BOOK   作:ゴマ助@中村 繚

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一寸法師×ジャックと豆の木【Past】02

 

 

 

「申し遅れました。私はドラセナ・ロックハートを申します。我が主の命により、この【戦い】へと馳せ参じました。手に取る【本】のタイトルは『ジャックと豆の木』でございます」

「これはどうも、ご丁寧に」

「こちらの少年の紋章を頂きましたら、次は貴方の番です。Mr.」

「少年じゃねえよ。もう21歳だ!」

 

 蔦と思っていたが、正確には豆の木だった。あの竪琴も、主人公のジャックが巨人から盗み取った自動演奏する防犯機能付きの竪琴からインスパイアされて創造されたのだろう。

 一見すると、ドラセナと言う人物は礼儀も仕草も洗練されておりとても好印象を受ける。だが、双眸を細めて蔵人へ向けたその視線の奥には、猟犬のような忠義と獰猛さが見え隠れしていた……彼の主というのも気になるものだ。ドラセナが忠義を尽くし、不老不死を願う主の存在が。

 一方、水流に乗る青年は少年と呼ばれたことがカチンと来たようである。

 アジア人、特に日本人は幼く見られるがドラセナの目にも彼はまだ成人もしていない少年に見えたらしい。大丈夫、日本人から見ればちゃんと年相応だ。顔立ちもファッションも。

 青年の方は、蔵人が【読み手】と分った後でも特に変化は見せなかった。目の前にいるドラセナを相手にする事に、全神経を集中している。

 彼の名はまだ解らないが、手にした白い【本】のタイトルと裏表紙の紋章ははっきりと見えていた。

 お椀を船に箸を櫂にして川を下る、小さな男の子のシルエットを持つ紋章が表すタイトルは、『一寸法師』。

 

「『お椀を船に乗った一寸法師は、箸を櫂にして都へと続く川を下って行きました』――武装能力・一寸法師の川下り!」

「続きをご所望ですか、少年。お望み通り【戦い】を再開しましょう。『夜の内に芽を出した豆の木は、あっと言う間に雲を貫くほど天高く成長したのです』――ジャックの豆の木(Beanstalk of Jack)!」

 

 それぞれが各々の【本】の朗読を皮切りに、青年の水流は怒涛の勢いを付けドラセナの豆の木は更に数を増やす。水流と豆の木の絡み合いになり、青年は再び水流に飛び乗った。

 よく見ると、彼の足元は革靴でなければ若者らしいスニーカーでもない。漆器のような光沢を持つ、黒塗りの雪駄を履いていたのだ。まるで一寸法師が船にしたお椀みたい……そう思ったのは、読人だけではなかった。蚊帳の外にされて見物し始めた蔵人も、顎に手を当てて冷静に青年の創造能力を分析していたのだ。

 

「ふむ……『一寸法師』がお椀で川を下る様子にインスピレーションを受けて、お椀のような雪駄で水流を自在に下る能力ですか。創造能力ではなく武装能力なのも、あくまでメインは雪駄なのですね。流石、若い方は発想が面白い」

「ガー」

「お帰りなさい、八咫君。酷いじゃないですか、私を置いて逃げてしまうなんて……君は本当に、私が創造した存在なんですか?」

「カァー」

「痛い痛い、嘴で突かないで下さい」

 

 むしろ蔵人が創造した存在だからこそ、八咫君はこんな感じなのかもしれない。そんな、誰にも聞かれることのない読人の独り言は夢の中に消えて行った。

 蔵人が八咫君に突かれている間にも、青年とドラセナの【戦い】は続いている。鞭のように撓る水流と、蔦のように無数に生えて来る豆の木の絡み合いは一見、似た系統の能力と思いきや戦法は違う。『一寸法師』の青年の方が、遥かに機動力に長けているのだ。

 安定感の欠片もない水流の上を自在に滑るその姿は、地上を移動するのと何の変わりもない。読人がテレビ番組で見るようなマリンスポーツの経験者以上に、彼は川の流れを操った。

【本】は人間の想像力を創造力に変える。青年が、「自在に水流を滑る」と想像すればそれが現実となり、どんなに運動神経が悪くとも体幹が弱くても一流のスポーツ選手のような動きができるのだ。

 圧倒的な手数で攻め入って来る豆の木の隙間をすり抜けて、時には水流が鞭から波に形を変えて、青年は距離を詰めて行く。

 幼く見える風貌で小柄な体躯の彼を一瞬でも侮ると、その自在な動きに翻弄されてあっと言う間に脱落だ。

 

「流石、成長著しい日本の少年ですな。軽く見ていたことを、謝らせて頂きます」

「軽く見ていたのかよ。そのまま油断していた方が良かっただろうな……これでも、イギリスさ来て早々紋章ば一個手に入れているんだ」

「ほう、奇遇ですね。私も、一つ手にしています。最も……少年、貴方のを手に入れたら合計三つとなりますが」

「この!」

 

 子供扱いもいい加減にしろ。いつまでも少年扱いするドラセナに対し、青年の感情が荒ぶりつつある。

 こんな挑発に乗る時点でまだまだ若いと、見学していた蔵人はそう零したが、彼は若い故に先に出た。

 取り出した二本の棒、棒手裏剣のようなそれをドラセナへ投擲したのだ。しかし、当たらない。目の前の紳士の横をすり抜けて二本とも豆の木が生える地面に突き刺さったのである。

 

「コントロールが、下手ですね」

「カー」

 

 読人も、喋れたのなら「そうだね」と同意するところだっただろう、八咫君のように。

 だが、最初から当てる気などなかったのだ。青年が投げたのは武器ではない、地面に突き刺さった棒をよく見れば黒塗りの食器だ……日本人にお馴染み、食事の絶対的相棒である箸である。

 箸、Chopstick――橋でなければ、端でもない。何だか、最近「はし」と言う言葉がゲシュタルト崩壊を起こしかけていると、読人は眠った頭が痛くなりかけた。

『一寸法師』において箸と言うアイテムは物語上大切な物だ。一寸法師はお椀を船に、箸を櫂にして都へと向かったのである。つまり、あの箸は青年の足にある漆器の雪駄と同じ役割を果たす物だったのである。

 

「下れ」

「っ」

「ガ!」

 

 地面に突き刺さった箸から巻き起こったのは白い飛沫を立てた水流だった。ドラセナが新しく豆の木を生やしたように、青年もまた新たな川を創造したのである。

 前門は青年が載った水流の鞭、後門こと足元からは溢れ出て来る怒涛の飛沫。箸が切っ掛けで氾濫した水流は、ドラセナも豆の木も呑み込もうとしたがそう簡単には呑み込ませてはくれなかった。

 

「食事の時間ですよ、若芽たち!」

 

 雲を突き抜ける豆の木とそれを登る少年……『ジャックと豆の木』の紋章が描かれた【本】の光がロンドンの夜に一層輝くと、豆の木たちがドラセナの足元の水流に群がり始めたのだ。

 餌箱に群がる家畜のように水流に集中した豆の木たちだったが、本当に餌を食べていた。

 相性が悪かったと言えば、簡単に片付くのだろうか。湧き出た水流を吸収し尽くした豆の木は一気に成長を遂げ、幹と強度を太く硬く成長させて、攻撃力を増加してしまったのである。

 

「え……?」

「今までは、そんな素振りを見せなかったとでも言いたい顔をしておりますね。水は植物の餌です。相性が悪かったと言うことで、諦めて下さい。Boy」

「っ!!?」

 

 ジャックが一本の斧で切り倒せないほどの大きさに成長してしまった豆の木は、空間を切り裂く甲高い音を立てて青年をロンドン塔の城壁へとめり込ませた。水流の上にあった身体が薙ぎ払われて石造りの壁へ一直線に突き刺さった身体から、ミシミシと言う嫌な音がする。

 

「……っ、っ」

「痛みますか? 大丈夫ですよ。死なない限り、【本】を閉じれば全て()()()()()()になります。Boyがどれだけ骨を折ろうが、歯を折ろうが、身体だけは元通りになります」

「……ぐ、駄目だ。こんな、ところで」

「無理をして口を動かすと、辛いだけですよ。Boyの持つ紋章は私が責任を持って管理しましょう。我が主の願いのために」

「願い、って、不老不死か? 永遠の生命さ、欲しいのか……アンタの、主は」

「……ええ、主の命令は絶対です」

「っ、そんな、駄目だ!」

 

 壁にめり込んだ身体が豆の木によって拘束されたが、青年は『一寸法師』の【本】を抱え込んで決して放さなかった。喋る度に苦しそうに息が切れている。これは肋を何本かやられていて、息をする度に激痛が走っているようだ。

 息絶え絶えと言う状況の中でも、声を張り上げて自身を拘束している豆の木に爪を立てて必死に抵抗する。何が、彼をそうさせるのか?

 彼が必死に、「駄目だ」と口にする理由とは何なのか?

 

「老いない、死なない……そんな人間がいたら、化け物だ。時間の中にたった1人で取り残された、可哀そうな、化け物だ……! 選んだらきっと、死にたくても死ねない身体に絶対に後悔する! わしは、そんな人らを出したくない!! 限りある時間の流れの中で、精一杯生きるのが人間だ!!」

「……っ!!」

 

 自身の中に残る全てのエネルギーを吐き出すかのように、青年は静寂の中でそう叫んだのだ。

 一体、どんな体験が彼にこんなことを言わせたのか?

 誰か後悔したのか、可哀そうな化け物になってしまったのか?

 青年のその言葉に対しドラセナは顔色一つ変えなかった。しかし、変わらない紳士然とした表情で早くその口を塞ごうと豆の木たちを一斉に青年に向か合わせた様は、どこか焦っているようにも見えたのだ。

 

「……稻羽(イナバ)君」

 

 迫り来る豆の木たちを前に、青年は全てを諦めて目を瞑り、委ねることはしなかった。そのお陰ではっきりと見えたのである。闇夜にただ一筋だけ鮮やかに浮き出た、白い直線が

 月のない異国の夜、珍しく霧も出ていないその空間。真っ黒なキャンバスに白い絵の具を描き入れたように、美しき白い直線が割り込んで来たのだ。

 その白い直線は豆の木たちを弾き返し、速度を上げて跳躍し、躍動する。自在に動く弾丸の如き白い直線を前にして、豆の木の大群たちは意志を持ったように怯み始めた。

 正確に言うと、急な乱入者の登場で【読み手】であるドラセナが面を食らったのである。

 

「……横槍は無粋ですよ。Mr.」

「これは申し訳ありません。えーと……ドラさん、でしたっけ?」

「そんな名前の猫型ロボットの漫画、読んだことある!」

「君、そういう突っ込みができるなら割と無事ですね。おいで、稻羽君」

 

 無粋な横槍を入れた乱入者は、見学者に徹していたはずの蔵人であった。

 蔵人が白い直線へ声をかけると、豆の木たちの相手をしていたその線は彼の元へ跳ね返り、帽子の上に着地する。

 帽子の上からひょっこり顔を出したのは、赤いビー玉のように円らで大きな目をした小さな白兎だった。両の掌に収まりそうな、小さくて丸いふわふわな兎が白い直線の正体である。

 八咫君と入れ替わって創造された白兎――稻羽君は、先程の弾丸のような勢いはどこへやら。蔵人の帽子にしっかりとしがみ付いて長い耳をピンと立て、鼻をピスピスと動かしていた。

 可愛い。

 

「確かに、横槍を入れるのは無粋で失礼な事ですね……それに関しては、謝ります。しかし、彼を生かしたいと感じた衝動的な感情は分かって頂きたい」

「……え?」

「Mr. 貴方はその少年を、生かしたいと?」

「はい。先程の彼の言葉を聞きまして、思案しました。貴方と彼、私がどちらかの味方に付くとしたら……『一寸法師』の青年が良いと。もっと言いますと、彼をここで脱落させるには惜しいと思ったのです」

「……?」

 

 ありきたりに言うと、蔵人は青年の言葉に心打たれたということになる。

 自身の主人のために【戦い】に参加して紋章を集めるドラセナと、自身に秘めた感情に突き動かされてこの異国までやって来た青年……どちらが魅力的かと尋ねられたら、蔵人は後者と断言した。

 彼とは違う、ただ「見てみたかった」と言う興味本位の理由で遥々ロンドンまでやって来たのでない、強い意志を孕んだその言葉と光が宿り続けるその目を、潰したくないと思ったのだ。

 

「申し遅れました。私は黒文字蔵人、【本】のタイトルは『古事記』……私がこの1年間へ首を突っ込む“理由”に、君の言葉を貸してくれませんか? 限りある時間の流れの中で、精一杯生きることを許して下さい」

「っ!!」

 

 矛・鏡・勾玉の三角形の真ん中には、燦々と輝く太陽――蔵人の【本】のタイトルは、日本の神話が納められた『古事記』

 その白い【本】を手に、蔵人は青年へ請うような視線を向けると、ドラセナの前に障害として立ち塞がったのだ。

 限りある時間の流れの中で、精一杯生きようと。

 

「……」

「どうします、ドラさん。私も紋章を一つ手にしています……私たちを相手にすれば、一気に四つが手に入りますよ」

「何気に頭数に入れられとる!?」

「……」

 

 大きく肩を竦めて、笑いを含んだ溜息と共に(かぶり)を振ったドラセナは自身の【本】を閉じた。『ジャックと豆の木』から光が消え、あちこち崩壊させたロンドン塔は徐々に元の姿に戻り、青年の身体の痛みも引いて行く。

 

「貴方様との【戦い】は、また次の機会にしましょう。Mr.クロード。その時まで、生き残っていたらの話ですが」

「そう簡単に脱落する気は更々ないので、きっとまた次の機会にお会いできますよ」

「ではそれまで、ロンドンをお楽しみ下さい。次にお会いできた時には、ジン・トニックでもご馳走しましょう」

「それは、楽しみですね」

 

 蔵人と青年に対し最小限の礼儀を尽くした挨拶で頭を下げたドラセナは、再び【本】を開いて彼の足元に豆の木を創造すると、その豆の木に包まれ姿を消してしまった。

 今夜の【戦い】に勝者はいない。勿論、敗者もいなかった。

 蔵人と青年もそれぞれの【本】を閉じると、稻羽君も漆器の雪駄も消えて創造力が想像力に戻ったのだった。

 

「お疲れ様でした稻羽君」

「……はぁ~」

「大丈夫ですか、君?」

「助けて頂いて、どうもありがとうございました。黒文字さん。わしは檜垣(ヒガキ)龍生(タツオ)。【本】はこの通り、『一寸法師』です。3日前に故郷の岩手から、このロンドンさ到着したばかりです」

 

 痛みが引いた身体をゴキゴキと動かしながら立ち上がった青年――龍生は、帽子を脱いでから蔵人に向けて深々と頭を下げる。年齢の割には中々礼儀正しく、仕草から見るに結構良いところの出身だろう。言葉の端々には、確かに東北の訛が見えていた。

 そして、彼は次の瞬間に赤面する。頭を上げたその瞬間に、胃が盛大な音を立てたからである。

 腹を押さえて真っ赤になったその表情は、21歳の割には幼く可愛らしく見えた。

 

「~~!」

「若いって良いですね。どうですか? 一緒に夜食でも。この時間帯では、屋台のフィッシュアンドチップスぐらいしかありませんが」

「フィッシュアンドチップス。あー……あれって、あんまり美味()くないですよね。わしは魚の天ぷらが好きで楽しみにしてたんですけど、三件別の店で買って全部不味かったんですよ」

「龍生君、アドバイスしましょう」

「はあ」

「フィッシュアンドチップスのみならず、ロンドンの屋台で食事を取る際には……イギリス人がやっていない店が、大体当たりです」

 

 やっぱり彼が、「フィッシュアンドチップスを持ったアジア人」だったようだ。

 ロンドンに来てからの食生活でぼんやり見えた極意をアドバイスすると、龍生は一瞬だけ垂れ気味の双眸を丸くしてから、人懐っこい笑顔を見せてくつくつと笑い始めたのだった。

 

「蔵人さん、アンタ面白い人だな!」

「それはどうもありがとうございます。では、夜食を食べに行きましょう。早く退散しないと警備員に怒られてしまいますからね」

「はーい」

 

 蔵人と龍生、日本からやって来た2人の【読み手】がロンドン塔から退散すると同時に、新月の夜に霧が出始める。ここで、読人の本日の夢は終わりを告げた。祖父の記憶に、新たな1ページと登場人物を追加して。

 しかし、少し疑問に残る事がある。

 蔵人はいつ、一つ目の紋章を手に入れたのだろうか?

 




某猫型ロボットの連載開始は1970年ですが、単行本第1巻はそれから4年後の1974年に発行されています。
待っていた読者は勿論のこと、連載当時に興味のなかった人たちも手に取るようになり、瞬く間に国民的漫画として浸透していったそうな。
でも最初のアニメ化は1973年だ。

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