波濤の記憶 ~月に叢雲、花に風~   作:COOH

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いつも読んでいただきありがとうございます。

本章からは時系列的には前作2章の終わり、本作1章の終わりあたりになります。

日常回が多めになり、慣れないものを首をひねりながら書き進めていくことになりましたが、楽しんでいただけると幸いです。


第3章 第1話 ソラゴト

あいつに再会してから数か月後、人類の反攻作戦が始まろうとしていた。淡々と準備が進められていく中、私はまたあの鎮守府に戻ることになった。

戦いが始まることが少しずつ現実味を帯びていっても、どこか穏やかで平和な時間が流れる。これが現実なのは間違いない。こんな時を夢見たことなど1度もないのだから。

――私のすべてをかけて、取り戻す

そう誓ったのももうずいぶんと前の話。

だからこれは私がそんな日々で、奇跡を諦める物語になるのだろう――

 

 

 

はぁーっ

私自身びっくりするくらい大きなため息が出た。それに応えるように眼下の浮きは揺れるが、沈んではくれない。

 

鎮守府前、艦娘が利用する港の端で趣味というより習慣になった釣りをしていた。釣る魚自体がいないと思っていたが、少しずつ戻ってきているみたい。島でおじいちゃんに教わるまではやったことがなかったから深海棲艦が現れる前がどんなものかは分からないけれど。

そんなわけで意外と釣れるのは分かっていたし、現に前半は釣れていた。もっとも、調子が出ない原因は分かってる。

 

「むらぐもぢゃーん!」

その原因、堤防で騒がないという鉄則をもう忘れやがったあいつが涙目でかけてくる。

「糸が絡まったー!」

「そんくらいで騒がないでよ…」

重い腰を上げる。あいつこと吹雪の前に立つと先ほど以上に大きいため息が出たけど、能動的に出したから今度は驚かない。

「…日本語は正しく使いなさい」

糸が絡まった、ではなく糸に絡まった、だ。どうなったらそうなるのか分からないけど、上半身が動かせないほど縛られている。知恵の輪を解くつもりはないから適当なところで切って解放してやる。

 

「ありがとー!」

「次絡まっても助けないわよ」

ここにいるのは吹雪だけじゃない。4番艦までの吹雪型――私を含めると5番艦まで――つまりはこの鎮守府にいる吹雪型全員がこの堤防に集まっていた。

 

 私たちの部隊は吹雪がいる鎮守府に移設された。といっても場所が変わっただけで、どこにも所属していない特異な部隊にはかわらないけれど。これから始まる作戦のためだが、反撃の切り札とかおだてられて意気込んでいるのは相変わらず天龍くらいだ。

 場所が変わっても訓練内容はそう変わるはずもなくて、空き時間はいつものように釣りをしていたのだが、それを嗅ぎつけた吹雪型が夕飯を手に入れようと意気込んで乱入してきて今に至る。

 

「そもそも初心者がほいほい釣ろうとするのが甘いのよ」

私はいつかの私を棚にあげて講釈をたれる。ただ糸を垂らしておくだけに見えてやってみると意外と奥が深いし経験値というのは確かにある。吹雪はまず忍耐を身に着けることから始めないといけない。

「でも深雪ちゃんはいっぱい触っていっぱい釣ってるよ?」

なんとも伝わりにくいが、様子を見ていた私には分かる。深雪は食いつきが悪いとすぐ糸を上げて仕掛けを変えたりしている。単に我慢できないだけかもしれないけど、それで釣れているのだから大したものだ。

 

「才能があるのかしらね」

おじいちゃんが言っていた工夫するタイプとは深雪みたいなのを差すのだろうか?私にはどうにもうまくいく気がしないのだけど。

「へー、私もやってみようかな」

「…次は助けないって言ったわよね」

それでいいなら好きにどうぞ。

 

「吹雪ちゃーん、叢雲ちゃーん」

堤防の先から手を振る影が見えた。…静かにするってルールは完全になかったものにされている。

「白雪ちゃん!…あれ?初雪ちゃんは?」

「帰りましたよ。自分が食べる分はとれたからもう寝るって」

「えー!」

吹雪は驚いているが、私は泣きたい。もしかして私の釣果は0の吹雪の次?

 これでもずっと続けてきたプライドがあるのだけれど、今日はアウェーだということでなんとかそのプライドを守る。

 

「わ、私も頑張る!」

吹雪がどたどたと走り去る姿を白雪と2人で見送る。今度は手を煩わされることがないよう祈りながらまた海を眺める作業に戻ると、白雪が隣に腰を下ろした。

「あんたはやらないの?」

「私、あの虫が触れなくって…」

苦笑いする白雪に共感と癒しを覚えた。そう、未知の節足動物を平気で触れる年ごろの女の子のほうがおかしい。…私は単なる慣れだから。

「別のエサもあるわよ。次は容易しておくわ」

私も続けるうちに引き出しは増えた。ハードルが低い選択肢は用意できる。

 

「ありがとうございます。…あの、叢雲ちゃんとお話ししたいなって…」

「な、なによ?」

穏やかな感じに慣れてないせいで、改まって言われると妙に身構えてしまった。

「吹雪ちゃんとは昔から仲良しだったんですよね?」

「ただの知り合いよ」

「そ、そんなに否定しなくても…」

どうせ吹雪が勝手に言っているだけだろう。同型艦のよしみで話したりもしたが、そもそも吹雪は誰とでも仲が良かった。そして私は誰とも仲良くはなかった。艦娘の入れ替わりが激しかった当時から少しでも面識があった艦娘と今一緒にいるのは、すごいことなのかもしれない。私はともかく

「あのへたくそが、ねぇ」

なんともいえない感慨が漏れた。今のは年寄り臭かった、反省。

「へたくそって、吹雪ちゃんが、ですか?」

幸いにも白雪には言い方より内容を気にしてくれた。というか、そこに驚いたことに驚く。

「あそこまでセンスないのも貴重ね。1年たってまともに航行もできない艦娘がいるなんて信じられなかったわ」

それでますます驚く白雪を見るに、今はちゃんとやっているようだ。ちょっと待っていると白雪は控えめにほほ笑む。私、結構白雪のこの表情が好き。私の周りにいるのは面倒な奴らばかりなので引っ張られていたけど、本来はこっち寄りだと思いださせてくれる。

 

「だから優しいのかな…」

「優しい?」

「吹雪ちゃん、すごく丁寧に教えてくれるんです。失敗しても励ましてくれるし、できないところがあるとずっと練習に付き合ってくれるし」

吹雪が教える側にいるなんて、前にも聞いたがどうにも想像できない光景だ。だがそれは過去の技量的な印象に引っ張られているからで、そこさえなければイメージできそうな気が…しないでもない。

「吹雪ちゃんはどんな感じだったんですか?」

別に仲良くなかったと言っているのに。ここらへんはやっぱり吹雪型な感じがする。

 

 別れた朝を思い出す。たくさんの想いも命も背負って、それでも笑っていた吹雪とそれに気づけなかった私。ようやく気づいたあの朝の感情を言葉にするなら――

「憧れ、てたのかしらね、私」

誰かの気持ちに気づこうともせず、ただ私は私の不幸を振り回すしかできなかった。辛くても笑っていられる、私が持っていなかった、たぶん今でも持っていない強さ。その強さがあったのなら、誰も傷つけないでいられたのだろうか――ん?

 私、今むちゃくちゃ恥ずかしいこと言わなかった?

 

 全力で振り向くと白雪は嬉しさと慈愛に満ち満ちたほほ笑みを湛えていた。見ているこっちも暖かい気持ちになる――じゃなくって!

「あ、あんた…わかってるでしょうね!」

「え?」

やっぱりわかってないじゃない!

「さっきのこと、誰にも言うんじゃないわよ!」

「さっきのって…吹雪ちゃんにあこが――」

「うわああぁぁー!!」

何てことを口にするんだ、こいつは!

「べ、別に悪いことじゃないですし、吹雪ちゃんに言ってあげればいいじゃないですか…」

良くない!私の沽券、いや、生存にかかわる。私のプライドなんてどうせ分かってくれないので、首元をキュッと占めて念を押す。

「とにかく!忘れなさい!」

「ち、近い…それよりも苦しい…」

白雪が必死に首を上下させるのを見て手を放す。ああ、疲れた。私も深呼吸をして息を整える。こっちの騒動を知ってか知らずか…知るわけはないが、小さく見える吹雪が歓声を上げた。

 

「深雪ちゃん!見て見て!釣れたよ!変な魚だけど!」

変な魚ってなんだ。これだから素人は困る。

「やったな!紫と黄緑のしましまだけど、食えんのかな?」

…変な魚だった。そして食べられないと思う。

 生態系が戻ってきたというが、深海棲艦の影響か突然変異が結構見つかっている。そんな中の1つだろう。ちなみに深海棲艦は食べられたものじゃないらしい。らしい、であってもちろん私は食べたことがない。食べる気にもならないし。だが食べた人はいるということで、人類の逞しさというか探求心というかには驚かされるばかりだ。

 

「司令官に食わせようぜ!」

「えー、おいしいのかな?」

少し物思いにふけっている間に話がとんでもない方向に進んでいる。聞かなかったことにしたほうがいいのかしら?

「そうだ、金剛さんにお願いしよう!金剛さんのフィッシュアンドチップスだったらどんな魚もおんなじ味になるから大丈夫だよ」

…それは大丈夫と言えるのだろうか?

 なんだかんだで5人分は獲れたので引き上げる。その午後、私は司令官に呼ばれた。

 

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