ずーさーが入学した高校がまさか地元とは思ってもいなかった。地元の情報は筒抜けなので、高校の行事予定を入手するなんて赤子の手を捻るが如きだ。学校行事で警備が緩くなる隙を狙おうと、コツコツ計画を立てていた。
が、近年の学校のセキュリティというのは厳重になっている。自分が学生時代はこんなに大事にされていなかったぞ。生徒玄関は開けっ放し、不良は自主休校しっ放しの時代だったぞ。鍵をかけられて監視カメラを設置されたら侵入できないではないか。※犯罪です。
なので、家の物置の奥から発掘された白い【本】の存在を思い出したので、使ってみることにした。
今年の始めに、不老不死を手に入れられる【戦い】の説明は初めて手にした時に理解したが、不審者は興味を示さなかった。
不老不死になったら推しを確実に見送ってしまうではないか。推しのいない世界は生きる希望も価値もない!死ぬ!死にたいのに死ねない!地獄かな!?
非日常的な現代ファンタジーバトルな展開に巻き込まれるよりは、推しを応援したい。こちとら、トラックに轢かれて異世界転生してチートを持ちながらスローライフするようなラノベに欠片も興味がないのである。ザマァ展開への優越感よりも推しの煌く汗だ、汗に見合う金をせっせと落とさなければ。
とまあ、発掘してから更に押し入れに押し込めたままだった【本】を引っ張り出して利用した。タイトルは『裸の王様』。馬鹿には見えない服で有名なあの話である。
そこから発想を得た。
見えないのならイコール透明だ。透明な服ならば、着れば着た人間だって透明になるはず。つまり、透明マントだ。
それを逆転させれば、馬鹿
武装能力・
某狸っぽい猫型ロボットの声色(旧)で叫べば、あっと言う間に透明人間(不審者)の完成である。
市内では偏差値高めの自称・進学校ならば馬鹿はまずいないので、透明人間を見破ることのできる者はいない。この装備でシャッター音消失アプリをダウンロードしたスマートフォンを懐に忍ばせれば、完全なるステルス形態が実現した。その実力は、職員玄関を堂々と通過した実績の通りである。
さあ、いざ行かん。ずーさーの生写真を求めて廊下を駆けるのだ!※犯罪です。
誰も気付かぬ内に不審者の侵入を許してしまった暦野北高校であるが、一方その頃の読人はと言うと。
「行った!」
「上げろ黒文字!」
「はい!」
「よし、ドンピシャァ!!」
読人が上げたトスが良い位置に来ると、正美の重量級のアタックが相手コートに突き刺さってゲームセット。勝ちました、二回戦突破しました。
「か、勝てた」
「ナイストス。行くぞ、この調子で。
「イエッサー!」
行くぞ、狙うは優勝だ。
盛り上がる第一体育館、男子バレーボール。意外と動けてトスが上げられる読人。
校内で発生している事件を解決できるであろう唯一の彼は、もう球技大会にどっぷり浸かっていた。
「夏月センパイ、お疲れ様です」
「お疲れ様、かずさちゃん。次の試合、三年生とでしょ。凄いね、かずさちゃん連勝だ」
「これでも、小学校の頃はバドミントン部だったんです」
夏月のサークルの後輩は、しっかり者の大人っぽい子ではあるが、ちょっと得意げになってエッヘンと胸を張る姿は年相応だ。
将来的には演技を学び、アクションや殺陣をやりたいと剣道・薙刀サークルに入部したずーさーことかずさは、先輩である夏月を慕っている。当初はかずさがアイドル活動をしていることを知らず、アイドルと知っても色眼鏡を使わずに接してくれる彼女に好意を抱いているのだ。
微笑ましい先輩と後輩の姿、JKが2人……の間近でこっそりカメラを構える、透明な不審者が。
『生ずーさー! 生JK! クラスTシャツのカラーがオレンジだと……! 何故グリーンではない、オレンジではえびねカラーではないか! オレンジのずーさーはイマイチぱっとしないでござるよ……否、むしろマジのプライベート感がマシマシでSSR写真になるのでは』
『フェアリーテイル』のパッションオレンジ担当。最年少を差し置いてみんなに可愛がられる妹キャラ、ダンスの振り付けが左右逆でも許してねん。なドジな妹ちゃん枠・
隣にいる夏月が着ている2年C組のクラスTシャツこそが、かずさのイメージカラーであるグリーンだ。ミントグリーンではなく黄緑だが。
ちなみに、読人の2年B組は真っ赤である。目立つ。
不審者は床にへばりつき、匍匐前進の体勢でかずさのみをフレームに収めシャッターを切る。スマートフォンに『見えない服』を着せることはできないので、素早く懐から取り出して撮ったら直ぐに隠す。でないと、スマートフォンだけが浮いている状態になってしまうのだ。
迅速にこの場を脱出し、人気のない場所で撮った写真の確認だ!匍匐前進のまま体育館から脱出しようとする不審者だが、タイミング悪く歩き出した夏月が透明な不審者に躓いて蹴り飛ばしてしまったのだ。
「っ! え、何! 今の?」
「どうしました、センパイ?」
「気のせいかな。何か、蹴っちゃった気がする」
透明なので見えない。見えないので、躓いても……蹴っても分らない。
不可抗力で夏月に蹴られた不審者は床で痛みに悶えている。声を出すな、悶絶している悲鳴を出すな。声は透明にできない、気付かれる。
しかし、透明だから誰にも気付かれず、他の生徒たちにも蹴られ躓かれ。ついでにバドミントンの羽根やピンポン玉が次々と命中するまで、あと30秒。
***
「うちのクラス、全滅しちゃったね」
「まさか卓球も瞬殺だったとは……」
これからは2年生を、特に同じ文系クラスを応援しよう。2年B組の男子バレーボールは快進撃を続けていた。
お隣である2年C組こと夏月のクラスは、全部のチームが早々と全滅してしまったので応援を楽しむしかない。茜と共に教室に戻る途中で、無意識にB組の教室へと視線を向けていた。
教室の中心辺りで、女子に囲まれている読人がいる。
いつもは夏月が贈ったクローバーのヘアピンで上げている前髪が、苺柄のシュシュでちょんまげになっている彼が見えた。
その姿に夏月の脚が止まり、読人と視線がかち合うと彼はパァと表情を輝かせてこちらへとやって来た。
「夏月さん」
「読人君、それ」
「あ、これ? 小椋さんがやってくれたんだ。ヘアゴムは佐々木さんが貸してくれた」
「……可愛いね」
「っ! ありがとう」
小椋さん、とは読人の近くにいたバスケットボール部の
シュシュの持ち主は
「夏月?」
「あ、ごめん。何でもない」
「……黒文字君って、3年生の間で隠れた人気があるみたい。上品な雰囲気で、顔が見えたら可愛いって。生徒会の先輩が言っていたんだ」
「……そうなんだ」
茜の前では何も異変がないよと振る舞いつつも……何故か、内心もやもやしていた。茜に悟られて、実は上級生に噂されていると知って、やっぱりもやもやした。
生徒会の仕事があるからという茜と別れた夏月は、教室を出て校内をフラフラと散歩していた。次の2年B組の試合までまだ時間がある。持て余したこの時間はどうしようかと考えながら歩いていると、脚は自然と図書室へと向かってしまうのは図書委員の性であろうか。
残念ながら、体育会系の学校行事の最中なので図書室には鍵がかかっている。が、そこでバッタリと、購買帰りの正美と出会ったのだ。袋の中には大量の食糧……と言う名の燃料が入っていた。
「よう、竹原」
「松元君、お疲れ様。これ、お昼?」
「いや、おやつ。思ったより腹が減って、主食だけじゃ足りなかった」
「ポイントゲッターで大活躍だもんね」
「食うか?」
「ありがとう。いただきます」
五個入りのミニあんパンを差し出され、一個いただいた。ちょっと行儀が悪いが、廊下に2人並んであんパンを咀嚼する。残り四個は早々と正美の胃に消え、次はチーズ蒸しパンの袋を破いていた。
「松元君」
「何だ?」
「読人君って、どんな人?」
「どうした急に」
「いや、ね……私、読人君のことを何も知らないなって」
『竹取物語』に組み込まれたことによって、否応なしにこの1年間の【戦い】に巻き込まれた。読人とは【戦い】における相方のような存在になってはいるが、夏月は彼のことを深く知らない。
知っていることと言えば、学校生活の中での普段の読人の姿。そして、氷漬けになった4月1日で見て・聞いたことだった。
「良い奴だよ。あいつは」
「良い奴?」
「深くは言わねぇ、それだけ。あいつのじいちゃんの言葉を借りるなら、誠実ってところかな」
「誠実……」
「……昔の俺さ、チビだったんだよ」
「松元君が? 想像つかないな」
「本当だ。小3の頃、クラスで一番チビなのに体重は一番重かったんだ。給食もよくおかわりしたし」
クラスで一番背が低いのに、体重は一番重い。つまりは肥満児。縦よりも横の成長が早かった当時の正美は、今の姿とはかけ離れたぽっちゃりとした子供であった。
そんな正美のクラスでの扱いは、所謂いじられキャラだった。
こいつなら揶揄っても遊びで済む。いじめているのではない、いじってやっているのだ。
そんな状況下に置かれていたのが、小学3年生この頃の正美だった。
「で、当時の俺は図書係だった。学級文庫を管理するあの係な」
「私も昔、やったな」
「その係の仕事で、放課後に残って本の修理をするって時に、他の係がみんな帰ったことがあったんだ。俺に全部仕事を押し付けて」
「え」
「半ベソかきながら1人で教室に残って本の破れたページにテープを貼っていたら、廊下から前髪で目が隠れた奴がこっちを覗いていた」
「あー……」
それが、隣のクラスにいた当時の読人である。その頃はただのメカクレ君だった。
塾やら習い事やら、色々と理由を付けて正美に何冊もの本を押し付けて帰って行ったクラスメイトたちは誰1人戻って来なかったが、何故か別のクラスの奴が本の修理を始めた。背負っていたランドセルを机の上に放って、正美と向かい合い日が暮れる前に全部の本を修理し終えたのである。
正美の担任教師に修理を終えたことを報告しに行ったら、どうして隣のクラスの子がいるのかと首を傾げられた。
「何で手伝ってくれたんだって訊いたら、「おじいちゃんが、本は大切にしなさいって言っていた」ってよ。首に手を添えて、そう言ったんだあいつは。本当は、俺を気遣ったのかもな。あの癖は困った時にする癖だ」
「じゃあ、松元君と読人君はそこから?」
「そこから今に至る」
その日は、その足で読人に連れられて蔵人の家に遊びに行った。その日から、読人と正美は親友になったのである。
小学校の頃は一度も同じクラスになることはなかったが、同じ中学校に進学してからは3年間とも同じクラスであった。
正美は中学生から柔道を始め、めきめきと頭角を現し身長も成長期に入った。あっと言う間に伸びて2年生になるとクラスで一番背が高くなった。筋肉も付き、身体も厚くなり、小学校の頃の面影はあまりなくなった。正美をいじっていた当時のクラスメイトが、すっかり容貌が変わった彼を見て逃げるように道を開けた日には、読人と2人で意地悪くゲラゲラ笑ったものだ。
「あいつはそういう奴だ。昔から変わらず、良い奴。良い子。何も注意されずに、自主的に玄関で靴を揃えた同級生を見たのはあいつが初めてだった」
「行儀が良いんだ。読人君って、3年生の先輩たちにちょっとした人気なんだって。上品な雰囲気だって」
「上品か。じいちゃんが礼儀に厳しかったからな」
「あと、顔が見えたら可愛いって」
「可愛いか、あいつ?」
「可愛いよ」
「そうか、可愛いか」
正美がちょっと噴き出した。男子に対して「可愛い」とあまり使ってはいけないような気はするが、表情がコロコロ変わるのは確実に可愛いのだ。
良い奴。良い子。
誠実で、上品で、礼儀がしっかりしていて、ちょっと意地悪くゲラゲラ笑うこともある人……うん、夏月が知っている読人だ。
「ありがとう、教えてくれて。ご馳走様。試合、がんばってね」
「おう」
去って行く夏月を見送った正美は、おやつの袋の中からパック牛乳を取り出すとそれを飲みながら教室へと脚を進める。去年の4月、蔵人に言われた言葉を思い出した。
「正美君。これからも、読人の友達でいてください」
高校入学の挨拶で蔵人宅を訪ねたその日、読人が席を外したタイミングで蔵人にそう告げられたのだ。
あれから1年経たない内に、親友の祖父は亡くなった。正美は父から黒いネクタイを借りて焼香に行ったが、最愛の祖父を亡くした親友は酷い顔をしていて、正美の姿にも気付いていなかったようだった。
「言われなくても、あいつとは親友ですよーっと」
さて、その親友と共に優勝を獲ってみますかな。
正美の燃料内訳:
・ミニあんパン(五個入り)
・ミニクリームパン(五個入り)
・ミニチョコパン(五個入り)
・チーズ蒸しパン
・メロンパン
・コーンマヨパン
(略)
なお、全て