貞操逆転世界の童貞辺境領主騎士   作:道造

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第42話 遊牧民族国家

レッケンベル邸の庭は広い。

政治・軍事・戦場。

三つの場において抜群の働きを示したレッケンベルには、最上の屋敷が用意されていた。

その庭は、弓の演習場まで設けられており。

的までの間合いは、およそ600m。

 

「的まで、遠いな」

「遊牧民族のコンポジット・ボウ。その射程を上回るためには、この距離が必要なのです」

「フリューゲル。よろしく頼むぞ」

 

私は、レッケンベル邸まで従士長ヘルガが連れてきてくれた愛馬のフリューゲルに跨り。

そしてニーナ嬢から、クラウディア・フォン・レッケンベルが愛用した魔法のロングボウを受け取る。

 

「さて」

「ドローウェイトは果てしなく重いです。母上、クラウディアは、このロングボウへの魔術刻印にドローウェイトの緩和ではなく、威力と飛距離を求めました」

「で、あろうな」

 

私は、肘の位置まで弦を引く。

重くはない。

常人には引けない重さであろうが。

私にとっては重くない。

 

「引けるんですね。さすが我が母上を破った超人」

「引けるな」

 

私は弦を引く。

ヴィレンドルフ戦役を思い出す。

クラウディア殿は、確か胸元までこの弦を引いていた。

私はどこまで引けるものか、確かめてみる。

耳の位置まで。

ここまで引ける。

 

「ポリドロ卿?」

「一度、この耳まで引いてでの、その威力を確かめたい」

 

600mの距離であれば、胸元までで良いのであろう。

だが、この魔法のロングボウのポテンシャルを引き出してみたい。

何故だか、ニーナ嬢は嬉しそうに笑って答えた。

 

「どうぞ」

 

私はフリューゲルに乗ったまま、弓矢を放つ。

その弓矢は標的目掛けて飛翔し、そのまま標的の中央に当たり。

そのまま標的の表に、突き刺さるのではなく貫いた。

これが敵兵相手ならば、重騎兵相手でも鎧に風穴を空けられるであろう。

 

「超人は、皆同じ事ができるものですか?」

 

600m先。

私の視力ならば鮮明に見える標的には、同じく貫いた跡が多数存在していた。

おそらくはクラウディア殿も、同様の事をしていたのであろう。

ニーナ嬢の問いに答える。

 

「練習が必要です」

 

止まった的ではない。

走るフリューゲルに乗馬したまま。

動標的に、同じく馬に乗った遊牧民族に当てるには多少の練習が必要であろう。

そして、その場合は胸元まで引くに留めるのがベストか。

私は、実戦におけるクラウディア殿の行動から学ぶ。

 

「私はカタリナ女王に、引けるものならロングボウをお貸しすると約束しました。16歳になった頃に取りに伺います」

「それまでお借りしよう。メンテナンスについても教えてくれ」

 

御用商人であるイングリットに、また整備を頼む品が増えた。

整備費はかかるが、致し方ない。

来年の軍役は、山賊相手ではない。

おそらく遊牧民族だ。

ヴィレンドルフとの和平交渉が成り立った今、選帝侯たるアンハルト王国にとって周辺国家など物の数ではない。

ただ唯一残った北方の脅威。

アンハルト王国は、ほぼ全力を投じて遊牧民族を捻り潰す。

正直面倒くさいから参加したくないし、第二王女相談役としての特権を使ってだ。

小さな山賊相手で軍役を済ませてもよいのだが。

 

「ま、無理か」

 

あまりにも名が高まり過ぎた。

ファウスト・フォン・ポリドロ卿は何故この戦場におらず、小さな山賊等を追いかけまわしているのか。

そう言われると面倒臭い。

何より、ヴァリエール様は第二王女親衛隊を引き連れて、遊牧民族退治に向かうであろう。

場合によってはアナスタシア第一王女やアスターテ公爵も出向くかもしれない。

出張らざるをえん。

ああ、面倒くさい。

それを考えると、敵の部族長を一撃で仕留める事を可能にするロングボウが手に入ったのは僥倖である。

クラウディア・フォン・レッケンベルが遊牧民族相手に用いた戦術。

部族長を射抜き、次に弓兵を射抜く。

それを参考にさせてもらうぞ。

パルティアンショットなんぞ不可能にしてやる。

しかし、弓矢の数が欲しいな。

弓矢を多数携えた、補充が出来る騎兵が横に欲しい。

それも信頼できる相棒が。

そんな事を考えていると。

 

「もし、我が国にクラウディア・フォン・レッケンベル、或いはファウスト・フォン・ポリドロがいれば」

 

屋敷の方から、語り掛ける様に、それでいて独り言のように呟く。

 

「我が国が滅ぶことは無かったのでしょうか」

 

背の高い、そして黒髪の女が現れた。

それはアンハルト人でも、ヴィレンドルフ人でもない。

明らかに東方人と判る、鼻が低い、だが美しい容貌の持ち主であった。

そのバストは豊満であった。

私と彼女の視線が合う。

彼女はペコリ、と大きく頭を下げた。

その両手には、私と同じくロングボウを携えている。

その刻まれた魔術刻印も、私の持っている物と同様である。

 

「あれは母上の所有していた、スペアです。カタリナ女王が彼女に貸し与える様にと」

「彼女は東方から?」

「はい、遠い遠いシルクロードの先から参られたそうです」

 

えへん、とニーナ嬢が未成熟な胸を張って誇らしげに語る。

曰く、東方の武将、いわゆる我が国における騎士であった。

国が滅んだ故、放浪するようにしてシルクロードを愛馬と共に歩み、このヴィレンドルフに流れ着いた、と、

 

「カタリナ女王への御目通りが叶いまして。今では、レッケンベル家の食客としての立場を頂いております」

「ロングボウの貸与を許されるとは、要するに」

「はい。この弓で、レッケンベル殿の代わりに遊牧民族を仕留めよという事でありましょう」

 

レッケンベル殿の代わり。

それが弓矢の腕においてのみ、と仮定しても相当な実力者であろう。

 

「腕が見たいな」

「雪烏」

「?」

 

私の声に応え、彼女が名を呼ぶ。

一瞬、何事かと思うが。

近くでしゃがんでいた白い馬が立ち上がり、こちらへと駆けてくる。

ああ、馬の名前か。

彼女が白馬に跨り、私と同じくロングボウの弦を引く。

その動きは強烈なドローウェイトを全く感じさせず、軽やかである。

耳元まで弦を引きのばし、矢を放つ。

それは私が放った矢と同じく、標的を貫いた。

 

「御見事」

「これしか取り柄がないものですから」

「失礼。お名前を聞くのが遅れました。ご存知のようですが、私はファウスト・フォン・ポリドロと申します。貴女の名前は?」

 

彼女は少しためらった後。

短く、その名前を呟いた。

 

「ユエ、と申します。こちらでは月という意味の名です」

「失礼ですが、家名は?」

「家名は」

 

彼女は少しだけ悲しそうに。

何かを想い出しているかのように、唇を噛みしめながら答えた。

 

「家名は、国が滅んだ時に捨てました。家を守れなかった故に」

「失礼。先ほども言っておりましたが」

 

ニーナ嬢も、国が滅んだと言っていたな。

何故?

まあ、遠い遠いシルクロードの先の事などよく知らぬが。

 

「ぶしつけな質問をします。国が滅んだとは?」

「遊牧民族に、いえ」

 

ユエ殿が、少し遠い目で答える。

 

「遊牧国家とも言うべきものに滅ぼされました」

「遊牧国家?」

 

まさかな、とは思う。

この世界は、前の世界との類似点がある。

子供が10人生まれたら、その内女は9人で、男は1人しか生まれない。

男女比1:9の頭悪い世界。

私はその世界に転生した。

もし神という者がいるなら、随分と趣味の悪い事をするものだ。

そして魔法もあれば奇跡もある。

伝説にも事欠かない。

だが、この世界には、私が以前存在した前世との類似点が確かに存在するのだ。

私が住んでいるのは、中世ファンタジーじみたヨーロッパに近しい地域で。

神聖グステン帝国という、神聖ローマ帝国の真似事ともいえる物が存在し。

アンハルトとヴィレンドルフは、7人いる選帝侯の内の2人である。

そして。

アンハルトとヴィレンドルフは、北方の遊牧民族の略奪に悩まされている。

大草原が広がる、集約農耕の展開が困難で、牧畜には適するがただそれだけ。

定住には苦しむ乾燥地帯がそこにある。

だから思うのだ。

まさかな、と。

だから、尋ねる。

 

「その遊牧国家とは、騎馬民族国家と解釈しても」

「騎馬民族国家。そういう呼び方もできます。遊牧騎馬民族国家。老いから若きにまで馬を巧みに操る遊牧民族集団。だが、それだけではありません。奴等は機動戦が得意なだけではなく、城塞都市を攻略する術を備えてきた。我々は為す術もなく敗れました」

 

無駄な質問だった。

言い方を変えただけ。

落ち着け、ファウスト・フォン・ポリドロ。

だが、情報は少し得られた。

仮に、この世界にだ。

敵と考えると、想像すらしたくないモンゴル帝国。

その真似事じみた国家が存在してもだ。

西征してくるとは限らぬ。

来ても、何十年後の事。

いや。

そう決めつけるのは、愚かな判断だ。

私では判断できぬ。

情報が欲しいな。

私以上の知恵者に、権力者に上げるための情報が。

リーゼンロッテ女王、アナスタシア第一王女やアスターテ公爵に上げる情報が。

だが、ここでユエ殿から滅んだ国、その王朝の名を聞いたところで違う名前であろう。

かつて前世で金王朝が屈服し、モンゴル帝国がドイツ・ポーランドを攻めるまで何年かかった?

いや、それを思い出しても今世では役に立たん。

さてはて。

どうしたものか。

ただ、その前に一つ聞きたい。

ニーナ嬢へ尋ねる。

 

「これは、和平交渉成立のお祝い、つまりプレゼントか? カタリナ女王から何か指示があったか?」

「私には答えられませぬ」

 

その返答は、答えたも同然だ。

カタリナ女王からの、遊牧騎馬民族国家が攻めてきたときの共闘提案。

私とユエ殿を、レッケンベル邸にて引き合わせたのはその準備の前段階。

今そこまで脅威が迫ってきているかもしれない。

その情報の融通。

おそらく、私が知らないだけで神聖グステン帝国は、遠い遠いシルクロードの先の情報を手に入れているであろう。

そして選帝侯たるアンハルトにも、ヴィレンドルフにもその情報は伝わっているはずだ。

だが、滅びた王朝から武将が流れてきた事を、アンハルトは知らぬ。

脅威が真剣に伝わっておらぬ。

それを、直言できる私の立場から伝えよという事か。

そこまでは理解できる。

 

「ポリドロ卿。もしアンハルトの対応に不満があれば、いつでもヴィレンドルフにおいでください。貴方となら闘える」

 

ユエ殿の言葉。

アンハルトが対策にモタモタしているなら、見捨てて逃げて来いとも裏では言っている。

そうカタリナ女王は誘っている。

領地を見捨てて逃げられるはずも無いがな。

 

「好意だけ受け取っておきます。騎馬民族国家の話を詳しく」

「いいでしょう」

 

ユエ殿が、突然吹いた風に、黒い長髪をゆるやかになびかせる。

さて、どこまで情報が得られるものか。

そして、その情報が役に立つかも判らん。

だが、全てを伝えねばならぬ。

今頃、アンハルトの権力者トップスリーは何をしていることやら。

思考を飛ばすが、もうすぐ帰還するのだ。

無意味な事は止めておくことにしよう。

そんな事より、もう一人、話をここで聞いておかねばならん人間がいる。

 

「ヴァリエール様は?」

「別邸に案内しましたが、まだ表には出てこられないようで」

「呼んできますので、ヴァリエール様と共に是非話をお聞きしたい」

 

私はニーナ嬢にそう呟く。

 

「あの方、何か役に立つのですか? 交渉では道化と化しておられましたが」

 

ニーナ嬢は、ややヴァリエール様の能力に懐疑的なようだ。

道化は私がやらせたのだ。

すまん、ヴァリエール様。

 

「必要です。少なくとも、一緒にリーゼンロッテ女王に報告してもらわねばなりませぬ。私は領民300名の弱小領主騎士ですよ」

 

私は第二王女相談役として、リーゼンロッテ女王に直言できる立場にあるが。

それはヴァリエール様の傍にいる時のみ。

ヴァリエール様がその場にいなければ、或いはリーゼンロッテ女王自らの許可が無ければ、直言はままならぬ。

 

「アンハルトは面倒くさいですね。だから嫌いです」

「国の成り立ちが違うのですよ」

 

それぞれの国で、良いところもあれば悪いところもある。

私は超人なので、ヴィレンドルフの方が生きやすいがね。

何もかもが思う通りに行く人生というのも、それはそれでつまらん。

私はそんな事を考えながら、ニーナ殿に先導され、別邸へと三人で歩きだす。

さて、ヴァリエール様は今何をなされているか。

そんな事を考えるが。

 

「命令。ザビーネをリンチしなさい」

 

レッケンベル家別邸の庭にて。

ヴァリエール様は、親衛隊全員にザビーネ殿のリンチを命じていた。

 

「何が? 何が悪かったというのです?」

「アンタがファウストと結婚しろなんて訳の分からん事いうからでしょ! しかも貴方を第二夫人にってどういう事よ」

「訳の分からない事ではありません。道理です。これは道理の元に考えた上での判断で」

 

一体何を話していたのか。

とりあえず、ニーナ嬢とユエ殿の目の前では、みっともないので止めようと思うが。

 

「その判断の結果。私はただ敬愛するヴァリエール様とポリドロ卿の三人で、ベッドの上で快楽を愉しみたかっただけなのです」

 

ほっとこう。

何かリンチされても当然の発言をしたらしい。

あの初陣を越えても、ザビーネ殿は未だチンパンジーのままか。

ファウスト・フォン・ポリドロはザビーネの評価を、少し下げたが。

ザビーネはロケットオッパイの持ち主のため、ファウストの評価は未だ甘いままであった。


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