食堂に入るともう賑わっていた。朝食が一番利用されるのは鎮守府であればたいていそうらしい。朝から自炊をするのもわざわざ鎮守府の外に食べに行くのも面倒なのだろう。私のようにすべて食堂で終わらせる艦娘も珍しくないけれど。
さらに2週間ほど経ったけれど、私の出撃は一度もない。今や元帥となった人のもとにたった一隻いた艦娘だ。どう扱っていいのか分からないのだろうか。そして、今の私にとって出撃がないということは何もすることがないということだ。
「おい」
味気ないおかずを口に運んでいると後ろから乱暴に声をかけられた。この鎮守府で声をかけられるなんてめったにないので素直に驚いた。流れのまま口に入れてしまったおかずが喉に詰まりそうになるくらいに。少し落ち着かせて振りかえる。
――え?
呼吸を忘れた。振り向いてすぐに眼帯が目に入ったから。
「辛気臭い顔でメシ食ってんじゃねえよ。作ってくれた人に失礼だろうが」
…なんだこいつ
見間違いは一瞬で終わった。共通点は眼帯だけ。
「うるさいわね」
どんな顔で食べようが私の勝手で、残さないことで最低限の礼儀ははらっている。
「天龍ちゃん、なにしてるの?」
「わりい、今行く。じゃあな」
自分から絡んできたことなど忘れたかのように、雑に手を振り去っていった。そんな幸先の悪い朝に、私は珍しく命令を受けた。
要領の得ない指示を受けて向かった先は見慣れていて、でもやっぱり違う建物。中の様子が想像できる武道場だった。
…ここにもあるのね。
軍施設なのだからあるのは当然で、胸の奥が引っ張られる感覚がするのも理不尽なことかもしれない。少し重くなった脚をすすめて扉を開けた。
「お、来たね。いらっしゃい」
奥にいた艦娘がこっちに向かってくる。髪を後ろで上げ気味に束ねてあり、服は確か伊勢型戦艦。
「わたしは伊勢、んでこっちが日向ね。あなたは…叢雲でいい?」
案の定伊勢型だったのはいいとして、嫌な予感がした。艦娘の制服と偽装の中でも叢雲は特徴的だ。吹雪型からナチュラルに外されるくらいには。だからほとんどの場合は私を叢雲とすぐ認識するのだが、例外はある。特徴的なポイントがダブったとき、そこの判断のウエイトが大きい故に混乱することがある。そして叢雲と似ているのは…
「お、もういるじゃねぇか」
げ…
嫌な予感はだいたい当たるもの。乱暴に扉が開けられて朝見た輩が現れた。
「お前、朝メシ食ってたやつか」
「気のせいじゃない?」
朝飯食ってたやつ、なんてくくりならほとんどの人が当てはまるが。そんな指摘を心の中でとどめていたせいで頭を抑えられる。必死に振り払って乱された髪を撫でつける。
「何させられるか分かんねえけど、仲良くしようぜ」
仲良くしているつもりだったのか。だとしたら非常に攻撃的なコミュニケーションで、それだけで仲良くなれない気しかしない。
「だめよ天龍ちゃん、乱暴しちゃ」
「ちげぇって。オレは――」
「はいはい…あなたたち、見ない顔ね」
私と同じ特徴の艤装を持つ艦娘、おそらく龍田は天龍を適当にあしらって伊勢と日向に話かける。私には一瞥しただけだ。天龍とは別の意味で仲良くなれそうにない予感がプンプンする。
「まーね。私たちもここに来たのは昨日の夜だし。あなたたちはここの鎮守府所属よね」
伊勢の確認を天龍たちは肯定するが、伊勢がこの鎮守府にいたのか分からない程度の私は首肯にためらう。事情を話したくもないので結局は頷くのだが。
「そろそろ時間だが」
「あと1人来る予定なんだけど、遅れてるんでしょう。同じ説明するのも面倒だしひとまず待とうか。別に急ぐものでもないし」
日向の簡素な言を伊勢が補足しながら答える。たぶんいつもこんな感じで会話しているのだろう。
「説明って…私は何も聞いてないわよ」
伊勢型の2人がこの状況の事情を知っていることは分かったが――
「…まあ、言ってないからな」
適当に返してきた。話すのが面倒というよりじらして楽しんでいるみたいなのが気に食わない。…さっきから気に入らないことばっかだ。だが、もやもやする時間も再び開いた扉のおかげで案外早く終わった。
「すみません。遅れました」
振り返った途端にまた息をのむ。一瞬思考が止まる。
「気にしないで。急な要請だったらしいし、遠いところからわざわざありがとうね」
伊勢が応えている間に幻視は収まり、正常な視界で捉えた姿が私の意識を戻した。
「球磨型軽巡5番艦、木曾。本日より本鎮守府に配属となります」
やたらきっちりとした敬礼は再び同じ眼帯をした人を思い出させる。
――何考えてるの、私は。
頭を軽く叩いて浮かぶイメージを追い出す。これから事あるたびにぼけっとするつもりか。てか、私の眼帯エンカウント率高いわね。この時代、眼帯の需要は上がっているのかしら。
「ふむ、少し違うな」
「なんで私たちがここに呼ばれたかというと、独立した部隊として試験的に運用されるためなの。ここの鎮守府に拠点は構えるけど、所属はちょっと特殊になるわ」
さらっと告げられたから深く考えずに納得しそうになるが、実際のところ全く分からない。横を見てみると同じ感想のようだ。
「まあ、上がってくれ」
「そうね。こんなところで説明もなんだし」
そこまでの反応は織り込み済みだったようで、私は勧められるがままに奥へ向かう。私が想像した通りの内装が広がる、板張りの間。天龍などあからさまに見回しているが、私もはじめのうちはそうだった。龍田も控えめながら同じように眺めるが、木曾はそういったリアクションをとらなかった。慣れているのだろうか。
「さて、試験的な部隊と言ったけど、私たちが選ばれたのにはちゃんと理由があってね」
伊勢は全員が座ったのを確認して語りだす。
「私たちの、いや、人類の敵である深海棲艦に通常の兵器は効かない。効果があるのは私たち艦娘の兵装だけ。ご存じの通りだけど」
ご存じもなにも、艦娘となったときに初めに教わることだ。これを知らない艦娘など見つけられない。だが、やけに芝居がかった口調のため質問を控えておとなしくしておく。
「だけど、つい最近深海棲艦を倒せるもう一つの方法が見つかったの。それが――」
伊勢は急に立ち上がる。いつの間にか後ろにいた日向の手に竹刀が握られていた、と思う間もなく空中に投げられる。綺麗な放物線を描く竹刀は伊勢の頭上に向かって落ちていき、伊勢はそれを掲げた右手で見もせずに掴む。パシッと子気味いい音が響く。
「刀よ!」
………?
静寂が耳に痛い。高々と竹刀を掲げた伊勢がゆっくりと動き出す。
「…あれ?」
「だから言っただろう」
日向が座りなおしながらあからさまに溜息をつく。
「いやいや、昨日ノリノリで練習してたじゃん!受けなかったからって見捨てないで!」
「あのー…どうゆうことかしら?」
龍田が少し引き気味に訊くように、演出以前の理解が追いついていない。まあ、それを差し引いてもリアクションに困ったが。
「えーっと。ようするに…」
咳払いした伊勢の言うことには。
刀などの近接武器は深海棲艦が持つ兵器を無力化する力場の影響を受けないため、それを利用した近接戦闘を行う部隊を検証する。そのために私たちのようなある程度武術の下地がある艦娘が集められたというわけだ。それは分かった。
「これは帝国海軍元帥直々の達しだ」
「――え?」
だが、日向が最後に告げた意味が分からない。だって――
「私、聞いてないわよ」
「そうだな。俺も初めて聞いた」
木曾がだから落ち着け、と同意を示しながら気づけば立ち上がっていた私の腕を引っ張る。
違う、そうじゃないの。そう言いたかったが喉からなにも出てこない。
座り込んだ私は膝に置いた手を強く握る。
私が槍を持ったのはあの島に来てからだ。それを知っているのは1人だけで、だったらこの件に関係しているのは当然のことなのだろう。でも
なんで教えてくれなかったの…?
もうつながりなどなくなったような気がして
「おじいちゃん…」
震えだす手の甲を見つめながら誰にも聞こえないようにつぶやいた。
刀が有効な理由は別作(本編?)の27話にあります。
ただのこじつけなんで見る必要はないです。