クミンが陥落し、『アラジンと魔法のランプ』の【本】は桐乃の手にある。だが、ある意味読人が人質に取られているので、物語に幕を下ろすことはできない。
そして、クミンが捕縛される少し前、フードコートの反対側。本来の場所から移動させられたゲーセンコーナーにて、リラは延々とシューティングゲームにコンテニューを続けていた。
「また死んだ! ステージ3以上に辿りつけないわ!」
『お嬢、下手の横好きだもんナ』
『基本的に銃の扱いが下手なんスよ』
『しっ! 本当のことを言うなアホゥども』
「聞こえていますわよ、お頭!」
『サーセン!』
勢いよくリラへ頭を下げたゾンビだけ肌が随分と綺麗であるが、心臓にはナイフがぐっさりと刺さっていて白い服を赤黒く染めている。こいつが、『アリババと40人の盗賊』でアリババの生命を狙って直接乗り込んで来たため、奴隷の女性・モルジアナに刺された盗賊の親玉である。
遊園地じゅうに散らばっている40人のゾンビたちの中で、お頭と数名のゾンビは【読み手】であるリラと共にいたが、彼女は積極的に参戦する訳でもなく
「やっぱり、1人じゃ限界があるわ。クミンかラーレ、手伝ってくれないかしら……最近、2人とも全然付き合ってくれないし。どちらも、自分の好きなことにばかり熱中して。もうすぐ、3人で一緒にいられる時間もなくなるのに……」
『お嬢……!』
『それが、大人になるってことですぜい』
「……うん」
「やれ」
ちょっとしんみりとした湿っぽい雰囲気だったのに、「やれ」の一言でゲーセンの屋根が唐突にぶち破られた。乙女の悩みなど知ったこっちゃない。
ゲーセンの屋根を突き破った拳は錫製なので、犯人は明らかにハインリヒである。巨大合体した『24人のスズの兵隊』の両肩には、【本】を手にした彼と、リラの居場所を知らせた円盤地図を持つ響平が乗っていた。
『敵襲だーー!』
『誰だ! 日本人は保守的だから、思い切った破壊活動はしないって!』
『あの男はどう見てもコーカソイドだろうが!』
「日本人もいまーす」
「どうせ【本】を閉じたら
『かかれー!』
「スズの兵隊!」
お頭の掛け声で部下である火傷ゾンビたちは一斉に飛びかかり、合体解除をした24体のスズの兵隊との乱戦が始まった。数ではスズの兵隊側が圧倒的に有利であるが、ただ一体の刺殺ゾンビであるお頭が強かった。
腰に下げたシャムシールを抜くと、豪快な太刀の振り下ろしで薙ぎ払い、スズの兵隊たちの腕をへし折って行く。
「一体だけ、強いのがいるな」
『ただの盗賊だと思って見くびるなアホゥが!』
「普通の戦闘なら、もっと真剣に戦ってやるよ。
『っ、お嬢!!』
ハンリヒが投げた錫の匙から次の兵隊たちが創造されてお頭を相手取るが、狙っているのはゾンビ討伐ではなく、ゾンビの背後にいるリラだ。
タイルがゆらりとうねる。タイルの水面から飛ぶはずのない飛沫を上げて『兵飲みの大魚』がリラの背後で跳ねた。
ゾンビゲームを好んでいるが、彼女自身は戦闘力の欠片も感じさせない淑やかな少女である。楽勝とでも思ったのだろうが、安易な想像だ。この場にイーリスかビルネがいたら、ハインリヒはしこたま怒られていただろう。
「創造能力・
「え」
「そして、
有名すぎる呪文。想像するのは、重たい透明な扉が閉じる姿。
見えない扉がリラの唱えた呪文によって閉じられ大魚の接近を拒否する。次に唱えられたのは開きの呪文だ。扉が閉まれば、次は開く。
力を込めてぶち開けられた扉の勢いと風圧によって、大魚は跳ね退けられたのである。
「ただの開閉の呪文を、あんな風に使うのか?」
「なるほど。閉じて防御して、開いて攻撃する。勢いよく開けたドアにぶつかると、結構痛いよな。面白い」
「面白がるな!」
リラが創造した能力を興味津々に眺める響平には、緊張感というものが感じられなかった。が、イコールやる気がないという訳ではない。
『黒曜石の円盤地図』を一旦消失させた響平の手には『銀河鉄道の夜』がある。新たなページを開き、彼もまた想像して創造する。
「……『美しい美しい桔梗いろのがらんとした空の下を実に何万という小さな鳥どもが幾組も幾組もめいめいせわしなく泣いて通っていくのでした』」
「素敵な一行ですけど、何を創造するのですか」
「開け閉めできないぐらいの手数の攻撃なら……対応できるのかなって」
銀河鉄道が走る空は、ジョバンニとカムパネルラが旅をした天の川鉄道の路線は、桔梗色をしていた。
響平が白い【本】に刻まれた銀河の物語を朗読すると、五月晴れの空を覆い尽くしてしまうほどの長い長い桔梗色の帯が彼の首に巻き付きながら天へと伸びた。キラキラと、天辺から傾いた太陽の光に照らされる金剛石の欠片が散りばめられた銀河のマフラー。
響平の頭の中で思い描いた旅路の色が、星々の輝きと共にマフラーとして再現されたのだ。
「武装能力・桔梗色の
『銀河鉄道の夜』の一場面。ジョバンニとカムパネルラが出会った、鳥捕りが仕事をする場面を朗読すれば……耳に痛いほどぎゃあぎゃあ叫ぶ鷺の大群が、マジで雪のように、天へと伸びる桔梗色のマフラーから降って来たのである。
鷺の大群をはソンビの群れに向かって急降下すると、鳥葬の猛禽類の如く群がり始めては目やら鼻やらを突き始めたのだ。
『ぎゃあ! ぎゃあ! ぎゃあああぁぁぁ!!』
「イヤーー! 鳥の大群! 怖い!」
『鳥の大群って、虫とかとは違った怖さがあるよな』
『バサバサ蠢いているのが嫌だよな』
『呑気に語るなお前ら!!』
『目を突くな! 痛覚ないけど目に痛い!』
「
本当に生理的に無理だったのだろう。【本】をギュっと抱き締めたリラが「閉じろゴマ」と叫ぶと、降って来る鷺の大群を防御できた。しかし、鷺の大群は止まらない。どんどん降って来る。
とてもとても美しい陶磁器のような光沢のある鷺たちだが、団体様で来られても怖いのである。夕方に群れで来るムクドリとか、電線に集中しているカラスとかマジで怖い。
雪のように……否、既にゲリラ豪雨の如しだ。閉じた扉に延々と、響平とハンリヒの姿が見えなくなるぐらいの数の鷺が集中的に群がっている。
怖い、鬱陶しい。白いはずの鷺も、こんなにも群がっていると黒山の人だかりならぬ、黒山の鳥だかりだ。
これでは視界が塞がって、相手の一挙一動を目視できない……リラの目は、影に覆われたピカピカの光沢しか捉えられていない。
これは駄目だ。生理的に無理だし、視界が塞がれては対応できない。では……全て吹き飛ばそう。
ゾンビゲームでも、わらわらと群がって来る有象無象の屍は大量の爆薬で吹っ飛ばす。お行儀が悪いが、扉を蹴り破るイメージを頭の中に浮かべ、再び呪文を唱えた。
「地平線の彼方まで、飛んで行きなさい!
リラの想像通り、鷺の団体様はガソリンで満たしたドラム缶を爆発させたかのような衝撃で霧散した。陶器のような身体が、連鎖的にガシャガシャと音を立てて木っ端微塵になっていく。まるで、砂糖と小麦粉を焼いたお菓子のようだった。
「扉の呪文があれば、どんな攻撃も跳ね返せますわ。次は何が……」
次は、何が来る?
リラの目に映った響平は、『銀河鉄道の夜』の【本】を手にしている。首に巻かれた『桔梗色の首巻』は、天に伸びてはいない……足元のレンガを突き破っていた。
「『カムパネルラ、そのきれいな砂を一つまみ、掌にひろげ、指できしきしさせながら、夢のように云っているのでした』」
「この砂はみんな水晶だ。中で小さな火が燃えている」――声変わり前の、少年の声が聞こえた気がした。
響平が一文を朗読したと同時に、リラの足元にレンガのタイルと地面を突き破って、巨大な水晶のクラスターが何柱も生えて来た。水晶の中では、明るい橙色の火が燃えていた。
「え……地中から? そんな、アリババだってそんな裏技。穴を掘って侵入など、しなかったのに……!」
「そりゃ、手間かかるからな」
足元への警戒は全くの留守だった。完全なるノーガード状態で受けた水晶の攻撃は、リラの身体を押し上げて突き飛ばす。けれども、固い地面に叩き付けられる事はなかった。キラキラとした破片が光る桔梗色のマフラーが彼女の身体を掬い、転倒を防ぐと同時に拘束したからだ。
結び目がリボン結びになっているのは、女の子を相手にしていた響平なりの気遣いだろう。
自分たちの創造主が捕らえられてはならぬと、お頭を筆頭にした盗賊ゾンビたちが攻撃に入ろうとする。だが、ハインリヒが柔らかく縛り上げたリラの手から『アリババと40人の盗賊』の【本】を取り上げ、それを掲げると下っ端たちは素直に降参した。両手を上げ、白旗を振ったのだ。
『お前ら! 簡単に降参するな!!』
『だってお頭、あれ閉じられたらオレら消えるンですぜ!』
『まだ暴れ足りないっス!』
『どうせお嬢を酷い目に合わせるンだろう。ジャパンのHENTAI同人誌みたいに!』
「やらねぇよ!!」
「……今、【本】を閉じれば、外にいる人々にこの光景を目撃されますよ。現在は、閉じる呪文で全て鍵をかけて封鎖しています。外からは開けられないし、何も見えない」
「ああ、そっか。そんなカラクリになっていたんだ。なら、読人が全部を終わらせてからじゃないと閉じられないか」
「それまで、この女から目を放すなよ。ゾンビどもを動かせるな……ほら」
裏表紙の紋章の姿は、洞窟の扉を開くアリババとその奥の宝の山。リラから取り上げた白い【本】を、ハインリヒは響平に差し出した。
「ん、良いの? 経験値」
「何もしてねぇのに横からもらえるかよ」
「
リラが陥落し、『アリババと40人の盗賊』の【本】は響平の手にある。表紙を閉じるのは後になった。
残るは、『シンドバードの冒険』を持つ少年・ラーレだけ。
読人とラーレ……一体どうなっているのかと、響平とハインリヒが暴走を続ける『ソード・フィッシュ』へ目を向けると、突如、轟音と共に巨大な火柱が立ったのだ。
「何があった?!」
「読人……?」
一体どうして、観覧車の高さ以上の火柱が立ったのか?
読人とラーレの【戦い】は、時間を少し遡る。彼が放り込まれた『ソード・フィッシュ』の座席がラーレの蹴りによって破壊され、残り二つとなった現状で何度目か数えるのも忘れたキリモミ回転の最中から始まった。
『あの野郎、完全におちょくってやがる……読人?』
「……うぇ」
『オイ、顔色悪いぞ。酔ったか、酔ったのか?!』
「大丈夫? 顔が真っ青だよ。三半規管が弱いんだね」
上も下も左も右もしっちゃかめっちゃかになって、三半規管の強度など関係なく内臓をシェイクされたせいで顔面蒼白になった読人の背後。『ソード・フィッシュ』の先頭に、『
観覧車のゴンドラを足場にして、びょんびょんと軽やかに跳んで来たラーレは、火衣の言う通り完全におちょくっている。舐めプされている。
わざと攻撃を外して、読人たちがしがみ付いている座席の隣のボックスを破壊して、こちらが反撃すれば危機感なく「危ない危ない」と呟いてさっさと逃げてしまう。
ゲーム感覚……その言葉がしっくりくる。自分を格闘ゲームの操作キャラクターに例えたように、画面の向こうのゲームをプレイしているかのような物言いと軽さなのだ。緊張感の欠片もない。現状の読人もそうだけど。
だが、ラーレの格闘センスだけは本物だった。
「ね……
「『人々は、谷底に落とした肉の塊に宝石を食い込ませ、それを持ち去ろうとしたロック鳥から肉を奪うことで、暗い谷底の宝石を手に入れていたのでした』……創造能力・
乗り物酔いで意識が朦朧として狙いが定まらない中で、散弾銃の如く飛び散る火花を発射する。
鼠の形をした飛び散る炎の行く手を阻んだのは、ラーレの前に現れた宝石の壁だ。ダイヤモンド、ルビー、サファイア、エメラルド。バリアとして現れたそれらは、ラーレの手にある『船乗りシンドバードの冒険』で登場した谷底の財宝だった。
『鼠花火』を防いだダイヤモンドの壁を蹴り飛ばせば、財宝は壁から弾丸へと変形し、火衣を撃ち抜いて『ソード・フィッシュ』から転落させたのだ。
『みぎゃーー!!』
「火衣!」
「正直ガッカリしたよ、ヨミヒト」
「何を一体、勝手にガッカリしているんだよ」
「前回の優勝者の孫。100人もの参加者とのバトルを勝ち抜いた男の孫。祖父から偉大な宝を託され、守る使命を帯びた孫……そう聞いていたから、もっとこう、使命感に溢れた好戦的な相手だと思っていたのに」
「随分勝手な想像だね」
「うん。実物は楽しそうに遊園地で遊んでいた。普通の男子高校生だった。そこそこできるようだけど、思っていたほどじゃあない。オレはね、君が少年漫画の主人公みたいな人だと良かったな。楽しくバトルができて、「〇〇のために戦う!」って大声で叫ぶような人……ちなみに、オレたちが【戦い】に参加したのは、拾ってくれた恩人のため。孤児に服と食事と屋根を与えて、名前を与えて、読み書きと計算とプログラミングとゲームの操作方法を教えてくれた人が不老不死を欲しがっていたからだよ。大切な人のためって理由、結構ヒロイックだよね」
「……君は、何が言いたいの?」
「絶望的に主人公オーラないよね、君」
一番指摘されたら痛いところをズバっといい笑顔で突き付けて、ラーレは再び跳んだ。
ロック鳥の翼が幻視されそうなほど悠々と空を翔けたブーツがレーンを破壊する。行き先に、道はなかった。走行速度を落とせない『ソード・フィッシュ』は、空に飛び出て、落ちた。
「バイバイ」
【本】は後でゆっくり回収する。そう言わんばかりのラーレの笑顔が、読人を見送った。
ラーレお前、実は言ってはならぬことを……!