「調停者とは、【戦い】を仕切る管理者のことさ」
早い話が、この1年間のゲームマスターに位置する者だ。
『調停者』
50年前の蔵人が意味深に呟いたその言葉。読人が夢の中で視る過去の記憶は、起床してしまえばそのほとんどを忘却してしまう。しかし、その言葉だけは忘れることができずに紫乃へと尋ねてみれば、50年前の若き日にも耳にしていた言葉に彼女は小さく頷いた。
「50年前、ロンドン動物園での出来事か。今となっては懐かしいね。私らもあの時の蔵人さんの呟きで、調停者の存在を知ったんだ」
「【戦い】を仕切る管理者……もしかして、【読み手】が亡くなったら紋章は調停者のとこへ行くんですか?」
「そう。【戦い】から脱落する前に紋章を持つ【読み手】が死ねば、【本】にあった紋章は全て調停者の元へと還り、調停者が管理をする。彼らがする仕事は紋章の管理だけじゃない、先日現れた人数を知らせるあのカードも調停者がバラまいているんだ」
50年前、『桃太郎』の【読み手】が不慮の事故で亡くなった。【本】には紋章が残ったままなので脱落した訳ではない。だが、それを手にする者はもう二度とページを捲れなくなってしまった。
そんな時、宙ぶらりんになってしまった紋章は調停者の元へと還る。誰も閉じることができなくなった物語は、ゲームマスターによって終幕を迎えるのだ。
「何者なんですか? 調停者って」
「私らと同じ、現代を生きる人間さ。彼らも50年ごとに任命され、1月1日に【戦い】の開始を宣言し、残りの人数を通知し、非日常的な1年は幕を開ける。私はそこまでしか知らない。50年前のロンドンで当時の調停者と出会い、その者から語られた情報さ。勿論、今代の調停者が誰かは想像もつかない。ただ……」
「ただ?」
「調停者は毎回、『竹取物語』の【読み手】に近しい人物から選出されるようだ。だとしたら、……読人、お前さんの近くにいる人物の誰かが今代の調停者である可能性が高い」
「俺に、近しい人?」
「50年前は、当時の【読み手】の伯母が調停者だった」
読人に近しい誰かが、この【戦い】を取り仕切り、【読み手】と紋章を管理している。
一体誰だ?
誰なんだ??
近しい人物。
両親、正美を始めとしたクラスメイト。誰もそれらしき素振りを見せない。思い付かない。犯人探しをしている訳ではないが、疑い出したらきりがない。
読人に近しい人物が秘密のゲームを陰で見守っているというのが、秘密の1年間を監視している現状が、不思議に不気味に感じた。
「まあ、調停者の正体を暴く必要はないさ。それよりも、明日は揃って休みなんだろう」
「あ、はい。みんなで遊園地に行ってきます」
学生たちが待ちに待った黄金週間――GW
今年は飛び石のカレンダーだが、人によっては最大十連休。この連休を使って読人や夏月、そして桐乃も交えて遊園地に遊びに行く計画を立てていた。
最初に夏月が母親経由で割引券をもらったと連絡してくれた時、読人はまたしても二つ返事で彼女とのデートを承諾した。が、実は2人きりのデートではなかった……夏月は正美や茜にも声をかけていて、最初からグループで遊びに行く予定だったのだ。
早とちりしかけた自分に恥じ、同時に消沈した。だが、2人きりではないが夏月と一緒に連休を過ごせる、遊びに行ける。気持ちを切り替えろ、ポジティブに遊園地を楽しもうと前を向いた。
だが、ここで予定に狂いが出た。正美は部活、茜は家庭の用事で予定が合わずに頭数が揃わなかったのだ。賢哉も予備校の集中講習、その他の目ぼしい友人も旅行や遠出の予定ありと人数が揃わない。
春休みにもこんなことがあったな。
そうしたら桐乃にもお誘いがかかり、バイトも休め特に予定も講義もなかったので一緒に遊びに行くことになり現在に至る。
やっぱりどう転んでも2人きりにはならなかった。まあ、遊園地のパンフレットで食べ物系屋台の配置を予習している食い意地の張ったハリネズミがいる時点で、2人きりなんて夢のまた夢なのだけど。
仲良くグループで楽しもうと、3人で待ち合わせをして向かったのは東京郊外にある遊園地。都内からのアクセスも良く、日曜朝の特撮番組のロケ地としても使用されている有名なスポットだ。勿論、ジェットコースターを始めとしたアトラクションも活きの良いのが揃っている。
子供たちの笑顔で賑わうGWの遊園地は、家族連れだけではなく彼らのような学生たちやカップルも大勢訪れていた。
「読人ーー!」
「響平! 東京に来てたの?」
「夏月ちゃんに誘われた! 特に用事もなかったからさ、遊びに来たんだ」
「交通手段は?」
「銀河鉄道」
「コラ!」
やはり交通費と時間を盛大に浮かしていたため、響平が桐乃に怒られた。地方在住の遠征組を敵に回す手段である。
夏月がもらった割引券が6名様までだったので、今日のメンバーは計6人。響平だけではなく、ハンリヒとビルネも一足先に待ち合わせ場所で待機していたのだ。
「一度お断りしたのを、快く受け入れてくださりありがとうございます」
「ビルネちゃん、そんなに硬く畏まらないで。今日は楽しもうね、ハインリヒ君も」
「おう」
男女3人ずつ。メンバー構成だけを見れば、合同デートのように見えるが実際は誰も付き合ってはいない。しかし、何の集まりかと尋ねられれば少々答え困るメンバーだ。
大学生1名、専門学校生1名、高校生3名、中学生1名。
うん、謎だ。
オフ会でもこんなに中途半端な面子ではない。でも、気心が知れている仲間というのは間違いないだろう。
「ジェットコースター並ぼうぜ!」
「全アトラクション制覇しよう!」
「ハインリヒ、お昼から『ファイブナイツ』のショーが始まるそうですよ」
「行かねえよ!」
『読人、チーズハットクとタピオカミルクティー買ってくれ』
「いきなり食い気?!」
暦どおりの五月晴れ。楽しい連休は始まったばかり……だったのに。
『チーズハットク……クレープ屋が流行に乗ったのは良いけど、撤退どころが分らなくなったって感じの味だな』
「それって美味いの? 不味いの?」
『普通』
ケチャップをたっぷり乗せたチーズハットクのチーズをびょーんと伸ばしながら、タピオカミルクティーで流し込む。人間だったら絶対にできない胸やけ必至の食べ合わせだが、このハリネズミは躊躇せずにもりもり食べている。
ベンチに仲良く並んだ火衣と響平は、正面のジェットコースターを見守っていた。
最高速度120km、最高傾斜角度80度。目玉は二連続360度回転。その様子はキリモミで回転突撃するカジキマグロのよう。
通常『ソード・フィッシュ』、当遊園地の名物ジェットコースターである。
人気アトラクションではあるが、回転率が速いため十数分の待ち時間でリピートできるという話は本当だったようだ。読人が夏月と桐乃に引っ張られ、今、三回目のキリモミ回転へとご案内されていた。
「夏月ちゃんと桐乃さん、絶叫系好きだったんだな~」
『読人はそうでもないんだな。一回に一度でいいタイプだ』
「俺も~」
二連続360度回転の最中に、この距離では聞こえないはずの読人の悲鳴が聞こえた気がした。「ひいぃぃぃ~!」という声が、ドップラー効果を起こしている。
夏月と桐乃の絶叫系フルコースに始まり、シューティング系のゲームでビルネがまさかの最高得点を更新してハインリヒが瞠目した。火衣はタピオカとハットクを食べ終わった後、更にホットドックとベビーカステラと三段アイスを要求しため、読人によって無言で荷物の中に押し込まれた。響平は滅多に訪れることのできない東京の遊園地を満喫する。
という訳で、滅茶苦茶楽しく連休を楽しんだ。一時は【戦い】のことなんて忘れかけていた御一行が次にやって来たのは、ホラーアトラクション……早い話が、お化け屋敷である。
「ようこそ『焼失病棟』へ。こちらは、最先端の特殊メイク技術とプロジェクションマッピングによって実現した、新感覚ホラーハウスとなっております。建物内には、原因不明の火災によって命を落とした被害者たちのゾンビが探索者である皆様に襲い掛かってきますが、実際にお身体に触れることはありませんのでご安心ください。お身体に不調を感じましたら、各フロアの非常口から離脱をしてください」
「ゾンビが襲い掛かってくるタイプのホラーハウスか」
「テレビで観たことある。全身火傷ゾンビが、特殊メイクとは思えないぐらいリアルでグロいって」
「夏月さん、お化け屋敷は平気?」
「うん、大丈夫」
「こちらのアトラクションは、一グループ様は4名様までとなっております。また、一度に入院できますのは8名様までです」
「私たち6人だから、3・3に別れようか」
ということで、読人・響平・ハインリヒ、夏月・桐乃・ビルネの3人に別れた。男女ごとに別れてしまったのだ。
「何でこの別れ方!?」
「まあ、妥当だろ」
「夏月ちゃんと一緒が良かった?」
「そそそそ、そんなことは……!」
「別に隠さなくてもいいべさ、読人は分かりやすいし」
「お前、隠せているとでも思っていたのか」
夏月と会うのは二度目の響平やハインリヒにまでしっかりバレている、悟られている。と言うか、しっかり顔に出てる読人が前髪を上げている時点で、隠せという方が無理な話だった。
気付いていないのは当人たちだけか、それとも読人だけか……お先にと、手を振った女子グループたちは男子たちよりも一足先に廃病院の探索へと出かけて行った。
お昼時なのが功を成したのか、評判になってから時間が経ってフレッシュさが減少したからか。それとも、グロさの悪評が轟いてしまったからか。ホラーハウスに並んでいるのは、読人たちの他に女子3人のグループのみだ。
一度に入院、もとい体験できるのは8人までなので彼らの他のグループは少々お待ちいただきます。響平に背中を押された読人を先頭に、薄暗く焦げ臭い病院へと足を踏み入れた。
と同じタイミングで、園内放送が響き渡った。
『お客様各位にご連絡いたします。本日は当遊園地にご来園くださり、誠にありがとうございます。大変申し訳ございませんが、当園はこれより個人様の貸し切りとなりますため、一般のお客様は速やかに退園してくださいますようお願い申し上げます。繰り返します』
「え、貸し切りって……チーフ、今の放送どういうことですか?」
園内の来園者のみならず、スタッフたちまでもが騒ぎ出す。だって聞いていない。個人様の貸し切りとは一体どういうことだ。
まさか、どこかの石油王が億単位の現金をぶん投げて、個人的な娯楽のために遊園地を丸々一つ貸し切ったとでもいうのか。一体どこの少女漫画だ。
スタッフが耳のインカムで中央へと問い合わせても、聞こえて来るのは「お客様を直ちに誘導して」という指示のみ。女子グループ3人組からブーブーとクレームが飛ぶし、園内放送を聞いた別のお客様からも問い詰められた。
「オイ、どういうことだよ」
「しょ、少々お待ちください。今、上の者に確認を……」
「こっちは金払ってんだぞ!」
通りすがりの男性客が怒りに任せて女性スタッフへと手を出そうとした。側には娘ほどの年齢の女性がいて、スマートフォンを構えている。だが、スタッフの腕を掴もうとしたその手は、もっと大きく筋肉質な手に阻まれる。
突如現れたのは黒服とサングラスの屈強な男たち。ごねる来客を力ずくで止めて出入口へ強制的にご案内し、強引にお帰りいただいているのだ。
『お客様各位にご連絡いたします。本日は当遊園地にご来園くださり、誠にありがとうございます。大変申し訳ございませんが、当園はこれより個人様の貸し切りとなりますため、一般のお客様は速やかに退園してくださいますようお願い申し上げます。繰り返します』
暴力に訴えようとしたクレーマー男性も、屈強な男たちに羽交い絞めにされて2人がかりで担がれて園外に放り投げられた。同伴者の女性は「ヤバい」を連呼しながら動画を撮っていた。
「……当遊園地のオーナーが、札束で全身を撫でられて貸し切りに応じたため本日は個人様の貸し切りとなりました。ということで、一般人はさっさと退園してクダサーイ」
「オーナーが金の力に屈している!」
「我らが
癖のある日本語が発せられたのは、まだ幼さを残す少年の声。屈強な黒服が会釈をした少年は、年齢に見合わない銀色のトランクケースを手にしている。
彼と、もう2人。年齢にしては淑やかなワンピースを着た少女と、『ソード・フィッシュ』がきりもみ回転する景色をきょろきょろ見回す少年。3人とも、朝焼けの砂漠に似た肌の色をしていた。
「本当に石油王が来た!?」
「お引き取りクダサーイ」
どう見てもイスラム圏の人々と思わしき少年少女3人組と、オーナーを札束で叩くどころか札束で全身をフルボッコにするほどの財力……本当に、東京の片隅に石油王が降臨していた。
ごねるお客様は屈強な黒服たちに連行されて遊園地の外にポイされて、他の人々も大人しく列を成して出口へと向かう。まだ、太陽は頭上にあるのに。
だけども、遊園地のスタッフまで退園するのはどういうことだろうか。これではアトラクションを動かすことも、ショップの接客をすることもできない。
ホラーハウスでスタンバイしていたゾンビの皆様も、子供が泣き出す特殊メイクのままでゾロゾロと出て来た。まだハロウィンではないはずだ。
しかし、読人たちはホラーハウスから追い出されていない。むしろ、彼らだけが遊園地に孤立させられた状況だ……もう、お分かりであろう。金の力で【戦い】の舞台が整えられた。
3人組や黒服たちの
分単位で岩手-東京間を行き来できる『銀河鉄道』イイナーー!
イイナーーー!!