忍と綺凛が連れ立って適当に歩いていると…
「そういえば、紅神さんは在名祭祀書に入ってるのですか?」
不意に綺凛から忍に質問が飛んでくる。
「いんにゃ。ウチは基本研究クラスが色々と牛耳ってるからな。在名祭祀書も冒頭の十二人も他所と違って重要視されてないんだよ。で、俺はあんまりそういうのに興味がないから序列外だな」
「そうなんですか?」
「あぁ。まぁ、それでも在名祭祀書が全然いないって訳じゃないからな。そこは勘違いしないでくれな?」
「は、はい。では、紅神さんはいつもどうやってトレーニングをしてるのですか?」
在名祭祀書云々から今度はトレーニングについて聞かれる。
「俺? 俺は、そうさな。朝早く起きた時なんかはアスタリスクの外縁部を走ってるかな。基礎体力はあって困らないからな。その後は軽くストレッチして体をほぐすだろ。その後は、日によって違うからな。さっきも言ったが、俺って色々とやってるだろ? 別に
「ふむふむ」
忍の話を聞きながら綺凛はメモ帳に何やら書き込んでいる。
「別にそんな大したことじゃないぞ?」
「いえ、そんなことありません。参考にさせていただきます」
「物好きだねぇ」
綺凛の言葉に忍は苦笑する。
「ご迷惑でしたか?」
「いや、そんなこたぁないさ。第一、個人的なトレーニング内容だしな。それを教えたって問題ねぇよ。まぁ、ぶっちゃけるなら組み手相手がいないのが悩みっちゃあ、悩みなんだが…」
「組み手相手、ですか?」
「そ。ウチは派閥争いなんかも結構激しめだからな。実践クラスの連中とやろうにも同じ派閥でないと角が立ちやすいんだよ。だから、俺としては授業の模擬戦くらいでしか相手が見つからないんだなぁ、これが。あ、これオフレコで頼むな?」
忍のかなりぶっちゃけた悩みを聞き…
「それは…はい、わかりました」
綺凛も了解の意を示す。
「ま、俺は自分の手札を隠す質でね。全力は基本的には出さないのさ。アスタリスクで手札なんて見せた日にゃあ、色々と対策されるのが常だろ? だから俺は極力手札は隠してる。まぁ、それも限界はあるし、今シーズンの鳳凰星武祭にも出る予定ではあるが、今は相方候補の返事待ちだし。そういう要因もあって、そろそろ本腰入れてみようかとも思ってる訳だ」
「な、なるほど」
「で、基準となる戦闘データも不足してるから俺は俺自身がどのくらい強いのかがわからない。相方候補も色々と未知数な部分もあるからな」
実際のところ、忍は今まで"能ある鷹は爪を隠す"と言わんばかりに自分の戦闘技能を隠してきたので、今更どの程度強いのか、自分でもわかっていないのだ。もちろん、表向きはある程度動けるし、実践クラス出身なのだから動けないと意味がない。さらについこの間まで自分用にカスタマイズした煌式武装を自作していたが、それでもトレーニングは影ながら積んでいたから最低限動ける。
しかしながら忍は、そのカスタマイズした煌式武装を実戦で使ったことがない。例外的にこの間の授業での模擬戦で使ったが…それも"本来の機能"を隠したまま使ったのでノーカンと言ってもいいだろう。
「鳳凰星武祭ギリギリまで俺の煌式武装の情報は隠したいからな。相方には情報を開示してもいいが…まぁ、それ以外となるとまた話が別なんだよ」
「紅神さんの煌式武装って、純星煌式武装なんですか?」
「いやいや、ちょっと俺好みに仕上げただけの煌式武装さ」
そう言いながら忍は懐から刀の柄と銃のグリップを混同したような見た目の白銀の発動体を取り出して綺凛に見せる。
「それが、紅神さんの煌式武装なんですか?」
「あぁ、そうだ。俺好みに俺自身で組み上げた煌式武装だ。特定のモデルなんてない。俺の、俺による、俺のための煌式武装なんだよ」
忍はその発動体を懐に戻すと…
「さてと。じゃあ、送ってくぜ?」
そう切り出す。周りを見ると、そろそろ太陽が下がり始めていくのが見える。それだけ話し込んでいたとも言えるが…まぁ、夏場が近いと日が落ちるのも遅めなので、そこは問題ないだろう。
「ぁ、ありがとうございます」
「またナンパされても困るしな」
「ぁぅ…//」
そう言われると綺凛もなんと返せばいいのかわからず、顔をちょっと赤くする。
「ま、流石に寮の近くまで行けないがな。一応、俺はアルルカント。お前さんは星導館なんだしな」
「そ、そうですね」
その辺の認識もあるのか、途中まで送ることにして2人は歩き出す。
「しっかし、組み手相手がいないのは本当に困る。相方候補は後衛に徹してもらいたいから、俺個人としての技が出せないんだよ」
帰り道の最中、忍は先程の話題を持ち上げていた。
「わたしも、1人で練習メニューを組んでるんですが…ちょっと不安でして…あと、組太刀も出来ないので…」
「へぇ? 序列1位ってのも案外大変なんだな」
「!? べ、紅神さん、知ってて…!?」
今の忍の発言に綺凛が一気に警戒して距離を取ろうとしたが…
「っと、悪い。一応、これでも実践クラスの出だからな。他の冒頭の十二人くらいの情報は頭に入れてんだよ。でも、安心しろ。俺、そういうの気にしないからさ。第一、気付いたのはお前さんの名前を聞いた時だ。あの時、困ってたのを放っておけなかったのも確かだしな。ま、名前聞いた時はホント驚いたがな」
朗らかに続く言葉でそれをやめた。
「は、はぁ…」
忍から悪意を感じなかったのか、綺凛も一言漏らすだけで忍について行く足を少しだけ早めた。
「俺も朝練でも再開するかな…そしたら偶然装って会えるのにな」
「それは…流石にマズいのでは?」
「偶然通りかかって一緒に走るくらい、別に気にされないだろ? ほら、朝のジョギングする奴等だって大抵は世間話に花を咲かすもんだろ」
「そういうものですか?」
「そういうもんだろ、と俺は思うがね。それに2人なら組み手なり組太刀だっけか? それも出来るだろう?」
「そ、それこそ色々とマズいのでは?」
「ま、手の内を明かすって意味じゃそうかもだな。特に俺等は学園が別だし。他校に情報が洩れるのも問題か…」
「そ、そうですよね…」
「ん~…良い考えだと思ったんだがな。お互い、なかなか難儀な立場だねぇ~」
などと言っている忍だが、全然諦めてなさそうな気配がする。
「ま、朝練を再開するのは本気だからな。もし、それで"たまたま"会ったのなら、その時にまた考えてみようぜ? いくら序列1位だとしてもプライバシーの問題もあるしな?」
「は、はい」
そうして2人は学生寮の近くに着くと…
「じゃ、気を付けてな」
「はい。今日はお誘いいただき、ありがとうございました」
「あんま気にするなよ」
そこで2人がそれぞれの学生寮へと別れる時…
「あっと、そうだ。ちなみに補足しておくと俺は基本朝5時くらいには朝練を開始するんだよな。その過程で外縁部を走ることになるから…ま、反対側に着く頃には30分も掛からんだろ。俺、わりと練習でも全力疾走するんでな」
などと大きな独り言を忍は呟いていた。
「ぁ…」
「じゃ。また、機会があったらな~」
手をひらひらとさせて忍は綺凛に背を向けて歩いていく。その後ろ姿を見ながら綺凛はもう一度お辞儀をしていた。
………
……
…
翌朝。
「さてと…では、行きますか」
宣言通り、忍は早朝5時に学生寮を出発する。ちなみに起きたのが4時半で、起きてから20分の間に煌式武装の細かな微調整を行い、出発5分前に身支度を済ませてトレーニングウェアに身を包み、前々から作っていた専用のベスト型ホルスターも内側に着込み、そのベスト型ホルスターの右に3本、左に4本の発動体を差し込んでいる。
「すぅ…ふぅ…っ!」
ある程度の距離に到達すると、忍は一呼吸置いてから少し加速する。とは言え、星脈世代の身体機能で本気を出せば、一般人なら車か電車が激突するようなものだから、速度は抑えめにしている。
また、忍はパルクールというものを参考にコースを色々と変えているので、ただ走るだけではなく障害物に対して時には跳び、時には登るといった動作も取り入れることで、様々な状況に対応出来るように柔軟な思考とスムーズな身体運び、咄嗟の判断力などを養っているのだ。
但し、最近は煌式武装に時間を割いていたので、久し振りというのもあってか、勘を取り戻すようなコースにしている。
「(ん~…ちょい勘が鈍ってんな…)」
そんなことを考えながら走ること、15分。予定よりも早く反対側へと来てしまう。スタート地点のアルルカント男子学生寮からぐるっと時計回りに走ってきた。その間、人にも出くわしたし、その度に木に登ったり、柵を蹴ってアクロバティックに回避したりと擦れ違う人達を驚かせていた。
「ま、それでも動けてる方かな、っと…」
そう呟きながら前を見ると、走っている小柄な人影を見つける。
「(あれかね?)」
もう少し加速すると、その小柄な人物の髪が銀髪であることがわかる。細かく言えば、トレーニングウェア姿に腰には大きめのウェストポーチと日本刀を携帯しているからほぼ間違いないのだろうが…。
「(とは言え、もしかしたら人違いかもしれんからな…)」
そこから今度はその人物と並走するくらいに速度を落としていくと…
「おはようさん」
擦れ違いざまに挨拶をして本人かどうか確かめる。
「ぁ、おはようございます」
やはり、綺凛本人で間違いなかった。互いに挨拶をすると、忍は綺凛に合わせてペースを下げる。
「いやぁ、昨日の今日で会うとはなぁ~」
あれだけ大きな独り言を呟いておいて、ちょっと白々しい。
「あはは…紅神さんはいつもこのくらいに走ってるのですか?」
そのことに苦笑しながら綺凛も改めて忍に質問する。
「まぁ、時間的には、このくらいだろうな。ただ、コースがちょっと変則的でな。例えば、今日みたく普通の環状線道路を走ることもあれば、再開発エリアを突っ切るコースも取る」
「え?! そ、それって危ないのでは?」
思いもよらないコースに綺凛は慌ててそのように言うが…
「いやな。俺的にはかなり良いコースなんだよ。適度に障害物があったり、進むにしても移動速度を維持したまま、障害物をどう攻略するかってのが味噌でな? そこを登ったり、跳んだりしたりと動作鍛錬にはちょうどいいんだよ。ま、今日は勘を取り戻す意味でも普通の道を走ってきたが…勘さえ取り戻せば、そっちのコースも視野に入れてるな。最近、行ってねぇし…どんだけ様変わりしたのかも今度確認しねぇとな」
などと言っているが、かなり危ないことをしているのは伝わったのか…
「……………………」
綺凛は少し困ったような表情で忍を見る。
「そう警戒しなさんな。別にお前さんを連れていこうって訳じゃねぇよ。ただ、そういう鍛錬法もあるって話だ。俺だって流石に犯罪者相手に大立ち回りしたくはないしな。その辺の危機探知能力も鍛えてるってだけさ」
「は、はぁ…」
ちょっと危ない話を笑い話のように話す忍に綺凛もどう反応していいのか、ちょっと困惑気味だ。
「さてと…俺の移動鍛錬の話はこれくらいでいいとして…どうすっかね?」
「どう、とは?」
忍の言わんとしてることがわからず、綺凛は聞き返してしまう。
「いや、このままどっかの公園辺りでちょっと組み手してみるか?」
「本気だったんですか?」
「じゃなきゃここまで来てねぇよ。それに朝霧で見通しもある程度隠せると考えるなら、ちょっとくらいやってもいいと俺は思うぞ?」
確かに、このアスタリスクでは朝の霧の発生率が高く、少しの時間なら稽古風景を隠せるかも、と忍は説明してみせる。
「じ、じゃあ、軽くなら…」
「うっし。そうこなくちゃな」
綺凛の了承も得たことで、近場の公園の中へと入ると、広場で対峙する。
「刀藤の得物は、その日本刀か?」
「はいです。紅神さんは…昨日の煌式武装ですか?」
「あぁ、今日はホルスターを馴染ませる意味合いも兼ねてフル装備で来た」
そう言ってトレーニングウェアの上着のファスナーを下げ、内側に着込んだベスト型ホルスターと、そこに差し込まれた7本の発動体を見せる。
「? 7本、全部同じものなんですか? 違うと言っても色しか違わないような…?」
「ま、そこは追い追い、な」
忍はそう言いながら左側の一番上に差し込んでいた白銀の発動体を取り出す。
「ま、とりあえず軽くで頼むな?」
「はい…!」
綺凛も日本刀『
「へぇ…」
その変わり様に忍も目を細めて笑みを浮かべ、発動体から刀状の刀身を伸ばす。
「刀状の刀身を形成する煌式武装…?」
「言ったろ? 俺も刀を使うって」
そんな問答をしつつも互いに間合いを測る。
「参ります…!」
「おう。来い!」
そして、綺凛が先に仕掛け、忍もそれに応じる形で刀を打ち合うこととなった。