六月某日。
「やれやれ、ようやっとの呼び出しかと思えば…」
そう言いながら忍は隣の人物を見てげんなりしていた。
「なんだ?」
その人物とは、褐色の肌と妖艶なプロポーションを持った女性で名前は『カミラ・パレート』。獅子派の筆頭であり、忍の元上司だった人物だ。
「いや、普通は気まずくね? 元上司と部下よ? しかも俺の方から離脱を表明したんだからさ…こう、なんかねぇの?」
忍はカミラにそう尋ねてみるが…
「そうだな。普通ならそうかもしれんが、わたしは特に気にしていない。そもそもあんなに堂々と離脱を表明されてはな。むしろ清々しかったのではないか?」
そんな風に返してきていた。
「う~ん…別にそうでもないんだがな……まぁ、そっちが気にしてねぇなら、俺が気にしてても仕方ねぇか」
そう言って忍もすぐに頭を切り替えていた。
「相変わらずその辺の切り替えが早いな」
「そりゃどうも。で、なんだって筆頭が俺の付き添いなわけ?」
通路を歩きながら忍がカミラに尋ねる。
今歩いているのは研究院棟地下ブロックの通路で、その中でも最もセキュリティレベルの高いエリアである。
「ここは…そうだな。特定の権限を持っていないと入れない特殊なエリア、とだけ言っておくか。ちなみに実践クラスの連中も普通なら入れないぞ」
「それ、俺が入ってもいいの?」
当然な疑問が湧いてきて忍はちょっと不安になってきた。
「いいも何も…お前は彫刻派に所属する唯一の実践クラスの人間だろうに…」
「え? マジで? 俺一人なの?」
その事実には忍も驚いたように声を漏らす。
「…………エルネスタは何を考えてお前を派閥に入れたんだか…」
「さぁ…?」
そんなカミラの言葉に忍も肩を竦めて答えるしかなかった。
「とは言え、エルネスタは研究室に引き籠ってることが多いからな。たまにわたしが見に来ることもあるが…」
「なるほど。で、ついでとばかりに俺も連れてこいと?」
「そういうことだ」
「一体何の用なんだか…」
「それは本人に聞け」
そう言いながらも校章チェックと生体認証の二重ロックを通り過ぎるカミラを見て…
「厳重だなぁ…」
そんな風に愚痴りながらも忍もまた校章チェックと生体認証をなんとか潜り抜けてカミラについていく。
「エルネスタの配慮か…」
「でしょうよ。でなきゃ俺、多分ここ抜けれてないんで…」
「恐らく…いや、確実に通れていないだろうな」
そんな訂正をしながらカミラがとある扉の前で立ち止まる。
「ここですか?」
「あぁ。少し待て」
そう言って扉横にある入力用の端末を操作してパスワードを入力すると、扉が開く。
「ホント、厳重だな~」
改めてそんな感想を言いながらカミラについて研究室へと入る。
「エルネスタ。お前の所の新人を連れてきたぞ」
カミラがそう言うが、返事は返ってこない。
「新人扱いかよ……まぁ、間違ってねぇけどさ」
そう言いながらも忍は研究室の様子を観察する。薄暗くてハッキリとはわからなかったが、だんだんと眼が慣れてきたのだが…。
「なんか、研究室を完全に私物化してね?」
よく見ると菓子の袋やぬいぐるみ、よくわからない玩具の残骸など、まるで子供の玩具箱をひっくり返したような惨状に忍は唖然とした。
「エルネスタ…?」
カミラが足元に気を付けながら奥へと向かう。
「すぅ…すぅ…」
奥の方で大きな空間ウィンドウの前の椅子の上に毛布で包まった少女が寝息を立てていた。
「はぁ…おい、エルネスタ。起きろ」
そう言いながらカミラが毛布を剥ぎ取ると…
「んにゃ…?」
コミカルな目玉の描かれたアイマスクを着け、よだれを垂らしていたらしい少女…『エルネスタ・キューネ』が起きる。
「おはよう、エルネスタ」
カミラのそんな言葉に…
「………いやいや、寝てないよ? ちょっち目を閉じて考え事してただけだから?」
エルネスタはそんな言い訳をしていた。
「ほぉ? だったら今日私が来た理由を答えられるか?」
「ん~? ウチの新人君を連れてきたんじゃないの?」
「まぁ、その通りだな」
"ちゃんと事前に言っていたことなのでそれを忘れるほどでもなかったか"、というカミラの内心はともかくとして…
「おい、紅神。こっちに来てもいいぞ」
「いいのか?」
「あぁ、問題ない」
エルネスタの状況を伝えず、こちらに来いというカミラに忍は従い、奥の方へと向かったのだが…
「………………」
エルネスタの身なりを見て言葉を失っていた。
「んにゃ!? カミラ、なんで今彼を呼んじゃうかな!?」
珍しく慌てた様子でエルネスタがよだれを腕でごしごし拭う。
「このだらしない女がお前の新しい上司だということを教えたくてな」
そう言ったものの、カミラはエルネスタの驚きように少し違和感を覚えていた。
「急にどうした? そんなに慌てるなどお前らしくもない」
「え!? い、いやぁ~…流石に花の乙女のこんな姿を男子に見せる訳にはいかないっしょ?」
「ふむ。それは一理あるが、お前にそんな羞恥心があったのか?」
「カミラ、ひどっ!?」
「なぁ、いつまでこの茶番に付き合えばいいんだ?」
………
……
…
そんなこんなで、改めて忍との顔合わせ、並びに今行っている計画についての話が行われることになった。
「ふ~ん…星導館に、ねぇ…」
「そ。ウチの人形ちゃんを貸したげてデータを取ってるのよ。ま、ついでに有力学生の闇討ちも可能ならやってもいいよ、とは言ったけどね~」
人形…つまり擬形体を星導館の生徒に秘密裏に貸し、データ取りに利用しているのだという。
「はっ、それで実行してんだからそいつも精が出るな」
「うんうん、そうだよね~。まぁ、これで次の『
「前シーズン五位の星導館がさらに低迷するか」
星武祭の前シーズンの総合成績は一位が聖ガラードワース、二位がアルルカント、三位が界龍、四位がレヴォルフ、五位が星導館、六位がクインヴェールとなっている。
クインヴェールの場合はその戦略上、星武祭の順位は度外視しているので、実質星導館が最下位と言ってもいい。
「それで? その星導館の奴が次のターゲットに選んだのは?」
「ん~と、確か…序列五位の子だったかにゃ~?」
それを聞き、忍は思案顔になる。
「星導館の序列五位…………『
「流石は実践クラス。よく知ってるね?」
「物覚えがいいんでな。それにここと違って他学園は冒頭の十二人を重要視してるからな。データも出回ってるし、顔と能力くらいは把握してるさ」
そう言ってのける忍は自分の頭を指で軽くコンコンと突いていた。
「しかし、華焔の魔女をターゲットにするとはな……大丈夫なのか?」
「ん~…まぁ、いくつか特注の人形ちゃんも貸してるから平気じゃない?」
「随分とまぁ太っ腹なことで…」
エルネスタの言い方に忍は実行犯である星導館の生徒に少しだけ同情した。本当に少しだけで後はどうでもよさげだったが…。
「にしし、これくらいしないとあたしの目的達成には程遠いからね」
「そうかい」
忍はそんなエルネスタのやり方を否定するつもりは毛頭なかった。自分もまたエルネスタと同じような人種であると、そう考えているからだ。
「それでは、そろそろわたしはお暇するとしよう」
忍とエルネスタの会話をずっと聞いていたカミラがそう切り出す。
「あれ? カミラ、もう行っちゃうの?」
「あぁ、これでも獅子派の筆頭だからな。色々とやることもある」
「そっか~」
同じ派閥筆頭だからかエルネスタはそれ以上は何も言わなかった。
「それに元部下がエルネスタと上手くやれるか心配だったしな。問題なさそうという判断も出来た」
「さいですか…」
"これじゃあ、まるで保護者だな"、と忍は思ったそうだが、口には出さなかった。
「では、また近々様子を見に来るからな」
そう言い残し、カミラがまた足元を気を付けながら研究室から出て行こうとしたものの…
「あぁ、そうそう。エルネスタ、紅神にもパスワードを教えておけよ。毎度わたしが付き添いとか非効率だからな」
最後にそう言ってから今度こそ研究室から出て行った。
「わかってるよ~」
扉が閉まると同時に言ったので伝わったのかはわからないが、恐らく大丈夫だろう。
「………………」
「………………」
カミラが去った後、室内を微妙な空気が漂う。
「あ~…その…」
「…なんだよ?」
エルネスタから声を掛けるが、その先がなかなか続かない。
「"昔"みたく『しぃちゃん』って呼んでもいいかにゃ~、なんて」
「また懐かしい呼び方を…」
忍は微妙に嫌な顔をすると…
「ダメかにゃ?」
エルネスタが忍にずずいと顔を近付けて聞く。
「はぁ…好きにしろ。その代わり、俺も『エル』って呼ぶからな?」
「わっ、そっちも懐かしい~。そう呼ばれるのもいつ以来だろ?」
「知らん」
そう言って忍がそっぽを向くと…
「にへへ~、しぃちゃん」
「あん?」
「呼んでみただけ~」
「アホか…」
その一連のやり取りからして2人は以前からの知り合い、というのを窺える。
「あ、この天才に向かってアホって言ったな~!」
今の忍の発言に怒ったのか、エルネスタが忍に向かってダイブする。
「………………」
避けるのは簡単だが、流石にこんな散らかった部屋の中で怪我されても困ると考えた忍は…
「よっと…」
そのダイブを真正面から受け止めることにした。
「おふ…しぃちゃんってこんなだったっけ?」
「うるせぇ。こっちも実践クラスとして鍛えてんだよ」
そう言いながら忍はエルネスタを抱きとめるように支えていた。
「…………お前がフラウエンロープのラボに引き抜かれて以来だからな。十年近く経つんじゃないか?」
「時間の流れって早いにゃ~」
この言葉でわかるように、実はこの2人…幼少期時代を共に過ごした幼馴染みだったりする。
「お前の人形遊びは…随分な高みを目指すようになったんだな」
「まぁね~」
そんな風に互いに密着していると…
「………………」
忍はエルネスタの髪に自分の顔を押し当て匂いを嗅ぎ始める。
「およ? 相変わらずの匂いフェチかにゃ?」
その言葉にハッとして忍はエルネスタを軽く突き放し、少しだけ距離を置く。
「誰が匂いフェチか…!」
「そりゃ、しぃちゃんが♪」
「ぐっ…」
「しぃちゃんって、昔から気に入った匂いを嗅ぐ癖あるよね~」
ニヤニヤと笑いながらエルネスタが忍の恥ずかしい過去を暴露する。
「このワンコ属性め」
「誰が犬か! 俺は狼の方が好きなんだよ!」
「そこも変わってないねぇ~」
ケラケラと笑いながらエルネスタは忍を見る。
「にしても、カミラから面白い人がいるって聞いた時はびっくりしたな~」
「俺のことか?」
「うん。最初は同姓同名の別人かとも思ったけど、あの日出会って…いや、再会かにゃ? ともかく会って確信出来たよ。この人、しぃちゃんだなって」
「俺もここに来た当初は知らなかったが…筆頭の話をたまに聞いて何となく違和感を覚えたな。知ってる奴に似てるって…」
「だったら会いに来てくれても良かったんじゃない?」
「他人の空似だったらどうするつもりだよ? 恥掻くのも嫌だったしな。ま、結果的にあの時の囁きでこっちも確信を得た訳だが…」
「にしし、『相変わらず、匂いフェチなの?』ってやつ?」
「あぁ。心底公開されたくない情報だったからな…」
苦虫を噛み潰したような苦々しい表情で忍はエルネスタを見た。
「あ、そうだ」
すると、エルネスタは研究室の奥の方へと歩いていき…
「しぃちゃん、こっち来て」
「なんだ?」
忍を呼ぶ声が真剣味を帯びていたので素直にエルネスタの元へと行く。
「これがあたしの夢…その序章だよ」
エルネスタの前には未だ稼働せずに眠っている二体の人形が置かれていた。
「これが…」
それを見て忍も眼を細める。
「駆動系はさっき言ってたサイラスくんのでデータを収集してるから問題ないだろうけど…問題は出力系かな?」
「目処はついてるのか?」
「まぁね。でも、そこそこ時間がかかりそうかな?」
「ふむ。そうか」
エルネスタがそう言うなら問題ないだろうろ考えていると…
「とりあえず、起動テストや戦闘テストはカミラの協力でやるつもりだけどね」
「最新型の武器と、獅子派が囲ってる実践クラスの奴等か。心配ないとは思うが…あんまり苛めてやるなよ?」
「大丈夫大丈夫。ちゃんとテストの時は手加減するように言っとくから」
そう言って無邪気に笑うエルネスタに忍はやれやれと肩を竦めた。
「ま、俺に出来るようなことがあれば言えよ。出来るだけ協力はしてやるから」
「むぅ~、そこは全面的にサポートするでいいんじゃないの?」
「この間まで獅子派で武器開発してたんだぞ? 無茶言うな」
七星狼牙の開発のためとは言え、獅子派でも武装開発に手を出していたから間違いじゃない。
「だったら、その戦闘力に期待しようかにゃ~」
「俺だって大したことはないぞ?」
「またまたご謙遜を~」
そう言いながらエルネスタは忍の正面に立つと、指でツンツンと忍の額を小突く。
「ま、今の俺がどこまでやれるかは試したいとは思ってるがな」
「にしし、そうでなくっちゃ」
エルネスタの手を払い除けながら忍もニヤリと笑うのを見てエルネスタも笑い返す。
「とは言え、鳳凰星武祭はタッグ戦だ。この二体の人形が対になってるのはわかるが、俺は一人だしな」
「そこはしぃちゃんの人脈で何とかしなよ」
「はぁ…簡単に言ってくれる。まぁいいさ。期限までには適当に探すかな」
そう言って忍は誰かいなかったかな、と考える。
「出来れば、決勝で会おうね?」
「気が早いと思うが……ま、出来たらな」
不敵な笑みを互いに浮かべながら早くも決勝の舞台への道筋を考えていた。
片や人形の性能を、片や己の武器の性能を…衆人観衆の目の前で披露するために…。
しかし、そこに至るための道のりに新たな障害が発生するとは、この時の2人にはまだ想像もつかなかった。