ノックをするとすぐに応えがあった。ドアを開けると司令官がいた。結構若いのもあって、親しみやすそうな分威厳はない。私が前にいた鎮守府の司令官と比べるのも酷な話だとは思うけど。そんな司令官は今冴えない顔でおなかを抑えている。
「ああ、金剛が作ってくれるフィッシュアンドチップスはどうも胃に優しくなくてな」
最悪な事態を想像した私の表情を読んでか、苦笑いで説明をしてくれる。
「そう、よかった…」
「よくはないだろう」
認識が違っているが、クーデターまがいの暴挙も未遂に終わった今、わざわざ教える必要もないだろう。知らぬが仏ってやつね。
「君が来てくれてから吹雪は毎日楽しそうだ。ありがとう」
「別にあいつはいつでも楽しそうじゃない」
なんとも直接的に感謝を述べられても困る。照れたわけではないが、言われる筋合いがないのは事実なので否定してしまった。それを受けても司令官は頷くだけだ。前の鎮守府の司令官が冗談どころか笑いもしない人だったので違和感がすごい。
「さて、来てもらった理由だけど、そろそろ部屋も決めないと、と思ってね」
まあ移設の手続き関連だとは予想していた。今、私たちの部隊は来客用の部屋を使っている。だが所属とは違ってもこの鎮守府の指揮下に入るのだから、いつまでも外様ではいられない。
「君には吹雪型と同じ部屋に入ってほしい」
「ええ、いいけど…」
艦娘の部屋割りは2人部屋が多い。プライベートな時間が欲しい私としては今の1人部屋がなくなるのはうれしくないけれど、それは仕方ない。だが、今吹雪型は私を含めて5人だったはず。別に3人部屋も珍しくはないものの、吹雪型、という言い方が気になった。私がセリフ回しで引っかかったとき、大体当たる。その予感が悪い方向だったら“大体”は“絶対”に変わる。
「これは吹雪からの提案なんだが…」
司令官はどうも歯切れが悪い。
「叢雲、君には拒否権がある、とだけ言っておこう」
もうこれは勘がいいとか予感なんてレベルでなく、良い方向の話なわけないじゃない。
「叢雲ちゃんはだれといっしょに寝る?」
食堂で夕ご飯を食べ終わった私はウキウキステップの吹雪に手を引かれて廊下を歩いている。司令官の言い様に怯えて足取りが重いが、落ち着いて考えれば入居する部屋に案内されているだけ。恐ろしいことなんて何もないでしょう?
「誰って、私は空いてる部屋で――」
「着いたよ!」
こいつ…
人に話を振っておいてこれだ。まあ、私からの指定はないのだからこの扉を開けた先にいるのが私の同居人だ。
「お、来たな」
「いらっしゃい」
深雪と白雪がいた。なるほど、この2人か。別部屋に吹雪と初――
「あれ?初雪ちゃんは?」
「こたつに潜ってるぜ」
深雪が部屋の隅のこたつに目を向ける。いるのか。なら今夜は集まって歓迎会でも――いや、目をそらすのはもうやめよう。壁の両側に2段ベッドがあることを入っていたときには気づいていた。つまりここで4人過ごしている。
「さすがに3段は無理だぜ」
「うーん、ここに置けるかな?」
そのうえベッドをもう1つ入れようと画策している。もう私がここに入れられることは決定事項のようだ。
「叢雲ちゃん、ベッドは明日にして今日は一緒に寝よう」
「ちょっと待ってよ!なんで1部屋だけなのよ!ろくに荷物も置けないじゃない!」
「だって、みんなでいたほうが楽しいよ」
「服とかは隣の部屋に置いてるからな」
動じないどころか私の言うことを理解しかねるとでも言いたいかのように平然と答えられた。つまりは部屋不足とか冷遇とかではなくわざわざ同じ部屋で詰め込まれて暮らしているというのか。プライベートの時間を惜しんでいた数時間前の私に届かない警告を告げる。私の姉妹艦はプライバシーの概念すらないぞ。
「まーまー、そんな顔すんなって。結構便利だぜ」
「べんりぃ?」
こんなすし詰め状態でいいことなどないだろうに。隠すつもりもない疑念をうけて、深雪はほら、とこたつの隅を指さす。
…これが本当の現実逃避というのか。意図的にではなく本当に視界に入っていなかった、積み上げられた布の山。いや、本当は私には分かっている。私はやらないけど、女所帯では面倒くさがって適当に丁重にしまわれないことも多いと聞く、下着だ。重ね重ね言うが、私はちゃんと畳んで収納している。
とにかく、ここにあるのは1人分の量を超えている。つまりは…
先の思考を脳が拒否するが、こたつから手が伸びて山を崩した。雑につかまれた下着がこたつに吸い込まれ、数秒の後に選別から外れたものが吐き出された。
「いやっ…」
無意識に出た小さな悲鳴など聞いちゃくれない。
「叢雲がいたら洗濯当番が5日に1回になるな」
「いやあぁーっ!!」
気が狂いそうになるのを叫び声でなんとか発散する。端から見ればすでに狂っているみたいだが、外聞なんて気にしてられない。
先ほどからなにも言わない白雪の肩を掴む。彼女なら、彼女だけは分かってくれるはずだ。
「こんなのおかしいじゃない!思春期の乙女の生活じゃないわ!そう思うでしょ!ねえ!」
私は間違っていないはずだ。なのに、白雪は困惑しながらも小さく笑うだけ。
「もう…なれちゃいました」
視界が真っ暗になり、私は膝が崩れる音を聞いた。
もう…なれちゃいました
消灯時間の過ぎた暗い部屋、白雪の声が脳内で反響する。ベッドの上で横たわる私の隣で吹雪の穏やかな寝息が聞こえる。白雪すら頼れない今、小さな寝息すら暗闇に潜む魔物の気配にしか思えない。
あの白雪の諦めがこもった表情…いや、あの姿は白雪じゃない。未来の私だ。ここにいるうちに諦めて受け入れていって、最終的に女子力のかけらもない吹雪型の1人になるんだ――
「助けて…」
膝を抱えながら誰にとも分からない懇願を漏らしても、誰かの寝返りにかき消された。
…あほらし
鏡越しの冷たい視線は歯を磨く私に向けられたもの。なにが未来の私だ、なにが助けてだ。動揺していたとはいえ、さすがに昨夜のテンションはおかしかった。私の分の洗濯物は私がすればいいだけだし、共同生活に耐えられないなら司令官も言ってくれたように、拒否して別の部屋に入ればいいだけ。深刻な問題じゃない。
だが、あくまでも私は外様。1人部屋を使わせてもらうのは気が引ける。だったらやることは1つ。私は頬を叩き気合を入れる。
「相方探しね」