

 

 

 

 

CHAPTER 5 喪失

 

 俺は動くことができなかった。

 

 直樹は確かにあの時、ファイズに殺された。殺されたはずだ。彼の死が俺の人生を狂わせたのだから、それは間違いない。なぜ彼がここにいるのか。俺はロズの顔を見た。ロズは俺から目を逸らさない。「間違いなく、彼だよ」。俺は動揺した。意味が分からない。硬直する俺に、彼は襲いかかってきた。

 

 直樹はオルフェノクの姿にその身を変えた。懐かしい。彼の大きな拳だ。そう思った瞬間、俺の全身に激痛が走る。間違いない、直樹に殴られたのだ。数メートルを吹っ飛ばされ、反射的に、数年ぶりにオルフェノクの姿になった。直樹はどう見ても正気ではなかった。俺の声に全く耳を貸さないばかりか、動物のようなうめき声を繰り返している。防戦一方の俺に、執拗に攻撃を繰り返してきた。

 

 俺は叫んだ。ロズ、教えてくれ、どういうことだ。あなたは何か知っているんだろう? なぜ直樹が生きているのか。どうして俺たちは戦わないといけないのか。

 

 殴られ続ける俺に、ロズは淡々と説明した。「その直樹くんは、彼の死骸からスマートブレインが人工的に蘇生させた、いわばゾンビのようなものだ。君の“完成”のために、彼の灰と化した死骸をずっと保存していたのだが、最近やっと技術が追いついてね。オルフェノクが本来持つ再生能力のみを増幅させてみたが、その代わり、記憶も理性も完全に失ってしまったようだ。流石にこれでは、我が社の戦闘員としては、下の下、ですが」。

 

 人工的に蘇生した? 直樹の亡骸を弄んだというのか? 混乱と怒りの中、俺は叫び声を上げ、襲いくる直樹を退けロズに向かって突進した。

 

 ロズは誰かの名を叫んだ。俺の行く手に立ちふさがったのは、白いファイズのような存在だった。巨大なバックパックを背負い、青いラインが体中を巡っている。「レオ、彼を落ち着かせろ」。ロズの命令を受け、レオと呼ばれた白い存在は俺に殴りかかってきた。彼は英語で何かを喋っていたが、混乱している俺には全く聞き取れない。直樹とレオに追い詰められた俺は、いつしか、床に這いつくばっていた。意味が分からない。何が起こっているのか。その時、ロズの合図と共に、どこからか光が差した。ホールの床に、何かの映像が映し出されている。

 

 画質が粗い。監視カメラか何かだろうか。中学生くらいの二人の少年が、店の外の車止めに腰かけている。まもなくして、車がそこに突っ込んだ。画面右側に吹っ飛ばされる少年たち。衝撃でカメラも酷く揺れたが、映像は生きているようで、画面の端に動かない少年たちを映し続けている。

 

 やがてそのうちの一人が、ふらふらと立ち上がった。虚ろな佇まいのまま、彼は叫び声を上げ、怪物に姿を変えた。頭部の角が目立つ。怪物は、血だらけで助けを求めるもう一人の少年を、執拗に殴り続けた。肉片が飛び散っているのが見える。何かの衝動に正気を失っているようだ。その後、両者とも倒れ込んだ。殴られ続けた少年の死体が、灰色の体に光っては戻った。

 

 なんだこれは。なんだこれは。なんだこれは。

 

 ロズの高らかな声がホールに響いた。「言っただろう? 幸せなことだと。奇跡の存在だと。君たち二人は同時発生のオリジナルではない。オリジナルは君一人だ。君はオルフェノクになったその初期衝動のまま、直樹くんを殺し、なんと彼は使徒再生を遂げてオルフェノクになった。なんという偶然、まさに運命そのものではないか!」。俺の耳に、頭に、心臓に、彼の言葉が突き刺さる。「覚醒しすぐに人を殺め、そしてその相手を見事に使徒再生させた君の才覚を、私はずっと見守ってきた。君は最強のオルフェノクに、きっとなれる!さあ、その力を解放したまえ!」。

 

 足元がどこか分からないほどに、俺の意識はぐらついていた。俺が直樹を殺した。誰でもない、俺が殺していたのだ。混乱し、絶望に沈む俺に、直樹が襲いかかってきた。馬とも牛ともつかない奇妙なうめき声を上げながら、直樹は俺の顔をひたすらに殴り続けた。何度も。何度も。もう何もない。何もかも失った。意識が遠くなる。死が、近づいてくる。

 

 「くるぞ」。ロズのその一言が聞こえた。

 

 俺の体は変化していた。身体と頭が死を悟ったその瞬間。死を覚悟し身を委ねたその瞬間。体内の再生能力が反発を起こしたのか、内側から何かが俺を食い破ってきた。

 

 みるみるうちに俺の身体は肥大化し、覆いかぶさっていた直樹を弾き飛ばした。直樹やロズの名を叫ぼうにも、もはや言葉にならない。ただ、猛獣が醜く吠えるような音だけが、ホールに響き渡る。ガラスの壁に映っている俺は、四本足だった。巨大な猛獣のようで、肩が鋭利な直線を描いている。頭部の角は更に巨大になっていた。

 

 もう何も考えられなかった。その破壊衝動は、デルタを大きく超えていた。次の瞬間、俺は直樹を踏み潰していた。あの映像のように、衝動と怒りに任せ、何度も何度も何度も、直樹に力をぶつけた。途中から彼はまた灰に戻っていたが、俺の脚は何度もそこを踏み続けていた。直樹の残滓が、辺り一面に舞った。

 

 暴れるままに俺はロズを向き、突進した。またもやその行く手を阻んだのは、白いファイズだ。「レオ、間違っても殺すな」。ロズの指示を受け、レオは何度も俺に攻撃を加えたが、ことごとく急所を外した。隙をつかれたのか、いつの間にか他のオルフェノクたちがホールに現れ、俺の四本の脚に頑丈な鎖を巻きつけた。二体くらいは踏み潰しただろうか。

 

 意識が、遠のいていた。

 

 凶暴性が俺の中の全てを食い破る前に、ロズの声が遠くから聞こえてきた。「素晴らしい!美しい!まさに上の上、最強のオルフェノクの誕生だ。君の意識と身体が、絶望と死を受け入れるこの瞬間を待っていた!これこそが、人間解放軍をくじくための我が最大の切り札だ。なあ、エラスモテリウム!」。幾度となく直樹やロズに呼ばれたそのオルフェノクとしての名が、自分のものと分からなくなるほど、俺の意識は無くなりかけていた。最後に聞こえたのは、醜く響く獣の叫び声だった。

 

 俺は死んだはずだった。


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