BOOK   作:ゴマ助@中村 繚

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一休さん02

「……お前、竹原と知り合いだったのか?」

「ひぃ!? マ、マサ!」

「そんなに驚くなよ! お前の幸せそうな顔、竹原が原因だったとは……」

「え、タケハラ?」

「さっきお前に手を振っていた女子」

「 知 っ て い る の ? 」

「お、おう」

 

 いつの間にか現れた正美に驚かされた読人だったが、正美は読人の迫力に驚かされた。あまりにも必死な読人に威圧されてしまったのである。

 ま、立ち話もアレだから、続きはたい焼きを食べながらにしようとそのまま2人で下校した。北高生の間でたい焼きと言えば、最寄り駅の前にある『無問鯛(モウマンタイ)』という名前のたい焼き屋である。

 そこの、1月限定白玉小豆たい焼きを購入し店の前に設置されているベンチに座ってたい焼きに齧り付きながら、あの子についての話が再開された。

 

「あいつはB組の竹原(タケハラ)夏月(ナツキ)。剣薙で薙刀やってる。道場で時々顔を合わせるから、名前は知ってんだ」

「ナツキさん、か……薙刀やっているんだ」

 

 彼女は竹原夏月。剣薙、つまり剣道・薙刀サークルに所属している。

 北高には女学校時代の名残で薙刀部と言う部活があったが、長年インターハイ等の大会で結果を出しておらず人数不足と言う事もあり、同じ事情を抱えた剣道部と統合されて合同サークルとして活動している。練習場所が正美の柔道部と同じ道場なので、彼は名前を知っていたのだ。

 何だか凄く似合うと思った。綺麗に伸びた背筋はきっと武術による研鑽の結果だろう。

 思わぬ伝手で彼女――夏月の名前を知った読人は、再び自分の顔が熱くなるのを感じた。1月半ばの寒空の下なのに、耳も頬も熱い。

 

「お前、竹原みたいなのがタイプだったのか。今までこう言う話をしたことなかったな」

「うへへへへ……」

 

 2人で白玉小豆たい焼きを齧ると、もちもちの白玉の歯応えにちょっと苦戦する。

『無問鯛』のたい焼きは、甘さ控えめの小豆を使用した薄皮たい焼きと尻尾のカリカリした生地のバランスが取れていて、何個もペロリと食べる事ができる絶品だ。だが、毎月の限定商品として出すオリジナルたい焼きは当たり外れが大きい。

 今月の白玉小豆は……大粒の小豆を使用した粒餡がホクホクしていて甘さ控えめ、いつも通りの味だ。しかし白玉の部分が硬くて噛み切れない、中途半場な硬度を持つ白玉が粒餡の邪魔をしてしまい、はっきり言って微妙である。「咽喉に餅が詰まりやすい人は注意して下さい」と注意書きをした方が良いだろう。

 

「そうだ、俺バイト始めたんだ」

「へー、どこで?」

「おじいちゃんの知り合いの古書店。古本屋じゃないよ」

「何だか敷居高そうだな……読人」

「ん?」

「思っていた以上に元気そうだな、安心した。てっきり、じいちゃんが亡くなって沈んでいるかと思ったんだぜ」

「……ありがとう、マサ。最初は沈んでいたけど、色々あったんだ」

 

 本当に、色々あった。

 バイトを始めたのも読人の身に起きた変化であるが、それ以上に彼の日常が逃亡のための準備を始めたのが大きな変化だろう。【本】を開けば、日常が非日常になる。

 こんな風に、正美と一緒に他愛もない話でゲラゲラと笑いながらたい焼きを齧る日々も、どこかへ行ってしまうかもしれない。

 

「決めたんだ、この1年を頑張ってみようって」

「……読人?」

「あ、ああ、バイトの話ね」

「おう」

 

 正美には、【本】と【戦い】の事は伏せておこうと思った。彼は柔道部の重量級期待の選手だ、選手生命や部活のことを考えれば、あまり危険には巻き込みたくはない。

 白玉小豆たい焼きを食べ終わると包み紙を丸めて、店の前に設置されているゴミ箱に投げ入れる。

 それじゃあ帰るか、と言うタイミングで読人のコートのポケットに入れていたスマーフォンがメッセージを受信した音を鳴らした。

 

「……ごめん、マサ。バイト先から呼ばれている。行かないと」

「おう、バイト頑張れよ」

「うん、バイト代が入ったら牛丼でも奢るよ。じゃあね」

「また明日」

 

 手を振りながら正美と別れた読人は、彼の姿が見えなくなってから再びスマートフォンを確認する。メッセージを送って来たのは、先日連絡先を交換した桐乃だ。

 

「……『鼓草町で銀行強盗。犯人は虎と一緒に銀行に押し入った』……うわ、普通じゃ考えられないな」

 

 早速、非日常がやって来た。

 

『今すぐ迎えに行く』『駅の東口のロータリーで』

 次いで桐乃から連絡をもらった読人は、駅の中を抜けて『無問鯛』がある駅前とは反対側、東口のロータリーへやって来た。

 タクシー・バス乗り場の横を通って辺りを見回して見ると、向こう側に停まっていたバイクのライダーがコンコンとハンドルを叩いて音を鳴らしている。女性には珍しいあの大型のスポーツバイクは、連絡をくれた桐乃の物だ。

 

「桐乃さん!」

「直ぐに鼓草町へ行くよ……ん? そのヘアピン」

「コレ、ですか? もらったんです」

「良いね。顔が見えてスッキリする。さ、行くよ」

「はい!」

 

 読人にヘルメットを渡してバイクの後ろに乗せると、虎を使った銀行強盗が起きていると言う鼓草町へとバイクを走らせた。

『犯人は虎と一緒に銀行に押し入った』とメッセージにはあったが、犯人グループがタイガーマスクとかを被って押し入ったと言う訳ではないらしい。むしろ、銀行強盗は人間1人で残りは虎……動物園の檻の向こうにいる、本物の虎が銀行を襲ったのだ。

 

「本物の虎、って……どんな【本】の持ち主でしょうね?」

「まだ分からない。だけど、【本】をこんなにも分かりやすく悪用する【読み手】だ。あんまりロクな奴じゃないのは確かだろうね」

「……」

「恐いかい?」

「ちょっとだけ。でも、俺、やります」

 

 桐乃の肩に置いている両手が震えていたとか、声に恐怖が滲み出ていたとか言う訳ではなかったが、一応読人に訊いてみた。本格的に【戦い】に身を投じる事が、【読み手】と戦うことが恐くないのか、と。

 紫乃に弟子入りし、【本】に対する基礎知識を叩き込まれた後に言われたのだ。次に【読み手】が現れたら、それが読人の初陣だと……虎の銀行強盗は十中八九、創造能力で虎を創造した【読み手】による犯行だろう。

 相手の【本】の物語を「めでたしめでたし」で終わらせて、相手の紋章を手に入れろ。それが、師匠から課せられた第一の課題だった。

 桐乃のバイクが自動車の間をすり抜けて件の事件が起きているこのみ野市鼓草町へと到着すると、既にパトカーが銀行の周りを包囲していた。そして、猛獣等が動物園から逃げ出した時に出動する特殊部隊も、スタンバイ済みである。

 

「こんなに人が多い中で【戦い】を始めて大丈夫なんでしょうか?」

「師匠は大丈夫って言っていたけど、確かにこれじゃあ……っ!」

 

 フルフェイスのヘルメットを脱いだ桐乃が全てを言い終わる前に、取り囲まれている銀行の窓ガラスが派手な音を立てて破壊された。

 特殊部隊が突入したのではない、銀行内にいた犯人――巨大な虎が、外に出て来たのだ。ポストカードの写真のように美しい縞模様と虎目石の目を持った雄々しい虎が、都市のど真ん中に現れたのである。

 しかも一頭、二頭ではない。次々と現れた虎はなんと十頭。これは流石に、厳しい訓練を受けた特殊部隊も小さく悲鳴を上げて身体を強張らせる。

 そんな彼らの怖れを目にした虎たちは、低い唸り声と雄叫びを上げて一斉に襲い掛かって来た。

 

「総員退避ーー!」

「っ、桐乃さん、あれ!」

「っ! あいつが【読み手】だ!」

 

 襲い掛かってくる虎たちをシールドで必死に抑えつつも、2mを越える巨大な体躯と牙と爪に人間は歯が立たない。だが、何名かの隊員は手にした獣で虎を狙撃する事に成功した。虎は見事に眉間を撃ち抜かれたのだが、その場には虎の死体は残らず、隊員たちの足元にひらひらと落ちて来たのは穴の開いた虎のポストカードだった。

 そんな乱闘の影で、卑怯にも逃げ出そうとしている者を読人が発見する。

 虎の背に重そうなボストンバッグを何個も乗せ、同じく虎の背に跨ったニット帽の男が銀行から逃亡したのだ。

 間違いない、あいつが銀行強盗であり虎たちを創造した【読み手】だ。

 再びヘルメットを被った桐乃は、バイクを走らせて逃亡する犯人と虎を追う。銀行の前では、十頭いたはずの虎たちは全て狙撃され、ポストカードになっていた。

 

「待て! そこの虎!! お前、白い【本】を持つ【読み手】だな!」

 

 車道を走る二頭の虎に、それらと虎に乗る人間を追うバイク。本当に、普通ではありえない光景である。

 ニット帽の男は桐乃の声に気付いたらしく、一度後ろを振り返るとニヤリと笑った。

 虎たちの進路を変更してバイクもそれを追跡すれば、ビルとビルの間にある月極駐車場に誘い込まれてやる。

 駐車場に辿り着くと虎は姿を消した。札束等がパンパンに詰められているボストンバッグは地面に置かれ、銀行強盗はバイクを降りた桐乃と読人の前にあの白い【本】を見せたのだ。

 

「お前らも、俺と同じ【本】を持つ【読み手】って奴だろう。他の奴らを倒し続ければ、不老不死になれるっていう。良いな~不老不死、なりてぇな~」

「知っているなら話は早い。【戦い】を始めましょうか……この子が」

 

 相手も、てっきり桐乃が相手をすると思ったらしい。背負っていたリュックの中から【本】を取り出した読人を見た瞬間、小馬鹿にするように吹き出してゲラゲラと下品な笑みを浮かべたのだ。

 今回の桐乃は裏方に徹するように紫乃に言われているが、相手が1対1の正々堂々とした勝負をするに値しない人物であった場合は、2人で叩きのめせとも言われている。【本】の能力を悪用して私欲を満たすその姿を見れば、早々と桐乃もこの【戦い】を首に突っ込むことになるだろう……だけど、これはあくまで読人の初陣なのだ。

 

「このガキが? こんなガキが? こいつが??」

「ガキでも関係ないだろう。【読み手】同士の【戦い】は、想像力がものを言う」

「っち、じゃあ、さっさと倒して不老不死になってやろうか!!」

 

 忌々しそうに舌打をした男が持つ【本】を開くと、着ていたダウンジャケットのポケットから数枚のポストカードが取り出される。

 ポストカードの絵柄は虎だ。大きくて立派な、美しい縞模様の虎。ポストカードの虎が【本】の光と呼応するようにぬるぬると動き始めると、本物の虎がはがきサイズのカードの中から飛び出て来たのだ。

【本】のタイトルは『一休さん』……屏風から飛び出て来た、虎だった。

 5枚のポストカードから飛び出て来た五頭の虎を前にして、読人の頭は高速で回転し紫乃に教授された事を必死に思い出しながら自問自答をしていた。

 

問1 どうして相手は、不老不死の事を知っていた?

答→初めて【本】が光って紋章が現れた時に、【本】の最初のページにこの【戦い】の説明が浮き出るからそれを読んだ。(読人は気を失ったため、その説明を読んでいない)

 

問2 どうして相手は、【本】の文章を読まずに創造できたのか?

答→文章の朗読は【読み手】の中のイメージを固定するための予備動作に過ぎない。自身の中で創造したいモノのイメージがはっきりとしているならば、朗読の手間を省ける。

 

問3 相手は朗読なしに創造能力を発動させた、つまり?

答→屏風(ポストカード)の虎が実体化すると言うイメージが確立されている。つまり、それだけ【本】の能力を使用している。

 

 イコール……今回の銀行強盗だけではなく、【本】を悪用して他にも犯罪に手を染めている可能性が高い。

 五頭の虎を前にして、読人が手にした『竹取物語』も光が宿り彼はページを捲った。

 創造のイメージがはっきりしていない内は文章を朗読する動作が、創造能力を発動させるトリガーとなる……読人が想像した「火鼠の衣」を創造するため、声を紡いだ。

 

「『右大臣阿倍御主人様は、火にくべても燃える事のない火鼠の皮衣をお持ちになって下さい』……!」

『よっ、呼んだか?』

「お願いします!」

 

 読人の足元から炎が渦巻き塊として集まると、炎のハリネズミ……火鼠の衣が創造される。

 掌サイズのハリネズミに襲い掛かる五頭の虎を前にして、火鼠の衣はフンと鼻を鳴らした。虎なんて取るに足らない相手であると言わんばかりに、身体を丸めて火の玉と化して虎たちの間を縫うように転がれば、虎たちの自慢の縞模様の毛皮が燃え出したのだ。

 火でできた衣を纏っているかのように明るい赤と橙色の炎が虎たちの身体を包み、虎たちは苦しそうな声を上げる前にポストカードの燃えカスになって駐車場の地面に落ちた。

 

「やっぱり、虎が攻撃されれば元のカードに戻るんだ」

『何だか呆気ないな』

「何だそれはぁ? ゲームか何かのモンスターか?」

「彼は、火鼠の衣君。俺は黒文字読人、【本】のタイトルは『竹取物語』」

「『竹取物語』……って、不老不死のアイテムじゃねぇか! こんなに早く向こうから来てもらえるなんて、ラッキーだな俺は!」

「『一休さん』の【読み手】、読人君が名乗ったんだ。自分も名乗りなさい……【読み手】同士の【戦い】は先ず、名乗るのが礼儀だ」

「はぁ?! 誰に向かって口効いてるんだ、この女……」

「名乗りなさい!」

「……っ、寅井(トライ)満作(マンサク)だ! これで満足かよ!」

 

 桐乃の険しい言葉に気圧されたのか、『竹取物語』を目にして舌なめずりをしていた男は【読み手】の礼儀に従って吐き捨てるように自身の名を口に出す。

 寅井満作、【本】のタイトルは『一休さん』。




『無問鯛』
1月限定:白玉小豆たい焼き(120円+税)
『無問鯛』自慢のホクホク小豆餡の中に、もちもちの白玉が入った白玉ぜんざい風たい焼きです。

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