五月某日。
星武祭のために集められているとは言え、アスタリスクの各学園に通う若者は学生であり、その舞台となるアスタリスクの中で送られる学園生活。
どこの学生も似たようなもんかもしれんが、アルルカント・アカデミーでは少し違った様相を呈している。
アルルカント・アカデミーは研究成果を重んじていて成果主義というのもあってか、研究クラスの学生は学園内に存在する各研究室でそれぞれの研究に打ち込んでいる。
そういった熱心な学生がいる場合、研究に没頭し過ぎ…或いは成果を出すために研究室で寝泊りするなんてことも珍しくはない。
故にアルルカント・アカデミーの学生寮から登校、そして帰宅するのは実践クラスの学生が多い。
中には生活サイクルを重んじている研究クラスの学生もいるが、どちらかと言えば少数派かもしれない。
「ふわぁ~…ねっみ…」
彼もまたその登校と帰宅を守っている一人である。
背中まで伸ばした黒の混ざった銀髪、右が琥珀、左が真紅のオッドアイを持ち、野性味のある端正な顔立ちをしており、長身で線が細く見えるが、中身はしっかりしてる体格の青年。
髪質はやや癖っ毛気味で、髪型は特にセットしているわけではないのだが、前髪の一部が自然と垂れた犬耳みたいな髪型になっている。
欠伸を噛み殺しながら登校している姿は他の学園の学生と遜色はないが、彼はその見た目から少し(?)だけ異彩を放っていた。
海外からの入学者もいる中なら彼の見た目も特に騒ぐことでもないのかもしれないが、特徴的なオッドアイに少し変わった髪型をしていれば嫌でも目に付くというものである。
しかもそんな見た目に反して胸に輝く校章は『昏梟』、つまりはアルルカント・アカデミーの学生である。
「(ん~、形は理想に到達したが、やっぱ出力系が不安定なんだよな…使ってるマナダイトが、って訳じゃないんだが……ウルムの方がさらに理想には近付くんだろうが、ありゃ高価だし、管理も徹底されてるからな…流石に手が出せんか…)」
などと頭の中で考えを纏めているが、彼は研究クラスの学生ではなく、"実践クラスの学生"である。にも関わらず、こうして研究クラスのように頭を悩ましているのには理由がある。
「(とは言え、星は完成の域に達してる。生粋の研究者でもあるまいし、これ以上を望むのは強欲か。ま、いずれアップグレード出来ればいいか。まずは試さないことには改良点も見つからないしな。問題は、やっぱ実験相手か…)」
彼は実践クラスの学生でありながら独自に自分専用の煌式武装を開発したからである。
「(星を作るために入学したが、アルルカントって対戦出来る相手が少ないんだよな…)」
同じ実践クラスの学生でも研究クラスの派閥に所属している場合が多く、彼もまたその例外ではない。
「(こんなことならもうちょい獅子派に居残るべきだったか?)」
今更ながら以前まで所属していた派閥にもう少しいるべきだったかと少しだけ後悔していた。
「(まぁ、離脱しちまったもんは仕方ないし、そもそも俺は研究者でもないからな…)」
"大方の目的は達したし、もういいかな"、くらいの気持ちで離脱したが、改めて思うとそれは早計だったかと後になって思い始めたとか。
しかし、もう新たな派閥への所属も決めた以上、"終わったことを考えても仕方ないか"と割り切っていた。
「(しっかし、彫刻派、ねぇ…)」
新しく所属することにした派閥に対し、彼は少し気が重かった。
「(まさか、なぁ…)」
別に派閥に対する印象ではない。
むしろ、派閥筆頭の方に問題があった。
「(まぁ、今更言っても仕方ないことか…)」
そうこう色々考えている内に彼は道中何事もなく、アルルカント・アカデミーの敷地へと入っていた。
………
……
…
アルルカント・アカデミーの校舎は普通の校舎と違い、研究所という印象が強い。
そんな校舎の中…実践クラスの教室へと歩いて向かう。
「今日の予定は…ま、適当な座学と模擬戦くらいか」
研究クラスの学生と違い、実践クラスの学生の学園生活サイクルは他の学園と類似している。
研究クラスがそれぞれの分野の研究に勤しんでいる傍ら、実践クラスの学生は座学があるし、専用フィールドでの模擬戦も組まれている。
これは実践クラスの学生は主に星武祭への参加を見越しての措置である。
また、所属する研究クラスの派閥の成果物を持ち込み、その性能をテストする意味合いもある。
彼の場合、新しく彫刻派に所属することになったので、自律式擬形体のテストを請け負うのか…。
それとも…。
「(あいつからの連絡は特になし…なら、適当に済ますか…)」
学園から支給された携帯端末を軽く確認してから今日も適当に済まそうと心に決める。
そうして受けた午前中の座学は適当にノートを取ることにし、午後になって模擬戦の時間となる。
「え~、次は…紅神君と天月さんですね」
白衣を着た研究者然とした教員がタブレットを手に次の模擬戦を取り仕切っている。
このタブレットにはそれぞれのパーソナルデータが入力されている他、フィールドに設置されたカメラによって模擬戦の記録を取ったり、模擬戦を行う学生のバイタルチェック、使用する煌式武装の情報を見たり出来るようになっている。
「へいへい」
「はい!」
呼ばれたのは彼と少女だった。
「よろしくね、紅神くん」
「ん。あぁ、こっちこそな、天月」
少女が彼に声を掛けると、彼も適当に返事をしていた。
少女の容姿は腰まで伸ばした茜色の髪を浅葱色のシュシュでポニーテールに結い、蒼い瞳を持ち、可愛らしくも綺麗な顔立ちをしており、スタイル抜群の豊満な体型をした美人である。
何故、こんな美人で人当たりの良さそうな娘がアルルカントの実践クラスにいるのか不思議でならないが…。
「ちっ…今日の天月さんの相手は紅神の奴かよ…」
「まぁ、どっちにしろあまり良いデータは見れないか…」
「天月さんには悪いけど、なぁ…」
などと外野の学生が色々と言っている。
「…………………」
彼の場合、外野に何を言われようと別に気にはしていない様子だった。
「……よし。じゃあ、頑張ろっか!」
彼女の方は…ちょっと気にした様子だったが、頭を振ってすぐに気を取り直していた。
「あ~、紅神君。ちょっと…」
「?」
と、意気込んだ彼女をよそに教員が彼を呼ぶ。
「なんすか?」
教員の元に行きながら用件を尋ねる。
「君の煌式武装なんだが…これはどういうことだい?」
そう言って教員がタブレットを見せると、彼のパーソナルデータの下にある煌式武装の欄が『No Data』となっていた。
「…………あ~」
しばしタブレットを見ていた彼だったが、思い出したようにポンと手を叩く。
「何か心当たりでもあるのかい?」
「はい。この間、獅子派から離脱したんで借りてた煌式武装も返したんですわ。多分、その影響では?」
彼は至極当然とばかりに返答すると…
『…………………は?』
教員も含め外野から間の抜けた声が響く。
「そういや、"アレ"を登録するの忘れてたな。ん~…ま、放課後にでも申請しときゃいいか。あ、でも待てよ……どうせデータ取られるんだよな……遅いか早いかの違い、か?」
何やらそんなことを呟いていると…
「ちょ、ちょっと待ってください、紅神君」
何やら慌てた様子で教員が彼に詰め寄る。
「はい?」
「き、君は確か…獅子派で研究の手伝いもしてましたよね?」
「えぇ、まぁ…かじった程度の知識が役に立ったようで」
事も無げに言う彼に教員が額を押さえながら…
「そ、その獅子派から…さ、最大派閥からどうして離脱を…?」
「まぁ、個人的な理由で」
「そ、それじゃあ…今の君は、フリー、なのかい?」
その問いに対し、彼は…
「いえ、一応は彫刻派に所属することになりまして…」
顔を背けながら微妙な表情をして答える。
『彫刻派に所属ぅぅ!?!』
またも教員と外野から驚きの声が上がる。
「とりあえず、手持ち…しかないか。それを使ってもいいすか?」
驚きの声を無視して彼は教員に尋ねる。
「え、えぇ…それは構いませんが…彫刻派が煌式武装の開発を…?」
そんな疑問を教員が口にすると…
「いんや、ちょっと訳ありでね」
彼は即座に否定し、彼女の対面へと悠々と歩いていく。
「悪い、天月。待たせたな」
模擬戦の対戦相手である彼女に軽い謝罪をしながら彼は対面に立つ。
「う、ううん。それは別にいいんだけど…大丈夫なの? その、派閥を離脱とか…」
「ん? あぁ、そこは問題ない。ちゃんと筆頭にも挨拶してきたしな」
簡単に言う彼だが、彼女は少し心配な様子を見せていた。
「そういや、天月も獅子派だっけか? 心配すんなって、別に技術の横流しなんて考えてねぇし、そもそも学生を束縛する権利なんて派閥にだってねぇんだからよ」
「で、でも…」
彼女はそれでも心配な様子だった。
「ん~と…これでいっかな」
とは言え、離脱した本人は気にした様子もなく、制服の内側を見て何やら日本刀の柄と銃のグリップを合成したような独特な形の煌式武装の発動体を取り出す。その色は白銀色である。
「俺が気にしてないんだからお前が気にする必要なんかねぇよ」
「それは、そうだけど…」
「さ、時間食っちまったし、さっさと始めようぜ?」
「う、うん…」
それぞれが煌式武装の発動体を起動させ、万応素の刀身を出現させる。彼女は通常のブレード型、彼は刀型となっていた。
「そ、それでは…『紅神 忍』君と『天月 明香音』さんによる模擬戦を開始してください」
教員の合図で彼と彼女…忍と明香音は同時に地を蹴って互いの間合いを詰めに行く。
ガキンッ!
万応素で形成された刀身同士がぶつかり、軽い火花を散らす。
「ふっ…!」
「やぁ!」
右手で刀を振るう忍に対し、明香音はブレードを両手持ちで振るってなんとか忍の斬撃を受けていた。
「なんだ、あの煌式武装…?」
「あの威力なら、普通のブレード型でもいいんじゃねぇの?」
「なんかの試作品か?」
「でも、あいつ彫刻派って言ってたよな?」
「確かに。自律式擬形体ならまだしも武装を扱ってるなんて聞いたことないぞ?」
「じゃあ、あの煌式武装は…?」
忍の振るう刀型の煌式武装を見て外野がまた話をしていた。
「(やっぱ、天月の戦い方…本人に合ってないよな……なんつうか、剣道かなんかをイメージしてんのかな? てか、そもそも経験あんのか?)」
模擬戦中にも関わらず、忍の方は明香音の剣筋を見て違和感を覚えていた。
「(まぁ、適当に流すつもりだから別にいいんだけど…)」
と考えながら明香音の剣を刀で受け流していた。
「なんだ? 紅神の動きって…あんなだったっけ?」
「そりゃ武器も変われば……って、あいつ…前もブレード型じゃなかったか?」
「だよな? ブレードが刀に変わっただけであんな動きが変わるもんか?」
そして、外野は忍の動きが変化してることに気付く。腐って(?)も星武祭への参加候補である実践クラスの学生である。その些細な変化に違和感を覚えていた。
「(嘘…紅神くんって、こんなに動けたの?)」
それは相対している明香音も気付いており、今まで見てきた忍の動きとは少しだけだが違うことに戸惑いを覚えていた。
「(ありゃ? 特に意識してなかったが、星を使ったからちょっと浮かれてたか?)」
外野の声を聞き、忍は自分の変化に気付き…
「(やっべ…どうしよ…)」
と一瞬、思考の海に沈みかけ…
「っ!(今!)」
その隙を見逃さず、明香音が忍の胴へと突きを繰り出す。達人のように鋭い…とまではいかないが、星脈世代故にその突きは確かな威力を秘めていた。
「ッ!!」
明香音が繰り出してきた突きに対し、忍は…
ギィンッ!!
左手を素早く制服の内側に突っ込み、右手に持つ煌式武装と同型の発動体(色は紅蓮)を取り出すと同時に起動し、その突きの軌道を逸らすように受け流し、身体を明香音の側面に移動させていた。
『二刀流!?』
明香音と外野が叫ぶ中…
「(あ~…やっちまった…)」
忍は今の反射行動を軽く後悔しつつも…
「(ま、やっちまったもんは仕方ないか…)」
やったものは仕方ない、と前向きに考えることにした。
「悪いな、天月。これで終わりだ」
そう言うと、忍は左手の刀を瞬時に逆手に持ち替え…
ギギィィィンッ!!
そのまま明香音の持つブレードの刀身に沿って刀身を移動させ、ちょっと派手な火花を散らす。
「きゃっ!?」
それに驚き、明香音も煌式武装を手放してしまう。その隙を逃さず、忍は右手に持った刀で明香音の胸に光る校章を斬る……寸前で刀身を止める。
「そ、そこまで! この模擬戦の勝者は紅神君です!」
それを見て教員もそのように叫んでいた。
『…………………』
外野もその光景には言葉が出なかった。
確かに忍と明香音では五分五分でどっちが勝ってもいいだろうと…今までは思っていた。
だが、先程の忍の動きを見て外野は悟った。
『紅神は、実力を隠していたんだ』と…。
忍と相対した明香音自身も忍相手ならいい勝負が出来るだろうと最初は思った。
しかし、実際は忍の勝利。
それも明香音の動きを見切った上で校章を寸止めして…。
「なんで、校章を斬らなかったの?」
それがわかったからこそ、明香音は涙目で忍を睨みながら尋ねた。
「……模擬戦なんかで校章の再発行なんて面倒だろ?」
少しだけ間を置いてから忍はそう言って両手に持った二本の煌式武装を制服の内側に仕舞い込む。
「……それだけ…?」
「あぁ、そうだな」
明香音の問いに素っ気なく答える忍だった。
「~~~っ」
涙を堪えながら明香音はフィールドから降りる。
「(悪いことしたかな…?)」
実質、泣かせたようなもんなので、忍はちょっとバツが悪そうな表情で頬を指で掻く。
「(ま、とりあえず…この後をどうするかな…)」
この後に予想されるだろう外野達からの質問責めに憂鬱とした気分になっていた。