BOOK   作:ゴマ助@中村 繚

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クローバー02

「似合う似合う。やっぱり、読人君は前髪を上げていた方が良いよ」

「そう?」

「うん。初めて読人君を見た時も、そう思っていた」

「初めて?」

「実はね、読人君のことは5月の頃から知っていたの。私が一方的に。図書委員になって初めてのカウンター当番だった日、読人君、図書館に来たよね。前髪が長い状態で」

 

 夏月の言葉で、読人の記憶がとき解かれる。高校に入学して、入学式のために長い前髪を切った。だが、2週間ほどで目にかかるぐらいまで伸びてしまって、生徒の身だしなみに厳しい学年主任が目を付け始めた頃だ。学校の図書館に足しげく通い始めたのは。

 

「初めて見た時に、「前髪、邪魔じゃないかな」って思ったの。でもね、GWが明けたらその前髪がバッサリ短くなって初めて読人君の顔がはっきり見えて、びっくりしたんだよ。図書カードの名前が、あのメカクレ君だったんだもん」

「メカクレ君?」

「あ、ごめん。勝手にそう呼んでいたの。心の中で呼んでいただけ」

「大丈夫。中学校時代からよくそう呼ばれていたから」

「その時ね、前髪を切った読人君の顔がはっきり見えた時、私の中で「黒文字読人」という人をはっきり認識した感じがしたんだ。前髪が伸びるのが早い、黒文字君。6月になる前に、前髪が元通りになったのにも驚いたな」

「いつもそんな感じだよ。今回も、ヘアピンがなくなってこんなに不便だとは思わなかった」

「その黒文字君……読人君とこんな風に出かけて、おしゃべりして、火衣君と出会うなんてあの時は思ってもみなかった。デリケートなことも聞いちゃったし」

「……夏月さん」

 

 人の死というのは、特に、身内の死というものはとてもデリケートな問題だ。外部の者はあまり話題に上げず、ただただ「お悔やみ申し上げます」と小さく頭を下げるしかできないだろう。

 しかも、殺人となればもっと触れられない。哀悼の言葉でも、風船を破裂させる針の先のように張り詰めたモノを壊してしまうこともあるからだ。

 読人が夏月に告げた言葉は全て彼の本心だ。夏月が誘ってくれて嬉しい、ありがとう、と紡いだ言葉は無理もしていないし気を使ってもいない。

 突如現れた冬の嵐で心を乱されて思考は荒れかけたけれども、心はへし折れてはいないのだ。

 

「俺さ、櫻庭が現れて、ようやく【戦い】のスタート地点に立てた気がするんだ。師匠……紫乃さんが言ってくれた。「理由なんて、これから先いくらでも付け足せるんだ」って。俺がこの【戦い】に参加する理由は、おじいちゃんと書人伯父さん。2人がいて、やっと形になった。あ、復讐とかじゃないよ。復讐しようとかは、考えていないから」

 

 読人の右手が、無意識に自身の首に触れた。

 あ、またこの癖か。と、ボディバッグから抜け出してテーブルの上に移動した火衣が、そう思った。

 

「櫻庭がやったことはもう法で裁けないけれど、これからやろうとしていることを、俺が止めることはできる。きっと、過去と昨日が背中を押してくれるから……どんなに辛い出来事も、泣き出しそうになる酷い想い出も、明日への導になってくれるはずだって」

 

 蔵人が手招いた1年に、書人が芯を示してくれた……黒文字読人にとっての不老不死を巡る1年は、序章を終えてやっと始まったのだ。

 

「なんて、恰好つけたことを言ったけれど、これほとんど師匠の受け売りなんだ。フードコートが混んで来たね。夏月さん、お昼は何食べる?」

『読人。オレ、ラーメンに餃子とライスセットと、その隣のカットステーキと、デザートに向かいのクレープな。アイスクリーム乗っている奴で』

「そんなに買わない!」

「……カッコいいよ、読人君は」

「えっ!?」

「火衣君、クレープは一緒に食べよう。私、苺チーズケーキが良いな」

『夏月、一口くれ!』

 

 結局、火衣分の食事が読人のちゃんぽんより高くついてしまった。

 野菜ちゃんぽんが680円なのに対し、焦がし味噌ラーメン+餃子ライスセットは900円だった。ドリンクがセットで890円するカットステーキなんて、追加で食べさせられる訳がない。いくらバイトをしていても、学生の財布事情はシビアなのである。

 目的の買い物は午前中に終了し、ランチを終えてデザートのクレープも食べてからは、特に当てもなくショッピングモール内をみんなで散策する。

 映画館前では、特に観たい映画もなかったがGWに公開予定の作品のポスターを眺めた。

 

「映画でも観ようか? 夏月さん、どんな映画が好き?」

「ミステリーとアクション。アメコミのヒーロー物やホラーもよく観るよ。来月公開されるあのシリーズも全部観た」

「俺も観た。原作も揃えているよ」

「公開されたら観に行こう」

 

 ゲームセンターでは、得意でもないUFOキャッチャーに白熱してしまい千円を砕いてつぎ込んで、結局何も獲得することはできなかった。

 

「見て、あのハリネズミのぬいぐるみ、火衣君に似ていない?」

『んー? オレはあんなマヌケ顔じゃないぜ』

「本当だ、似てる」

『読人!』

「取れたら隣に並べよう」

『似てない!』

 

 CDショップに入って、好きなアーティストのアルバムの発売情報を見付けて財布に相談を持ちかけ、そのアルバムの視聴ブースでは夏月と少し密着しかけてドキドキした。

 

「和楽器バンドの『迅雷神風』が好きなんだ。知っている?」

「聴いたことあるかも。読人君って、CD派なんだね」

「シングルはダウンロードだけど、アルバムは買うんだ。このバンド、アルバムのジャケットもカッコいいし」

 

 現代風にアレンジされた風神雷神と和柄のジャケットに収められた楽曲は、アニメのOPにも抜擢されたこともあるからそんなにマイナーなバンドでもないだろう。ヘッドフォンから流れる和太鼓と三味線が奏でるロックを耳にした夏月が、「カッコいい」と言ってくれたことが嬉しかった。

 自分が好きな物を好きになってもらうのは、何だか胸の奥にジンと来る。

 その他、色々なショップを見て回った。CDショップに隣接している本屋も覗いてみると、入り口の目立つ場所に『ダンジョン・プリズン』の原作翻訳本がポップ付きで積み上げられていて、思わずこの間のイベントを想い出した。

 つい1週間前の出来事のはずなのに、何だか随分と昔のことと思えるのは今月が怒涛の開幕になったからだろうか。だけど、それらがなければ読人の現在は――こんな風に、夏月と一緒に遊びに来る切っ掛けもなかったかもしれないのだ。

 

「そう言えば、夏月さんの誕生日はいつ?」

「私は9月15日」

「9月なんだ。てっきり、夏生まれかと思った」

「名前に「夏」が入っているからね。よく言われるよ。私が産まれた年は残暑が酷くて、十五夜も近いのに真夏日だったからってこの名前になったみたい」

「9月の誕生石って、サファイアだよね。お祝い、するから。9月だね、覚えるよ!」

『ほれ、もう一息』

「火衣っ?!」

「ありがとう。楽しみにしているね」

「っ、うん!」

 

 帰りのシャトルバスの中で、夏月の誕生日も知ることができた。少し前までは、それこそ昨年末までは彼女とこうして距離を縮められるなんて考えもしていなかったし、実行にも移していなかったかもしれない。

 次の12月31日までのこれからに、始業式から始まる高校2年生の日々に……17歳の日々を生きられなかった伯父の分まで、明日に希望を持とう。

 また明日、始業式で。

 そう言って夏月と別れた読人は、新しくなったヘアピンのクローバーに、未だに自身の手の中にある『竹取物語』の【本】に、新たに誓いを立てたのだ。

 

 

 

***

 

 

 

 黒地に臙脂色のラインが刺繍されたネクタイは、暦野北高校男子生徒の2年生専用ネクタイだ。

 先日の終業式でパインちゃんこと鳳先生から配布され、4月の始業式からはこれを締めてくるようにと言われた一本を締め、着慣れたブレザーを上に羽織る。

 ワックスとスプレーで軽く整えた前髪をパチンと、クローパーのヘアピンで邪魔にならないようにまとめたら登校準備は完了だ。

 黒文字読人、本日から高校2年生に進学します。

 

「いってきます」

「いってらっしゃい……何だか、感慨深いわね」

「ん?」

「ついこの間は、新品のランドセルを背負っていたのに。もう高校も2年目なのね」

「ランドセルって、10年も昔じゃん」

「お母さんにとっては、ついこの間の出来事なのよ。ほら、今日から自転車にするんでしょう。急がないと遅刻よ」

「はーい」

 

 4月1日よりはラフな服装で出勤準備をする母に見送られ、タイヤに空気をパンパンに入れた自転車に跨りペダルを踏み込んだ。

 新学期から、思い切って自転車通学に切り替えた。理由は体力作り。これからの【戦い】に備えて、少しは体力をつけたいと考えてのちょっとした変化であった。

 

「クラス替えの発表は正門前。クラス替え……文系クラスは、二つだけ……!」

『夏月と一緒になれると良いな』

「確率は二分の一!!」

『それ、進めーー!』

 

 自転車の前籠の中に鎮座した火衣が指し示す先、目指すはクラス替えが貼り出されている北高の正門前だ。

 当校でクラス替えが行われるのは2年のコース選択時のみ、3年生は2年生のクラスが持ち上がる。

 夏月と同じクラスになるチャンスは今年だけだ。読人も彼女も二クラスしかない文系を希望しており、同じクラスになる確率は二分の一……期待せずにはいられない!

 心なしか、その期待に胸をときめかせてペダルを踏む脚に力が籠る。昨年の合格発表を目にするよりも緊張しながら、駐輪場から正門前の人だかりへ走ったのだ。

 

「読人、おはよう」

「はよー、読人」

「賢哉、マサ、おはよう! クラス替えは……」

「賢哉は特進、オレとお前は……やったな、3年間同じだぞ」

「2人ともB組だったよ」

「B組」

 

 これにて、読人と正美の同クラス連続6年が決定したが、気になるのは夏月のクラスだ。賢哉の特別進学Aクラス、文系クラスはBとC。夏月の名前は……。

 

<文系Ⅰ類>

 2年B組7番 黒文字 読人

 

<文系Ⅱ類>

 2年C組28番 竹原 夏月

 

 彼女のクラスを目にした瞬間、絶望によって膝から崩れ落ちた。

 

「竹原と戸田さんはC組か」

「あ、浜名君はB組なんだ」

「あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙!!!」

「うるせぇ!」

 

 二分の一の確率。デッド・オア・アライブに敗れてしまい、始業のチャイムが鳴る間際になっても立ち直れなかった。

 その後、読人は正美と賢哉によって捕獲された宇宙人のように教室まで引きずられていったのだった。

 

「おはよう読人。結局3年間一緒になったね~」

「うん……よろしく、峻弥」

「物凄く酷い顔しているけどどうした? 嫌か、オイ。それより聞いた? うちの学校の新入生に、『フェアリーテイル』の子がいたって!」

「……誰?」

「アイドルグループだよ! Hey! Tubeを中心に活動していたけれど、去年の秋頃から地上波にも登場し始めた今キている5人組さ」

「へー」

 

 前の席の彼、熊谷(クマガイ)峻弥(シュンヤ)とは、名簿の関係上昨年の一学期も同じ席順だった。テディベアのような雰囲気の彼が嫌な訳はない、結局彼女と同じクラスになれなかったからこんな物凄く酷い顔なのだ。動画投稿サイトのアイドルよりも、身近な図書委員だ。

 昨年度も同じクラスだった彼や正美、中学校も同じだった者に某有名人・浜名と、2年B組のクラスメイトたちの一部は知っている顔だ。

 このクラスで卒業まで。もう一度言うが、嫌な訳はない。

 だがしかし、このクラスを担任する教師はまだ発表されてはいなかった。

 

「担任、誰だろうな~?」

「薄杉はやだわ」

「あいつ、特進に立候補するだろどうせ」

「でも、今年から特進用に有名進学校から先生が来たって話だぜ」

「そっか、パインちゃんじゃなかったんだ」

 

 残念ながら、昨年度に読人の担任だった鳳は再度1年生を受け持つこととなった。では、一体誰なのか。

 あの人、彼の人が良いが、あいつは絶対嫌だと好き勝手言い合うクラスの中へ、前方の扉が開いて入って来た担任は……薄い頭だった。

 

「えー、今年度より2年B組の担任となった小杉だ。みんな、よろしく」

「嫌だぁーーー!!」

 

 噂で流れていた話通り、都内の進学校から異動してきた教師に特進クラスの担任を奪われた小杉が、2年B組の担任になってしまった。

 それと同時に、2年B組全体からブーイングが飛ぶ……本日の午後、『無問鯛』前ではたい焼きをやけ食いする彼ら数名によって4月限定桜たい焼きがよく売れた。桜餡は、塩漬けのしょっぱさがよく調和する。

 桜もそろそろ散り始めた東京。一方その頃、桜前線が最も早く上陸する沖縄では、とっくの昔に薄桃色の木々は若葉色になってしまっていた。

 

『Hi, Thomas. Did you come to check in advance for a vacation? For pretty little baby girls. Here is only the sea, California would be better. The children are……』

(よう、トマス。沖縄にまで家族サービスの下見か? 可愛い愛娘たちのために。こんな海しかない場所より、カルフォルニアの方が子供たちも喜ぶだろ……っ)

 

 見知った元同僚に軽口を叩けば、叩ききる前に喉元に得物を突き付けられた。現役の軍人でも、警戒も何もしていない無防備な状態で喉元に一撃を入れられたらひとたまりもないだろう。

 突き付けられた当人は、今更になって気付いた。元同僚が別人のような形相になっているのを……まるで一度死んで埋葬された死体が、墓の下から這い出て来たかのような土色の肌に無精ひげ。射殺さんとばかりに尖る両目は、殺意に満ちて血走っていた。

 

『Do not you see the news of your country to say bad about this place? Never say again. You will shoot and split your belly……! Prepare as much bullet as you can. You will accuse the crime you committed in the Middle East.』

(ここをそんな風に言う割には、自国の事件に目を通していないんだな。二度と、オレの前でその話はするな。射殺して腹を裂くぞ……! ありったけの弾を用意しろ。貴様が中東でやったことをバラされたくなったからな)

 

『Thomas ……Did you have something?』

(トマス……お前、何があった?)

 

 在日米軍基地に、革のケースに包まれた得物と『Little Red Riding Hood』の白い【本】を背負った男が降り立った。

 彼は桜前線を追いかける。彼の登場により、1年の物語に二度目の不穏な風が吹き込まれた。




メカクレ君からヘアピン君になり、始業式後では時々「捕らえられた宇宙人」と呼ばれるようになった。

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