「おお!」
天龍があからさまにテンションを上げて剣というには少し厚い刀身を掲げる。相変わらずうるさい、というには私も少しばかり興奮していた。私も初めて本物の槍を見る。尖った先端に刃止めはマストのようで、想像していた槍とは違ったが。
持ってみると意外に軽く、天龍と同じく厚い刃のついた龍田と比べるとどうにも心もとない。今まで棒を振っていた私にはこれで充分ということだろうか。
後の3人は取り立てて言うことのない刀だ。本当は刀がある時点で特筆するべきなのだろうが。横をみると木曽が腰に当てた刀を抜いた。以前見た動きとは明らかに速度が違い、振りぬいた姿は様になっていたが、木曽は少し首をかしげた。
「駄目だな」
「何がよ?」
「力が出てない。抜刀術がそういうものと言えばそれまでだけどな。これでは鉄は切れないな」
「別にいいんじゃない?」
居合に限らず鉄を切るための剣術なんてないだろうし、切れないものなのだろう。そもそも相手は鉄そのものではないのだから。
「装甲のないところを切ればいいのよ」
せっかく厄介な防御が1つ減るのに、馬鹿正直に正面突破をしてやる必要もないだろう。と思うのだが…
「そんなつまんねえこと言うなって!」
聞きつけた天龍が肩に腕をまわしてきた。何度やられてもこの過剰なスキンシップは性に合わない。
「やっぱ真っ向勝負でねじ伏せねえとかっこ悪いじゃねえか」
この頭の悪い発言も性に合わない。そんな私の気持ちなど知らず、逃げようとした私を抱えなおし、さらに密着させる。…なんでこいつはいい匂いしてるの。
「すぐにできるようになるだろーぜ。なんせオレは世界を救う――」
「できるわけないって言ってるでしょ…」
私にも聞こえるか分からない声でも、隣にいる天龍にはしっかり聞こえたようだ。隠すつもりはないのだから聞かれたところで別にいい。が、絡まれるのはべつだ。
「お前はそればっかりじゃねえか。お前はやりたいこととかねえのか?」
やりたいこと…
不覚にも考えてしまった。その思考が一瞬で終わったのは天龍の相手をする馬鹿らしさに気づいたわけではない。思い出すまでもない、鮮明な記憶。だが――
「言っても分からないわよ」
それは私だけの映像。地図から消えてもだれも気に留めない小さな島。それを取り戻す意味を、誰かが理解してくれるなんて思えない。ましてや恥ずかし気もなく世界などという彼女には。
「んだよ。つれねえな」
天龍は口を尖らすがすぐに口角をあげる。少しむこうで龍田の声が聞こえた。
「分かった分かった、そっち行きゃいいんだろ。…じゃあな。お前にもなんかあるみたいで良かったぜ」
あっさり私から離れた天龍は背を向けて雑に手を振る。何も返さない私に少しだけ振り向く。
「その気になったら教えてくれよ。手伝ってやるからさ」
やりたいこと。その答えは見えているはずなのに…
全てを失ったあの日に誓った言葉にかかったノイズの意味を知るのはまだ先のこと。
久しぶりに浮かぶ海は飛沫が冷たかった。今まで感じたことのなかった波の揺らぎがどうにも落ち着かない。
「ただ機関をまわせばいいってものじゃないわ。急旋回したいならなおさらよ」
だからといって操舵技術が劣ることはない。他の5人と比べたら私の艦娘でいる時間は圧倒的に長いのだから。
近接戦闘に特化した操艦なんて知らないけど、動きの引き出しが多いのは私だ。それぞれ試行錯誤をしながらになるが、私が教えることが多くなる。
「そもそも砲撃を避けないとどうしようもないじゃない」
「まあ、そうなるな」
「戦艦って小回り効かないから微妙ねー。近づくとなると装甲もあてにできないし。幸い私たちには飛行甲板があるけど」
「飛行甲板は盾ではないのだが…」
槍を持った日からしばらく経ったが、まだこんな感じだ。
「だったら叩き落せばいいじゃねえか」
混迷した議論は天龍が入ってきて崩壊する。
「せっかく刀持ってんだしよ」
分かったから黙れ。
「ふむ。なるほどな」
「できたらかっこよさそうだけどね」
伊勢と日向は話半分に流す。でも、半分は本気なのかもしれない。何かを期待する空気。天龍と話すときはいつもこうだ。もともと振り慣れていた分、伊勢達に習って剣の腕も上がってきている。いっこうに勝てないままの私と違って。
形にならなかろうが、実戦はやってくる。砲撃ができる艦娘がわざわざ近づいて戦う理由は単純に、砲撃できないときのためだ。
「――だからってね!」
深海棲艦に襲われている船への救援なんて無茶にもほどがある。十分な態勢を整えることもできずに戦闘に割り込むのだから悪態の1つでもつきたくなる…のは私だけみたいだ。
「ひさびさー!日向、出るわよ!」
航空戦艦は嬉々として水上爆撃機を放つ。普段からむやみやたらに飛ばしているのだから久しぶりでも何でもないだろうに、緊張感もなく開放感に浸っている。
「お披露目だぜ!あれだな龍田。なんかこう、テンション上がるな!」
「はいはい。元気なのはいいけど、ころばないようにねえ」
2人も相変わらず騒がしい。静かなのは木曾だけだが、ただ落ち着いているだけで不満とかは無いようだ。救援とは見かけ以上に面倒な行為だと、たぶん誰も分かっていない。かばいながらの制限された動き。間に入って行こうものなら強制的に接近戦だ。そのための白兵技能なのだが、私たちにその不利を覆せるほどのものがあるとは思えない。
瑞雲から切り離された爆弾の落下音が、一方的な蹂躙から戦闘へと切り替わる合図だ。誤爆を避けるために直撃をあきらめた投下位置での爆発は目くらましには十分だったが
「馬鹿っ!逆よ!」
叫んだ声に反応して先頭を行く天龍が止まる。その直後、止まらなければいるはずだった場所に砲弾が落ちた。
救援に来たのだから、真っ先に助けに行きたいのは分かる。だが、それは敵の砲口の前に立つということ。そうやって沈んできた艦をどれだけ見聞きしたことだろう。艦娘の性能が上がっても危険なことに変わりはない。背後をとって攪乱するのが常道だ。救援対象をおとりにしてでも優位に立つ。そう、一部見捨ててでも――
「なんでよっ!?」
天龍が上がる水柱の中へ踏み込んだ。止まっても、針路は変わらない。深海棲艦の吐き出す砲煙としぶきに隠れ、二手に分かれる形になった私の視界から消えたとき、狭域通信越しのため息が聞こえた。
「天龍ちゃん引っ張ってくるから、あとは任せたわよぉ」
いつもの、ともすればいつも以上にのんびりと告げた龍田が続けて消える。任せたといわれても…
「どうする?」
「どうもこうも、やりようがないわよ!」
木曾に訊かれても投げやりに悪態づいた。釣られて正面に割り込むのは最悪。だったら挟撃を期待して本来とるべきだった針路を進むしかない。伊勢と日向に爆撃頻度を上げるように頼むが戦艦の改造に航空攻撃は期待できない。そして私は――
「――っ!」
動けないでいた。対峙した深海棲艦と私の間にさえぎるものはない。ないはずなのに。
私たちは艦娘、軍艦の類だ。戦うために近づくなんて馬鹿げてる。だからこれでいい。そう言い聞かせて主砲を構える。射線上に民間船も見えるが仕方ない。外さないようにすればいいだけ。いいだけなのに。
ようやくできた慣れ親しんだ行動が異変の本当を教える。情けなく震える膝が主砲を揺らす。それに気づいてしまった困惑を自覚するより早く力が抜ける脚と、直後に湧き上がってきた感覚。目の前の敵のように暗い光に内側から焼き尽くされそうになる。その意味を理解しそうになった時――
「なにしてるの!」
伊勢が目の前に立った。それからわずかの間もなく私を遮るように出された肩に砲弾が爆ぜた。
「きゃっ!」
短い悲鳴が上がり、装甲は砕け散る。だが伊勢は私だけを見る。
「どうしたの!?大丈夫?」
「え…あ、えっと――」
何が起きたのか、私に何が起きているのかわからず、さまよう音はつながらないで消えていく。その背後でまた、でも遠くで爆炎が上がった。
「おい!天龍!龍田!」
木曾が荒上げた声で何が起きたかを知る。2人がいるはずの場所で立った火柱が深海棲艦を燃やす。
「ってえ…」
「だから嫌だって言ったのにねえ」
炎が煙に変わると、幕に映された影が立ち上がる。
「近づいたんだから魚雷が絶対に当たるって最高の考えだと思うじゃねえか」
「巻き込まれるって天龍ちゃんでも気づいてると思った私が悪かったわ…」
「分かってたんなら止めろよ!…あーあ、やっぱちゃんと斬れるようになるしかねえな」
頭をかく天龍は服が破けすすけているが、私たちを見てこぶしを掲げる。
「ま、勝てばオッケーだろ」
「馬鹿じゃないの!あんたが勝手なことしたせいでどれだけ――」
「っつっても仕方ねえだろ。オレたちがいなきゃ船が沈められてたかもしれねえんだ」
「だからって――」
反射的にでた言葉は続かなかった。天龍は私と違う。彼女は初めから救援をしようとしていた。実情は分からない。後方からの攪乱で十分だったかもしれない。損害が大きくなっていたかもしれない。でも実際は、守ることができたのは天龍のおかげだったし、怪我を負わせたのは…
「まあまあ、そのくらいにしておいてさ。みんな無事だったわけだし」
いつものように伊勢が手をたたいて割り込む。隠そうとした痛みが一瞬だけ顔に出た。悔やむのか謝るのか、その表情への向かい方が分からない。
「ま、このくらいなんとかしてやるぜ」
天龍は顔を出してきた民間船の乗組員に軽く手を振って応える。なにも分からないくせに、こんな時の感情はやけにはっきりとしていた。
「無理だって言ってるでしょ。結局刀なんて役に立たなかったじゃない!こんなことしても意味ないの!そんなことに気づかないで、このまま沈む気!?」
奥から登ってくる衝動。はっきりした感情のくせに、その名前も、根源も分からなかった。