「と、いうわけで」
伊勢が立ち上がり、日向がそれに続く。
「さっそくだけどあなたたちの実力を試させてもらうわね」
「おう!で、どうすんだ?」
天龍が真っ先に立ち上がる。なにも分かってないみたいだが、声は実質初対面の私でも分かるくらい弾んでる。
「全員で手合わせしてもらう。分かりやすく体のどこかに当てれば一本でいいだろう。得物は好きなものを選んでくれ」
床に乱雑に並べられた武器の中から日向も竹刀を握る。見てみると槍のような長さの竹刀もあった。
「待ってくれ。俺は昔少しやってただけで、それも演武がほとんどだ。お前たちの期待に応えられるとは思えない」
木曾が竹刀を手に取りながらも抗議の声を上げた。もっともな言い分ではある。いきなり集められて剣術勝負と言われても困るのは私も同じだ。だが
「他に経験者がいなかったのだろうな」
「まあやってみればいいじゃん」
適当に流される。どうもこの戦艦姉妹がやりたいだけの気がするけれど。木曾は閉口して竹刀の長さを吟味し始める。タイミングを見計らって一番乗り気な天龍が木曾を引っ張る。
「おっしゃ、さっさとやろうぜ」
木曾も従ったから記念すべき1戦目は眼帯対決だ。剣道の開始線に合わせて向かい合う。天龍は基本の中段に構えるが、握るのは右手だけ。私から見ても型なんて知らないことが分かる。一方木曾は。
「ん?それでいいのか?」
天龍がわざわざ訊くだけあって、竹刀を腰に当てている。本物の刀だったら納刀の位置、つまりは居合の体勢だ。
「これしか知らないからな」
そう言い切り重心を下げる。少しやってた、といった割には様になっている。だが、居合とは緊急の事態に対応する技術であり、抜いた刀を振り下ろすほうが速い。…昔かっこよさそうだから教えてくれとねだったときに諭された知識だ。
ふとよみがえった思い出にとらわれているうちに伊勢が開始の合図を告げる。馬鹿正直に真正面から振り下ろした天龍に対し、木曾は体軸を傾けることなく回転させ――
ベシッ!
――る前に子気味いい音が響いて倒れる。そもそも居合は刀身を鞘に滑らせることが技術の根幹で、竹刀で使えるものではない。もちろんその不利を覆す腕も木曾にはなかったわけだ。
「おいっ!怪我ねえか!?」
殴った当の天龍が慌てて駆け寄ると木曾もゆっくりと体を上げる。散々経験した私から言わせれば意外と大丈夫だ。むちゃくちゃ痛いけれど。
「やるな。ろくに反応もできなかった」
「お前もやるじゃねえか」
手を取り合い分かりあったかのような笑みを交わす2人。そんなに剣で語り合う時間あった?
「あら、あなたもそれなのね」
いつの間にか隣にいた龍田が私と同じくらいの長さの、つまりは槍を手に取った。そう、私は安っぽい青春ドラマまがいを見せられに来たわけじゃない。
「順番的には私とあんただけど」
「いいんじゃない?あなたも刀に負けるより言い訳できるでしょう?」
背を向けながらいやにこなれた挑発をしてくる龍田。でも悪いが私にもプライドがある。ずっと槍を振ってきた自負が。
腰の高さで先端をまっすぐ龍田に向けた私に対し、龍田は右前の半身になりその側面を守るように槍を縦に構える。頭上の左手と、肘を体に付けて横に伸ばす右手。見たことのない型――私の対人経験は1人だけだけど――でも行動の選択肢が少ないことはすぐ分かる。足元にある刃を跳ね上げるだけだ。あとはタイミングだが――
「――っつ!」
タイミングもなにもない。始まった瞬間には本来刀身があるはずの先端が跳ね上がり迫ってきた。正直で単純な先制攻撃、本質的には天龍と一緒だ。だが、私は下からの攻撃に慣れていない。とっさに持ち手を出し、柄でかろうじて防ぐが押さえつけるまではできない。高々と上げられた槍は天を指し、そのまま振り下ろされる。長物の恩恵、遠心力を最大限に得た斬撃が垂直に振ってくる。
「ああ、もうっ!」
悪態付きながらなんとか穂先をぶつけて逸らす。少しでも角度がついてくれていたらよかったのに、綺麗に真下に振り下ろされた軌道を変えるのは厳しい。それでも成功したのは竹刀の軽さのおかげでしかない。
てか、これ槍じゃなくて――
長物の恩恵、とは言ったけれど槍は突きと小さな払いが基本だ。ここまで振り回すのは薙刀に近い。使っている龍田本人にその区別がついているかは知らないけど。
そうこうしているうちに少しずつ後ろに下がっていく。視界の隅に白線が入り、足が止まる。後ろに下がることで保っていたバランスが崩れた。別に白線を超えてはいけないとは言われてないのに。
「はい、残念」
そんなこと気づく前に、いつの間にか胸の前に置かれた槍の先で軽く押されて倒れる。
「なかなかしぶとかったじゃない」
賞賛する気もない感想を述べて龍田が離れる。実際私は何もできなかった。あのまま待っていて勝機があったはずがない。乱れた呼吸を整えるふりで、結果を受け入れることができない自分をごまかそうとした。
「いやー楽しかった―」
伊勢が満面の笑みをたたえながら大義名分も忘れて素直な感想を述べた。剣道有段者という伊勢型の2人はさすがに強かった。私といえば、まったく駄目だった。木曽には勝ったものの、状況を考えれば当然のことだ。久しぶりではあっても調子が悪いわけではないはずなのに。
「天龍に龍田、君たちは強いな」
「だねー。いろいろと雑だったけど、膂力は大したものよ。どこで習ったの?」
「どこでもねえよ。我流ってやつだ」
しれっとよく分からないことを言う。
「毎日素振りと龍田の相手してたからな。他の奴と戦ったことなかったけど、意外となんとかなるもんだぜ」
天龍は褒められて上機嫌だが
「なんでそんなことしてたんだ?」
私の、というより4人の疑問を木曾が代表して訊いた。天龍はともかく、どや顔を向けられても他人事のように目を合わせない龍田が天龍に付き合う姿は想像できない。
「そりゃオレは世界を救う女だからな」
しばらく意識を失って会話を聞けてなかったのかと思った。そんなことはないから、だったら天龍は会話ができないタイプの艦娘なのだ。
「だから、世界中の深海棲艦ぶっ飛ばして平和な海を取り戻すんだよ。それがオレの目標だ」
「できるわけないでしょ」
天龍の馬鹿な話を、私は気づいたら否定していた。良く聞こえなかったが、私が出したと思えない冷たい声。以前だったら気にも留めない馬鹿な発言を、耳をふさぐ代わりに抑え込む。
「深海棲艦はずっと増えて、日本の周り以外どうなってるかも分からないのよ。海を減らされないことすらできないのに――」
「だからだよ」
私の必死は簡単に肯定させる。そして、簡単に否定しようとされる。
「普通のことやっててもできねえからな。誰もやってないことやらねえと、ってな」
やっぱり、理解できない。だから剣を振る?そんなことで飲み込まれる海を救えなどしない。そんなことで変えられるなら――
「なるほど!なかなか面白い考えね」
伊勢が手を叩く。会話に加わるように装っているが明らかに私の言葉を遮った。
「とにかく、今回は余興みたいなものだからね。私も日向も剣道しかやったことないし、これから真剣を使うようになるとまた別物よ。今日の結果に慢心せず、腐らず頑張りましょう!」
「…真剣?」
余興なんてなぜさせたのか、やっぱりただ遊びたかっただけじゃないか、といった真っ当な非難よりも聞き逃せない言葉に食いついてしまう。
「ああ」
何でもないように日向が肯定する。
「私たちの目的は深海棲艦の討伐、つまりはやつらの装甲を切り裂くことが求められる」
深海棲艦のもつ特殊な装甲が刀に意味を成さないとしても、深海性感そのものが鉄で覆われている。生体部分もあるからそこを狙うこともできるが、どうであれ木刀ぐらいじゃ倒すことはできない。
この時代、真剣をまともに扱った者などそういない。海に立ち剣を振るった者は人類史上存在しない。艦娘の近接戦闘。私たちの与えられた任務の意味をようやく理解し、つばをゆっくりと飲み込んだ。
「龍田!なんだよ、さっきの態度は」
「あら、私はいつもどおりだけど」
帰り道、半ば予想していた非難を適当に交わす。乱暴で一方的なコミュニケーションでも良好な関係になろうとする意識がある分、確かに言及されるいわれはある。だが、理屈と心境は別物だ。
「まったく…仲良くしろよな」
言っても無駄だと理解しているのか、頭を掻いてぼやくだけだ。そんな横顔がいつもと違って見えた。
「天龍ちゃんは楽しそうねえ」
「おう!」
それを素直に口に出すと、それ以上に素直な答えが返ってきた。
「新部隊だぜ!今まで剣振ってた甲斐があるってもんだな」
初めて剣を振り出したとき、本当に世界を変えられると思っていたのだろうか。そんなことどうでも良かった。ただその背を見るだけで幸せだった。だが、その時は終わりを迎えた。虚構だったはずの言葉が本物になろうとして。
「龍田もそうだろ?」
ただ2人でいれば良かった。だが、そう思っていたのは1人だけ。そんなことつゆとも思わず同意を求めてくる。
この先でどうなるのかは分からない。でも、今は確かに報われたのだ。その笑顔を見てしまったら、答えは決まっている。自分だけの幸福が終わることを惜しみながら。
「そうねえ」
天龍の目標と龍田の幸福。この日、2人が剣を振り続けた意味がようやく同じになった。