BOOK   作:ゴマ助@中村 繚

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舌切り雀01

 昔々あるところに、年老いた老夫婦が住んでおりました。

 ある日、お爺さんは山奥で怪我をした雀を見付けました。お爺さんは雀を家へ連れて帰って怪我の手当をしました。お爺さんは雀に「チュン子」と名前を付けてたいそう可愛がっていましたが、動物嫌いのお婆さんはチュン子を嫌っていました。

 お爺さんが出かけた日、お婆さんは米で糊を作っているとお腹を空かせたチュン子は糊を食べてしまいました。怒ったお婆さんは、ハサミでチュン子の舌を切り追い出してしまったのです。

 心配したお爺さんはチュン子を探しに山へ行きました。すると、山の藪の奥で雀のお宿を見付け、中からチュン子が出てきてお爺さんを招き入れてくれました。チュン子は、お婆さんの糊を食べてしまったことを謝り、お爺さんの優しさに感謝を伝えると、仲間の雀たちと一緒にたくさんのご馳走を振る舞い、歌や踊りでもてなしてくれました。

 帰りには、お土産には大小二つのつづらを用意していました。お爺さんは、自分は年寄りなので軽い小さなつづらで十分、と小さなつづらを背負い「家に着くまで開けてはなりません」と約束して、雀のお宿を後にしたのです。

 家に帰ったお爺さんがお婆さんとつづらを開けると、中からは金銀財宝が詰まっていました。それを見たお婆さんは、大きなつづらにはもっと宝がたくさん入っていたに違いない、と雀のお宿に押し掛けて、大きなつづらを強引に持ち帰りました。雀たちから「家に着くまで開けてはなりません」と言われていましたが、お婆さんは家に着くまで待ちきれずにつづらを開けると、中からは化け物や虫、蛇が大量に出てきたのです。

 それを聞いたお爺さんは、お婆さんに、「無慈悲な行いや、欲張ってはいけない」と諭し、お婆さんは大いに反省しましたとさ。

 

「……めでたし、めでたし、ねぇ。この話を知人のフェミニストに教えたら、「女の方が欲深いと決めつけた差別だ」って、汚い高音を出すチキンのおもちゃみたいに騒いでいました。男も女も限らず、欲の皮が突っ張った奴なんてそこらじゅうにわんさかいるというのに。君はどう思いますか?」

「概ね賛同させてもらいます」

 

【本】のタイトルは『舌切り雀』。あらすじは以上の通り。大きく薄い手が持つ白い裏表紙には、大小二つのつづらと飛ぶ雀の紋章が刻まれている。

 京都のどこか。天窓から差し込む五月晴れの光しか照らさない、コンクリートが打ちっ放しの倉庫に、犬伏早百合はいた。

 猿轡は外された。ギシギシと音がするパイプ椅子に座らされ、結束バンドと梱包用のロープで拘束されている。足元には、美しい毛並みのパピヨン――「智」の珠を持つ(ちー)がペット用のゲージに拘束されていた。

 気絶から覚醒してから何度目かになる自分の馬鹿さ加減へ、怒りと呆れがぶり返してくる。

 何やら不振な動きをする目の前の男……早百合から十分な距離をとってパイプ椅子に座るシド・カメリアを発見したが、奴が創造した雀の群れに襲われてこの様だ。【本】を閉じられることなく、八犬士たちを連れ去られ、今も囚われの姫のように監禁されている。

 早百合を捕らえ、八犬士たちをどこかへ連れて行ったカメリアへ何をするつもりかと尋ねると、彼はこう返した。「ゲームをする」と。

 ゲームの相手は、早百合の相方とも戦友とも呼べる楠木だ。京都在住のもう1人の【読み手】へ対し、カメリアは早百合と八犬士たちをかけたゲームを持ちかけたのである。

 

「あんさんは、一体何を目的に京都まで? ただお遊びをしに来た訳やないでしょう」

「Hey! Tubeのボクのチャンネルを観てもらえれば分かると思いますけどねぇ、ボクはアーティストなんですよ。専門は現代アート。ボクはねぇ、人間の頭と身体は分離すべきだと思っているんですよ。頭で考えた思想や想像はその人物の死後も残るけれど、身体は腐って土に還って何も残らないじゃないですか。だから、肉体という箱から脱出した首から上の頭というビックリ箱アートを発表しています。頭=思想ね。まあ、若手の宿命か全く注目は浴びてないんですけど……」

「堪忍ね。私、ビックリ箱は嫌いどす。ピエロが生理的に無理なんですわぁ」

「ボクもピエロは嫌いですよ。エレメンタリーの頃に、無理矢理風船を手渡されたのがトラウマです。話が反れました。さっきも言いましたが、ボクはアーティストです。注目されていなくても、売れていなくても創作意欲は湧き上がるし、やりたいことを実行したくて仕方なくなります。この国の芸術家も言っていましたね、「芸術は爆発だ」って」

 

【本】を懐にしまったカメリアの両手の指が、無意識に手遊びを始めた。病的に白い顔に目の下に染み付いた隈、癖のある長髪という外見で自称・アーティストと名乗る通り、どこか神経質なのだろう。

 

「創作意欲を爆発させるために、この京都へと来ました。でも、ただ実行するだけでは面白味がないので、ゲーム形式にしてみました。ここで、たくさんの頭を肉体から切り離したいと思っています」

「っ! まさか、京都で大量殺戮を……!」

「え、どうしてそんな発想になるんですか。こっわ! 往来で大量殺戮なんてできる訳ないじゃねぇですか。怖!」

 

 最悪のシナリオを想定したらドン引きされた。早百合の額に、ムカつきの青筋が浮かぶ。

 

「一目見た時から、犯罪だと分かっていてもやってみたくて仕方なかったんですよね」

「ホンマに、何をするつもり!」

「秘密です」

 

 こいつの顔面に、助走をつけてぶぶ漬けを叩き込みたくなった。

 

 

 

***

 

 

 

 下鴨神社に設置されていた大小二つの箱。小さい箱には、トラップによるチェーンソーの舌を持つ雀の大群が。大きい箱には、行方不明になっている八犬士のうちの一匹と、次のポイントを示す地図及び謎の数字の紙が入っていた。

 地図で指示された場所は、首塚大明神。市街地からは外れた場所にある京都最大のホラースポットだ。

“首塚”の名前の通り、ここには鬼の首が祀られている。退治された酒呑童子の首を埋めたその社は、軽はずみな気持ちで冷やかしに訪れると怪異に遭遇する心霊スポットとしてある意味有名な場所である。

 昼間でも薄暗いその神社に、大小二つの箱が鎮座していた。

 

「何コレ? 英語で書いてあるー」

「え、何かのドッキリじゃね」

 

 場違いにもほどがあるカップルが箱の前を通りかかると、喜々として罠に飛び込むかのように大きい箱に手をかけて蓋を開いた。『舌切り雀』の心理は無効のようである。

 バラエティ番組のように中から煙でも噴き出せば話のネタになったのだろう。だが、中にあったナニかは、蓋が空いた途端に箱をひっくり返して直ぐに走り去ってしまった。大きな箱の中身は空っぽ、何も入っていない。

 

「マジで何だよコレ」

「騙されてるのウケる~こっちの小さいのも開けてみよーよ」

 

 阿鼻叫喚と混沌混乱の様子の動画がネット上にアップされて炎上するまで、あと5分。

 運良く箱からの脱出に成功したナニかは、荒野を駆ける狼よりも速く・力強く地面と屋根瓦を蹴り、優れた嗅覚を駆使して仲間を探す。黒糖蜜の香ばしさの近くにある仲間の臭いと、線香が染み付いた袈裟の臭いを嗅ぎ取って脚を速めれば、砂利の駐車場をゴロゴロと転がりながら一匹の犬が飛び込んできた。

 

「シベリアンハスキー?」

「よく似ていますが、違います。この子はアラスカンマラミュート。どちらも犬ぞりを引く子ですが、シベリアンハスキーよりも体格が良くパワーに優れています。(ちゅう)、お前さん脱出できたんか」

 

 やっぱり楠木は犬派だった。

 身体はがっしり大型犬。厳つい顔をしているけれど、分厚い毛並みがもふもふしているアラスカンマラミュートの首の珠の文字は「忠」。一体どうして、詰められた箱から脱出したかは後のSNSの炎上具合から分かるとして……忠は、自身と共に詰められていた次の場所のパンフレットと数字の書かれた紙を持ってきていた。

 

「次は、瑞泉寺? 紙の数字は57か……この数字、何の意味だべ」

「下鴨神社、首塚大明神、瑞泉寺……」

 

 何やら心当たりがありそうに示された三か所を呟いた楠木だったが、確信は持てなかったのだろう。それ以上は口を開かなかった。

 響平へ再びヘルメットを投げ渡し、次の目的地は中京区瑞泉寺。八犬士たちは楠木の言葉に従い、他に箱が設置されている場所がないかと京都全域に散っていく。仁は悌の背中に乗って共に散策に行くらしい……チワワを抱っこできなくなって、響平がちょっと残念がっていた。

 

「瑞泉寺って、聞いたことないですけど有名なお寺さんですか?」

「まあ、一般の方にはマイナーな場所でっしゃろな。ご近所さんに本能寺があるさかい、大体の観光客はそちらへと行ってしまわれます」

「本当だ、本能寺が近所にある」

「響平君、空いている手ぇで府内で騒ぎがないか調べてもらえますか」

「はい」

 

 瑞泉寺へ向けてバイクを走らせる楠木の後ろでSNSを開くと、既に下鴨神社の騒ぎが地味に伸びて注目入りをしていた。忠が捕らえられていた首塚大明神では、雀たちによって鳥居が細切れにされただけではなく、走行する自動車やトラックも被害に遭っているらしい。

 幸いにも死者は出ていないようだが、罰当たりが過ぎる。何が楽しくて世界遺産が密集した場所で犬と雀の二択ロシアンルーレットをやらなければならないのだ。

 ところで、瑞泉寺ってどんな場所なのだろうか?

 気になった響平はついでに例のパンフレットを読んでみる。京都三条駅より徒歩5分、三条大橋を渡ったたもとのビルに囲まれた場所に位置している。

 

「豊臣秀次の菩提を弔うために建てられた……豊臣秀次って確か、秀吉の甥だっけ?」

「はい。秀吉の甥で養子。関白を引き継いだ後に切腹に追い込まれた方どす。私の考えが合っているなら、瑞泉寺の次の場所は直ぐ近くかもしれません」

 

 歴史的に有名な本能寺など目にもくれず、楠木のバイクはビルの間を潜り抜けて瑞泉寺へと滑り込む。都会的な風景から一歩足を延ばせば、そこだけ時間が戻ったように静寂なお寺さんの空気が漂っている。

 その中に、やはり大小二つの箱が鎮座していた。しかも、府内の大学のジャージを着た数名が、大きな箱に手をかけて今にも開けようとしているではないか。

 

「その箱開けるの待ったーー!」

 

 バイクの後部から飛び降りて叫ぶ響平の声はあと一歩届かず、排球部の大学生たちによって大きな箱は開けられてしまったのだ。

 が、中からはチェーンソーの音は聞こえないし雀の群れは飛び出てこない。

 大きな箱の中に入っていたのは、精悍な顔つきに「信」の珠を持つジャーマンシェパードだ。大きな箱は当たりだ。三回連続で正しい選択肢が大きい方とか、手抜きか!

 

『バウ!』

「大きい方が当たりだった! なら、小さい方を。『桔梗色の首巻き』!」

 

 ジャーマンシェパードの信が箱から飛び出て、断固として開けさせないと言わんばかりに小さな箱へと飛び乗って大学生たちを威嚇する。響平も、周囲の目など誤魔化している暇もなく、首のマフラーで小さな箱をがっちりと雁字搦めに縛ることに成功したのだ。

 

「危ねー。また二分の一の確率だった。わんこ、ありがとうな」

『バウ』

「この中にいたのは信やったか。次の場所は?」

『グウ』

 

 響平は箱をマフラーで雁字搦めにしたまま、顔の右側にぶちがあるジャーマンシェパードこと(しん)の首周りの毛をもふもふしながら撫でる。可愛い。大学生が遠巻きザワザワとした視線でこっちを見ていたが、気にしないでおいた。

 信の箱にもまた、次の地点を示す物と数字が書かれた紙が入っていた。今度は地図でもパンフレットでもなく、一枚のポストカードだ。鴨川が映った秋の京都の景色が切り取られ、15の数字と共に封印されていた。

 

「川と、橋だ」

「これは、三条大橋……やはりそうか」

「やっぱり、法則性とかあったりします?」

「ええ。恐らく、彼奴――『舌切り雀』の【読み手】は“頭”もしくは“首”に関係する場所に大小二つの箱を置いています」

「首、頭? そう言や、二つ目の場所は鬼の首が祀ってある神社、でしたっけ?」

「ええ。そして、ここ瑞泉寺は豊臣秀次公とその一族を弔うための寺。秀次公への怒りが収まらなかった秀吉は、秀次公の首をさらした前で妻子たちをも処刑しました……若い側室も、幼子も」

「鬼の首と、さらし首か。下鴨神社にも首にまつわる話があるんですか?」

「あそこさんは、少々強引かもしれまへん。先ほどもご説明しましたが、名物のみたらし団子は人を模して作られています。他より一回り大きな先頭の団子を一口、食べてみると……頭が巨人に食い千切られているようにも見えますでしょう」

 

 頭からバリバリむしゃむしゃと、人の形をした団子を食べる様子を想像してみれば、少々猟奇的な姿かもしれない。少々無理はあるが、確かに首と身体が分離している。

 動画チャンネルでも語っていたが、この騒動の主犯である『舌切り雀』の【読み手】ことシド・カメリアは随分と頭と身体の分離について熱心なご様子だ。わざわざ強引にこじつけまでして、京都内で頭もとい首に関係あるスポットを使って犯罪ゲーム紛いのことをしている。

 さて、本題に戻ろう。次の場所は、ポストカード通りならば三条大橋。否、恐らく示している場所は橋その物ではない。

 

「首に関係する場所としてこのポストカードが示しているのは、三条大橋やのうて三条河原! 古来よりの刑場や。秀次公の首も三条河原でさらされ、処刑された妻子たちの血ぃで鴨川の水が赤く染まったと言い伝えられています」

「なら、直ぐだ。行きましょ!」

「いや、わざわざ三条のみを示している……主な刑場は三条から六条。他の河原にも箱が置かれている可能性があります。響平君はこのまま三条に向かってください。私は四条から下ります」

「楠木さん、探偵みたいですね。やっぱり京都ってミステリーですね!」

「まあ、科捜研シリーズは全シーズン視聴させてもろてます。さあ、その小さな箱をどうにかして行きましょう」

「あ、マフラーは切り離しできるんで、このまま縛っておきます」

「便利やねぇ」

 

 絶対に開けられないように雁字搦めにギュっと縛ってマフラーを切り離したら、微妙にゴトゴト動いた気がした。出て来るなよ!絶対出て来るなよ!フリじゃないからな!と念を押した後、案内を買って出てくれた信と共に、響平は三条大橋へと走った。




意外と鳴き声に個体差がある、汚い高温を出すチキンのおもちゃ。
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