筆の遅さに反省する日々です(別にさぼってたわけではないです…)
今回から叢雲以外の視点も交えた形になります。
暗めな展開になりますが、長い目で追ってくれたら嬉しいです。
全てを失ってから1週間ほど経っただろうか。私は別の鎮守府に所属を移されたが、何ができるわけでもなかった。
再び独りになった今、後悔と、何を後悔していいかも分からない無力感の中にいた。
これはそんな私が、奇跡を取り戻そうとする物語――
人類史上最悪の発明は目覚まし時計だと、誰かが言った。心からの同意を全身でアピールしながら手を伸ばす。数回外したビンタはようやく不快な音を黙らせた。起き上がって髪を簡単に整えるが、急ぐ用がないから体はゆっくりとしか動いてくれない。
「私の…せいよね」
絞り出した言葉に、おじいちゃんは何も言わない。何を言ったところで、私には肯定にしか聞こえなかっただろうけれど。
鎮守府への異動を伝えられたとき、おじいちゃんの軍服を着た姿を初めて見た。元帥として帝国海軍を統括する立場になると告げられた。それは、今までの形だけの提督とは違う。
あんなに静かに暮らすのがいいと言っていたのに
…そうか。
叶わなかった。あの島をうしなってしまったから。おばあちゃんと離れてしまったから。
――私が守れなかったから――
…やるべきことがなければいやな思い出ばかりに意識が飛ぶ。
ゆっくりと立ち上がり洗面台に向かう。殺風景な1人だけの部屋では、誰かに起こされることも、漂う匂いで朝ごはんを予想することもない。なのに私は、まだそんな時間を探し続けていた。
朝の光と聞きなれた音に静かに目を覚ます。開けられた窓から聞こえる音は小さいけれど、習慣となった体はそれだけで活力を巡らせ始める。
着替えを進めながら、窓の外を眺める。厚い刀を模したものを熱心に丹念に振る後ろ姿。3階からではずいぶんと小さく見えるものの、いつもの朝の光景だ。もう当たり前になり、嘲笑するものすらいなくなった光景。艦娘に刀など無意味だと、それを知ってなお汗を流すその姿をずっと見ていたかった。
「おい、龍田!」
ささやかな幸福の時間も、気づかれてしまい終わりを告げる。刀を担いで、こちらを見上げていた。
「起きてんならさっさと降りてこいよ。素振りばっかりじゃ飽きちまうぜ」
「はいはい。負けるのが分かってるのに、天龍ちゃんは物好きねえ」
無意味で誰にも分かってもらえないからこその、2人だけの時間。壁に立てかけてあるおもちゃの槍を取り、軽い足取りをばれないように気をつけながら幸福に満ちた時間へ降りていった。
「ねーひゅーがー」
天井に反射した相方の声は間違いなく自分に向けられたものだ。礼儀がなっていないが、人のことを指摘できない恰好なのは同じだった。
剣道場の端で寝転がって体を冷ましていた。隣の弓道場では空母が修練にいそしんでいるが、剣道場に他に人はいない。もともと海軍施設にあった弓道場を鎮守府に改修する際にそのまま流用したものだ。併設されていた剣道場も残されたものの、必要性のない剣道をわざわざやる者もそうはいない。伊勢とお互いに立てなくなるほど手合わせができるのは全くの偶然だった。
「大会の開会式で演武した人いるじゃん?」
返答がなくとも構わず続ける伊勢に意識が引き戻される。伊勢とは大学の全国大会で出会った。出会ったといっても剣を交えただけで話もしていない。まさか艦娘になるとは思っておらず、ましてやそこで伊勢と再会するとなんて考えつくはずもなかったころだ。
「ああ、いたな」
真剣の演武とはいつ見ても威圧感があるものだが、演者の風貌も相まって特に圧巻だった。
「あの人、海軍の偉い人だったらしいよ」
「そうか」
それ以上の感想は湧いてこない。武士のような、その中でもどちらかと言えば浪人に近い印象だったので、偉い人という響きに違和感はあったが。
「だが、会うこともないさ」
一応同じ組織でも、艦娘と海軍上層部は全く違う存在だ。その程度の共通点では縁とも言えない。
「そりゃそっか」
だから何というわけでもないらしく体を起こした伊勢に追従する。もう少し体を動かしたいのは同じだった。
何が目的というわけでなく、暇を見てはここに来る。幼少のころから続けている習慣をただ繰り返す。繰り返すことができるのも、拮抗している相手がいることも幸運なのは分かっている。だが、もはや何の意味を持たない技能を磨くことに、どこか退屈を感じているのも確かだった。
「お久しぶりです、有賀元帥」
形式ばった敬礼の後に少し親しい挨拶が続いた。歳は娘以上に離れているが、師と言える人の孫であれば当然だった。成人してからは会っていなかったせいで、声をかけられるまで分からなかったが。
「亜庭…いや、今は三笠だったか」
変わったのは見た目だけではなかった。この国最初の艦娘、それが祖父に倣い軍属した彼女の今の姿だった。だったが、彼女は口元だけ笑う。
「いえ。本日の任務をもって退任し、日本海軍に戻ります」
深海棲艦が現れた当初と異なり、配備される艦娘の種類も数も生存率も増えている。大和型すら出てきた今、前弩級戦艦は御旗の意味すら持てない。
「…何も変えられないまま」
小さく漏れた声が届く。それは軍人でない少女たちを捧げて成り立つ世界へのせめてものの懺悔だった。戦争が危ぶまれていた時期に軍人の道を選んだ彼女たちの世代は、国を担う意識が強い。それが叶わぬ現状への悔恨も。
「…そうか」
気の利いた言葉など出てこない。最後の任務ですら船の上にいる彼女に。
叢雲と交わした言葉を思い出す。何も意味をなさない言葉の羅列。何を言っても傷つけることは分かっていたから言葉を探し、伝わらない。元より苦手なきらいだったが、どれだけ歳を重ねても変わらない。それを今更歯がゆく思う。
「元帥の帯刀、久しぶりに見ましたがやはり似合っていますね」
亜庭は先ほどの空気を払うように、顔見知りの気安さを少し覗かせた。他の士官は緊張や困惑の表情を見せるが、彼女なりの気の使い方なのだろう。
「ただの模造刀もそういってもらえるなら差す甲斐があったものだ」
「元帥ならそれでも切ってしまいそうですけどね」
くだらない談笑をしながら、ふと窓の外に流れる海を見る。視察などという名目でわざわざ危険な海に出ていく理由は分からない。近海とはいえ、深海棲艦が出ない保証はない。
窓に薄く映る安庭を見る。艦娘をやめた後どうなるのかなど先例はない。だが、これは彼女の門出を祝う儀式に見えた。今まで守り抜いた海を、船の上から見つめるための。
「ひとまずはゆっくりとすればいい」
また一つ、意味のない言葉を紡いだ。
鮮血が飛び散った。油のように重くねばつく黒い液体が血であるのであれば、だが。刃の持たない軍刀を反射的に叩きつけられた人類の敵は海に沈む汚泥のようなものを流し、動きを止めた。純白の軍服が体液に染まったことも、帝国海軍の元帥を危険にさらしたことすら気に留める者はいなかった。
唐突に大口を開けて襲い掛かってきた深海棲艦を切り落とした。その意味を正しく理解したのは、刀を振るった有賀だけだった。
「亜庭」
ねばつく液体を払いきれず納刀し、後ろに立つ艦娘に告げる。彼女が無為な平穏を望まないのならば。
「俺の下に就く気はないか」