朝起きたら、ORTでした……   作:凧の糸

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それではどうぞ





名古屋に降りる大蜘蛛

 

 

 

 

 

「名古屋ねぇ……」

 俺は現在、日本帝鬼軍の部署に紛れ込んでいた。

 

 

 あまりにも暇だったので、壁の外に出る人間たちを徹底的に見張りを続けて追跡を何度も重ねた。そうすると時には一人だけ残されて死にかけの人間がちらほら居た。

 

 

「嫌だ……死にたくない……」

 

「うっ……ううっ……」

 ただ、死を待つだけの者たちは壊れ切った建物の中で息を殺して、さめざめと泣くか、ヨハネの四騎士に見つかって惨殺されるか、誰かに発見されるかというかけらも無い希望に縋るか。

 

 

 詰まるところ、どうあがいても苦痛に満ちた終わりだ。遅いか早いかだけの違いしかない。長く観察していても、数日で冷たくなってしまう。冷たい顔は、どれも安らかで無く阿鼻叫喚。地獄のような場所にでも太陽の光が燦々とさしていた。

 

 

 

 

「……こいつでいいか」

 飢餓を訴え、涙すら出ないほどに渇いた男は身を小さく抱えて死んでいた。

 

「いただきます」

 本体の口を一部だけ出し、ごくんと一飲みした。一瞬で飲み込むので喉越しを感じることもない。しばらくするとその者の記憶や情報が流れてきた。

 

 

 

「灰土範理か……」

 帝ノ月所属の男のようだ。記憶内には優一郎やその友人の姿を目撃したものも存在する。弱い自分に嫌気がさしていたらしく、鬼呪装備の位が高い物に挑戦しても失敗したことがあるらしい。その時は運良くなんとかなったそうだが、余計にコンプレックスを抱き、死んだほうがマシとさえ思ったようだが、死ぬ勇気すら無かった。

 

 

 

 

「さあ、帰ろうか」

 借り物の身体を纏い、足を引きずりながら、息も切れ切れに壁へ走っていった。

 

 

 

「たっ、助けてくれ!!」

 

 

 

 

 

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「では、名古屋行きの日程について発表する……」

 前にいた隊は、かなりの数が死亡して解散となったために別の隊に再配属された。片山隊のメンバーは気のいい奴が多く、着いた1日目からとても良くなじむことができた。

 

 

 

「ハイドは不安じゃないのか?」

 

 

「そりゃ、不安だよ」

 特に仲良くなった香山とともに食事をとっていた。だが食事と言えど、栄養を取るためだけに味覚的な要素を徹底的に排除したレーションは朝だろうが夜だろうが変わらない味。4本ほど食べるとすっかり口の中はパサパサで、持っていた冷たい水を一杯飲んだ。

 

 

 

「でも、これで何か変わるかもしれないんだ。命令ってこともあるけど……行くしかないだろ?」

 

 

 

「……」

 朝日がさして、香山の顔は見ることができなかった。白んでいく空を眺めて、一つ大きなため息を吐くと、すっくと立ち上がってこちらを向いた。

 

 

「やるか、生き残るために」

 

「だな、帰ったらうまい飯でも食おう」

 

「久しぶりに餃子あたりが食べたいな」

 隊で集まる集合地点まで歩いていった。隊の皆は既に集合して冗談を言い合ったり、ぼうっとしている者もいた。

 

 

 

 

 

 

「よし、覚悟は出来たな。片山隊、乗り込むぞ」

 車へ搭乗し、長くて短い旅路は始まった。昨日まで暗かった空は、皮肉気に蒼く、実に清々しい晴れ方をしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ハイド、俺と前衛、桐谷と香山で支援、浦田と霞でバックを頼む」

 日本中どころか世界中でウロウロうじゃうじゃ徘徊しているヨハネの四騎士に遭遇した。東京にある人間の居住圏の1キロ先から急激に強くなるので、決して気を抜く事が出来ないのである。今までの道のりでは会わなかったり、全力で追い抜く事で戦闘を避けたが、こうも堂々と居座られると避けることも叶わず、やむを得ない戦闘を開始してしまったという訳だ。ヨハネの四騎士の急激な力の変化を全員が知っているので、緊張に包まれている。香山はじっとりと湿った手をズボンで軽く拭いた。

 

 

 

 

 

 

「宿禰、出番だ」

 日本刀の太刀を顕現させた。元々のハイドとは違うために初めは驚かれたが、鬼には愛着というものが存在しないそうで、渋々俺の言うことを聞いてくれている。

 

 

 

 

「先は俺が!!」

 宿禰で斬り込んでいく。しかし、硬くて刀は肉まで通らず、弾かれてしまった。

 

 

 

「硬いです、後方お願いします!」

 瞬時に敵の肉体を貫通する弾丸と弓矢が放たれた。

 

 

 

「よし、ハイド、やるぞ! 支援組はそっちの頼む!」

 

「「「了解」」」

 香山と桐谷は新手の対処をしている。あちらに突然現れたが、二人して一気に攻める事で、もう倒したようだ。

 

 

 

「おらっ!!!」

 

「決めるぞ」

 俺と片山隊長は狙撃によって脆くなったヨハネの四騎士の硬い装甲を破壊し、一気に切断した。

 

 

 

 

 

「ふぅ……いつもの奴よりも硬いですね。壁から離れたとは言え、特別に硬すぎませんか?」

 

「コイツらについては分かって無いことも多いらしい。特殊な個体なのかもな」

 隊長はポケットから飴を取り出して口に放り込んだ。

 

 

「アメちゃん食うか?」

 

 

「食べますけど……いつも持ってますよね?」

 袋に手を突っ込んで飴をガサゴソと漁って取り出した。赤色で、太陽に透かすと、ルビーような小さな飴だ。彼は少しだけ舐めたあと、ボリボリとかじった。

 

 

 

 

「婆ちゃんがな、いつも持ってたんだわ。それに糖分が美味いからな、戦いで熱くなりすぎた頭にはピッタリだ」

 懐かしそうに遠くを見る目になった。飴を取り出した袋は、パッチワークで出来ており、とても古めかしく、味のある仕上がりをしていた。

 

 

 

 

 

「甘っ……」

 隊長の真似をして口に放り込むと、ぼってりとした重たい甘みが口の中に広がった。欲を言えば吐き出してしまいたかったが、貰った本人の前でする勇気はとてもじゃないが無かった。隊長に倣ってボリボリと噛み砕いて胃の中へと流し込んだ。

 

 

 

「あ、そういえばそれかなり甘いぞ。赤色は通常の二百倍くらい甘い」

 隠しているつもりなのか知らないが、口角がやや上向きに歪んでいた。

 

 

「先に言って下さい……」

 

 ははは!!と大笑いをしながら、みんながいる車に戻り、再び走行を始めた。

 

 

 

 

 

 

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「にしても始まりませんね」

 一瀬グレンはピリピリしていた。不運なことにヨハネの四騎士とやたら遭遇したために集合時間ギリギリで間に合った。ギリギリ間に合った時に一瀬グレンの目つきはぎらついて、間に合った俺たち片山隊にもおそろしく鋭い目つきで威嚇していた。片桐や霞は縮み上がり、他の隊員もぐっと気分が下がった。

 

 

 

 さて、これで始まるのか。と皆が思ったが、全然始まらずに緊張感に包まれる。

 

 

 何故か?

 

 

一瀬グレンがついに明確な苛立ち方を始めたからだ。ここではしゃごうものなら、彼や彼の従者に首を撥ねられそうだなぁと皆が思った。最強生物な俺でもそう思ったのだ。他のメンツは言うまでもないだろう。

 

 

 

 

 

 

 

「黙れガキがっ!!今回の任務は遊びじゃない!!軍規を守れない奴は帰れ!!」

 最後に来た隊には、彼の怒りが噴出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 数十分後、決意表明が終わった後……

 

 

 

「うわ、気分下がるなぁ……」

 

 

「そうか? 遅れてきた彼らもまあ大概だな。にしても若い衆だ」

 

 

「よおあの時に噛み付けますなぁ、度胸があるのかないのか……」

 ポイントに集まり、貴族の吸血鬼を殺す。大量の吸血鬼を葬る作戦はとんでもなく難度が高いどころか自殺モノだ。参加なんてしたくも無いが、どのみち諦めるしか無い。それが軍隊という集団に入った責任である。

 

 

 

 

「さあ、程々に適当に生き残りましょうや」

 早速、作戦は開始された。

 

 

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「おい、人間が何のようだ?」

 移動中に何故か見つかった。事前に行動なんかは予測されて、出会わないと出ているはずなのに、嗅覚が鋭いのか知らないが集団で動いている事がバレた。

 

 

 

 

 

「マズイ、逃げるぞ」

 吸血鬼どもの大群だ。まあ、大群と言っても20ほどだがそれでも脅威的な事に変わりはない。そして流石にこれを相手にするのはとてもマズイ。作戦の遂行もままならなくなるし、最悪の場合は全滅するという。

 

 

 

 

「くっ……重い」

 

「さよならだ」

 吸血鬼の一人は槍のようなものを出し、片山隊長の胸を突いた。

 

 

「ガハッ……!」

 

「隊長!!」

 

 

「い、いいから……ゴホッ……いけっ!!!」

 心臓を破壊され、口からは止めどなく血が溢れてくる。最後の力を振り絞り、吸血鬼を掴んだ。

 

 

 

「何!?」

 火事場の馬鹿力で吸血鬼を掴み、決して離さない。逃してなるものか。と意思に満ち溢れた目は黄金の輝めきを放った。

 

 

 

「人間、クソ、なんて力だ……」

 

 

「食らえ……」

 至近距離から鬼呪装備の槍を吸血鬼の頭に串刺しにした。

 

 

 

「……!!」

 互いの力が抜けて倒れた。しかし、もう駄目そうだ。手に力が入らない。

 

 

 

「くっ、逃すなァ!!」

 仲間がやられて焦る吸血鬼。片山隊は既に遠くまで行っている。そう簡単には追いつくことの出来ない距離だ。追跡をしようにも牽制で放たれた大量の矢が襲いかかってくる。

 

 

 

 

 

「ごぼっ……たのむ……しぬなよ……」

 だんだんと体から出ては行けない物が抜けていく。温かい身体にはどんどんと死が満ちていく。少しでも足止めをしたいが、身体はちっとも言うこと聞かず、目の端が段々と暗くなってきた。

 

 

 

 

「つめ……たいな……ア、メたべたいなあ……」

 隊員が遠くに逃げていることを確認した片山は、安堵から目を閉じた。先程まで感じていた痛みはもう何処にも無く、ただ安らかな気持ちだった。疲れきった人間には、深い眠りが必要だ。片山はゆっくり、ゆっくりと意識を沼の中に沈めていくのだった……

 

 

 

 

 

 

 

 一方、片山隊残党。隊長を失いながらも意志を受け継ぎ、全力で逃走していた。

 

 

「頼む、もう一発……」

 遠距離に放つ攻撃にも精彩を欠いてきた。疲労がピークなのは皆同じこと。足を止めることは許されない。

 

 

「おや、今日は珍しいね。入れ食いだ」

 帝鬼軍のメンバーが地面にごろごろと転がっていた。

 

 

 

 

 

 ぐわっ!!!

 

 

 眩い閃光が走った瞬間、片山隊全員の意識は一瞬で消え去られた。

 

 

 

 

 

 

「おい、こいつらを縛ってくくりつけといて」

 

「はっ!」

 合流した吸血鬼は命令のままに、五人の人間を運び、太い丸太に磔にした。

 

 

 

「う、ううん……大丈夫だな」

 手頃なタイミングで起きようとしたが、目をつぶっている間に本当に居眠りをしてしまった。しかも、どうやらみんなや他の隊の者も磔にされているようだった。

 

 助けることは簡単なのだが、俺の正体を怪しまれて裏切り者扱いされそうなものだし、全員を助けるには吸血鬼の数と時間と何よりも力加減が足りなかった。それと、この片山隊の暖かい関係を壊してしまうのは怖かった。

 

 

 

 

「でも、助けたいなぁ……」

 アメちゃんをくれたり、太刀のいい使い方を教えてくれる片山。お調子者だけど意外と真面目な香山。いろんなことに細かいけど、気配りが上手い桐谷。寡黙だけど、さりげない優しさが分かる浦田。のんびりとしているけどちゃっかりして憎めない霞。人間の持っている暖かみを捨てるには、彼らに関わり過ぎた。

 

 

 

「2時20分か……あいつらを笑えんな」

 ふと腕時計を覗くと集合時間はとっくに過ぎていた。最初に遅刻した彼らは生きているのだろうか。強い装備を身につけていたし、なによひラッパみたいな匂いだってした気がするから問題はないだろう。

 

 

 

 相変わらずムカつくほど空は晴れていた。

 

 

 

「おーい!!起きてる?」

 浦田を大声で起こしてみた。

 

 

「あ、ああ……痛えけど……」

 

 

「お前ら、助けるからな」

 

 

「何言って……!?」

 拘束を俺は無理矢理引きちぎった。

 

 

 

 

「人間が……引きちぎっただと!?」

 騒ぎを聞きつけてやってきた吸血鬼は人間如きに出せる力ではないと目を丸くしていた。

 

 

 

 

「おら、潰れろ」

 

 

「ぐびぃ……」

 メイスを振り下ろし、文字通りに吸血鬼はペシャンコになった。頭蓋を砕き、脳を粉砕し、骨格と内臓を圧倒的な暴力の塊によって不細工で汚い板に変えた。

 

 

「え……つぶ……れた?」

 寡黙な浦田が驚愕で顎が閉まらなかった。それは、周囲でこの悍しい光景を見ている者全員の意見を代弁していたと言っても過言でなかった。

 

 

 

「はい、二匹目」

 メイスを横に振ることで直撃した上半身は背骨が砕け、肉が千切れる不快音を血と共に撒き散らしながら大きく吹き飛ばした。「ホームランだな」という(ORT君から見れば)小粋なギャグも、あまりに意味不明過ぎて全ての者の恐怖を増大させた。

 

 

 

 

「ほらほら、大蜘蛛がやってきたぞ?」

 アルティミット・ワンの身体能力で1分以内に周りの吸血鬼は虐殺された。肉が飛び、血が舞う。骨は砕け、悲鳴はちぎれた。人間ではなく吸血鬼から出た死臭が辺りに漂い、ハイドの服は血しぶきと体液で黒い制服は汚れている筈だが、不思議なことに少しの汚れすらも付着していなかった。

 

 

 

 いくら耐性がある帝鬼軍の隊員でも、同じ隊員が起こした人間とは思えない悪魔の所業に吐き気をもようしたり、気絶している者すらいた。

 

 

 

 

 

「終わったぜ」

 浦田達の拘束を解きながらそう言った。

 

 

 

「……お前、ハイドじゃないな?」

 かたかたと震える浦田から絞り出すようなか細い声が漏れた。

 

 

 

「そうだな。ハイドを借りてる」

 

 

「……そうか、化物め……」

 浦田はもうどうでも良くなった。吸血鬼の貴族を倒すだとか、生き残るだとか、片山隊だとか。もうどうでも良くなった。吸血鬼に抱いていた復讐心すら、塵以下の価値すら無くなった。失禁していることにすら気づかず、股の部分が妙にじんわりと暖かく感じた。

 

 

 

「はぁ……ばからしいな」

 自分の役割を脳内で素早く整理して、未だに混乱している者たちを集め、こう言った。

 

 

 

「とにかくだ。俺たちの役割は分かってるな!」

 こくこくと全員が肯く。

 

 

「さあ、行くぞ! 生きて帰るんだ!!」

 体の節々に痛みが残るが、空元気でそれぞれが一歩を踏み出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 





灰土くんの名前の由来はジキル博士とハイド氏から。

ヘンリー・ジキルとエドワード・ハイドを合体した名前。

範→ハン→範理→はんり→ヘンリー

今後の参考に

  • 暴れよう
  • 大人しくする
  • 引っ掻き回す
  • 全滅させる

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