噴上裕也の果てしなくカッコよく美しいアカデミアライフ 作:己道丸
「あれ、噴上ってばゴキゲンナナメ?」
「あぁん?」
頬杖ついて窓の外を眺めるおれに声をかけてくるヤツがいた。
暴走族やってた前世じゃあ、こうするとほとんどの奴はビビって誰も声かけてこなかったっつーのによぉ。まったく、この噴上裕也クンも気安くなったもんだぜ。
だが相手が女っつーなら、ムゲにするワケにもいかねーか。
「やっぱりクラス委員長になりたかった?」
「ハッ、おれがクラス委員長? 冗談はカンベンだぜ、芦戸ぉ」
薬品みてーに刺激的な匂いを香らせるそいつの名は、芦戸三奈。
その匂いでピリピリとおれの鼻をくすぐりながら一つ前の席に座り、背もたれを抱えておれと向き合ってくる。
席の主である『手汗野郎』こと爆豪勝己が、休み時間になった途端に教室から出て行っちまったからだ。アドレナリンの匂いビンビンでブチ切れアピールするヤツは見物だったぜ。
どうやらヤツもクラス委員長になりたかったらしい。
「どいつもこいつも、そんなになりたいもんかね」
「そりゃヒーロー科のクラス委員長だもん。学生の頃からリーダーやってました、って言えば箔もつくしさ」
「ンなもんかねぇ」
「じゃあさ、噴上はだれに投票したの? ホラ、私にだけナイショでさ、言ってみ?」
いかにも悪巧みしてるぜってツラの芦戸が、ズイッとおれの目の前まで身を乗り出した。
へへっ、いいねー、イイ女の顔を間近にするのはいつだって気分がいいぜぇ! よく香る花だけでできた花束を抱えりゃこんな気分になれるのかもなぁ~~ッ。
長いまつ毛、黒い目ン玉に映える金色の瞳、波打つショートヘアをかき分ける二本の角、そして髪の毛の先から首筋までピンク一色に染まった刺激的な見た目! おれの前世じゃまずお目にかかれねーナリだから、特に目を引くんだよなぁ。
小悪魔的っつーの? イタズラっぽい表情がまたチャーミングだぜぇ~~~~ッ!!
「ねぇねぇ、どーなのよ、そこンところ」
芦戸のキュートなお目目がおれを覗き込む。そんなに聞かれちゃしょうがねーなーッ。
「あー誰に投票したかって? 緑谷だよ、緑谷」
「そうなの? てっきり女子に投票すんのかと思ってた」
「ンなことしたら、忙しくなっておれに構ってくれる時間が減っちまうじゃあねーか」
「あぁ、そういう」
「こういうメンドクセー仕事はよぉ、緑谷みてーに細けーヤツが向いてんだよ。アイツ、いつも周りばっか見てるしな」
んで実際緑谷が委員長に選出されたワケだが。
しかし八百万が副委員長になったのは惜しかったな。まぁいかにもマジメなお嬢様って感じだし、お似合いだがよー。
「へぇ、あんがい緑谷のことよく見てるんだね」
「ハァ? 違ーよ、アイツがキョドキョドすんのが目立つっつー話」
ったく、トオルといい芦戸といい、なんでおれが緑谷に目をかけてると思うんだ。アイツとはたまたま入学する前に顔を合わせたことがあるだけだっつーのに。
この美貌に感動するっつーなら男でもいいけどよぉ、おれの方から目を向けるのはおめーらカワイ子ちゃんだけだぜ。男同士でイチャイチャってのは守備範囲じゃあねーよ。そういうのは爆豪にやらせとけ。あいつら、何かってーと絡むからな。
「……じゃあさ」
「あん?」
「なんで今、ゴキゲンナナメ?」
「……………………」
……あー、それが本題か。
芦戸の空気が変わった。ちょっぴり緊張の匂いが強くなり、マジ気味になったんだってのが分かるぜ。委員長がどーのっつーのは前座話ってことか。
どうやら気ぃ遣わせちまったみてーだな。なんだ、芦戸も結構周りを気にするタチか。空気が読めるっつーか、身内でノリが悪いのがいると気にかけちまう感じか。
イイ女だねぇ。やっぱりヒーロー科に来るぐらいだ、気配り上手ってことかよ。
まったく、ちょっと機嫌悪くしてただけでこうして女に構われちまうんだからよー、おれの魅力にもまいっちまうぜ。こういうのも男の甲斐性ってことかね~~ッ。
だが、どう話したもんかな。全部話したって納得させられる気がしねーぜ。
自分の個性が本来の力を発揮してねーと自覚してる、なんて話はよぉ。
――こないだの戦闘訓練を思い返して気付いたことだ。
ハイウェイ・スターが離れた場所にいる切島を狙った時、
ハイウェイ・スターの能力は、嗅ぎつけた標的を時速60kmで追いかけることだけじゃあねー。大きく引き離された時、標的の大雑把な位置をつかんで瞬間移動して距離を詰めるっつー能力も持っている。
それが出来ねーっつーのは、つまりおれの個性、いやスタンドが弱くなったっつーことだよなぁ。
考えられる理由は一つ。
現世のおれが、ハイウェイ・スターを発現させる理由を直接体験してねーからだ。
スタンドは精神の力。無意識の才能だ。
おれのハイウェイ・スターが無敵といってもいい能力をもっているのは、それ相応にヘビーな背景があってこそだ。心の底から『死にたくねぇ』って思ったからこそ、絶対に追撃をやめないハイウェイ・スターは誕生したのだ。
前世の記憶と一緒に取り戻したハイウェイ・スターだが、しかし現世のおれは前世とまったく同じ人生を歩んできたワケじゃねー。
精神は同じでも経験が違う。その差が能力に現れたとしても不思議じゃあねーぜ。
そのことはおれのストレスだった。
今のおれが、地続きだと思っていた前世のおれとイコールじゃねーって思い知らされるのは、なかなかイラつくことだぜ。本来持っていたモノを気付かないうちに失くしちまったみてーで、むかっ腹が立つ! それが精神の一部っつーならなおさらによぉ~~~~ッ!!
だがこんなことを説明できやしねー。
おれの個性は前世から受け継いだモノなんだが経験不足で弱くなっちまった、ってか? そりゃ『オイオイ噴上クン、イカレちまったのか?』っつー話にしかならねーだろ。
こういう、うまく人に話せる事情じゃねーっつのがまたムカつくんだよなぁ~~ッ!
「んー……あれだ。こないだの戦闘訓練、あれでカッコわりーところ見せちまったなって、それを思い出してただけよ」
だからおれは、そんな説明をするしかなかった。
「……そうなの?」
「おうよ。おれの個性をもっとウマく使えたらよー、ってな。そういう話だぜ」
まぁ全部がウソじゃねー。当たらずとも遠からずってところだろ。
さすがに芦戸も納得したって顔じゃないが、だからっておれもこれ以上説明できねーし、この話は打ち切らせてもらうしかねーな。
「ンなことよりよぉ、芦戸メシはどうすんだ?」
時間はとっくに昼休み。
ほかの連中もぼちぼち席を立ち始めたし、廊下は他の教室から出てきたヤツらの匂いで溢れかえってやがる。あんまり後手に回ると、食堂の席が埋まっちまうぜ。
「また一緒にメシ食わねーか? 何だったら一品おごっちゃうぜぇ~~?」
「残念、今日はお弁当なんだ」
しかし芦戸は跳ねるように席を立っちまった。
「こないだお気に入りの場所を見つけてねー。今日はそこで食べるつもり」
「マジかよ。んじゃおれも弁当買ってくるからよ、案内してくれよ」
「そーこーまーでっ」
腰を上げたおれに、芦戸は指で×を作ってみせた。交差した指の向こうで、あいかわらずのイタズラっぽいまなざしがおれを見つめてきやがる。
「あんまり私ばっかり追っかけると、怒っちゃう子がいるんじゃないの?」
言わんとすることはすぐ分かった。
踊るように教室を出た芦戸の影から、その相手が姿を現したからだ。
「……む~っ」
そいつは目に見える相手じゃなかった。
けどよ、じっとりとしたまなざしっつーのは、目ン玉が見えなくたって分かるんだよなぁ。特におれのような、カッコよくて美しいヤツは注目を集めるからよぉ、見られるってことにはちょっぴり敏感だぜ。
何が言いたいかっつーとだ。
そこには、頬を膨らませた顔がありありと思い浮かぶようなトオルがいたってことだ。
〇
「もうっ! 裕ちゃんってば気が多いんだから!」
「気にすんなってトオル、よくあることじゃあねーか」
「それって私の方から言うセリフじゃない!?」
それからおれは、トオルをなだめながら一緒に食堂に向かうことになった。
ったくよぉ、プリプリしながらアドレナリンをプンプン匂わせる姿もカワイイじゃねーかよぉ~~ッ! トオルは身振り手振りが大きいからよぉ、細腕を包む袖やシリに合わせてゆれるスカートの裾が、スゲーイイ感じだよなぁ――――ッ!
このままずっと見てるのもいいけどよ、だが一つだけ、そっぽ向かれちまうのが難点だぜ。どんな時でもよー、目と目は見つめあってナンボだとおれは思うんだよなぁ。
だからおれはトオルに触れることにした。
「……ぁ」
頬をなでるように指を添え、軽く引いてやれば向こうの方から動きに合わせてくれる。
そうやってちょっぴり面をあげるようにしてやれば、たとえ目には見えなくても、トオルがおれの顔と真正面から向き合う形になったのだと理解できた。
やわらかさの中に弾力を秘めた感触がおれの指をやんわり押し返す。アゴに向かってシュッと伸びた輪郭は、トオルが一等イケてるツラだって証拠だぜ。
「――トオル」
見つめる中で、トオルの頬が熱を帯びるのを感じた。
「うぅ……ずるい……っ」
ふっ、分かるぜ、今おれから目をそらしただろお前~~ッ!
そーだよな、透明人間やってりゃマジマジと顔を凝視されることなんて滅多にねーよなー。どこに顔があるか、相手には分からねーからよぉーッ。
だがおれには分かる。
おめーが今、ちょっぴりとだがアドレナリンの匂いを薄れさせたっつーこともなぁ。
「ご、ごまかそうったってそうはいかないから! 私、怒ってるんだからね!」
「そりゃあ悪りーな。まぁおれの顔に免じて許してくれや。この、最高にカッコよくて美しい顔に免じてよぉ~~~~ッ」
「そ、それっ、あやまろうって人の態度じゃないよっ」
「おれの顔じゃ、ダメか?」
「……………………………ダメじゃない」
お、視線が戻ってきたな。
それと同時に、おれの手を温かいものが包み込んだ。トオルの両手のぬくもりだ。
「……埋め合わせ」
「あん?」
「埋め合わせっ! いーっぱい私を見ること! 他に目をくれちゃダメなんだから!」
「へっ、しょーがねーなー。この甘えんぼチャンがよぉ~~~~ッ」
「違うのっ、これは当然の権利なの!」
ったくカワイイヤツよのう、トオルってヤツはよぉ!
そんな風に言われちゃやるっきゃねーよなーッ。だがなトオル、おれがそうするようにおめーもおれを見てくれるなら、それはおれにとってもご褒美なんだぜ?
トオルはおれが見つめてゴキゲン、おれもトオルに見られてゴキゲン。
こんな好循環ってあるか? おれの美しさがさらに磨かれちまう気がするぜぇ――――ッ!!
「うは、どこでもイチャつくのな、お前ら」
「はいはいゴチソーサマ。昼飯食う前に腹いっぱいになっちまうぜ」
「どうでもいーけどよー、食堂の前であんま立ち止まらねー方がいいと思うぜ」
「エレガントじゃ、ないよねっ☆」
そんなおれたちを、後から来たクラスメイトどもがいらねー一言とともに追い抜いて行ったのだった。
「ゆ、裕ちゃんっ、席埋まっちゃうから行こっか!」
おれの手をとったトオルが歩き出す。その指先まで熱くなってるのは、さすがに透明人間でも廊下のど真ん中でイチャつくのが恥ずかしかったからか。
へっ、ますますカワイイヤツだぜ。だがたしかにメシ食う席がなくなるのはカンベンだ。トオルと見つめあうのはその後でもできるしなーッ。
「そうだな。とっととメシ食って続きを……」
その時だ。
ドギツイ警音がおれたちをさえぎったのは。
「ひゃあっ!」
「あぁ? ンだこりゃあ?」
オイオイ何だよこれはよぉ。トオルが跳び上がっちまったじゃねーか! おれの女をビビらそうってんならただじゃおかねーぜ!
だが相手は天井のスピーカーだ。おれのむかっ腹を気に留めるハズもなく、放送を続けやがる。
『――セキュリティー3が突破されました。生徒の皆さんは、速やかに屋外に避難してください』
「は? セキュリティー3?」
屋外に避難? なんかトラブルが起きたっつーことか?
よく分からねーが、とりあえずメンドクセーことが起きたのはわかるぜ。トオルを連れてとっとと出た方が良さそーだ。
「おいトオル、メンドーになる前に離れようぜ」
……だが、それさえもドンクセー動きだったのだ。何故って、ここは雄英高校の中なんだからな。
「裕ちゃん危ない!」
トオルが突然声を張り上げた。
何がだよ、っておれは聞こうとしたぜ。けどよ、んな間もなく
とんでもねー
「う、うおぉぉぉ――――ッ! なんだッ、これはあぁ――――――――――ッ!!?」
濁流! そう言うしかねーモノが来た!
食堂の中から、廊下の向こうから、そこら中から! とんでもねー数の生徒が押し寄せ、まるで山奥のダムをブチ抜く鉄砲水みてーにおれたちを呑み込んだッ!
こいつらアレか、さっきの警報で外に出ようって連中か!?
迅速すぎんだろ雄英生! 押し合いになってにっちもさっちもいかねーじゃあねーか!
「わぁっ! ゆ、裕ちゃーんっ!!」
「トオル!? おいテメーら、そこどきやがれッ!」
やべぇ、トオルと引き離されちまった!
クソったれ! こうなると人間なんて自然現象みてーなもんだぜ、文句を言おうにも引き離したしたヤツらすらすぐに流されちまう。おれ自身、周りのヤツらの声にまぎれて自分が喋った言葉が聞き取れねーほどの騒ぎだ!
「オイ! テメーらトオルにケガさせたら承知しねーウゲェッ!!」
ケガするのはおれの方だった。
人波に流されるうちに廊下の端まで押し出され、このおれのカッコよくて美しい顔が壁に叩き付けられるハメになっちまった!
チクショーッ! おれの美貌がキズモノになったらテメーら全員許さねーからな!! こればっかりは『言ってもムダ』じゃ通さねーぜ!
だからおれは息を吸う。騒ぎに負けねー声を出すためにな。
押しつぶされそうな腹に空気を溜めようと、口と鼻からめいいっぱい空気を吸い込む。
だから、そのとんでもねー悪臭をモロに吸っちまったのさ。
「ふげえぇ――――ッ!?
クセーなんてもんじゃねーぞッ、これはッ!!
ホルマリンに何十年も漬け込んだ死肉のような! 高級料理の調味料が全部化学薬品にすり替わってましたって感じの! 骨の髄まで入念に染みついたクスリの匂いが漂ってくる!
はるか遠くの北の国ではアザラシの腹に海鳥を詰め込んで発酵させたものを肛門からすすって食うというが、それに勝るとも劣らねー匂いだと断言する!!
こいつはくせえッ――――! ゲロ以下の匂いがプンプンするぜッ――――――ッ!!
「し、しかも
ほんの少し! ちょっぴりとだが! 間違いねー、これは人の匂いだ!! まさかこの匂いの主は人間だってのか!? こんな匂いを放つヤツが人間だと!?
バカなッ、ありえねー! ここまで濃厚な薬物の匂いをさせてる体がマトモなハズがねー! 脳ミソまでクスリがまわってイカレちまうぞ!
どんなヤツならこんな匂いをまき散らしながら動き回れるっつーんだよ~~~~ッ!!
「……ヤベーぜ、これがセキュリティー3を突破したとかいうヤツなのか?
こんな匂いをプンプンさせるヤツだ、間違いなくラリってやがる。近づいたら何されるか分かったもんじゃあねーッ!
だが幸い、人波はこの『
ここは天下の雄英高校だ。
センコーは一線級のプロヒーローばかり、おれの出る幕はねーだろう。大体こんなヤベー匂いを目の前にしたら、クレオパトラより美しいおれの鼻が曲がっちまう。
校内に入り込んだイカレヤローはセンコーに任せて、おれはトオルと合流してここを離れさせてもらうぜ。
この人混みをかき分けるっつーのはメンドーだかよーッ、ちゃっちゃとトオルを見つけ出してトンズラしねーとなー。
だからおれはトオルの匂いを嗅ぎ分けようと鼻を鳴らし、
「……あ?」
人混みの、トオルの、『ヤク漬け野郎』の匂い。だがそれに混じって覚えのある匂いがした。
当然だぜ。この匂いは、さっき嗅いだばっかりの刺激的な匂いなんだからなーッ。
「あ、芦戸ッ! これは芦戸の匂いだ! あと峰田のヤツの匂いもするぞッ!!」
よく知っている匂いだ! だが今は匂ってくる場所が悪い!
二人とも『ヤク漬け野郎』のそばにいる! いやそれだけじゃねーッ!
き、きっと芦戸たちは『ヤク漬け野郎』が見える位置にいるんだ! そして、おれが匂いで不審に思ったように、あいつらもヤツを不審に思った! だから確認するつもりでコッソリ忍び寄っているんだッ!
だがダメだ!! 芦戸ッ、そいつに近寄るんじゃね――――――ッ!!
「やめろ芦戸ぉ――――! 『ヤク漬け野郎』にはッ、もう一人仲間がいるッ!!」
『ヤク漬け野郎』みてーな匂いじゃねーが、もう一人ッ! ホコリまみれの死体みてーな匂いをしたヤツが、おめーらの背後にいるッ! 息を殺して忍び寄っているぞッ、
完全にッ! この『
「クソッ! どきやがれテメーらぁ――――――――――ッ!!」
人混みをかき分けて進もうと周りのヤツらを押し退ける。
だがダメだ! とてもじゃねーが進める密度じゃねーし、芦戸たちとの距離がありすぎる!
おれに分かるのは匂いがする場所だけ、言わば最短距離が分かるだけだ! 廊下から流れてくる匂いを順繰りに追っかけていくには時間が足りねー!!
んなことしてる間に『二人目』が芦戸たちに手を出しちまうぜ!
「うおおぉ――――ッ! 芦戸ッ! 峰田ッ! そこから逃げろおぉ――――――――ッ!!!」
〇
「ホントに見たのかよ、芦戸」
「マジマジ! 私見たんだって! 名付けて『怪奇! 校舎裏の黒い霧』!」
巨大な雄英高校の校舎を臨む、広大な敷地。その一角に芦戸三奈はいた。
一人ではない。隣には一際小柄な少年が立っている。頭に葡萄の房のような玉をつけた彼は、いかにも腰が引けた振る舞いで芦戸のことを見上げている。
峰田実だ。
眉尻を下げた顔はわずかに声を震わせ、
「なんか警報鳴ってるしさぁ、早くみんなと合流した方がいいんじゃねーのかよぉ?」
「大丈夫だって! 警報は屋外に行けって言ってたじゃん、ここも屋外だって!」
「そうだけどよぉ……」
峰田の煮え切らない様子が不満なのか、芦戸は頬を膨らます。
「じゃあ峰田、先に行けばいーじゃん。ていうか、なんでここにいんの?」
「そ、そりゃお前、オイラだって外でメシ食いたい時ぐらいあるさ」
「……一緒にお昼食べる人がいなくて、いっそ本当に一人になろうと思ったとか?」
「バッ、バカヤロー! そんなんじゃねーやい!」
図星のようだ。
半眼になった芦戸はため息をついて先へ進む。背後でまだ峰田が何かわめいていたが、それを気にしようとは思わなかった。
峰田の言うことにも一理あるとは思っていた。警報が鳴ったのだ、大勢に合流した方が良いに決まっている。学校からの指示も、きっと人が集まっているところで出されるだろう。
だからこそ、今のうちにさっき見たモノの正体をつきとめたかった。
校舎裏で弁当を広げようとした時、確かに見たのだ。
黒い霧のような何かが、まるで意思があるかのように校舎の影へ去るのを。
「本当、そこの角の先に行ったの! 大丈夫、それだけ見たらすぐ皆のところ行くから!」
実際に本気で怪奇現象だと思っている訳ではない。
千差万別の個性で満ちた今の世だ。特殊な体を持つ人間はごまんといる。きっと自分が見たのも個性によって霧状の体を持つ誰かなのだろう、と思っていた。
それならそれでよかった。一目みれば納得できる。
ただ、霧が進んだ先は校舎の裏手だ。警報に従って人が集まるとすればきっと校舎の正面側。自分たちが目指すべき方向とはまるで反対だ。
広い敷地だ、ひょっとしたら迷ったのかもしれない。なら一声かけて一緒に正面側に向かうのも良いだろう。
だから芦戸は、気遣いのつもりで角の向こうに声を飛ばした。
「あのー、誰かいますかー?」
誰もいなければそれもよし。いるならば挨拶してともに避難しよう。
そんな気持ちで曲がり角を覗き込もうとして、
「――よぉ。何してんだ、お前ら」
後ろから声をかけられた。
男の声、しかし峰田のものではない。はじめて聞く声だった。それも、芦戸がこれまで聞いたことがないほど低くかすれた、耳の奥にヤスリをかけるような響きの声。
だから芦戸は反射的に振り返った。それは峰田も同じだ。どんな人間がこんな声を出すというのか、そんな思いが体を突き動かしたのだ。
そこには男がいた。
やせぎすな体だ。首元まで伸びたボサボサの白髪は、まるで埃をかぶったかのようだ。土色の肌はいかにも不健康で、薄い唇はひび割れている。目元は干乾びたように細かなしわで埋め尽くされ、爛々と光る目が異様に大きく見えた。
まるで風化しかかったミイラのようだ。そんな印象が、芦戸の肩をすくませる。
「だ、誰ですか」
男は雄英の制服を着ていた。だが学生でないのは一目でわかった。
年恰好の話ではない。
「……ははっ、変装の意味まるで無し……初手でゲームオーバーとか……クソゲーだろ……」
男は笑う。まるでせき込むように、喉を詰まらせるように。
そして次の瞬間、芦戸の視界は影で覆われた。
「――え?」
何、と思った。
手だ、とすぐに気づいた。
血色の悪い、ひび割れたカサカサの手の平が、五指を広げて迫ってくる。
それはもう額に触れるほどの距離まで近づいていて、
『てめーッ!! クセー手で芦戸に触るんじゃねーぜぇ――――――――――ッ!!!』
「!!?」
唐突に現れた拳が、迫る手を打ち払った。
〇
「……!」
横から殴り飛ばしてやった腕を抱え、そいつは大きく飛び退いた。
ざまーねーな! いきなり横槍が入るとは思ってなかったろ、まるで銃声にビビる野生動物かなんかみてーだぜ! 前かがみになり、ボサボサの白髪から覗かせる目はマジで獣じみた眼光を光らせやがる。
だがまぁ突然横から殴られりゃそうなるかもな。おれだってマジで
「……え? えぇ?」
「お、お前、噴上か……?」
背後で芦戸と峰田の声がした。
肩越しに振り向けば、どっちも目を丸くしてポカンとしたツラでおれを見ている。オイオイそんな顔すんなよ、
『そうだぜ、おれは噴上裕也だ』
しかし二人はいかにも『見慣れねーです』って顔をしやがる。それもしょうがねーかもな。なんたって今のおれは噴上裕也本体じゃねー。
スタンド……いや、個性『ハイウェイ・スター』の姿なんだからなぁ――――――ッ!!
「ど、どうしてここに……」
『そりゃ芦戸、おめーがヤバい目に遭ってるって嗅ぎつけたからに決まってるぜ』
芦戸の背後にヤベー匂いが迫っている! 指先さえ触らせたくねーほどのクソみてーな匂いだ! だがおれ本体はそれを止めることができない!
だったらよー、やるしかねーよなぁ~~~~ッ!
『間に合ってよかったぜ。まさかここで能力を取り戻せるとは思わなかったがな』
芦戸(と峰田)を助ける!
もう目の前まで迫った脅威に割り込む!
その一念が、閉じていたハイウェイ・スターの能力の道筋を開いたッ!
そう! ハイウェイ・スターは今ッ、標的の傍に瞬間移動する能力を取り戻した!
個性に変化しても、その性質はスタンドに限りなく近いってことかもな。おれの精神や経験に合わせて能力を失ったように、おれ自身の変化でそれが復活したんだからよぉ。
スタンドは本体の精神に合わせて成長する。
っつーことはよぉ、ハイウェイ・スターと同様に、おれ自身も成長したってことだよなぁ!
もともと瞬間移動の能力は『おれが回復するために標的を逃がさない』ように発現した能力! だが今ッ、それとはまったく別の理由で能力を獲得した!
おれは今ッ! 『危機にさらされた女のもとにかけつける』ためにッ! この能力を取り戻したのだッ!!
『下がってな芦戸ぉ。こいつはヤベーヤツだ、おれのハイウェイ・スターに任せとけ』
芦戸三奈を守るぜ!!
この薄汚ねー匂いをまき散らす『二人目』を叩きのめしてなぁ――――――――ッ!!!
雄英バリアー崩壊編。
あの一件で彼(誰かはボカす。霧だけに)は校内に入り込み、個性に必要なもろもろの座標を把握したと思うのですが、どうでしょうか。バリアーを壊した方の彼も入りこんだのはオマケです。たぶん本人的には雄英生に見つかったことのフォローのつもり。
ハイウェイ・スターの能力云々については、以前感想でいただいた意見をベースにちょっと調整したものです。
今回の出来事を書くにあたり、うまく噛み合わせることができたかなぁ、と思ってますがどうでしょう。
感想や評価をいただけますと、当方とても喜びます。