BOOK   作:ゴマ助@中村 繚

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舌切り雀02

 かつての鴨川は、“罪人”たちの血によって赤く染まった。

 三条から六条に至る鴨川の河原はかつての刑場。その地で処刑されたのは、瑞泉寺で供養されている豊臣秀次の身内のみならず、源平合戦の敗者、石田三成を始めとする関ヶ原の西軍側の武将。近藤勇は首を曝され、石川五右衛門は油で釜茹でにされた。

 様々な歴史的大事件の舞台となり、長い歴史の中で血生臭い場面に何度も立ち会ってきた京の都は華やかな歴史だけではない。古より怨霊が渦巻き、魑魅魍魎が跋扈する魔都でもあったのだ。

 しかしそれも今は昔、現代では京都を代表するデートスポットである。

 鴨川はカップルの生息地であり、カップルは等間隔で鴨川の河川敷に出没する。中堅といった雰囲気のバスガイドさんの説明に、印束高等学校の生徒たちから笑いが零れたのは昨日のことだ。

 本当に等間隔で並んでいる。信と共に三条の鴨川河川敷を走る響平の素直な感想がこれである。

 勿論カップルだけが生息している訳ではなく、ランニング中の老人や自転車を漕ぐ学生、親子連れ、散歩中のコーギーなど、普通に日常を過ごしている人々も行き交っていた。

 そんな日常の風景の中に、闖入者のようにどーんと居座っているのは大小二つの箱。もうお決まりのパターンだ。どちらかに、八犬士が一匹入っている。

 

「どっちだ? 四連続で大きい方ってのも芸がないべな」

『ウォウ』

「それじゃあ、小さい方……を!」

 

 信と顔を見合わせた響平は、思い切って小さな箱を開けた。中から出てきたのは雀の群れ……ではなく、ぷるぷると震える小さなパグ犬だった。首には「義」の文字の珠がある。

 

「良かったー! 当たりだ」

『ワウン』

「よしよし、震えるな」

「ママー、なにかあるー」

「あ」

 

 パグ犬こと(ぎー)を抱き上げてなでなでしていたら、横からするりとやってきた少女が、母親の声も隣の響平もお構いなしに大きな箱を開けてしまったのだ。

 あまりの早業に怒るも焦るも反応する暇もなく、大きな箱からは雀の大群が再び飛び出てきた。

 

『バウ! バウ!』

「や、っべ……!」

 

 響平には、楠木のように目晦ましの能力はない。今のところ、創造している能力は三つだけだ。その中でも応用が利いて柔軟性がある能力が、首にある『桔梗色の首巻き』である。

 銀河鉄道の車窓から見える天の川は桔梗色をしている。天の川の水を編んで作ったようなマフラーは、天の川銀河に生きるモノたちを召喚できるが、周囲の者たちと雀を隔離することはできない。というか、この土壇場では想像が追い付かないのでそんな能力を新たに創造する余裕がない。

 それでも、群れには群れをという考えが頭の片隅にあった。ぎゃあぎゃあ騒めく鷺の団体様は、チェーンソーで武装しているとはいえ雀より強いだろう。かなり適当な思考で、桔梗色の帯を空へと伸ばした。

 

「雪降り鷺!」

「見て見て、白い鳥がいっぱい!」

「本当だ、綺麗……じゃねぇぇ!!」

『ぎゃあ!』

『ぎゃあ!!』

『ぎゃあぁぁぁ!!』

 

 鴨川に生息しているカップルの中に、彼氏が鳥の団体様が生理的に無理な者がいたようだ。彼女が無邪気に可愛らしく空から降ってきた鷺を指さすが、彼氏はぴったりくっつく彼女を引き剥がして全力で逃げた。カップルの生息数が減った。

 名付け通り、雪が降るようにわんさか降ってきた大量の鷺は立派な身体と細長い嘴で雀を捕獲する。立派な鷺に小ぶりな雀などあっという間に捕食されてしまうだろう……が、やはり文明の利器を得た雀は強かった。

 小さな嘴からチェーンソーの舌を出すと、それを高速回転させて鷺を切り裂いてしまう。大きさだけは勝っていた鷺は、まるでお菓子のようにサックリと雀に切られてしまったのだ。

 鷺から逃げた雀の目的は、先ほどと同じく周囲を切り刻むこと。チェーンソーの舌を出した雀が数匹、三条大橋へと飛んでいけば、雀の軌道の先にあった納涼床がスパっと切られて悲鳴が上がった。

 

「なあ、信。お前たちは何かできるか?」

『ウゥ……』

「もしかして、【読み手】がいないと何もできない系の能力?」

『ぷう』

 

 そうなんです、すいません。響平の腕の中にいる義がそう言いたげに鼻を鳴らした。高速で移動するぐらいはできるが、本来の能力を十分に発揮するにはやはり早百合が傍にいなければならない。今の八犬士たちは、お利口さんで可愛い犬とそう変わりない。

 へらへらマイペースな響平にも流石に焦りが出た。

 どうする、どうしよう、何をしよう……焦りの中で妙に一点、気になったことがある。舌を出しながら飛び散る雀たちであるが、人間を傷付ける様子はない。

 騒ぎを目にした人々がスマートフォンやタブレット端末を取り出して動画を撮ろうとすれば、そちらに飛んでスマートフォンたちを一刀両断している。そういえば最初もそうだった、雀の標的は周囲の建物等で人間には手出しをしていない。『舌切り雀』の【読み手】の目的は無差別な殺戮ではない。

 多分。

 スマホの目がないと分ったら、何だか少しだけ気持ちが軽くなった。意外と周囲の目を気にしていたみたいだ。

 人間の記憶に残るより、記録に残ってしまう方が厄介なのだ。

 

「やるしかねぇべ。雀の大群をまとめて相手にするなら……竜巻とかかな!」

 

 想像しろ。想像力を創造力に変えればそれらは現れる。

 響平の頭の中には、小さな鳥など簡単に飲み込んでしまう巨大な竜巻が出来上がった。渦巻く風と巻き上げられた瓦礫、もっと大きな鳥たちも太刀打ちできない竜巻を。

 混乱の渦中で『桔梗色の首巻き』が大蛇のようにうねり、渦巻く。鷺たちも響平が想像した通りにぐるぐると、何匹も同じ方向へ高速回転をすれば風が起きる。

 雀たちが慌てて逃げ出そうとするがもう遅い。鷺が巻き起こした竜巻は、鴨川の水を波立たせて少女の被る帽子を空へと飛ばす。

 竜巻の中でチェーンソーに勝てる攻撃を、雀たちを撃ち抜ける弾丸を。

 鷺の身体から零れるキラキラした光が渦に乗った。中で小さな火が燃える水晶に、黄玉、青白い光を出す鋼玉だ。

 彼らは風を味方に付け、竜巻の中で嵐を巻き起こした。

 

「ブリシオン海岸の(こいし)!」

 

 水素よりも透き通った川の河原の(こいし)たちが光の軌道を描きながら、竜巻に飲み込まれた雀の大群をズタズタに切り裂いた。

 数匹は三条河原から逃げ出したが、大部分の雀は機械音とも悲鳴ともとれる悲鳴の大合唱と共に消滅した。騒ぎにはなっているが、三条大橋は落ちていないし納涼床の崩壊も大きな事故に発展していないのを確認し、響平は小さく息を吐いた。

 

「そうだ、小さな箱の中身!」

『ぷう、ぷう!』

「また川の写真と、67? 鴨川っぽいから、やっぱり楠木さんの推理通り六条河原で正解だったのかな」

 

 だが、数字の意味が分からない。どういうことだ。

 八犬士2匹と首を傾げていても埒が明かないので、楠木と合流しようと交換したばかりの番号へと電話をかけた。

 

「楠木さん、箱さ入っていたのは川の写真でした。数字は67です」

『ええ、六条河原が正解でした。小さな箱に閉じ込められていた(こう)は無事どす』

「次の場所は?」

『明智光秀首塚、数字は79! 三条からそう遠くはありません。響平君もそちらに向かってください、途中で拾います』

「分かりました!」

 

 通話を終え、信と義の案内で次の場所へと走る。とこの時、スマートフォンの充電が残り少なくなっているのに気付いた。

 響平はそうしょっちゅうスマートフォンを弄っている高校生ではない。フリーWi-Fiがないからといって絶望することもない。なので、充電切れ対策の充電器は持っていない。

 同じ班の友人は、修学旅行のために大容量バッテリーを新しく買ったと言っていたのを思い出した。いざという時に困るとは、こういう時のことだったんだな。

 

「昨日、充電忘れたんだっけ。他にも色々検索とか、地図とか見たからな。大事に使おう。萌から連絡が来たらどうするべ」

 

 一応、班行動中の自覚はあったようである。

 さて、やはり“首”縛りで場所を指示してきたようだ。

 皆さまお馴染み、歴史至上最も謎の多き謀反人・明智光秀の首塚は、住宅地の細い路地に小さな祠として鎮座している。ひっそりとした簡素な祠には、明智家の家紋と同じ桔梗が、青く硬い、紙風船のようなつぼみを付けている。

 その祠の前に、やはりあった大小二つの箱。桔梗紋の祠の前に、昭和のポットだか炊飯器を連想させる椿柄の箱とは、いささかミスマッチである。

 

「……(れい)、お前さんもボロボロやな」

『クウ……』

 

 響平を拾った楠木がバイクをかっ飛ばし、指定された明智光秀首塚へと到着した。

 大小どちらか。二分の一の確率で楠木は大の箱を選び、意を決して開ければ当たりだった。箱の中には、仁と同じぐらいボロボロになったサルーキこと礼がいたのである。

 ちなみに、六条河原にあった小さな箱には柴犬の孝が入っていた。どうやら、犬の大きさによって箱の大小が変わるらしい。

 雑だ。

 八犬士もこれで7匹揃った。あと1匹と、礼の入っていた箱の中を調べてみるが、次の場所の指示がなかった。

 あったのは「27」と書かれた紙だけ。地図もパンフレットもなく、箱の底には「END」と書いてあったのだ。

 

「何がENDや! 智がまだ残っているやろ……彼奴めボケるにはまだ若すぎるとちゃいますか」

「楠木さん、落ち着いて。饅頭食べます?」

「呑気に買い食いとは優雅な御身分ですな」

「お昼食べてなくて腹減っちゃいました」

『くう~ん』

 

 楠木がはんなりと激怒している。だって、あと1匹残っているはずの八犬士はまだ7匹しか集まっていないのに、何がENDだ。犬の数を数えろ。

 一方響平は、首塚の近くにある和菓子屋で饅頭を買い食いしていた。明智の家紋である桔梗の焼き印がされた光秀饅頭だ。粒餡入りの黒糖と、白味噌餡が入った抹茶を買い食いしながら孝をもふもふしていた。美味しい、柴犬可愛い。我が家の五平餅が恋しくなった。

 

「さっき、あそこの和菓子屋さんでシド・カメリアの動画を見せて訊いてみたら、首塚に来たのを目撃されていたみたいです。ゆっくり拝んで行ったって」

「律儀か」

「特に怪しい動きとか、粗悪な行動をしていなかったって。雀の動きもそうでしたけど、シド・カメリアは“目的”があるけど根は臆病みたいです」

「臆病?」

「雀たちは、建物やスマホを真っ二つにはしたけど、人間を襲おうとはしませんでした。人間さ怪我をさせる気がないか、やる度胸がないかのどちらかだと思います」

「成程。つまりは」

「ヘタレ」

 

 この子、よく見ている。オマケしてもらった光秀饅頭をペロリと平らげて、人懐っこそうな笑顔でまだ見ぬ敵をしかと捉えていた。

 一見すると緊張感がない。へらへらしているとよく言われる響平であるが、意外と周囲を見て考えて行動ができる子である。気質がのんびりしているだけだ。決して不真面目でもちゃらんぼらんでもない。

 

「ヘタレ、ですが……そりゃええですわ。お饅頭さん、お一ついただけますか」

「はい、どうぞ」

「おおきに。最後の1匹は、早百合さんと一緒にいると考えましょう。そうすると、彼奴のアジトは一体どこか……この数字が手がかりですが」

「試しに足してみますか。えーと。88、57、15、67、79、27」

 

 88+57+15+67+79+27=333

 

「意味ありげな数字になった」

「333……何かのヒントでっしゃろか。「3」が三つ……?」

「……これ、もしかして」

『くうん?』

「シド・カメリアは動画で、頭と身体の分離に拘っていた。犬置きゲームで“首”に関連するスポットを指定するぐらいにはポリシーがある」

「つまり?」

「この数字も、頭を取っちゃう」

 

 そう言うと、響平はスマートフォンの電卓ではじき出された「333」の数字の、百の位の3に指を乗せて隠した。

 頭と身体が分離して、残されたのは「33」。

 

「やっぱり違うかな~頭は重要で、身体は特にいらないみたいなことを言っていたし」

「いや、きっとそれが正解です。ありますよ、京都を代表する「33」に関連する場所が」

「……あ!」

「蓮華王院三十三間堂」

 

 蓮華王とは千手観音。国宝の千手観音像と千体の観音像が安置されているかの地の数字を、示していた。

 

「……あ、充電が切れた」




犬伏早百合(25)
『伏見天流神社』の巫女さん。勘が良く、胸騒ぎがしていたら大抵ヤバいことが起こっていたりする。今回はヤバいことをやろうとしていたシドを止めようとしたら逆に拉致された。所謂、囚われのお姫様ポジション……解せぬ。
『来命寺』の楠木圓浄とは、相方であり戦友であり、友達以上恋人未満。30歳過ぎてもお互い独身だったら結婚しようか、的な仲。犬派。
『南総里見八犬伝』は代々神社に保管されていた物。

創造能力・八犬士
『南総里見八犬伝』に登場する、仁義智礼忠信孝悌の珠を持つ八犬士たちを犬の現身で再現・創造する。
犬たちの犬種は、想像元となった八犬士たちが早百合の裁量で決めている。
それぞれが独立した個体であり、普通の犬よりも賢く高速で移動することができる。が、早百合がいないと攻撃やらその他のアクションはとれない。みんな可愛い。
~八犬士一覧~
・仁→チワワ(秘薬による回復担当)
・義→パグ(牡丹の花弁による支援担当)
・礼→サルーキ(筮竹と巻物による防御担当)
・智→パピヨン(蝶のエフェクトありの攪乱攻撃担当)
・忠→アラスカンマラミュート(火遁による遠距離攻撃担当)
・信→ジャーマンシェパード(捕り物による捕縛担当)
・孝→柴犬(村雨丸による攻撃担当)
・悌→セントバーナード(純粋な怪力による攻撃担当)

創造能力・奇瑞の太刀―旦開野
『南総里見八犬伝』に登場する智の犬士・犬坂毛野胤智の白拍子としての名を冠する攻撃。蝶のエフェクトで相手を惑わし・攪乱し、パピヨンの智が咥えた太刀が死角から切り付ける。

創造能力・奇瑞の護―赤岩
『南総里見八犬伝』に登場する礼の犬士・犬村大角礼儀の旧名を冠する防御。サルーキの礼が易者の筮竹と巻物を展開し、攻撃を防ぐ。

他にも六種類ほどある奇瑞シリーズ。
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