放課後。
「あ~…だりぃ…」
SHRが終わった直後、即刻教室から逃げ出してきた忍は廊下を歩きながら気怠そうに呟く。
「ったく、手札を極力見せないのは当たり前だろうに…」
明香音との模擬戦の後、外野達が忍に問い詰めてきたのだった。
「つか、泣かしたのは悪いとは思ってるけどな」
とは言え、実力を隠してたことよりも明香音を泣かしたことへの恨みつらみの方が圧倒的に多かったような気がしてならなかった。
「今度、ちゃんと謝っとくか…」
そんなことを思いながら忍は生徒会室へと向かう。
生徒会長室前。
コンコン。
「は、はい。どうぞ」
中からどこか頼りなさそうな男性の声が聞こえてくる。
「失礼するぜ、左近会長」
そう言って忍は平然と部屋の中へと踏み入る。
「これは、紅神君じゃないですか」
会長専用のデスクに腰掛けた細目の青年は忍の来訪に少なからず驚く。
「この間振りだな、左近会長」
アルルカント・アカデミーの生徒会長でもある細目の青年『左近 州馬』に適当な挨拶をしながら応接用のソファーに座る忍。
「そうですね。君が獅子派から離脱したのは本当に驚きましたが…彫刻派に所属することになるとはそっちでも驚きましたよ」
「彫刻派に所属したのは自分でも驚いてるさ」
左近とそんな会話をしながら忍も肩を竦めて見せる。
忍と左近会長は獅子派繋がりで面識があった。両名共、序列外であり、同学年というのもあってか、そこそこ付き合いがあった。
「それで、今日は何用ですか?」
「あぁ。"俺の使用してる煌式武装"の登録申請をな。今日の模擬戦するまですっかり忘れててよ」
「あぁ、例の、ですか?」
「そ。まぁ、今日の模擬戦で軽く披露しちまったけどな」
「そういえば、君のクラスを担当していた教員の方からも報告がありましたね」
アルルカント・アカデミーでの生徒会は研究クラスの発言権の高さが理由で形骸化してる部分もあるが、様々な書類整理を行わなければならない都合上、そこは必要とされている。
それに生徒会長である左近もああ見えて交渉術に長けているので、月一で開催されている各学園の生徒会長達の集まりではその能力を発揮する機会もあるとかないとか…。
「ま、そういうことでパーソナルデータのとこに名前だけでも登録しておいてくれや。あ、詳細は…ブレード型のと似た構造ってことにしといてくんね?」
「詳細を隠蔽するのですか?」
「手札は伏せる。常識だろ?」
左近会長が忍に尋ねると、即座にそう返していた。
「ふぅ…やれやれ、君も人が悪いですね…」
「ま、いずれは公開するさ。今は時期じゃないってこった」
そう言って忍がソファーから立ち上がると…
「……わかりましたよ。一応、こちらで申請手続きはやっておきます。それでその煌式武装の名は?」
左近会長も諦めたように承諾する。
「サンキュ。とりあえず、『
「その言い方…まるで他にも名前がありそうな感じですね?」
「さて、どうだろうな?」
そう言い残すと、忍は生徒会長室からやってきた時のように平然と出て行く。
「ふぅ…彼もまた厄介な人ですね…」
そう独り言ちりながら左近会長は端末を操作し、忍の煌式武装申請データを学園側に送信した。
これにより、忍のパーソナルデータの使用煌式武装の欄に新たな煌式武装の名が加わることとなった。
名を『七星狼牙』。
いずれ、彼の二つ名の由来となる煌式武装の名だ。
………
……
…
六月前の五月最後の休日。
「ん~…梅雨前にしては良い日和だぜ」
そんなことを呟きながら軽く手を空に伸ばして忍は私服(上に紅いシャツを着て、下に黒い長ズボンを穿き、その上から黒衣のようなロングコートを羽織り、両手には黒いОFGを着け、両足にコンバットブーツを履いた姿)で商業エリアを闊歩していた。
見た目が見た目なのと私服のコーディネートによってハッキリ言って悪目立ちすること、この上ない。
「(流石にちと暑くなってきたか? ま、夏本番になったら変える方向でいっか)」
全身ほぼ黒いから熱を吸収しやすいので暑さも感じやすいが、そんなことはどうでもよさそうにしていた。
「ん~…外に出たはいいが、特に予定も決めてないしな…適当にぶらつくか」
特に予定も決めず、ぶらつくことを決める忍。
ちなみにロングコートの中には例の煌式武装が収まっており、校章もポケットの中に入れてある。一応、アスタリスクでは学生は休日でも校章を"携帯"する義務があるので、別に身に着けていようが、ポケットに入れてようが、"携帯"には変わりないので問題ないだろう。
そうして商業エリアを適当に歩いていると…
「え、えとえと…この場合、ど、どうしたら…」
そんな声が忍の耳に聞こえてきた。
「?」
他にもその声は聞こえてそうだが、皆我関せずといった感じで聞き流しているのだろう。
「(ま、困ってるっぽいし、少しだけならいいか)」
そう思い、軽く周りを見回す。
「(ふむ。この辺は星導館の近くだったか)」
忍の通ってるアルルカントとは真逆に位置する学園の近くにいることを把握しつつ、木陰の下で周りをキョロキョロと周りを見回す少女の姿を捉えた。
「(あの娘か…?)」
声の聞こえた方向を考え、多分間違いないだろうと思って少女の元へと歩いていく。
「どうした、嬢ちゃん?」
「ふぇ…?」
忍が少女に声を掛けると、少女は驚いたように忍を見上げる。
見上げてきた少女は小柄ながら均等の取れた体型をしており、長い銀髪はツーサイドアップに結われていた。
「(やけに発育いいな…とは言え、俺よりも年下なのは確定かな?)で、何をそんなにあたふたしてたんだ?」
そんなことを考えつつも少女があたふたしてた理由を尋ねる。
「あ、えと…その、この子なんですけど…」
そう言われて忍は少女の影に隠れてた小さな影を見つける。
『みぃ…みぃ…』
「ふむ、子猫か。さしずめ親猫と離れたってとこか?」
小さな影…白い毛並みに黒ぶち模様の子猫を見てそう推察する。
「は、はいです。それで、木の枝の上にいたのを助けようとしたら、その…」
「誤って飛び降りたものの、まだ小さいしな。足を捻っちまったか?」
「多分、そうなんじゃないかと…」
少女の言葉を聞き…
「なるほどな。それで動かしてもいいか迷ってたってとこか…どの足を捻ったのかはわからないのか?」
忍はそれを聞いていた。
「驚かさないように気を付けてわたしが跳んだ時にこの子が飛び降りたので…その、死角でしたので…」
「そうか…(そりゃお前さんが跳びゃ猫だって驚くだろうに…)」
内心、少女の行動を苦笑しつつ、"こういう時の星脈世代の身体能力も考えものだな"、という風に思ったとか。
「で、着地の時に、根本か? そこらに着地しちまって足を捻った感じか…」
ふむ、と忍も思案顔になる。
「(捻っただけならいいが、これがもし骨折でもしてたら問題だしな…………しゃあない、獣医に見せるか…確か、どっかに動物病院もあったよな?)」
そう思い、携帯端末でマップを開き、近くの動物病院を検索する。
「ふむ、ちょうど近場に一件あるか。そこに連れてくか」
「で、でも、どうやって連れて行きましょう?」
「このままでもいいような気もするが、流石にあれか。ちと待ってな、箱と毛布でも買ってくる」
そう言うと、忍は少女に子猫を見てもらうことにし、近くにあった雑貨屋に行ってタオルケットを二、三枚購入し、いらなくなったダンボール箱を貰って戻ってきた。
「これでよし、っと。ちと痛いかもだが、我慢しろよ?」
『みぃ…みぃ…』
ダンボール箱にタオルケットを敷き詰め、子猫の胴体を持ち上げると、そっとダンボール箱の中に寝かせる。
「さてと…じゃあ、行くか?」
その子猫を入れたダンボール箱を持ち上げ、忍が少女に声を掛ける。
「は、はいです」
忍と少女は揃って近場の動物病院へと向かい、子猫の足を診てもらうこととなった。
………
……
…
『みぃ…』
「ふむ…少し骨に罅が入ってるようじゃの…」
子猫の足を写したレントゲンを見ながら獣医のおじさんが忍と少女に伝える。
「罅、ですか…」
「うむ。位置は右の前足じゃの」
「え、えと…治りますか?」
獣医の話を聞き、少女が尋ねると…
「治るは治るが…問題はその後じゃな」
「ま、そうだよな…」
「ふぇ…?」
少女にはイマイチわかってないようだった。
「子猫とは言え、人間の匂いのするとこに置いておくのじゃ。話によると野良じゃったようじゃが…こうなると野良に戻すというのはかなり厳しい。下手をすると…」
「ま、その辺でいいっすよ。要するに引き取り手を探せっとことな?」
獣医の話を途中で引き継ぎして忍が少女に言う。
「ぁ…」
それを聞いて少女も事の重大さに気付く。
「ま、とりあえず治療を頼むよ」
「いいのか?」
「とりあえず、しばらく入院させて経過観察してくれませんかね? で、完治した頃にまた伺いに来ますよ」
忍がそう提案すると…
「ふむ…それは構わないが、費用はどうするつもりじゃ?」
獣医が現実問題として費用の話をする。
「それは、その…」
少女が言い淀んでいると…
「ま、俺が出しますよ」
「え…!?」
忍の申し出に少女が驚く。
「大丈夫なのか? 見たところどちらも学生じゃろ? 罅とは言え、快方まで月単位は掛かるじゃろう。それを踏まえて入院させるとなると…かなりの額になるぞ?」
「ま、何とかしてみせますよ」
「ふむ…」
そう言ってのける忍に対し、獣医は忍の眼を見る。
「ここまで来て女の子に出させるとか、カッコつかないっしょ?」
そんな風に言う忍の瞳は澄んでいるように獣医には見えた。
「…………わかった。そこまで言うなら、しばらく私の元で子猫は預かっておこう」
「サンキュ。じゃあ、完治した時用に纏まった金も用意しとくぜ」
忍がそう言うと…
「必要ない」
獣医は首を振って"いらぬ"と答えた。
「あん? いや、流石にそりゃダメだろ?」
いくら忍でもそれはマズいだろうと考えて言ったが…
「じゃあ、割引サービスでもしといてやる。それで手を打て」
獣医は頑なそうに答えていた。
「そう言われるとちと心が揺らぐが…おっさんはそれでいいのかい?」
「先生と呼ばんか、馬鹿者め。いいんじゃよ。どうせ、私しかいない動物病院じゃしな。それに何年この生業をしてきたと思っておる? 子猫くらいの世話くらいなら一人でも出来る」
「はっ、そうかよ。後で後悔しても知らないぜ?」
「何を後悔する必要がある?」
「引き取り手に子猫を渡した時、別れが辛くなるぜ?」
「それこそ今更じゃな」
そんな会話を忍と獣医は繰り広げていた。
「ほいじゃあ、経過観察を伝えるために連絡先を、ここに入力してくれ」
そう言って出してきたのは今よりも数世代前の旧式の端末だった。
「旧式だな…」
「ほっとけ。使い慣れたもんが一番いいんじゃよ」
「ま、それには同意だな」
そんな風に言いながら忍は自分の名前と所属学園、現在の住所(アルルカントの男子寮の部屋番号まで)を端末に入力していく。
「で、あの子猫の名前はどうするつもりじゃ?」
「そうだな……嬢ちゃんはどんなのがいいと思う?」
さっきから会話に入れなかった少女に話題を振る。
「ふぇ!? え、えとえと…名前ですか?」
「あぁ、どんなのがいい? あ、そういや、性別は?」
すっかり忘れてた子猫の性別を獣医に聞く。
「雌じゃったよ」
「女の子か。だったら女の子に決めてもらった方がいいだろ。俺、あんまりセンスねぇし」
そう言って少女の答えを待つ。
「えっと…白と黒ぶち模様の女の子ですから…」
少女も早速考え始める。
「『あずき』、なんて、どうでしょうか?」
しばらくして考えた名前を恐る恐るといった感じで言ってみる。
「「あずき…」」
それを聞き、忍と獣医は揃って子猫を見る。
『みぃ…』
しかも"あずき"で鳴いてしまった。
「まぁ、由来は聞かぬが花だな」
「そうじゃの」
少女の名付けに関してはどちらも深くは聞くまいと思ったそうな…。
「?」
少女は少女で2人の反応に小首を傾げていた。
「っと、入力終わったぜ」
そう言って忍が旧式端末を渡す。
「……うむ。確かに確認したぞ」
旧式端末を受け取り、内容を確認した獣医は…
「では、経過観察はお前さんの携帯端末に連絡を入れるからの」
「そうしてくれると助かるが…嬢ちゃんはどうする? 第一発見者で名付け親としては気になるだろう?」
獣医の言葉に答えながら忍は少女に尋ねる。
「わたしは…その、伯父様に気付かれると少々厄介なので…」
「伯父様?」
「は、はい。ですから連絡は…」
「ふむ。何か事情があるようじゃの」
少女の詳しい事情まではわからないが、気になってそうなので…
「なら、俺から連絡してやろうか?」
「え…?」
「俺の名前は…ぶっちゃけ男でも女でも使われてるからな。適当に今日の外出で出会った女友達、とでも言っときゃバレねぇよ」
そう言って笑う忍に対し、少女は…
「あ、ありがとうございます…! では、そういうことでお願いしてもいいですか?」
パッと笑顔になって頭を何度も下げていた。
「あぁ、問題ねぇよ。ほら、端末出しな」
そう言ってお互いの携帯端末を取り出し、忍から連絡先を送信すると、少女の端末から連絡先を受信する。
「っと、今更だけど名乗っておくぜ? 俺は忍。紅神 忍だ」
「ぁ、はい。わたしは『刀藤 綺凛』と申します」
本当に今更ながらの自己紹介をお互いにすると…
「(ん? 刀藤…綺凛? 刀藤 綺凛、って、おいおい…)」
忍は目の前の少女の名を聞いて内心でかなり驚いていた。
「(入学以来無敗って噂の星導館の序列一位じゃねぇか…!)」
そう、この少女…『刀藤 綺凛』は中等部一年生でありながら正真正銘星導館の序列一位であった。
「? どうかしましたか?」
「いや…なんでもねぇよ」
また小首を傾げる綺凛に対し、忍は苦笑を浮かべるしかなかったとか。