貞操逆転世界の童貞辺境領主騎士   作:道造

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第47話 小領主の限界

アンハルト王都。

その幅広く設けられた、王城まで一直線の長い長い目抜き通りにて。

王都に駐留している公爵軍200に加え、同じく王都に駐留している諸侯の兵200が並んで道を空け、アクシデントが起こらぬよう目を光らせている。

パレード。

ヴィレンドルフとの和平交渉を無事成立させた、正使ヴァリエール第二王女と、副使ファウスト・フォン・ポリドロを出迎えるためのパレードの準備である。

目抜き通りの中央を開け放つために、兵達は並んでいた。

アンハルト国民は、兵達の前で行儀よくパレードの開始を待ち構えている。

王都の城門を抜け、その光景を見ながら私は呟く。

 

「ヴィレンドルフ戦役を思い出すな」

「ポリドロ卿は称賛されなかったと、従士長のヘルガ殿から聞きましたが。その功績に何一つ見合わぬ、侮辱に近い出迎えであったと」

 

愛馬フリューゲルの背に乗るマルティナ。

その言葉を聞きながら、ヴィレンドルフ戦役後のパレードを思い出す。

ああ、嫌な思い出だ。

異形な物を見る目。

不細工な男を見る目でもない、蔑むでもなく称えるでもない。

アンハルトにおける異物を見つめる目だ。

あの粘りつくような冷たい視線だけは非常に不快であった。

まあ、どうでも良いのだが。

貴族は面子商売で、舐められたら相手を殺してでも面子を勝ち取るしかない。

私はポリドロ領の領主としての面子があるのだ。

領地の名誉全てを、この背に背負っているのは事実。

しかしだ。

私が最低限守らなければならないのは、領民300名の弱小領主騎士としての面子である。

正直言って、面と向かって侮蔑されたのでもなければ、そこまで気にする必要はない。

面と向かって侮蔑されれば、仕方なくそいつを半殺しにするが。

正直、それすら面倒臭いんだよなあ。

溜息をつく。

もう一度言おう、アンハルトでは私は異物だ。

それは私自身が何より理解している。

 

「まあ、今回もヴィレンドルフ戦役と同様であろう。期待はしていない」

「私は馬から降りた方がよろしいでしょうか? さらにファウスト様の評判を落とすことに」

「いや、背中に引っ付いていなさい」

 

これも経験だ。

マルティナも、将来世襲騎士の地位が約束された身の上とはいえ、売国奴の母を持つ脛傷持ちである。

この先辛い道が待ち構えている事ぐらいは承知しているであろう。

マルティナは私の騎士見習いである。

こういう経験も、必要であろう。

少しでも血となり肉となってくれればそれでいい。

私は振り返り、領民達を見る。

領民達は槍や剣を抜き、クロスボウの弦を滑車で引く準備を――まてオイ。

 

「何をやっている、ヘルガ達」

「殺す準備です。今度こそ、ファウスト様を侮蔑する輩どもは一撃で仕留めますので、ご安心を」

 

何も安心できない。

安心できる要素が何一つ無い。

 

「逆だろ逆。剣をしまえ。槍の穂先を布で包め。クロスボウは馬車にしまえ」

「御言葉ですが、ファウスト様。我がポリドロ領の名誉に関わる事でございます故」

 

ヘルガが三歩前に歩み出て、領民達を代表するように私に訴える。

それは、涙声混じりの訴えであった。

 

「ヴィレンドルフ戦役後のパレードを思い出してください。あの泥沼の死地にて救国の英傑たる活躍を見せたファウスト様を、あのアンハルト王都の市民たちは褒め称えすらしませんでした。それどころか異物を見るような目を。あの戦役に参加した領民20名は、今でも奴らを叩きのめさなかった事を後悔しております」

 

今回引き連れた領民30名の内、当時戦役に参加していた20名がぶんぶんと首を振る。

我が領民達は私に絶対の忠誠を誓ってくれている。

私が死地に飛び込めば誰一人欠けることなく、その後を付いてきてくれる。

自慢の領民達ではあるが。

 

「しなくていい。しなくて」

 

手を振りながら、否定する。

何が悲しくて、その可愛くて仕方ない領民の手をわざわざ血に染めさせねばならぬ。

まして、今回は戦友たる公爵軍がパレードの仕切りをやってくれている。

私を侮蔑するようなアホがいれば、公爵軍がその場で捕まえて牢屋送りにしてくれるであろう。

考えた事をそのまま口に出す。

 

「今回の仕切りは公爵軍だ。死地を共にした彼女達が、私への侮蔑を許すと思うか?」

「それは、確かに」

 

ヘルガが頷く。

判ってくれたなら幸いだ。

だが、ヘルガは穂先が剥き出しの槍を突き上げ、答える。

 

「しかし、わざわざ戦友たる公爵軍のみに手を委ねるのもどうかと。今度こそは勇猛果敢なる我ら領民の手で、アンハルト王都の市民に目に物を見せてやらねばと」

「ヘルガ。確認するが、私ことファウスト・フォン・ポリドロはアンハルト王国に領地の保護を約束して頂き、忠誠を誓っている身である。主従関係にある。判っているよな」

「判っております。そして私達はファウスト様に絶対の忠誠を誓っておりますが、アンハルト王国に忠誠を誓った覚えは一度としてありませぬ。臣下の臣下は、臣下ではありませぬ」

 

理屈上はそうだけどさあ。

いかん、頭が痛くなってきた。

下手にヴィレンドルフで私が歓迎された分、我が領民のアンハルト王国への敵対心が高まっている。

これはどうしたものか。

仕方ない、一度怒鳴りつけるか。

そう判断して声を張り上げようとしたが、そこで横合いから口が挟まる。

 

「ヘルガ、我が市民の、そして貴族達の、アンハルトの国民達によるファウストへの扱いに不満を抱いているのは承知しているわ。何より私自身が不満に思っているから」

「ヴァリエール様」

 

ヴァリエール様である。

ヘルガが、振り上げていた槍を降ろす。

 

「私も同様、やっと初陣を果たしてそこそこ認められるようにはなったけど、まだまだ貴族の間ではミソッカス扱い。そんな私の頭で足りるかどうか判んないけど」

 

ヴァリエール様が、従士長とはいえ一平民に過ぎないヘルガに、頭をぺこりと下げた。

 

「私の下げた頭に免じて、今回は大人しくしてもらえないかしら」

「お止めください、ヴァリエール様。貴女にそう言われては、私どもは何も出来なくなります。何もかも、承知しました故」

 

ヘルガが腰を折り曲げてヴァリエール様に頭を下げ、大人しく領民全員に指示を飛ばす。

 

「全員、槍の穂先を包み、剣を鞘に納め、クロスボウを馬車に戻せ」

 

領民が速やかに指示に従い、パレードへ向かう隊列を整え始める。

動きはいいんだ、動きは。

私と同じく何度も軍役に赴いた、歴戦の猛者たちだけはある。

が、どうにも血の気が多い。

 

「隊列の順は、私の横にファウストが並んで、次に第二王女親衛隊、最後にヘルガ達領民で良いわよね」

「はい。問題ありません」

 

ヴァリエール様の言葉に、感謝の意を含んだ声で答える。

思えば、ヴァリエール様も初陣の頃と比べると成長なされた。

初陣前は、このような真似も出来なかったであろう。

 

「さて、パレードに行くとしましょう。私達の方の準備もいいわよね、ザビーネ」

「はい、ヴァリエール様を一度でも侮辱しようものなら、その市民を殺す準備は」

「ねえ、貴女達はさっきまでの会話をちゃんと聞いてたの?」

 

第二王女親衛隊がしぶしぶ剣を鞘に納め、槍の穂先を布で包みだす。

我が領民の血の気の多さも大概であるが。

親衛隊のヴァリエール様への狂信も、大概である。

 

「初陣では、見送りも、出迎えも無しだったのよねえ。パレードなんて初めてだわ」

 

ヴァリエール様がしみじみと呟く。

今回は、ヴィレンドルフとの和平交渉を成功させたのだ。

私はともかく、ヴァリエール様は報われて欲しいものだが。

 

「是非とも歓声で迎えて欲しいものです」

 

私は全員の隊列が組み終わったのを見届け、愛馬フリューゲルの首を優しく撫でる。

フリューゲルはそれに応じ、ゆっくりと歩き出した。

 

「そう願うわ」

 

同じく、ヴァリエール様の馬も同時に歩き出す。

我が愛馬フリューゲルと、ヴァリエール様の馬が並んで目抜き通りに入る。

待ち構えていた市民達がザワザワと騒ぎ出し、兵達は並んだまま警戒を強める。

警戒心を強めすぎている。

肌でそう感じる。

はて、公爵軍は判るが、諸侯の兵達まで警戒を強めているのは何でだ。

このパレードの失敗だけは許されない。

何事かあれば、身を挺してもアクシデントを止めなければならない。

そういった緊張感だ。

そういった感情を、騎士としての直感で感じる。

何事か、私達がいない間に王都で起こったのであろうか。

首を捻る。

判らない事は、背中にいる9歳の知恵袋に聞こう。

 

「マルティナ、兵が緊張している。何故か分かるか?」

「いや、そりゃそうでしょう。何間抜けな事言ってんです。ヴィレンドルフとの和平交渉を成立させたんですよ、ファウスト様とヴァリエール様の御二方は。そのパレードが失敗でもしたらどうするんです?」

「どうなるんだ?」

 

パレードのため、似合わぬと散々苦情が入ったグレートヘルムは脱いでいる。

フリューテッドアーマーに、先祖伝来のグレートソードを帯剣した武装状態。

その姿に、マルティナを背中に乗馬させている。

背後のマルティナの表情は窺えぬ。

 

「判りませぬか。アンハルト王国は、ファウスト様のこれ以上の不興を買う事を恐れているのですよ」

「ふむ」

 

どうなるか、への答えではない。

不興を買う、と言われても、私はパレードに何も期待していないのだが。

ファウスト・フォン・ポリドロはアンハルト王国の市民に何も期待してはいない。

まあよい。

愛馬フリューゲルの首を優しく撫ぜる。

我が愛馬よ、つまらぬパレードなどさっさと通り抜けてしまおう。

まあ、ヴァリエール様への歓声には期待するが。

パレードが始まる。

 

「ファウスト・フォン・ポリドロ卿、万歳!!」

 

声は市民からではなく、まず公爵軍の200の兵から起こった。

あの顔は見覚えがある。

ヴィレンドルフ戦役にて最前線を共にした、戦友の一人。

私はニコリと顔を緩め、お互いに会釈を交わす。

 

「ヴァリエール第二王女殿下、万歳!!」

 

やはり声は市民からではなく、公爵軍に相対する兵から起こった。

諸侯の兵からである。

顔は知らぬが、事前に歓声を上げるよう言い聞かされているのであろう。

良い判断だ。

誰かが言いださねば、市民からの歓声は始まらぬ。

こういう時、ちゃんと市民にもサクラ、盛り上げ役の偽客を混ぜておくべきなのだがな。

いや、リーゼンロッテ女王の事だから、手抜かりは無いはず。

 

「ファウスト・フォン・ポリドロ卿万歳! ヴァリエール第二王女殿下、アンハルト万歳!」

 

ほら、そこかしこから、偽客である市民からの声が聞こえた。

さすがリーゼンロッテ女王。

こういうパレードにも、ちゃんと余念がない。

後は盛り上がるかだが。

 

「アンハルト万歳!」

「アンハルト万歳!」

 

二千は超えているであろう市民達が歓声を上げ始める。

リーゼンロッテ女王の工作は無事、成功したか。

自分は歓迎される方なのだが、ほっとする。

もし失敗して先ほど口にしたような展開、私を侮辱した市民を公爵軍の兵が殴りつけて連行するような事態になれば、もはや目も当てられぬ。

パレードは失敗。

私も、ヴァリエール様にも面子があるのだ。

 

「兵が最初に煽り立て、市民に混ぜた偽客が歓声を上げ始める。まあリーゼンロッテ女王の手腕は御見事と言えますが」

 

マルティナの冷たい声。

本当に賢い9歳児だ。

まあ、どこの国でもやってる事だ。

小さからず、大きからず、どこでも。

訓練された観衆による扇動、意思統一。

この世で最も見事な扇動とは何か。

ふと、前世でナチス・ドイツの宣伝相ゲッベルスが行った総力戦演説を思い出す。

ん?

総力戦演説?

そうだ、総力戦演説だよ。

3つの命題の提示。

ナチス・ドイツは3つの命題を総力戦演説にて提示した。

①ドイツが敗退すれば、ヨーロッパはボリシェビキの手に落ちる事。

②ドイツ人、及び枢軸国のみにヨーロッパを脅威から救う力がある事。

③危険はすぐそばにあり、迅速に対応しなければ手遅れになる事。

これは応用できないか?

私はあの総力戦演説を真似なければならない。

リーゼンロッテ女王に、どうやって仮想モンゴル、トクトア・カンの脅威を伝えるか。

どうすれば脅威を理解してもらえるか。

それをこの帰還中、ずっと悩み続けていたのだが。

ヒントは我が前世の知識にあった。

まさか、王都でのパレードの途中でそれを思いつくとは。

ファウスト・フォン・ポリドロの愚か者め。

時間が足らんわ。

頭をガリガリと掻く。

 

「あら、柄にもなく照れてるの、ファウスト」

 

市民の歓声に、笑いながら手を振って答えるヴァリエール様。

それがこちらを振り向き、私の仕草を照れてるものと勘違いした。

全然違うわポヤポヤ姫。

その14歳美少女貧乳の笑顔は可愛いが、私の今の心境には何の慰めにもならん。

もはや市民の歓声も耳に入らぬ。

ああ、せめてヴァリエール様に訓練された観衆の一人として、仕込みを入れる時間があったならば。

もう一人でやるしかないのか?

パレードの後、リーゼンロッテ女王に今回の和平交渉の正式報告に上がるまで、少し時間がある。

リーゼンロッテ女王に出会う前、アナスタシア第一王女とアスターテ公爵に観衆役としての誘導を仕込む時間はあるか?

いや、そもそも、あの賢い二人を私ごときが誘導できるものか。

普通に全身全霊で説得するのと変わらん。

そして、領民300名の弱小領主騎士にして、母の代から親戚づきあいも絶たれ、貴族間の付き合いなど無い私には固まって訴える術、他に訓練された観衆を用意すべき手立てが無い。

ああ、クソッタレが。

矮小なるファウスト・フォン・ポリドロよ。

前世からのせっかくの知識を、思い通りに扱えぬ。

それがお前の限界だ。

私をこの狂ったファンタジー世界に転生させた神がいるならば、そう愉悦気味にそう呟かれた気がした。

知恵者が欲しい。

策士が欲しい。

軍師も策略家も欲しいが、何より私には傍にいて一緒に考えてくれる知恵者が要るのだ。

この前世の知識だけでは、何の役にも立たぬのだ。

自分の不甲斐なさを思い知らされる。

 

「ファウスト様、パレードが終わります。気に食わないのは判りますが、そう渋い顔をせず、最後位は笑顔で締めくくられませ」

 

背後のマルティナから声がかかる。

そんなに渋い顔をしていたか。

まずはこのパレードを終え、リーゼンロッテ女王に全身全霊の演説を以て、法衣貴族や諸侯の満座の席でトクトア・カンの脅威を訴える。

それしかない。

それだけしかできない。

誰にも聞こえぬ舌打ち、それを口内で起こしながら、私は顔を無理やり笑顔に作り変える事にした。

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