波濤の記憶 ~月に叢雲、花に風~   作:COOH

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第2章 第10話 Reckless fire

 怒り。

それが私を突き動かすものの名前だった。

 すべてを奪い、また奪っていこうとする深海棲艦。船の亡霊か大戦時の怨念かなんて知ったことじゃない。それが何であれ、我が物顔で海を支配する奴らを、私たちの前を遮る愚か者どもを許すわけにはいかなかった。

 何も知らないくせに分かったような口を利く日向も、旗艦面していい加減なことしか言わない伊勢も。嫌味で陰湿で勝手に自分に重ねて押し付けてくる龍田も、人の気も知らないで馬鹿騒ぎする天龍も。木曾は…まあいいやつだけど。

 何もかもが嫌いだった。どれだけ努力を重ねても思い通りにいかないやつがいる世界が、そして何より

うるさいのよ、私(アンタ)――

叶うとか叶わないとか、勝手にぐちぐち言って当たり散らかす私も。勝手に傷ついて塞ぎ込む私も。居もしないとわかってるくせに英雄を斯う私も。ろくに勝てない弱い私も。

私は私が大っ嫌い。

だけど、それすらもどうでもいい。

私の内側、出てくる度胸もない癖に騒ぐもう一人の私に呼びかける。そいつが何かなんて興味はない。すべてを覆す力があるというのなら――

――黙ってそれをよこしなさい

あの島を取り返すと誓った。世界を救うと誓った彼女を最後まで見たかった。できるかどうかじゃない。そう願ってしまったのだから――

「やってやるしかないじゃない」

私に力を与えるために燃え上がった炎は光となり、ほんの一瞬私を包んだ。

 

 

 

「叢雲…」

「なによ」

天龍が倒れているのは――私が押したせいか…。とにかく、今は最高に調子がいいんだから水を差さないで欲しい。

「黙って座ってなさいよ。とっとと片付けてくるから」

返事なんて待ってられない。踵を返して加速した。

「――っ!」

砲戦距離に入ってようやく私は妙に高揚していたことに気づいた。急速に冷えていく神経が、駆逐艦が受けるにはあまりある砲弾の脅威を告げる。ひとたび見えてしまえば勇敢ではいられない、鮮明な放物線。だけど――

――いけるんでしょう?

もう一人の私に問いかける。でも答えるのも私なんだから返事を待つ必要なんてない。低い体勢で全速前進。着弾点を一瞬で抜き去る。後ろ髪を散らす衝撃波が心地よかった。駆逐艦の域を外れた出力に不思議と困惑はない。減速もせずに砲撃を返す。私の速度を含んだ偏差射撃はすべて目標の真上に降り注いだ。深海棲艦は反撃してくるが、なんの工夫もない砲撃や雷撃なんかじゃ減速すら必要ない。

「どれだけここにいると思ってんの!?」

命がけの戦場で誰よりも生き延びてきた。だからどんな弾道だって読める。

実戦でも訓練でも誰よりも砲撃をしてきた。だからどんな目標だろうと当てられる。

 惨めでも情けなくても、私が艦娘として歩んできた道は確かにここにあった。だから――

雷撃をかわすために切り返した目の前に砲弾が迫る。逃げ道などない飽和攻撃。許された一瞬で息を吐き切った。急速な脱力に両腕の感覚がなくなる。腰下まで下げられた槍がゆっくりと浮き上がる。

たった1年。あまりにも短い時間の中でただあの人に追いつきたくて振ってきた。大っ嫌いな私でも、それだけは胸を張りたい。だから――

「このくらい、斬ってやるわよ!」

目の前を閃光が駆け上がった。頭上で脳を揺らす衝撃が弾けた瞬間で腕に力が入る。槍の先で受け止めた鉄塊の重さに骨が軋んだ。それでもこの腕に染みつけた振り払いは止まらない。金属同士が削りあう鈍い音を上げながら高々と掲げられた槍は、戦艦の砲弾を両断した。

両脇を抜けるかまいたちに息を奪われながら、天を向く穂先を引き戻す。柄の最端を握り、重力加速以上に振り下ろす。触れ合った瞬間、火花が散った。

「――クソっ」

遠心力を最大限に使った振り下ろしも、ル級の盾のような装甲には傷をつけるのがせいぜいだった。今回は見逃してあげる。弾丸を押し返してしびれた腕で正面突破するほど天龍にほだされたわけじゃないもの。でも次は――

 槍を振り上げるのを遅らせて作った間で懐に潜り込む。槍の先端は水面下を、ル級の装甲の下を通過した。その瞬間、手首を返して押し上げる。水の抵抗から解放された穂先が水流を巻き上げ、深海棲艦の首をとらえた。

「次は真っ二つにしてやるから」

舞い散る透明なしぶきにどす黒い液体が混じる。これから散々味わう感触の1回目を掌に残しながら崩れゆく深海棲艦を見つめた。だが残心の時間は一瞬もない。もう1体の戦艦、タ級の姿を背後に見て振り返る、がもうすでに装填の終えた主砲が私に向けられていた。

巨大な砲口が私を呑み込む。疲労で顔を出した本能がいつもの私のように脚を退げようとした。それで沈むことは防げるだろう。

悔しいけど、天龍は正しかった。退けば私は私しか守れない。何かを救おうとするのなら、絶望を塗り替えたいのなら――

うねりを上げたスクリューが海を掻き回す。乱暴な振動で膝の震えをかき消した。

――私たちは前に出るしかない。

耳には届かない声を上げ、がむしゃらに槍を突き出す。型もなにもあったものじゃない切っ先に体重のすべてを託す。

ガギンッ

砲口に、その先の砲弾に到達した槍は鈍い音を立てて砕けた。だが、耐えられなかったのは巨大な力を放つ寸前だった砲門もだ。次の瞬間に起きる現象の覚悟だけはできる空隙ののち、体勢を整えられないままの私は爆風に吹き飛ばされた。

「――チッ」

数メートル。流れに逆らわず海面を跳ねながら勢いを殺す。何度か行った制動の末停止し、流れ落ちる血に視界を妨げられながらも敵を見据える。

これが駆逐艦と戦艦の違いか。私よりもダメージは大きいはずなのに継戦の意思を湛えたタ級が反対の砲塔を構える。魚雷も槍も失った私はもう対等に戦える装備を持っていない。残念だけど――

「ここまでね…」

掲げていた主砲を下ろした。かろうじて残っていた槍の柄が手から離れて小さな水音を立てる。よくやった。もう十分だろう。そう言い聞かしても、悔しさがにじみ出た。

これだけしても、実力以上を出しても、届かない。今はまだ――

「私だけで片付けたかったんだけどね」

私にとっては耳慣れたプロペラ音にようやく気づいたタ級はとっさに見上げるが、もう防御姿勢をとることもできない。急降下のさなかに切り離された爆弾が叩きつけられ、爆炎に呑み込まれる。

<みんな無事!?>

撃墜を確認した伊勢の声が、数回にわたる至近距離の爆発でさすがに使い物にならなくなった私の耳をむりやり揺らした。通信を聞いてから最速で来たのだろうが、

「遅いのよ」

それだけ返して、揺れる足元を制御して引き返す。

 

 

「なんだ、それ?恰好も違うじゃねえか」

「知らないわよ。改二ってやつじゃない?」

どうでもいいことを気にする、倒れたままのくせに偉そうな天龍を見下ろしながら手を伸ばす。

「あんた、訊いたわよね。私の夢」

「…なんだ、教えてくれんのか?」

掴もうと出した天龍の手を弾く。

「言っても分からないわよ」

そう。これは私とおじいちゃんだけの願い。ちっぽけで誰も理解できないもの。でも――

「言っても分からない、地図にも名前が載ってないような小さな島」

――こいつは笑わない。それで充分だ。

「私はその島を取り戻す。私のすべてをかけて、必ず。あんたも手伝いなさい。そうしたら――」

これは契約だ。だから私は彼女に釣り合う条件を差し出す。

「ついでに世界ぐらい救ってあげるわよ」

「上等だ」

天龍はいつものように口角を上げて手を合わせる。契約が交わされた音と共に天龍を引っ張り上げた。

「おいっ!」

つもりだったが、急に力が抜けた私は逆に天龍に引っ張られた。なにも抵抗できずに天龍に倒れ掛かる。私にはない柔らかい感触に支えられる。

「あらあら、仲良しねえ」

「うるさい!」

2人の笑い声が聞こえる。腹立たしいが、雲一つない空がどうしようもなく暑かった。

 私が触れたのは小さな小さな奇跡。奇跡の脆さを知って私の無力さを知っても、私は再び求めた。だからあがくしかない。私の命を燃やして。

 

 

 

「おおっ!」

伊勢がのんきな歓声を上げるが、気を取られずに槍を振り下ろす。日向が差し出した竹刀の手元をとらえ、板の床にたたきつけた。息を切らしながら槍の先を日向の眼前に突きつける。

「これで満足?」

高揚と酸素不足のせいで荒れる心臓の音が鼓膜を揺らす。

私がおじいちゃんに教わったのは防御の槍術。戦うことを強いられた私を災いから守るための技だ。だけど、甘えるのはもうおしまい。これからは勝つための槍に、攻めこむ技に変えていこう。これは私が選んだ戦いだから。そして――

「私は島を取り戻す。あんたらがどう思おうがどうでもいいわ。協力してもらうわよ。こうしてあんたの願いとやらも叶えてあげたんだから」

私たちは仲間だ。同じ夢なんか見れなくても自分勝手な夢のために肩を並べる仲間、そんな関係だからこそ私たちは遠慮なく理想を押し付けられる。

「なるほど、いいだろう。…だが」

日向が竹刀を拾い立ち上がる。

「本気を出す程度にはなってもらわなくてはな」

「んえ――?」

日向の腕が消えたのは見えた。

 

 

「――った…」

額の痛みに目を開けると天井が見えた。そこでようやく目を閉じていた、どころか意識が飛んでいたことに気づく。

「…起きたか」

横を向くと大の字になって仰向けになっている木曾がいた。私も同じポーズだけど。

「なんであんたものびてるのよ」

「うるさい」

そっけなく返されたが、少し顔を傾けた木曾と目が合った。

「ふっきれたみたいだな」

控えめな安堵が覗いた。ふっきれた、なかなかしっくりくる表現だ。

「そうね…」

高い窓の向こう、青空に描かれた雲が流れていくのを見つめる。

 私は弱くて情けなくてかっこ悪くて、自分勝手で誰かを傷つける。そんな私でも――

少しは進めてるのかな?

 馬鹿な事を聞いてしまった。だって、私がどんなにダメだったとしても、笑って頷いてくれるに決まってるのに。

 額をなでる日差しに懐かしい手のひらを思い出しながら、そっと目を閉じた。

 

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