波濤の記憶 ~月に叢雲、花に風~   作:COOH

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場面は前作の最後ぐらいに変わります。

読んでない方は2年後くらいに偶然吹雪と再会した、くらいの認識をしていただければ。


第1章 第10話 菩提樹

 鎮守府近くのバス停で1人バスを待つ。日差しが強くなってきたが、もう少しの我慢をすれば冷えた空気の中に入れる。来た時と同様に他の5人は海から出ていくが、私は別の用があってここにいる。非公式な任務で来たから見送りも大っぴらにはできないが、また吹雪あたりが何かしているのだろうか?

 

 久しぶりに会ったせいで吹雪がなんとなく浮かんだだけだったが

「叢雲ちゃん!」

本当に声が聞こえたので驚いて振り返る。走ってきたのか、膝に手をついて息を整えている。

「あんた、どうしたのよ」

「叢雲ちゃんはバス停にいるって聞いたから」

そうではなく、なんでわざわざ来たのか聞きたかったが、どうせ古い知り合いの見送りをしたかっただけだろう。そう思っていた。でも吹雪は体を上げて背を伸ばす。

 

「叢雲ちゃんに言いたいことがあったんだ。ほら、あの約束」

「約束?」

覚えがなく聞き返したとき、バスが到着した。エンジンが震える音の中でも聞き逃せないくらいまっすぐに吹雪は告げた。

「私、強くなったよ」

息が止まる。吹雪と別れるときの言葉、約束とも言えないただ一方的に告げただけのそれを吹雪も覚えていた。私はそれからの吹雪を知らない。だけど、彼女はまっすぐ進んでいったのだろう。私よりもしっかりと前を向いて。もしかしたら私との約束を果たすために。

震えて泣いていた彼女は、強くなったと言えるものを手にして目の前に立っていた。でも、優しく笑う姿はなにも変わっていなかった。だから私は言葉探しをあきらめて背を向ける。

 

「まだまだよ」

吹雪が変わらないから、変われなかった私はそのやさしさに甘えるんだ。

「せいぜい頑張りなさい」

ドアが閉まる音が吹雪と私を隔てた…のだが、席に座って横眼に見ると吹雪は全身をゆらして手を振っていた。

 私は諦めて小さく振り返した。

 

 

 

 市街地に入りバスが頻繁に止まるようになって眠りから覚める。さっきまで見ていた夢は覚えていないけれど、目元をこすると指先が少し濡れた。

 慌てて降車ボタンを押す。目的地にはまだ少し遠いが、買い物を済ませてから行くのがいつもの流れだ。

 

 

 予想外に重くなってしまったビニール袋を持って玄関の戸に手をかける。今でも不用心に鍵がかかっていないのは分かっていたのでそのまま開けて入る。チャイムは鳴らさない代わりに一声かけてそれで良しとするあたり、私も習慣が変わっていないのかもしれない。

 

「ああ、来たのか。連絡を入れてくれれば用意したんだが」

おじいちゃんは特に驚いた様子もなく新聞から顔を上げた。

「そうしたら抜き打ちにならないじゃない」

ものが多くないからまだ見逃せる程度で収まっているであろう雑然とした部屋を通り、冷蔵庫を開ける。案の定スーパーで買った惣菜が並んでいる。

「別に悪いとは言わないけど、栄養バランスは考えなさいよ」

歳を考えろ、と言うのはさすがに勘弁してあげる。

茶色い中身が透けるパックをどけて買ってきた野菜を入れる。作り置きをしておくつもりだったから量が多い。おじいちゃんも手伝ってくれようとするが。

「それはすぐに使うからしまわなくていいわよ」

私が制したせいで手持無沙汰になってしまう。仕方ないので居間の掃除をしてもらう。こんなことで帝国海軍の元帥が務められているのか心配になる。

「そうそう。天龍が相変わらずね――」

壁越しにいつものように近況を話しながら、時間が過ぎていく。

 

 

「まったく…」

布団を出そうと押し入れを開けたら先ほど詰め込まれた生活雑貨が前をふさいでいた。数日後にはもとに戻っているのは目に見えている。そこらへんは諦めているので手を伸ばして布団を引っ張り出したら、見慣れていたものが一緒に転がってきた。

「どうした?」

「これ、ここにあったのね」

あの島に残されていったものだと思っていた。手垢のついた木の槍をもってみると、記憶よりも軽く感じた。

「置いていくのも忍びなくてな」

ささくれもなく丁寧に削られたこれがもとは拾ってきた枝なのだと思うと、とても大切に作られて手入れされてきたことに今更思い至る。

 

「せっかく持ってきたんだから物干しざおにでも使えばいいじゃない」

「そうか?」

本当に使われかねないので一番奥に隠して押し入れを閉める。

 変わらないと思っていたものも、確かに変わっていく。私の全部だと思っていたものがなくなっても私は生きていて、思い出になっていった。いろいろな出会いも出来事もあったけど、あの日の誓いは変わらない。でもあの時の感情とは何かが違う。おじいちゃんはどうなんだろう?

 

 たまには昔の話をしてみるのもいいかもしれない。思い出になってしまっても、それは確かに現実にあったことで、今になって気づく大切なことだってあるのだ。

「あのね、今日友達に会ったの。久しぶりに会って――」

「叢雲、もう寝る時間だぞ」

電気のスイッチに手をかけたおじいちゃんに話を遮られる。私は大人しく布団に入りながらも頬を膨らます。

「いいじゃない。明日は休みなんだから」

私とは予定が違うおじいちゃんは何か言いたそうだったが、そうか、と笑ってくれた。

「それが、すごいのよ。吹雪っていうんだけど――」

 




第1章はこれで終わりになります。

2章では9話からこの10話の間の話になる予定です。
少し間が空きますが、前作の更新を並行しながら連載していきますので読んでいただければ嬉しいです。

今更ですが、サブタイトルは天野月子さんの曲から引用させていただいています。
言い回しなどで影響を受けた部分が結構ありますが、それができるのも同人のいいところかな、と思います。
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