波濤の記憶 ~月に叢雲、花に風~   作:COOH

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第3章 第3話 ウララカ

「相方探しね」

 さて、気合を入れてみたものの。私がこの鎮守府で声をかけられる知り合いなど限られている。ひとまず日課ともいえる散歩をしていたらその第一候補を早速見つけた。

「早いな」

「あんたこそ」

簡素な挨拶はいつものこと。吹雪たちがまだ寝ているのも無理からぬ時刻だが私はただの習慣なだけで早起きの意識はない。それよりも買い物袋を持っていてすでにどこからか帰ってきたような木曾のほうが早起きだ。

 

「ああ、ちょっと港にな」

覗かせてもらうと立派な魚が入っていた。木曾が料理をするのは知っている。前の鎮守府では釣った魚を一緒に捌いたりした。生活リズムも潔癖さも大体合う。つまり共同生活候補最有力だ。

 

「姉ちゃんたちが昨日の夜に食べつくしてしまったからな」

忘れていたが、木曾が艦娘になった時の姉妹艦はこの鎮守府にいたのだった。木曾もこの鎮守府に帰ってきた形になる。つまり木曾の希望は叶ったということなのだろうか。

「しかも朝も食べたいっていうもんだから買いに行っていた」

「…なにそれ?」

「まあ、魚食べさせておけば満足するからな」

木曾は肩をすくめるが、私が気になるのはよく知らない艦娘の偏食ではない。友人として、同じ部隊の仲間として本気で心配になる。

 

「あんた、弱みでも握られてるの?」

「滅多なことを言うな。姉ちゃんは誰にだってこうだ」

…それは擁護になってるの?

 いろいろ気になるところはあるけれど、苦労が見える木曾はそれでも嬉しそうで、これ以上の追及をする気も失せてしまう。こんなささやかな願いでも、木曾がどれほど望んだかも努力したかも知っているから

「で、なにか用か?」

「…なんでもない」

私にはそこに入ることができない。

「そうか」

たぶん私がなにかを遠慮したことには気づいているのだろう。困ったときには言ってくれ、とだけ残してすれ違う。

 

「木曾」

なんとなく呼び止めてしまう。振り返った隻眼を見て、何が言いたかったのか分かった。

「よかったわね」

「ああ」

年相応に破顔した彼女を見て私も笑う。本当にささやかな、それでもこんな世界でようやく手にした日々。それに私は少しでも役に立てたのだろうか?

「お前も楽しそうでなによりだ」

「…は?」

なにを言っているんだ、こいつ?私の状況が分かってるの?いや、言ってないけど。

木曾がいなくなった時にはたぶん真顔に戻っていた。が、それで済むわけがなかった。思いっきり息を吸い込んで。

 

「んああぁぁぁーーー!!!」

悔恨を思いっきり発散した。

「ばかばかばかっ!なにかっこつけてんの!」

頭を抱え込んでしゃがみ込む。状況が分かっていないのは私だ。洗濯物は拒否するにしても、このままじゃ吹雪たちと一緒にプライバシーのない共同生活まっしぐら。だって最有力候補を逃がしてしまった。いや、正直に言おう。最有力じゃなく唯一の希望だった。だって他の知り合いは――

 

 

 

「お、どうした?珍しいじゃねえか」

こいつだ。私が天龍の部屋に助けを乞いに行かなくてはいけないとは屈辱的ね。

「なにか失礼なこと考えてないかしら?」

当然龍田もいる。そう、ここは天龍型2隻で奇麗に収まっている部屋。球磨型5番艦の木曾とは違う。だが私は床にひれ伏す。言葉を失う2人。

「…実は――」

かくかくしかじか、ここまでする理由を告げた。

 

「ぎゃははは!」

「だ、駄目よ、天龍ちゃん、笑っちゃ…」

「おまえも我慢できていないじゃねえか!」

「あんたら…」

笑いやがった。こっちは真剣に悩んでいるのに。こんな奴らに頭を下げている私が情けなくて震える。

「わりいわりい。深刻なツラしてたもんだからよ。ほら、泣くな」

「泣いてない…!」

頭をぽんぽん叩かれる屈辱に耐えかねて飛び上がった。

「いいじゃねえか。そうやってごちゃごちゃできんのも姉妹艦が多い駆逐艦の特権だぜ?」

「私たちなんて2人で1部屋よねえ」

私はそんな特権なんて欲しくない。もちろん、1人の時間が欲しい私の気持ちをこいつが分かるとは思っていない。

 

 以前はいろいろあったけれど、それから親友になったり…なんてなかった。別にわだかまりが残ったとかじゃなく、単純に性格が合わないだけ。几帳面さなんてかけらもないし距離感が変に近いし味付けも濃くすればいいと思っている輩だ。そりゃ同じ眼帯なら木曾に行く。

 

「だが確かに服を散らかすのは感心しねえな。女としてのたしなみは忘れちゃいけねえぜ」

脚をおっぴろげて椅子にふんぞり返っているやつが何をいうか。まがりなりに1年以上同じ部隊にいた私が、天龍は龍田に脅されなければろくに掃除もやらない女だと知らないわけがない。

 そんなこと思い至らないのか、なあ龍田と偉そうに呼びかける。

 

「そおねえ。でも、人が多いとそれだけ片付けも大変よ」

…あんたはあんたで牽制入れてきてない?

「まあ、オレは構わねえぜ。にぎやかになるのは歓迎だ。なあ、龍田」

繊細さのかけらを持ち合わせていない天龍に遠回しの意思表示など伝わらない。ざまあみろ、と言いたいところだが

「やっぱりやめておくわ」

「なんだよ、遠慮すんな」

「いや、本当にいいから」

今も天龍の背後から殺意のこもった視線が注がれている。これじゃあ夜もおちおち眠れない。女子力どころか命の危機だ。そして天龍と過ごすとそれはそれで大切なものを失いそう。繊細さとか。

 さて、その気になるとしつこい天龍から無事脱出したところで。この流れで行く次の当ては…

 

 

 

ノックをしても返事がない。だが鍵はかかっていなかったので開けてみると気配はした。

「どうよ、日向!この瑞雲の輝き!」

「ふむ、よく磨かれているな。だが瑞雲はどのような姿でもいついかなる場所でも輝くさ」

「そりゃもちろん!でもやっぱりおめかしして――あれ?叢雲じゃん」

「部屋を間違えたわ」

ここはない。急いでドアを閉めようとしたけれど、あと少しで阻止された。

「どうしたの?あなたも瑞雲に興味出てきた?」

「そんなわけあるか!そもそも私は水上機積めないから!」

「照れなくてもいい。君は瑞雲と同じ字を持っている。惹かれるのも無理はない」

「うるさい!」

必死にドアノブを引っ張るものの、戦艦の力にかなうわけがない。少しずつこじ開けられ、隙間から腕が伸びてくる。…別にこんなことしなけりゃいいじゃない。

 急に冷静になってノブを離し、全力で逃げ出す。どうしてこんなことになるのよ。どうして私の部隊にはろくな奴がいないのよ。目頭が熱くなるけれど、私は負けない。

「みんな…みんな大っ嫌いっ!」

 

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