ぼやけた視界の中走っていると誰かにぶつかりかける。
「どうしたんだい、叢雲。廊下を走ると危ないよ」
慌てて目元を拭って見ると時雨が心配そうにのぞき込んできた。この鎮守府に来てからの知り合いは少ないが、白露型は貴重な顔見知り。だが、顔見知り以上になんとも一般的な感覚を持ち合わせてそうではないか。
がしっと、去ろうとした時雨の肩を掴みとめた。
「なるほどねー」
「叢雲ちゃんも大変っぽい」
ようやく望んでいたリアクションが得られた。本当は白露型じゃないのかしら、私。
「ま、あそこは特殊だよね」
適切に配置された2段ベッドの上で白露が顔をのぞかせる。やっぱり特殊なのか。
「ぼくも静かなほうが好きだから気持ちは分かるよ」
「えーっ、夕立はみんなといたいっぽい」
夕立は下から顔を出した。そんな2人を椅子に座った時雨が楽しそうに見ている。なんだか穏やかな、理想的な光景だ。
「でもあんまり深く考えないでさ、1度くらい試してみればいいじゃん」
「な、なにを言うのよ?」
白露、あんたも私を裏切る気!?
「そうだね。せっかく誘ってくれてるんだから」
「ぽいー」
「なんでそんなに吹雪たちの肩持つのよ!?私の人権は!?」
結局理想郷なんてなかったんだ。うなだれる私の背を時雨がぽんと叩いた。
「そんなに嫌がらなくてもいいじゃないか」
「いやー…吹雪はさ、ずっと楽しみにしてたんだって。叢雲が来るって知ってから部屋とかやりたいこととかいろいろ考えてたみたいだし」
白露は頭をかきながらためらいがちにぼやいた。
「吹雪ちゃん、うるさかったっぽい」
「夕立に言われるなんてよっぽどだったんだね」
「こんな説得はズルいかなって思ったんだけどさ、叢雲がいないと吹雪悲しむと思うんだよね。ちょっとくらいは一緒にいてあげていいんじゃない?」
先に断られたって、卑怯なのは変わらない。だって簡単に想像できてしまう。だらしない笑顔も落ち込む顔も。想像できてしまったから、私はもう諦めるしかない。
「…わかったわよ」
なんだか照れくさい感情をうなじを掻いてごまかそうとする。別に喜ばせたいわけじゃない。でも、吹雪が傷つくのは見たくないと思った。もうずっと昔の記憶のせいだろうか?謎に昂っていた感情が冷めていく。
「なんだか私もおかしかったわ」
「それは仕方ないさ。吹雪型に囲まれてればね」
なにそれこわい。
なんだかまた不安がよみがえってきたが…
「ウチは遠征行ってる妹たちも多いからね。部屋は空いてるから我慢できなくなったら逃げてくればいいんじゃない?」
そう言ってくれるなら頼もしい。私は慣れない礼を言って白露型に別れを告げた。
やっぱり今日はテンションが変だ。脚が勝手に弾むんだから。そんな妙な高揚に便乗し息を吸い込む。
私は叢雲。雪がついているあいつらとはちがうんだ。だらしない生活をしているなら私が正してやればいい。
「やってやるわよ!」