「なんでこうなるのよ」
「まあまあ、今回は索敵に時間割かないといけなくてさー。一応おんなじ海域にいるわけだし、良いでしょ?」
抗議の目線を伊勢に、不満の指先を天龍に向けるが、どちらも笑って流すつもり満々だった。
「ってことだ。仲良くしようぜ」
「そうねえ、仲良くしましょう」
天龍型に挟まれそうになったところを全力で逃げ出す。
「いやよ!なんであんたたちと3人だけなのよ!私じゃなくて木曾で良かったじゃない!」
「俺を巻き込むな」
結構真顔で抗議される。ほら、あんただって貧乏くじだと思ってるじゃない。
「じゃ、それぞれで細かいところを打ち合わせってことで」
伊勢が手を挙げて別れを告げる。背を向けて逃げるときに木曾だけは少しこちらを見る。
「大丈夫なのか?」
「いいじゃん、おもしろそうだし」
「ふむ、私も伊勢と同意見だ」
聞こえてるぞ、おまえら。文句を言う気力も失せてただうなだれる。
「心配すんなって。もしものときは助けてやるぜ」
私の気持ちなど察してもらえるとは期待していないのでこっちの文句をやめておく。察してくれてはいそうな龍田も基本敵だと思っておいたほうがいい。
私はいろいろ諦めて肩を落とす。こうして、出撃は続いていく。先など見えなくても、何も斬れなくても、否応なく続いていくのだと思っていた。
前後から飛んでくる砲弾をかわした。乱戦はいつものことだ。そうなるように戦っているようなものだから。飛び道具を使わない分、同士討ちの恐れなくてもいい。喧噪の中、電探の端に映った影。深海棲艦の第二陣、戦艦2隻を含む本隊だ。私だけが気づいてしまったそれへ視線を向けてしまった。
乱れた感情が海の上でどれほど危ういか、そんなの言われるまでもなく知っていた。ましてや飛び交う砲弾をかいくぐっての近接戦闘だ。知っているから、足が止まる。その一瞬――
艦娘と深海棲艦の決定的な違い。自沈も辞さない深海棲艦が近距離から放った魚雷は、扇状に広がるまでもなく無防備な私の側面に迫る。
0.1秒の悪魔――この後起こる結果を、私はどこかで受け入れていた。
「叢雲っ!」
叫ぶような呼びかけに目を開けた。焦点の合わない視界にもう見慣れてしまった背中が入り込む。
そう、いつだって
――そんな日が来るのが、ずっと先だったらいいのに――
私を包むはずだった炎が、彼女たちの影を私に伸ばす。
私の願いは、いつだって叶わない――
「天龍!龍田!」
爆炎が消えるのも待てずに近づく。
「おう」
最悪の予想を見るのが怖くて一瞬浮く視線が戻る前に声が耳を揺らす。でも視線は足元まで下がってようやく止まった。
「元気そうじゃねえか」
仰向けに倒れても艤装が生み出す浮力でかろうじて水面に浮かぶ天龍は私を見上げて笑った後、苦痛に表情をゆがめる。傷の様子は見えないが脇腹から血が流れていた。命の危険を考えるくらいには。
…考えても無駄ね
たとえ致命傷ではなかったところで、もう深海棲艦が迫っていた。さっきまでの威力偵察部隊とは違う、戦艦もいる本隊が。龍田も天龍ほどではないが脚が負傷した。まともに動けるのは私だけ。駆逐艦1隻。
「やっとだ…」
目を閉じ呟く天龍に合わせて私の視界も消える。そう、終わるんだ。やっと――
「やっと魚雷は斬れたぜ」
明るくなった視界のまんなか、小さく手を掲げる天龍が映った。
「当然爆発しちゃったけどねえ」
「分かってたんなら止めろよ」
「止めたって聞かないでしょう?だから付き合うわよ、これからだって」
立ち上がった龍田を追うように天龍が立ち上がろうとするが、震える膝では体を支えきれずに崩れ落ちる。それでも膝に手をついて持ち上げ、口の端から流れる血を拭う。
「次はあいつらか。魚雷の次にはちょうどいいでかさだぜ」
「…ふざけ…ないでよ」
うつむくしかできない私が、一番震えていた。
「分かってるでしょ!?戦えるわけないじゃない!剣なんて意味なかった!世界どころかなにも取り返せないで終わるの!ここで死――」
「だろうな」
怒りも焦りも、もちろん後悔もなく、静かに肯定する。剣を担いだ背中しか見えなくても、いつものように不敵に笑った気がした。
「でも仕方ねえだろ。ずっとこれで生きてきたんだ。今更どうしようもねえさ」
――ああ、やっぱり
私の願いは叶わない。
彼女達が諦める日はやってこない。諦める方法が分からないから。現実を知っても無力さを突きつけられても誓った言葉にとらわれ続けてあがくことしかできない彼女達は惨めだ。でも――
「叢雲、あなたは逃げなさい。伊勢たちと合流する時間ぐらいはあるでしょうから」
「そんくらいはなんとかできっか。ほら、頑張った甲斐があっただろ?」
世界を救うと誓った彼女たちは笑う。私なんかを守れることを誇って。
「ふざけないでよ…」
――認めない。
やっと分かった。天龍と龍田が望んだものは、私と同じ。だれにも理解されないほどちっぽけで、でも手に届かないもの。
それでも私と違って歩みを止めなかった彼女達の夢の終着が、こんな私独りだなんて。それで満たされるなんて、認めない。
胸の奥が熱くなる。暗く燻っていた炎が赤熱する。
天龍を押しのけて深海棲艦の前に立つ。すべてを奪われたあの日から初めて、敵の姿をにらんだ。
認められないなら――
「やってやるしかないじゃない」
溢れ出る光が私を包んだ。
内なる獣が今、目を覚ます。